夏の行方Written by Eiji Takashima
第九話 男の子、女の子 「うわぁー……」 光と言うものは全てを変える。 篠崎さんは夏の日差しに煌く山の緑に思わず歓声を上げていた。 そして僕も片手で直射日光を遮りながら、目の前の光景を眺めていた。 「うん……」 それは、懐かしさと新鮮さが混在する景色。 網と虫かごを持って走り回った僕の子供時代の夏の思い出は、既に都会では見出せなくなっている。 しかし、駅前だと言うのにここにはそれを感じさせるものがあった。 高崎の駅前とは比較にならないのどかさを感じさせるこの沼田駅の駅前ロータリー。 しかし、高崎には及ばないにしても、さほどの田舎でもないここは僕に丁度いい感じで、居心地良さを覚えていた。 「……正面からいきなり山なんですね……凄いです」 それは比較的見慣れた埼玉の田舎とは一線を画している。 篠崎さんもそれを強く感じてか、遠くを見つめたままそう僕に告げた。 駅前から出発したバスが、すぐ目の前の山の坂道を登っていく。 そのちょっと変わった光景は、僕の心を少しくすぐった。 「うーん、埼玉とはもちろんのこと、さっき降りた高崎ともまた違いますね。いい感じです」 僕も篠崎さんと同じように、感じたままを口にしてみた。 自分のする発言の内容をとやかく考えないと言うのは、なかなかにすっきりする。 僕が口下手なのは、もしかしたら何を言おうか、そして何を言ったのかをいちいち考えているからなのかもしれない。 僕はそんなちょっとしたことに気付くと、篠崎さんを真似して自然に語ろうと思った。 「はい。ここで降りてよかったですね」 篠崎さんは僕の方を向いてそう言った。 有り難うと言われるとちょっと申し訳なく感じただろうが、よかったと言われると自分でもそう思える。 この沼田で降りたのは本当に偶然だったけれど、僕も篠崎さんと同じく、この幸運を喜んでいた。 「ええ……僕もそう思います」 平日の昼間と言う事もあって、沼田駅前は不思議な閑散さを感じさせる。 ここもお盆が近くなれば、活気に溢れるに違いない。 しかし今はまだ学生も夏休み前。 そんな時間にこんな風に旅行者をしているのは、僕と篠崎さんくらいなものだった。 「ここの名物って何なんでしょうね? あ、あそこにおまんじゅう屋さんがある!!」 いつものように薄ぼんやりしている僕とは違って、篠崎さんは完全に旅行者をしている。 周囲の景色を一通り堪能し終えると、今度は身近な駅前を物色し始めた。 そしていいものを見つけたと言う感じで元気良く指をさして大きな声でそう言うと、僕の顔を見上げた。 「あ、本当ですね。何だかのぼりみたいなもの立ってますし……」 「真田・・・あ、真田幸村とかでしょうか? 私も知ってます」 「ええ、そうでしょうね。あの丸に十文字は真田家の旗印ですから……」 僕は知ったような口を利く。 ちょっとした自分の知識がこうして役に立つのは悪い気がしない。 まあ、知識と言ってもたかが知れているけど、でも、やっぱり篠崎さんと違って大学生なんだしと言う見栄のようなものは存在していた。 「へぇ……高木さんって詳しいんですね。歴史とか、お好きなんですか?」 「うん、まあね。大学受験の時日本史とってたし、歴史小説とかも時々読みますし」 「そうなんですか……どうも私って歴史とか駄目で。まあ、数学よりはまだマシだと思うんですけど」 「そうだね。僕も数学は駄目かな? だから典型的な文系人間」 笑って雑談に花を咲かせる僕達二人。 考えてみると、ずっと一緒に電車に揺られてきたと言うのに、お互いのプライベートみたいなところにはあまり触れてはいなかった。 やはり、篠崎さんはともかく、この僕が自分から垣根を築いて……。 しかし今、僕は篠崎さんに対するその垣根を完全に取り払っている。 そして更に、篠崎さんを理解しようと歩み寄る姿勢すら見せている。 そんな僕の変化は、自然と僕達の関係をも変化させていたようだった。 「でも、ちょっと残念かな?」 「どうしてです?」 「高木さんが数学得意なら、教えてもらおうかと思ってたのに」 「ごめんね、僕、あんまり頭のいい方じゃありませんから……」 篠崎さんの言葉に、僕はちょっと残念そうな答えを返す。 でも、内心悪い気はしなかった。 これは僕の考え過ぎかもしれないけれど、まるでこれからも存在することを示唆させるような発言だったからだ。 そしてそれが現実でなかった事がより嬉しい。 篠崎さんのちょっとした冗談を、僕は本気で信じ込まなくても済むから……。 「そんなことないですよ。高木さん、頭良さそうに見えるし……」 「見えるだけですよ……」 「そ、そうですか?」 「そうですよ。見かけをあまり信じ込まないように」 何だかこんなことを言う自分が情けない。 でも、「頭良さそうです」と言われて、「はい、おっしゃる通りです」なんて返せるほど自惚れてなんかいない。 篠崎さんの言葉を肯定出来る程に頭がよかったら僕もよかったんだけど……。 「でも、見かけだけじゃないですよ。その言葉の端々に、私より頭がいいんだな、って感じさせますから」 「それは単に篠崎さんよりも年食ってるだけです。僕と同じくらいの年になれば、ちょっとした物言いくらいは覚えますから」 「……ごめんなさい。私、その、余計な事を……」 僕のちょっと冷たく感じさせるような返事の連続が、とうとう篠崎さんを押し潰してしまったようだ。 僕はしゅんとしてしまった篠崎さんの姿を見て、一瞬背筋が凍りつくような後悔を感じた。 篠崎さんはこの僕を何とか誉めようとしていたのに、その相手の僕がそれをことごとく否定したりして……。 そんなちょっとした好意がはねのけられることを想像してみれば、明らかに非は僕にあった。 「あ、そ、その……僕の方こそごめん!!」 僕はとにかく勢い良く頭を下げる。 咄嗟に考え付く事と言えば、やはり謝る事以外にはなかった。 そもそも僕は女性のあしらい方なんて全然知らないし……。 するとそんな僕の後頭部に、篠崎さんの声がかかった。 「じゃあ……おまんじゅうで手を打ってあげますよ」 「えっ?」 僕は驚いて顔を上げる。 篠崎さんの顔は悲しみに暮れるどころか、にこにことしていた。 僕はまたこの娘に一杯食わされたかと思う。 しかし、そんな僕の思いを先読みしたのか、篠崎さんは笑みを消して僕にこう告げた。 「でも、別に高木さんをひっかけた訳じゃありませんよ。私、傷ついたのは事実ですから……」 「あ……」 「だけど、傷ついたからってめそめそ泣くのは私の性には合いませんから。だから、私も高木さんも笑っていられるように、 ちょっと考えてみたんです」 「篠崎さん……」 「だから、今のは高木さんがおまんじゅうをご馳走してくれる事でなし!! いいですね!?」 「え、う、うん……」 「ほら、笑って笑って!! まあ、おいしいおまんじゅうを口にすれば、高木さんでも自然と笑顔がこぼれるかな?」 篠崎さんは笑顔で僕の二の腕を軽く叩きながらそう言った。 それを聞いて、僕は完全に彼女には勝てないと悟った。 でも、篠崎さんは僕のそんな思いには気付かない。 ぐるっと僕の背後に回ると、両手で僕の背中を押し始めた。 「じゃあ、行きますよ、高木さん。ほら、進んだ進んだ!」 「え、ええ……」 僕は篠崎さんに後押しされて、その饅頭屋さんに向かって進んだ。 この真夏に饅頭なんて、季節外れかもしれないけれど、でも駅前でちゃんとした店を構えている事を考えると、 この沼田の名物なのかもしれない。 現に客引きのためだろうと思われる店先の饅頭蒸し器のようなものからは湯気が出ており、小腹が空き始めていた僕の食欲を刺激した。 「あれ、今蒸してるんでしょうか? だとしたらうれしいな……」 やっぱり篠崎さんも女の子らしく、甘いものが好きらしい。 僕も饅頭は嫌いじゃなく、むしろ好きな方だったけど、でも、空腹を満たす対象には考えられない。 篠崎さんも、僕と同じかもしれないけど……。 「どうでしょうね? 今は饅頭の売れる時季でもないし時間帯も……」 「でも、お願いしてみれば、蒸したてをくれるかもしれませんよ」 「そ、そうですね」 こういう風に前向きに考えられるところが流石だ。 現に僕だったら恥ずかしくてそんな事は絶対に言い出せない。 だから僕は少し感心しつつ、もう僕の背中を押すのはやめて傍らに並んだ篠崎さんの横顔をそっと見つめた。 「だるま弁当でも冷凍みかんでも失敗してますから、今度こそ成功したいです」 「…………」 何だか篠崎さんの決意は固い。 僕はそれを見て、饅頭の蒸したてが存在してくれる事を切に願った。 「どうかな……」 店先の蒸し器はただ湯気を発していただけだった。 まあ、蒸し器の偽物でもないところにまだ希望が持てたが、それでも湧き上がる不安は抑え切れなかった。 覗き込むように篠崎さんはお店に顔を突っ込む。 丁度透明の自動ドアは開ききった状態で停止していた。 お客さんが入りやすいようにとのお店側の配慮だろうけど、夏の暑い最中には考え物かもしれなかった。 しかし、篠崎さんの瞳の輝きが衰える事はない。 都会のコンクリートジャングルの照り返しから見れば、いくら日中の駅前とは言えこの沼田は清々しい。 クーラーの悪癖に完全に汚染された僕とは違い、篠崎さんは暑さもさほど感じていないのだろう。 そんな篠崎さんの姿を見て、自分にもこんな時代があったのだと、僕は少しだけ懐かしく思った。 お店の中は小綺麗に整っていた。 ショーケースには各何個入りかの詰め合わせのサンプルが並んでいたが、奇をてらうような品物はなく、 ただ質実剛健な饅頭がメインだった。 「流石は真田と言うべきか……」 何となく、僕はそんなことを呟いてみる。 よくある観光地の派手な土産物売り場を見てはげんなりする僕にとっては、このお店はなかなか好感を持たせる雰囲気を持っていた。 そしてカウンターには一人だけ店員さんがいた。 僕と同じく休みに入ったばかりの慣れない大学生のアルバイトなのか、こんな珍客に対しても礼儀正しく頭を下げて迎え入れてくれた。 「いらっしゃいませ」 「あ、あの……蒸したてのおまんじゅうとか、ありますか?」 笑顔の店員さんに珍しくちょっと戸惑いながらも、篠崎さんは早速本題を切り出した。 僕は胸をドキドキさせながら成り行きを見守っていたが、言い出してしまうと篠崎さんも吹っ切れたのか落ち着いた様子を見せていた。 「御座いますよ。沼田名物ですから」 「えっ、やったぁ!!」 店員さんのその言葉に、篠崎さんはまるで飛び上がりそうなくらい喜んでみせる。 僕も篠崎さんを失望させる事にならなくなって、ほっと胸をなで下ろしていた。 「おひとつ80円になっています。おいくつ召し上がりますか?」 「えっ……高木さんはいくつ食べます?」 注文の数を聞かれて、篠崎さんは振り向くと僕に訊ねる。 僕は一瞬答えに迷ったが、結局こう返事をした。 「篠崎さんと同じでいいですよ。多くても少なくても大丈夫ですから」 「流石は高木さん、包容力のある大人ですね」 ちょっとおどけてそう言う篠崎さん。 でも、ちょっと人前でそんなことを言われるのは恥ずかしかった。 現に篠崎さんと僕を見て、その店員の女の子は微笑ましい苦笑をしていた。 「し、篠崎さん……」 「でも、大丈夫ですか、女の子の私に合わせたりなんかして?」 「い、いや、僕も甘いもの嫌いじゃありませんし……」 「ならよかった。じゃあ、二人で12個、1ダース下さい」 「かしこまりました。そこに腰掛けて少々お待ち下さい」 店員さんは笑って篠崎さんの注文を受けると、奥の方に消えていった。 僕と篠崎さんは店内に二人だけで残されると、示された椅子に腰を下ろす事にした。 「きっと笑ってるよ、あの娘……」 「そうかもしれませんね」 困ったような顔をしながら店内の奥の見えないやり取りを気にする僕に対して、篠崎さんはあっけらかんと答える。 やはりと言う印象は否めないものの、僕は何となく篠崎さんに訊ねてみる事にした。 「気にならないの、篠崎さんは?」 「はい……別に悪いことしてる訳じゃありませんし」 「た、確かにそうだけど……」 「なら気にしない事です。きっとおいしいおまんじゅうを食べれば、気にもならなくなりますよ」 「だといいんですけど……」 まだ吹っ切れない僕に対して、篠崎さんは至ってにこやかだった。 やはり些細な事よりも、これからくる蒸したての饅頭の方が気になるのかもしれない。 僕も無理矢理頭を切り替えようと、饅頭の事に思いを馳せる事にした。 「おまちどうさまでした」 しばらく待った後、店員さんはそう言って僕達二人の元へまだ湯気を立てている饅頭を持ってきてくれた。 「うわぁ……おいしそうですね、高木さん」 「熱いから気をつけて下さいね」 「わかってますって……あちち……」 篠崎さんは手で持っているにはまだ熱すぎる饅頭に苦戦しながらも、表情は生き生きとしていた。 そしてお手玉のような感じで饅頭を一つ弄びながら表面を冷ましつつ、素早く頬張ってみる。 「むむっ……」 流石の篠崎さんも熱さで呑気に解説している余裕はないらしい。 ただ、饅頭の入った入れ物を、スカートの上で僕の方に少しだけ滑らせて意思表示をした。 「じゃあ、僕も……あちっ!!」 やはり蒸したての饅頭は熱い。 僕は思わず取り落としそうになるものの、何とか堪えて篠崎さんの様子を真似した。 「おいしいです、やっぱり」 僕と入れ替わりに一つ食べ終えた篠崎さんが、熱さに弄ばれている僕を見ながらそう言う。 「そ、そう? よ、よかったね、ここに来て……」 ちゃんと顔を見て答えたい僕だったが、手の中の饅頭がそうさせてはくれなかった。 でも、篠崎さんも既に経験者でその辺のところはよく理解しているのか、敢えて余計な事を言う事もなかった。 「はい。じゃあ、私は二個目に……」 そして、しばらくの間、僕と篠崎さんは夢中で饅頭に取り組んでいた。 途中、気を利かせた店員さんが二人分の麦茶を用意してくれる。 熱い饅頭にはこれまた熱々の緑茶だろうが、饅頭の中の熱い餡に口の中が半ば低温火傷になりかけている僕は、 この冷たく冷やされた麦茶は妙においしく感じられた。 篠崎さんも僕と同じだったようで、二人してぺろりと1ダースの饅頭を平らげた頃には、麦茶のグラスは綺麗に空になっていた。 「ごちそうさまでした」 礼儀正しく篠崎さんがごちそうさまを言う。 その満足げな様子は、些細な挨拶の言葉からも容易に察する事が出来た。 「おいしかったですね、本当に」 「はい。高木さんが食べるの遅かったら、取って食べちゃってたと思います」 篠崎さんは笑って冗談を口にする。 現実なら篠崎さんはそんなことはしない。 でも、そんなことを言える篠崎さんが何だか心地よかった。 「それならもう少し頼みます?」 僕はそう訊ねてみる。 別に僕はこれで充分だと思ったが、篠崎さんがもっと食べたいなら追加で注文してもいいと思えた。 しかし、篠崎さんはそんな僕の言葉に済まなそうに応えて言う。 「いえ……もう充分です。腹八分目って言いますしね。お腹いっぱいの時に食べてもおいしくありませんから」 「そうですか……」 「でも、お土産に買っていきたいですね、これ」 「そうします?」 「はい!!」 そして篠崎さんは元気よく立ち上がると、店員さんのいるカウンターへと向かった。 「ええと……この18個入りのを下さい。あ、高木さんはどうします?」 「僕はいいよ」 「そうですか? なんだ残念……」 あまり店員さんの相手をしながら僕に呼びかけて欲しくない気がする。 でも、さっきと同じく篠崎さんはそんなこと全く気にした様子もない。 店員さんはさも愉快そうに僕達二人の事を交互に見ているって言うのに……。 「ま、しょうがないか……」 僕は諦めの呟きを漏らす。 篠崎さんは今更変わりようがないし、こんな彼女は篠崎さんの一部であり、魅力を形成する要素でもあった。 たとえ僕がそれを自分に受け入れられないとしても……。 僕がそんなことを考えていると、篠崎さんは買って戻ってきて僕の横に再び腰掛ける。 そしておもむろに黒い学生鞄を大きく開く。 その中には教科書やノート、そして女の子らしいポーチなどが入っていた。 「どうしたの、急に……?」 「ここに仕舞いたいんです。荷物いっぱいじゃ大変ですから」 篠崎さんは僕の問いに答えると、鞄の中に饅頭の箱を詰めようとする。 しかし、元々入っていた中身に邪魔されて悪戦苦闘する。 最後には入れてもらったばかりのビニール袋まで取り去っていた。 「……どうも無理っぽいですね。ちょっと僕に貸してみて下さい……」 「あ、済みません、高木さん……」 僕はそう言って篠崎さんの手から饅頭の箱を取る。 篠崎さんもそれでようやく冷静さを取り戻したのか、軽く応じると大人しく僕に任せる事にした。 「…………」 しかし、どう見てもこの鞄に入りそうには見えない。 物理的に不可能なのだ。 僕はあっさりそれを悟ると、おもむろにそれを再びビニール袋に戻す。 そして篠崎さんの学生鞄の蓋も閉めた。 「えっ、もう諦めちゃうんですか?」 篠崎さんが意外そうな声を発する。 しかし、僕はそれに応える事なく、自分の鞄を開けるとそこに放り込んだ。 それが、僕の答えだった。 「あ……」 「僕が持ってますよ。別に重くもないし……」 「でも、いいんですか?」 「気にしないで下さい。大したことじゃありませんから」 僕は笑って言う。 でも、僕と同じく篠崎さんもこういうのは気にするタイプらしい。 人には何くれとしてやるくせに、人に何かをしてもらうのは妙に気になる。 僕は自分を見ているようで、何だか少し面白かった。 篠崎さんとしては、そういう呑気な状況じゃないかもしれないけれど。 「でも、なんだか……」 申し訳なくて……そう続くに違いない。 でも、僕はそんな篠崎さんの言葉を遮って言う。 「僕は男の子ですから。だから、女の子の荷物は持つんですよ」 「た、高木さん……」 「だから行きましょう。僕にも男の子らしい事、させて下さいよ」 男、ではなく、男の子。 わざわざそう言ったところがポイントだった。 自分が女の子であると言うところに固執する篠崎さん。 だから、僕も男の子のスタンスに立つ。 年上の男ではなく、女の子に対する男の子として。 別にそれがずっと続く訳じゃない。 でも、今はこれが一番だと僕には思えた。 「……わかりました。高木さんがそう言うのでしたら……」 「よし、決まり。外に出よう。時間はそんなにある訳じゃないから……」 そして、僕は再び篠崎さんの手を取る。 それは意識した僕のリード。 でも、篠崎さんはそれを拒まない。 「そうですね、まだ、風を見つけた訳じゃありませんから!!」 篠崎さんはそう僕に応える。 そう、僕達は風を探していたんだ。 でも、僕はいつのまにか忘れかけていた。 篠崎さんにとってはともかく、僕にとっての風はあくまで抽象的なもの。 そして僕は、それを既に見つけているような気がしていた。 それはまだ、おぼろげな予感にしか過ぎなかったけれど……。 |