紅い海  ― If I can't be yours.


第二話「鳴動」


「みんな、ここにいたのか・・・。」
また、聞きなれた声が、後ろから聞こえた。
「ケンスケ!」
トウジが叫んだ。確かに、ケンスケだ。でも・・・。
「・・・ケンスケ、大丈夫?顔色悪い様だけど・・・。」
言葉を掛けた瞬間、今までものすごく険しかったケンスケの顔が、フッと緩んだ。
「・・・相変わらず優しいなあ、シンジは。ありがとう、僕なら大丈夫だよ。」
・・・いつもの優しいケンスケだ。
「・・・よかったあ・・・。」
思わず僕は涙ぐみながらその場にへたり込んでしまった。
でも、それは一瞬だった。ケンスケのため息が聞こえたかと思うと、
「一同、起立!!」
有無を言わせない号令だった。思わず従ってしまう。
「一列横隊に整列!」
号令をかけているのは他でもない、ケンスケだ。ヘルメットもかぶり、軍服に軍靴、腰か
らは二丁も拳銃を下げ、完全武装のいでたちだ。ものすごく険しい顔をしている。眼鏡が
光り、目の色が読み取れないので余計に凄みが有る。これじゃあ完全に・・・。
「・・・休め!これより訓練を開始する!」
・・・訓練なんだな、やっぱり。
僕は列の一番右で、ケンスケの目の前にいた。左を見ると、トウジは憮然としながらも、
正しいきをつけの姿勢でたっている。その横には、普段と違うケンスケの態度に驚いてい
るのだろう、専売特許である号令を奪われた事を咎められないまま、委員長もたっている。
一番左側にはアスカ。意外だったけど、アスカもとりあえず起立、整列までは行なってい
た。さすがに耐え切れなくなったのか、アスカがケンスケに食って掛かった。
「アンタ、いったいどういうつもり!?」
すると、ケンスケはアスカ、そして僕達みんなを見て言った。
「これまでは学校もあったし、使徒という強大な敵に対してもNERVが僕達を守ってく
れていた。今、このありさまだ。使徒はもう攻めてこないだろうけども、政府からして機
能していないだろう今、しばらくは学校どころじゃないだろう。僕達は自分の手で、自分
自身を守らなくちゃいけなくなったって訳さ。」
「で、でもさ、ケンスケ。その、せっかくみんなが集まったこの時にわざわざ・・・」
「人間は善い人ばかりとは限らないんだよ!!」
ケンスケが怒鳴った。うつむいたまま。
「・・・怒鳴ってしまって悪かった、シンジ。本当の目的は、この事をみんなに分かって
欲しいからなんだ。このことは、でも、シンジと惣流が一番良く分かっているはずだと思
ったんだけど・・・。」
「・・・ご、ごめん・・・。」
「すぐ謝るのは止める!!」
そう言ってから、ケンスケは僕に向かって笑みを洩らして、続けた。
「・・・大丈夫だよ、シンジ。僕の持っている知識なんてたかが知れたものだし、すぐに
終わるさ。もっとも、惣流とシンジからこの訓練の目的を聞かれたのは少し心外だから、
最後に特別メニューを追加する事にするよ。」

そして、訓練は始まった。
まず、射撃訓練。ケンスケが持っていた小型の銃(何と本物だった!)で、かわりがわり撃
っていった。EVAで慣れているはずだったんだけど、一番苦戦したのが僕。
「実際は、ものすごい反動だろう?」
ケンスケから全て見透かされた言葉が僕に飛んだ。
次に、食べ物の作り方。
「ガスとか有る時はいいけど、無ければこうやって火をおこすんだ。」
ともかく、生物は絶対食べない事が徹底されていた。さすがに鈍い僕でも良く分かった。
アスカも真剣になって聞いている。アスカはこの訓練に率先して参加していた。
食料調達は他人を省みず、積極的に行なう事も付け加えられた。トウジのジャージがあら
ためてケンスケから評価され、全員が爆笑した。
その後、委員長を講師とした料理のイロハ、寒いときに洞穴を作って対処する事などが教
えられた。
最後に、体力作り。500mほど走って、基本メニューは終わる事になった。距離は短く
ても、砂の上を走るのは辛い。みんながどんどん離れていく。
「シンジー、何やっとんねん、遅いぞー!」
動いているうちにすっかり明るさを取り戻したトウジの声が聞こえる。自分の体力の無さ
に情けなくなりながらも、僕も必死に走った。

マラソンの着順は、トウジ、ケンスケ、委員長、アスカ、そして最下位が僕だった。

「お疲れ様!さあ、これで汗を拭いて、みんな座って!!」
ケンスケが全員にタオルを配る。みんな上気し、顔色が良くなっている。
「それじゃあ、締めに入るよ。」
まず、武器が配られる。僕とトウジには少し大き目の銃一丁と手榴弾が2個、アスカと委
員長には訓練の時使ったのと同じ型の銃一丁と手榴弾が3個、それぞれ渡された。
「全部本物だよ。必要と感じたときは、躊躇無く使う事。」
ケンスケの表情は本気だった。僕達は半ば無意識にうなずいていた。
「次に、特別メニューにいきたかったんだけど、一つ忘れていた。みんな、座ったままで
いいから、ちょっと見ていてくれ。」
そういうと、ケンスケは立ち上がった。そして何かの種を砂に埋める。
「何か種のある物を食べたときは、忘れずにやって欲しい。栽培だよ。」
そして紅い海のほうへ近づいていく。ひしゃくで紅い海から紅い水を掬い上げ、大量に種
のところへかける。
トウジとアスカが息を呑んだ。
「砂だから、どう贔屓目に見てもこの土壌には期待できないからね。この水は栄養価満点
だから、これをかけるんだ。」
そういえば、料理のときもあの水は使わなかったのにな・・・。
そう考えている僕に向かって、ケンスケはいった。
「でも、絶対に、あの水に直に触ってはいけないよ・・・。」

「さあ、特別メニューだ。」
ケンスケが、僕の目を真っ直ぐ見詰めて言った。
「これからシンジには一番辛い事を知ってもらう。」
思わず僕の体がかたくなる。
「今から、NERV関係者の生死を発表する。」
「相田君!」
委員長の悲痛な叫びがあがる。トウジとアスカは驚いていて言葉も出ないみたいだ。
「・・・これは、僕達が、特にシンジが生きていく為に避けて通れない事なんだ。」
その時、僕はなぜか動揺していなかった。そんな僕をケンスケは確認して、続ける。

「まず、この世界に生を享けた者。
碇シンジ。
惣流―アスカ―ラングレー。
青葉シゲル。
次に、死亡した者。
葛城ミサト。
赤木リツコ。
碇ゲンドウ。
最後に、この先蘇るかも知れない者。ちなみに、先に名前を読み上げたものほど、可能性
が高い。
日向マコト。
冬月コウゾウ。
伊吹マヤ。
綾波レイ。」

「・・・そうなんだ・・・。」
僕はそうつぶやいただけだった。でも、不思議と動揺はない。
誰かの手が僕の肩に置かれる。アスカだった。心配そうな顔をしている。嬉しかった。
「僕は大丈夫だよ。ありがとう、アスカ、ケンスケ。」
「・・・シンジも強くなったな。これで僕の役目も終わりだ。」
「なあ、ケンスケ、最後に一つ教えてくれ。お前がどうしてそこまで知っとるんや?」
トウジが聞くと、ケンスケは淋しそうに笑って、紅い海を指差した。
「・・・!まさか!」
「あの海には様々な情報が流れている。僕はあの海に手を浸す事で知りたいと思った事ほ
ぼ全てを手に入れた。今後も必要に応じて使っていくよ。」
「ケンスケ!そんな事しとると、お前の心が持たへんぞ!」
「これが僕の生き方なんだ!そして、今度は僕が、みんなの力になる!」
ケンスケの叫び声に併せた訳じゃないだろうが、遠くにジープが止まった。
「青葉さんだ。僕はもう行くよ。皆も一緒にこないか?」
ケンスケの問いに、誰も答えなかった。ケンスケは笑って、踵を返そうとする。
「相田君!」
委員長が呼びかけた。
「きょうは、いろいろと、ありがとう。同窓会、開くから、その時は来てよね!」
委員長が涙ぐんでいるようにも見えたのは僕だけだろうか?
ケンスケは、驚いたように振り返って、でも、見ていて心地よい微笑みを顔に浮かべた。
「ありがとう、委員長。企画段階から声をかけてくれよ、協力するから。」
そして、今度は本当に青葉さんのジープに向かって歩いていってしまった。最後に一言残
して・・・。
「じゃあな、シンジ、トウジ。お互いに強く、生きていこう。」

「ふー、今回はケンスケに全部おいしいとこ持ってかれたわ。ほな、わしも行くで。」
青葉さんとケンスケを見送ってから、トウジが言った。
「え?行くってどこに?」
「さっきな、マラソンでシンジを待っとる間に、わしの妹が無事やった事、ケンスケが教
えてくれたんや。」
「そうなんだ。良かったね、トウジ。」
「鈴原!」
僕と委員長の祝福の言葉を聞いて、トウジが顔を赤らめる。
「ありがとな、シンジ、いいんちょー。」
「す、鈴原・・・。あのね・・・。」
「何や?いいんちょー。」
「こ、今度さ。その・・・妹さんの顔、見に行っても、いい?」
委員長の顔は真っ赤になっていた。僕は少し驚いて、二人を見詰めている。
「ああ、いつでも大歓迎やで。いいんちょー。」
トウジも少し赤くなっていた。
「ありがとう!鈴原!」
「良かったわね、ヒカリ。」
アスカが茶々を入れる。ちょっと驚いた。アスカももう前のアスカに戻ったみたいだ。
「な、何言うのよ!アスカ!」
委員長も狼狽を隠せない。でも、すぐに落ち着いて、アスカに声をかけた。
「アスカ、うちに来ない?」
「え・・・。」
「・・・葛城さんも死んじゃったんだし、行く場所がもう・・・。」
「・・・。」
アスカも黙ってしまった。
「お姉ちゃんも、妹も、アスカなら大歓迎してくれるはずだし、私も、アスカにそばにい
てくれたほうが、うれしいし・・・。」
「ありがとう、ヒカリ。前向きに考えさせてもらうわ。」

「じゃあ、シンジ。わしらもそれぞれ家族のもとへ向かうわ。」
トウジと、委員長が行く。二人とも、行き先は違うけど、途中まで一緒に行くらしい。そ
れに、二人の心の中はきっと・・・。
「うん、ありがとう、トウジ、委員長。」
「碇君も、アスカも元気で。それじゃ、また、同窓会でね。こんな御時世だから、世の中
が少し落ち着いたらすぐ企画するから。」
「うん、そうだね。」
「わかったわ、ヒカリ。是非参加させてもらうわよ。」
僕とアスカは委員長に同時に返事を返す。
最後にトウジは僕に言葉をかけてきた。
「シンジ、今のお前には望むなら世界をも変える力があるんや。でもお前やったらおそら
くその力を使おうとはせえへんやろ。わしはいい友達を持ったと思うとる。」
「・・・トウジの言っている事、僕には良く分からない・・・。でも、最後の一つだけは
僕も同じ。トウジが僕の友達で、本当に、良かった・・・。」
「・・・お互いに強く生きようぜ。シンジ、また、同窓会でな・・・。」

「あのふたり、うまくいくよね・・・。」
「・・・そうね。」
僕は何気につぶやいたつもりだったけど、アスカが言葉を返してくれた。
結局、みんな集まったけれども、またみんな行ってしまった。
いま、ここにいるのは、アスカと僕の二人だけ。
アスカは、僕に微笑んでくれている。
皆が来る前の、重い気分など嘘のように・・・。
「いろいろ有ったから疲れたでしょ?一眠りしたらどう?」
「う、うん。ありがとう。でも、アスカは?」
「私はもう少しやりたい事が有るから。」
「そう、じゃ、お言葉に甘えさせてもらうよ。」
そう答えて、僕は砂の上に仰向けになる。さすがに疲れていた。
アスカは、僕を見て優しく微笑み、ゆっくりと言った。
「おやすみ、シンジ。」
・・・アスカが僕にシンジって言ってくれたのは始めてだな・・・。
そう思いながら、僕はまどろみ始めていた・・・。


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