紅い海  ― If I can't be yours.


プロローグ「混沌」


―ドサッ!−
砂の上に、僕は横に倒れ込んだ。そしてそのまま半回転する。後ろには、さっき僕が首を
絞めたアスカがいる。僕が、僕がアスカの首を・・・!
「・・・ご、ごめん・・・」

何も、アスカからは言葉が返ってこない。ぴくりとも動いた気配すら感じられない。
僕が、アスカの首を絞めてしまったんだ。
何故、こんな事をしちゃったんだろう。

目が醒めた。あまり気分は良くなかった。
その時、僕はプラグスーツを着ていた。白と青の、見慣れたスーツ。
寝ているのは、土の上。いや、砂なのかな?
後ろを見た。木で作られた、墓標とも見える十字架がたっている。ミサトさんが、僕に託
してくれたクロスが掛かっていた。誰が作ったんだろう?誰がかけたんだろう?その時は
何も気にならなかった。クロスは、EVAに乗ったときには僕が持ってたはずなのに・・・。
足元から前を見た。砂の領域は程なく終わりを告げ、湖が広がっている。いや、海なのか
な?ともかく、色が紅い。夕方でもないのに・・・。
空を見上げた。どんよりと黒い雲に覆われている。太陽も星も何も見えない。今が昼か夜
かもわからない。でも、周りの様子は目覚めてからずっとはっきりと僕の目に入ってきて
いた。紅い海が発光しているのかな?でも、この時の僕はそこまで考えてはいない。ただ、
意識の赴くまま、あたりの様子を眺めているだけだった。
ふと、正面を見た。紅い水平線の上に、綾波が立ってこっちを見ている気がした。
思わず目をそらし、左を見たとき、そこにアスカがいた。僕と同じように足を海に向けて、
仰向けに砂の上に寝ていた。赤いプラグスーツに身を包み、どこか怪我したのか、包帯を
腕に巻いて・・・。
アスカはこっちを見てなかったけど、僕はまた目を逸らし、綾波のほうへ目をむけた。も
う、そこには綾波はいなかった。また、アスカを見る。今度はアスカもこっちを見ていた。
何も感情は感じられない。
その時、何かが僕の中で弾けたんだ。きっと。気がついたら僕はアスカに馬乗りになって
首を絞めていた。アスカは、でも何も言わずに、むしろ優しく僕の頬に手をあてた。
思わず僕は泣き出してしまったんだ。そんな僕に、泣いて首を絞めるのを止めた僕に、ア
スカが最初の一言をかけた。

「気持ち悪い・・・。」

「アスカ・・・。」
あれから、アスカは僕に何も返してくれない。あんな事をしちゃったんだから当然かもし
れない。でも、でも・・・!
「・・・本当に、ごめん。」
「・・・怒ってる、よね?いや、憎んでるよね?でも、でも、これだけは言っておきたい
んだ。」
アスカがぴくっと体を動かすような気がした。幾分救われた気がしたのを自分の中で否め
ずに、ちょっとした罪悪感を感じながら、それでも僕は衝動に勝てずに言葉を紡ぎ出す。
「・・・何で、あんな事をアスカにしたのか、わからないんだ。情けないけど。」
「何言っても信じてもらえないだろうけど、アスカのことが、その、嫌いとか、憎いとか、
感じている訳じゃなくって、」
「ごめん、何を言ってもさっきの事の言い訳にはならない、よね。でも、今、僕はアスカ
の事が嫌いな訳じゃない!」
アスカが動く気配がした。僕は言葉をふりしぼり続ける。
「僕は今、アスカが横にいてくれて、生きていてくれて、うれしいと思ってる。」
「だから・・・!」
思い切って、叫びとともにアスカの方を向いた。体をアスカの方へ半回転させたんだ、寝
てるまま。
アスカが、こっちを見ていた。
とたんに、僕は固まってしまった。

アスカは、仰向けから体を傾けて、右を下にして寝ていたんだ。勢いで、左を下にした格
好になった僕とは、ちょうど向かい合う格好になった。
僕の顔のすぐ前に、アスカの顔があった。
何も、感情を表さずに。ただ僕の方を見て、いや、僕を見ているのかどうかも定かではな
い、むしろ僕を見ていない、そう感じられる表情のまま。
許されるはずも無い謝罪だったけれども、アスカに対して、感情をぶつけた後、アスカの
無視とも空虚とも取れる表情を見て、僕は何も言えなくなってしまった。
「アスカ・・・。」
思わず口に出してしまった。
何を見ているの?
もう、僕を見る気も無くなったの?
そう、聞きたかった。でも、言葉には出せなかった。アスカを見るのは、自分の中にやま
しさが有るから、やっぱりこわかったけど、どうしてもアスカに何かいってもらいたくて、
僕はアスカの顔から目をそらさなかった。

そして、無言のまま、向かい合ったまま、時間が流れる。
僕はアスカを見つめたまま。
アスカは僕の方を眺めたまま。


第一話「漂着」

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