銀の翼、彼方に

Written by Eiji Takashima

第十一章 魂の記憶



「私は敵勢力に対抗する力を求めて、文献を頼りにエルクゥの古代武器を探しに地下へと進みました――」

私はみんなに事情を説明し始める。
もう、黙っている時ではなかった。
みんなは私の言葉に驚いていたけど、あの時の私の姿を見た梓姉さんだけは、少し落ち着いた様子を見せていた。

「で、そのあなたの見つけたエルクゥの小型戦闘艇は、初音しか操縦出来ないってことなの?」
「そうです、千鶴姉さん。『巫女』の能力を持つ初音でないと駄目なんです」

私は千鶴姉さんに断言して言う。
まだ予測の範囲内だけど、あれは間違いなくエルクゥの遺物。
それなら『巫女』が扱えないはずはなかった。

「『巫女』? それって何なの、楓?」
「言葉のままです。もっと詳しく言うと、星船を始めとするエルクゥの科学が生み出した生体兵器と精神的に繋がることの出来る能力を持つ者、というところです」
「あ、あなた、どうしてそんな……」

詳しすぎる、と言いたいのだろう。
それは抱いて当然の疑問だった。
でも、初音や耕一さんなら、何となく見当がついてもおかしくなかった。

「『巫女』としての自覚はある、初音?」
「え、う、うん……アゼルさんも言ってたから」
「アゼルさん? それは一体何者なの?」

初音の口から聞き慣れない名前が零れた。
私は咄嗟に追求する。

「え、あ、うん、みんなに言うのは忘れてたんだけど……あの、昨日私と耕一お兄ちゃんが見た星船。その名前がアゼルって言うんだよ」
「どうしてそれを?」
「そ、それは……わたしとアゼルさん、お友達だから」
「だから、どうやって友達になったの?」

少し興奮していた。
私は初音を脅しているかのように身を乗り出して質問を繰り返した。

「う、うん。ええと、ヨークの時みたいに返事してくれないかなって思って呼びかけてみたら、アゼルさんが応えてくれたから」
「それはいつの話?」
「えっと、お昼前。学校を抜け出して……」
「実際に敵の船をその目で見たの?」
「ううん、見てないよ。声が届いたから、そのまま学校に戻った」
「そう……」

予想外の展開だった。
初音の『巫女』の能力がまだ不充分だったらと言う懸念が私の内部にあったからだ。
でも、それも杞憂に終わる。
私が干渉しなくても初音は自分でその能力を自らのものとし、操っていたのだ。

「凄いな、初音ちゃん。そんなことが出来たんだ」
「う、うん。アゼルさんとも色々お喋りしたよ。話し相手が他にいないみたいだから、喜んでわたしに付き合ってくれたし」

耕一さんが感心して言う。
その反応に、初音もうれしそうに耕一さんに応えた。

「ところで初音、そのアゼルって敵の船、そいつにあんたがお願いして上手いこと地球からお帰り願うって訳には行かないのか?」
「うん……残念だけどね。アゼルさんにはご主人様がいるから、やっぱりその命令を無視して勝手なことは出来ないみたい。わたしとお友達になったっていうのも、アゼルさんにとってはプライベートのことだから」
「なるほど。しかし宇宙船のくせにプライベートを主張するなんて生意気な奴だな」
「そんなことないよ。アゼルさんは礼儀正しいし本当に人間みたいなんだから」
「そうそう、梓よりもマシな奴みたいだしな」
「耕一ッ!」

梓姉さんの提案はあっさり初音に却下された。
でも、考えてみれば当然の話だ。
何でも『巫女』の思うままなら、『巫女』の存在は単に危険な異能者と言うことになる。
生体兵器には必ず所有者というものが存在し、その命には従わなくてはいけないのだ。

「初音、ちょっと試してもらいたいことがあるんだけど……いい?」

ふといい案を思い付く。

「えっ、なに、楓お姉ちゃん?」
「私の見つけた小型艇、それと今ここで話をしてみて欲しいの」
「お話?」
「そうよ」
「うーん、方向と大体の距離がわかれば。アゼルさんは相手がどの辺にいるか把握してないと駄目だって言ってたから」
「方角はここからだとほぼ北西。距離は……はっきりとはわからないけど、四キロ前後だと思う」
「北西に四キロだね。やってみるよ」

そして初音は北西の方を向くと、両目を閉じた。

「…………」

実際に初めて目にする念話能力。
初音の表情はリラックスしているけれど、その身体からは膨大な力が溢れ、肉眼でも拝めそうなくらいだった。

「千鶴姉さん、これ――」
「ええ、わかってるわ」

千鶴姉さんに呼びかけても、私を見ようともしなかった。
ただ上の空で返事を返し、その目はただ初音を凝視している。
千鶴姉さんは初音の変貌を見て、明らかに恐れに近いものを感じていた。
でも、私も人のことは言えない。
初音の力の解放は、同じく力を所持するものならば皆、戦慄するほどのものだったのだ。

「力が……収束していく……」

思わず呟く。
初音の放つエネルギーが一方向に向けられ、更に密度を濃くする。
力の持つ性質が違うから壁などを破壊することもなくそのまま素通りしているけど、何となく私はその前に立ちたいとは思えなかった。

「んっ……これかな? ええと、聞こえますか?」
「見つけたの?」
「う、うん。これみたい。ちょっとアゼルさんとは違うけど……って、ちょっと待って!」

いきなり初音が制止の叫びをあげる。
あるはずもないトラブルかと思い、みんな身を凍らせた。

「ああっ、もうっ!」

初音は珍しくいらついた様子を見せた。
が、それも一瞬のこと。
頭を左右に振って、気持ちを払う。

「どうしたの、初音?」
「う、うん……すぐにわかるよ。ちょっとみんな、こっちに来て」

初音はそう言って困ったような顔をしながら縁側に向かう。
何のことだかさっぱりだったけど、私は初音の後に続くことにした。

「ごめんね、千鶴お姉ちゃん――」

気まずそうな顔をする初音。
そしてその向こうには――

「こ、これってまさか……」

そのまさかだった。
家の広い庭には、ついさっき見たあの銀色の船が居座っている。

「話し掛けたら、有無を言わさずこっちに来ちゃった。何だかせっかちさんみたいで……」

確かにこれではせっかちさんだ。
しかしそれにしてもなんという速度。
初音が呼びかけてから十秒と経過していないのに、もう家の庭にまで到着している。
しかも音や振動も全く無しに。
まさに脅威の船だった。

「庭の植木とか、ぐちゃぐちゃにされちゃったね。わたしもまさかこんなことになるとは思ってなかったから」
「い、いいのよ、初音。あなたのせいじゃないんだから」

千鶴姉さんの言葉も棒読みだ。
その目は夕陽に輝く船体に釘付けになっている。

「何だか随分綺麗な船だな……」

耕一さんも感嘆の声を上げる。
特にアゼルとか言う敵の星船を一度目にしているだけに、そのギャップに驚いても当然だと思う。

「本当に綺麗だよね、耕一お兄ちゃん……って、えっ?」
「ん、どうした、初音ちゃん?」
「う、うん。あの、名前はスレートさんって言うみたいなんだけど、彼女、女の子みたいで……」
「はあっ!?」
「だ、だからね、女の子だから綺麗なのは当然だって言いたいらしいの。変な話だけどね」

確かに変な話だ。
でも、そんなことはどうでもいい。
この驚異的な性能を前にすれば、性別が女だろうと性格が野蛮だろうと問題じゃない。

「初音、この船の兵装はどうなの?」
「へいそう?」
「つまり、装備している武器のこと」
「武器……」

途端に初音の表情が曇った。
初音にしてみれば、この美しい船もただの友達でしかない。
でも、私達からしてみれば、敵に打ち勝つための特別な授かり物だった。
そのギャップが初音を苦しめる。
こうなることは、何となく予期してはいたけれど。

「必要なことなのよ、初音」

重ねて言う。
冷酷な姉だと思われてもいい。
そのくらいの汚名でこの危機が乗り切れるのなら、安いものだった。

「……わかったよ、楓お姉ちゃん」

そして初音は目を閉じる。
スレートと名乗る船と対話しているのだ。

「――ごめん、楓お姉ちゃん。武器は何もないって」
「嘘」
「う、嘘じゃないよ。スレートさんは、そんな野蛮なものはないって言ってるもん」
「じゃあ、何があるの? 女王の専用艇に何もないなんておかしいもの」

『巫女』即ち女王だ。
エルクゥの技術の全てを一手に担う『巫女』の存在は、エルクゥにとって女王にも等しいのだ。
だからリネットがヨークを堕とした時も、誰も彼女を責めることがなかった。
『巫女』を敵に回すことは、そのまま死を意味したから。
しかしリネットの失態は『巫女』への不信へと繋がる。
畏れは残っていても、絶対服従はしない。
特にエルクゥは自立心の強い種族なだけに、一度崩れ始めたものはなかなか取り返しがつかなかった。
そしてその乱れた統制の捌け口とも言えたのが一族にとっても不肖の娘エディフェル。
リネットへの不満が形を変えてそのままエディフェルに雪崩れ込んだ。
ダリエリが制御しようとしたものの、ニンゲンを軽視する彼にとってエディフェルはいくらリネットの姉と言えど、親身になって庇う相手でないから尚更質が悪い。
ダリエリが守るのはリネットだけ。
結局『巫女』とはそういう存在なのだ。

「ええと……精神エネルギーを増幅し具現化する……とかなんとか。スレートさんの話はわたしには難しくてよくわかんないよ」
「わかったわ。つまり、簡単に言ってしまえば、初音が思ったことを何でも実現するってこと」
「って、本当なの、楓お姉ちゃん!?」
「まあ、物理的なことに限ると思うけどね」

そう言って苦笑する。
確かに武器じゃないけどスレートの示したものは武器以上のものだったから、私も笑わないとやってられない。
まさに女王の船に相応しい、並外れた能力を持っていると言えよう。
これだけの特別な船だったら態度が大きくなってもおかしくはないと思う。

「じゃあ楓、これに乗って戦えば、あんな敵なんかあっさり駆逐できるのね?」

千鶴姉さんがうれしそうに言う。
確かにこれに乗って戦えば、姉さんの言う通りになるだろう。
しかし姉さんは一番大事なことを忘れいてる。
これを操れるのは、ここにいる初音だけなのだということを。

「恐らく。塵にして宇宙に撒き捨てることだって可能だと思います」
「なら話は簡単じゃない。ささっと片付けてしまえば――」
「でも、乗るのは初音なんですよ、千鶴姉さん」

そして私は初音の方に視線を向ける。
案の定、初音はうつむいたまま固まっていた。

「初音――」
「わたし……そんなことしなくちゃいけないの?」
「そうよ」
「嫌だよ。したくない」
「初音っ!」

千鶴姉さんが叱咤する。
でも、そんなものが無意味だということくらい、姉さん自身がよく知っているはずだった。

「わたし達の方が強いなら、それを使って交渉しようよ。勝てないってわかったら、向こうも引き下がってくれるかもしれないし……」
「だけど、あいつらは狡猾だぞ」

うつむいたまま理想論を語る初音に厳しい一言を突きつけたのは、他ならぬ梓姉さんだった。
梓姉さんは私達の中でも唯一彼らと言葉を交わしている。
その経験から来る言葉はとてつもなく重かった。

「楓は知ってると思うけどな、あたしは連中の一人と話をしたんだ」
「本当なの、梓?」
「ああ。ぱっと見は大したことないし、第一印象は善人だ。でも、どうして善人だかわかるかい、初音?」

梓姉さんの問いかけに、初音は力なく首を左右に振る。
そんな初音を見下ろしながら、梓姉さんははっきりと答えた。

「あいつは言ったんだよ、あたしのことを『雌猿』ってな。つまり、あいつらの優しさは動物に対する優しさだ。こっちが牙を向ければすぐに本性を現す。あんたが庇おうとしてるのは、そんな最低な奴等なんだぞ、初音」
「…………」

初音は何も言えない。
初音自身、自分の発言が子供じみた我が侭だということは承知している。
それでも尚攻撃したくないと主張できるのは、初音の誰よりも優しい性格から来るものだった。

「梓の言う通りよ、初音。私達家族と得体の知れないモノを天秤にかけて、あなたはその得体の知れないモノを取ると言うの?」
「そんなこと……ないけど……」
「じゃあ戦いなさい。戦って、そして子供時代に訣別しなさい。あなたみたいな子供に耕一さんは相応しくないわ」

厳しい言葉だった。
如何にも千鶴姉さんらしい、容赦のない言葉。
そこには家族を守らなければならないと言う、姉さんの強い意志が見えていた。

「あたしも悪いけど、千鶴姉に賛成だ。でも、無理強いはしないよ、初音。あんたが選び、決めることだからな。ただ、姉の助言として、千鶴姉の言葉は真剣に受け止めて欲しい」
「う、うん……わかってるよ、梓お姉ちゃん」
「それよりもあんたは耕一の意見を聞きな。あたしや千鶴姉なんかの言葉より、今のあんたには何倍も重みがあるだろ?」

梓姉さんは初音に優しく促す。
姉さんは姉妹の中でも一番初音を可愛がっていた。
だからこそ、その気持ちも一番よくわかってあげられる。
そんな姉さんの気持ちがいっぱいに詰まった、姉さんらしい言葉だった。

「耕一お兄ちゃん……は?」
「俺か。俺は……」

耕一さんは悩む。
自分の意見が初音に決定的なものを与えるなら、その責任は誰よりも重大で重い。
耕一さんの言葉は私達のこれからを大きく左右するだけに、迂闊な発言は出来なかった。

「無責任な発言かもしれないけど、俺は初音ちゃんの意見を尊重するよ。初音ちゃんにしか出来ないことなら、初音ちゃんにはどうするかを選ぶ権利があるんだ。俺達がどうこう言うことじゃない……と思う」

考えながらも、耕一さんはそう結論づけた。
が、早くもその発言に千鶴姉さんが指摘を加える。

「なら初音が何もしなかったら、耕一さんはどうされるんですか?」
「その時は俺が、みんなを、守る」

耕一さんの返事は力強かった。
その言葉に迷いは微塵もない。
言葉の強さは、意志の強さの表われだった。

「耕一お兄ちゃん……」

初音の表情が初めて変わる。
耕一さんの発言がどういうことなのか、初音には理解出来たからだ。
自分の我が侭が、耕一さんを危険な目に遭わせる。
それは初音にとっても耐え難いことに違いない。

「初音」

一言だけ、私は名前を呼ぶ。
初音は私の方に首を傾けた。

「なに、楓お姉ちゃん?」
「私の意見、聞いてくれる?」
「う、うん……」

初音なら、私の想いを知る初音なら、私の言葉が理解出来るはずだった。

「初音、私は妹のあなたを愛しています。それに嘘偽りはありません」
「うん、わたしも」
「でも、私はそれ以上に耕一さんのことを愛しています。自分を含めて、ここにいる誰よりも」
「…………」
「今これから私が言う言葉は理論ではなく私情です。でも、私は初音、あなたに言います」

そして、私は初音に頭を深く下げて言った。

「――耕一さんを助けて」
「えっ?」
「家族のことなんてどうでもいいの。私は耕一さんだけ生きていてくれれば。耕一さんのために初音、あなたに一度だけ自分の信条を枉げて欲しいの。お願い、初音……」
「か、楓お姉ちゃん……」
「あなたが戦ってくれるなら、私は耕一さんを諦めてもいい。耕一さんが望むのならば、あなたと耕一さんが結ばれたって構わない。だから、だから……」

私はいつのまにか、大粒の涙を流していた。
涙が頬を伝い、そのまま床に落ちるのがよくわかる。
何故か、それくらいに冷静だった。

「――ずっとずっと、夢を見ていたの。天駆ける星船の夢、大地を疾るエルクゥの夢、そして、次郎衛門を愛したエディフェルの夢……」

誰に語る訳でもない。
でも、誰かに聞いてもらうことが大切だった。
これは私の夢との訣別。
誰かに話すことで、夢が夢でなくなる。
そして夢が私の中から消えてしまえば、想いが破れることにも耐えられるはずだった。

「エディフェルは次郎衛門を愛し、それは今でも変わらない。そう、柏木楓は柏木耕一を愛しています。それは恐らく、永久に変わることはありません。たとえこの身が滅びようとも、あなたを愛したことは魂に記憶されているから……」

次郎衛門でもいい。
柏木耕一でもいい。
私は、私は――

「私の魂は、あなたの魂を愛しています。だからその想いも変わらないものなのです、耕一さん」
「楓ちゃん……」
「あなたが初音を愛そうと、私はあなたのものです。私の生はあなたのために……だから、だから私は耐えられるんです」

耐えること。
考えてみれば、私はずっとその連続だった。
そしてこれからも、きっと私は耐え続けなければならないだろう。
私の魂がある限り、あなたの魂がある限り。
でも、あなたがいれば、私はそれだけで癒される。
私達はそういう関係だった。
だから私は何にでも耐えられるけど、あなたがいないことだけには耐えられない。
この身が滅びても、あなたには存在し続けて欲しかった。

私の名は柏木楓。
ずっとずっと、あなたのことを待っているから……。


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