紅い海 ― If I can't be yours. ―
第一話「漂着」
虚空は、僕たちの頭の上から砂を踏み鳴らし近づいてくる足音によって終わりを告げた。
僕は思わずその足音の主を確認する・・・!
「トウジ!」
無我夢中で僕は起き上がった。
まだ驚きを静められないままトウジの顔を見詰める僕に、そんな僕の肩にトウジは力強く
手を乗せ、微笑みながら言ってくれた。
「久しぶりやな、シンジ。」
僕は思わずトウジに抱き着いて、泣き出してしまった。
トウジはちょっと困った顔をしながらも、優しく僕に胸を貸してくれた・・・。
「・・・もう、ええか?」
五分くらい僕が泣き止まないので、さすがにトウジが声をかけた。
ようやく僕も落ち着いて、トウジから離れ、真っ直ぐトウジを見つめた。
「・・・うん。ありがとう、トウジ。」
「・・・誰かて泣きたい時くらいあるやろ。気にすんなや。」
トウジは視線を紅い海の方へ向けて、続ける。
「・・・こんなことになってしもて・・・。」
僕も海を見つめて、トウジに返す。
「・・・そうだね・・・。」
「新東京市の方から爆音がえらい響いて来てたから、外へ出て東京市を見つめとったんや
けど、そしたらいきなり変な世界へ放り込まれたんや。最初は何か気持ち良かったんやけ
ど、妹は大丈夫やろかと気になってな。そしてその後シンジらの心配しとったら、気が付
いたときには素っ裸で浜の上に打ち上げられとったわ。いやー、とにかく恥ずかしゅうて
な・・・。」
「そ、それで、どうしたの?」
「どないもこないもあらへん。とにかく服を調達せんと。誰かおらへんか、気にしながら
近くのスーパーの残骸に走って、失敬してきたんや。」
その言葉で気が付いた。トウジはジャージを着ていたけど、いつものやつじゃない。黒が
ベーシックなのは同じだけど、ラインやエンブレムが緑色なんだ。
「それって、泥棒・・・。」
「んなこと気にしてられるか!いくらなんでも素っ裸のままおまえらを探し回る訳にはい
かんやろ。誰もおらへんかったし、もしいちゃもん付けられたらその時は代金をしかるべ
き人間に払ったる!」
あまりの元気よさと、相変わらずのトウジに、僕は思わず笑ってしまった。
トウジも少し睨んでたけど、一緒に笑ってくれた・・・。
「そ、そうだ。トウジ、足は?」
恐かったけど、どうしても聞かずにはいられなかった。僕が、壊してしまった足・・・。
「あしぃ?んなもん何とも無いわい!」
「そ、そうなの?かなりの重傷だって、委員長から聞いていたんだけど・・・。」
「入院の時間が長かったんは伊達やないんやろ。長期間のリハビリは必要らしいけど、機
能的には問題ないんやて。向こうでもサボらずリハビリしたし、それに、何でか分からへ
んけど、あの変な世界から出てから、ごっつ調子ええんや。もう治ってるかもしれへん。」
「そ、そうなの。良かった・・・。あ、いや、その!」
「ええって・・・。」
「え・・・?」
「謝ろうとしたんやろ?シンジ。」
「・・・うん。」
「もう、治ったんや。もうシンジが気にする事は何もあらへん!にしてもほんまに、わし
はいいんちょーにシンジにわしが謝っとったって伝えてほしかったのに、余計な事ま
で・・・。」
「余計な事とは何よ!!」
びっくりして、僕とトウジは声を振り返った。委員長がこっちへ歩いてくる!!
「い、いいんちょぉ??」
トウジが素っ頓狂な声をあげた。
「鈴原!心配してたんだからね!」
委員長の顔は興奮してるのか、僕には少し赤みがかって、そして少し涙ぐんでいるように
見えた。
「・・・あ、その、心配してたってのは、その、委員長として・・・」
でも委員長が何か困っている。分からないけど僕は気分が軽くなった。自然と軽口が口を
ついて出る。
「委員長も、無事だったんだね。」
救われたように委員長がこっちを見た。
「碇君!あなたも無事で・・・!アスカ!!」
そう叫ぶと、委員長はアスカのもとへ駆け寄った。
アスカは、僕が起きてトウジと話している間も、ずっと寝たまんまだったんだ。
委員長はアスカの横へ走っていき、そしてアスカが生きているのを確認すると、自分から
横になってアスカと向かい合った。ちょうど僕とアスカがお互いの顔を見詰め合っていた
様に。着ている制服が汚れるのも気にしないで・・・。
そんな委員長の行動に驚いて、僕は一歩も動く事が出来ず、ただ様子を見る事しか出来な
かった。トウジも同じなのか、動こうとはしない。
「アスカ、久しぶり・・・。無事だったのね・・・。」
「・・・ヒカリ?」
アスカが委員長の呼び掛けにこたえた。僕はその時、自分が今日初めてアスカの声を聞い
たような気がしていた。
委員長はアスカの目を真っ直ぐ見詰め、思いやりにあふれた言葉を吐露し続ける。
「・・・お疲れ様、アスカ。全て終わったんでしょ?」
「・・・うん。ヒカリ、私ね・・・。」
「何も言わなくて良いの、アスカ。私には、アスカが無事だって事だけで、十分なんだか
ら・・・。」
委員長の思いやりは、僕の心にも熱く響いた。それに引き換え僕は、アスカに何をしてあ
げれたんだろう。いや、何をしてしまったんだろう!!
アスカが委員長に対して感謝の言葉を掛けようとするのを、そして僕が暗い思考の海には
まっていきそうなのを、トウジの言葉が遮った。
「なんや、夫婦喧嘩しとったと思うたら、もう女王様の御機嫌は治ったんかいな。」
トウジのものとはとても思えないほど、刺を含んだ言葉だった。
僕も嫌な気分になったけど、何よりも先に委員長が立ち上がって声を掛けた。
「鈴原!アスカに謝りなさい!アスカはね、私たちを守る為、必死に戦ってくれたのよ。
そんなアスカを責める権利なんて誰にも無い!鈴原、あなたが、あなたがそんな事を言う
なんて・・・!」
激発しそうな委員長の肩に手が置かれた。思わず振りかえった委員長の顔は、怒りから驚
きにその中身を替えていた。
「・・・アスカ・・・。」
アスカはにっこりと委員長に微笑んだ。そして、トウジを見つめながら、委員長の前に出
る。その目からは、優しさが消え、怒りの色が出ている。口も真一文字に結ばれている。
トウジはと見れば、こっちもアスカを冷徹に睨んでいる。
どう見ても一触即発の雰囲気だ。僕は思わず止めようとした。
「あ、あのさ・・・。」
「シンジと私とは何も関係ないわ。」
「・・・!」
止めようとした僕を見ようともせず、トウジに向け、アスカは言い放った。
僕はそれを聞いてまた固まってしまった。委員長も不安そうに事の推移を見ているだけだ
った。
「さよか。けど、見詰め合い、お互いに何も言わん、それを夫婦喧嘩と言わんで何ちゅう
んや?ほんまにシンジも惣流も・・・。」
「うるさい!!」
叫びとともに、紅い影が動いた。
ものすごく速い動きで、目もついていけなかった。
気がつくと、頭を手でガードしているトウジと、砂の上に尻餅をついてトウジを睨むアス
カが目に入った。
アスカが、プラグスーツのままトウジにかかと落しを仕掛けたんだ。トウジは両腕でその
攻撃を受け止め、跳ね返したんだ。
委員長が我に返って、アスカに駆け寄ろうとする。
「わしもフォースチルドレンや!!」
びっくりしてトウジを見つめてしまった。何か悲しいような、でも優しい顔にトウジは表
情を変えていた。
アスカの顔からも、攻撃的な表情は消えている。
「惣流がつらいんも分かる。分かるけどな、惣流、おまえならシンジを・・・」
「・・・それ以上しゃべったら、本気で殺すわよ・・・。」
「アスカ!!」
「大丈夫よ、ヒカリ・・・。」
アスカはそれからトウジに、静かに、穏やかに話す。
「・・・そう、あんたも分かってるのね・・・。」
「・・・ああ。迷惑やろうけどな・・・。」
「あんたが重荷に感じる必要はないわ。私も、分かっているつもり。でも、この場であん
たの口からそれ以上は言って欲しくないわね・・・。」
アスカがトウジに優しく言葉を掛けるなんて、僕の記憶には無かったから、ちょっと驚い
てしまった。でも、アスカがしゃべっている言葉の意味が、僕には何も理解できなかった。
そう、この時は分からなかったんだ・・・。
第二話「鳴動」
プロローグに戻る
1000000Hitメインページに戻る