銀の翼、彼方に

Written by Eiji Takashima

第九章 遺志を継ぐモノ



初めて見た。
アレが私達の敵。
私達が排除しなければならない敵だった。
しかし――

「強すぎる。私達には手も足も出ない」

私は純粋に、恐怖を感じていた。
さっきは梓姉さんがいたから、姉さんを助けなきゃいけないという一心で、自分の力を解放した。
でも、姉さんを運んで逃げるのが精一杯。
あそこで戦いを望めば、間違いなく二人とも捕まっていただろう。

「どうしよう……」

私にはわからない。
たとえ素手で格闘しても、恐らく私程度ではアレに触ることすら出来ない。
しかも、アレが連中の中で特別だって言う訳でもない。
あれほどの能力を持っていても、普通止まりに違いなかった。

「外見から言っても、ただのクルーの一人だって言うのに」

あの星船の中にあと何人の異星人がいるのか、私達には知る術がない。
しかし人数など問題ではなかった。
私達が全員束になってかかって、更に耕一さんが真の力を解放してようやくアレを倒すことが出来るかどうかだ。
耕一さんも次郎衛門の勇姿を継ぐ者ならば、稀代の戦士であることは間違いない。
でも、所詮はエルクゥ。
今、星船に乗って飛来してきた連中は、エルクゥの力を持ちながら、それよりも更に上を行く存在なのだ。
途方もない力量だというのは容易に察しがついた。

「勝ち目が……ない」

どうにもならなかった。
エディフェルの夢を一時的にでも忘れようと、今度の苦難に私なりに全力で立ち向かってみようと思った。
確かに耕一さんのことも気になるけれど、今は耕一さん自身、そんなことを考えている暇などない。
梓姉さんがあそこにいたことを考えると、姉さんは姉さんで色々動こうとしているようだ。
千鶴姉さんは当然の如く全て自分で何とかしようとするだろう。
そして耕一さんは、千鶴姉さんの無茶を見かねて手助けをする。
初音がどうするかはわからないけど、あの異星人の話からすると今回の目的は間違いなく、リネットの遺志を継ぐ、初音の存在に違いない。
あのエルクゥの一団の中でもリネットのみが星船たるヨークと直接対話が出来た。
だからこそリネットは特別であり、崇められる存在なのだ。
そして現代において、その役目は初音に受け継がれる。
昨日の初音の話では、ヨークの最期を看取り、自分の力に気付いたのだと言う。
恐らく初音はまだ気付いていない。
自分の価値が、どれほどのものなのかを。

「初音を守るべきなのか……」

そこが問題。
連中の目的が初音ならば、初音を守ってればあとは奴等が勝手にこっちを襲ってくる。
が、今の戦力で襲撃をかけられたら、まず間違いなく初音を守り通すことなど不可能だ。
だから、私達は防ぐのではなく、倒さねばならないのだ。
千鶴姉さんを始めとして、誰もそこのところを理解していない。
ただ漠然と立ち向かうだけでは、何の解決にもならない。
相手の力量を知り、己の力量を知る。
そこで初めて、勝つための方策を考えることが出来るのだ。

「ここで、私が、やらないと」

細かく区切って、強く自分に言い聞かせる。
逃避行動かもしれないけれど、私が考えるのが一番適任に思えた。
取り敢えず現状、私が一番全員の中でも事情に通じていると思う。
初音にその意思があれば、その能力を駆使してどんな情報も得ることが出来るだろう。
でも、初音にはそんなことをさせたくない。
初音が変わってしまったら、耕一さんが好きな初音でなくなってしまう。
それは私にとっては望ましいことなのに、それ以上に耕一さんを失望させたくなかった。

「相手の身体能力はわかった。あとは――」

そう、あとは科学能力。
それだけは、どうしても知ることが出来ない。
私達にとっては未知の部分が多すぎるし、こればかりはどうしようもない。
ただ、私達には想像もつかない兵器を所持していることは疑いようがなかった。
やっぱりあの異星人達もエルクゥの流れを継ぐ者だから、その戦闘能力に相応しい武器製造技術もあるはず。
実際、エディフェルの時代にもエルクゥ達は凶々しい武具を数多く所有し、奇跡的に世に出てしまったものに関しては『魔剣』だとかなんだとか言われて、伝説上の武具として特別に扱われている。
それらは根本的にエルクゥ向けに作られており、ヨークなどに代表される生体兵器が殆どである。
生体兵器はそれと会話が出来なくとも、それ相応には扱える。
しかし全ての能力を引き出すには、リネットのような『巫女』の力が必要だった。
生体兵器はその名の如く生きた兵器。
『巫女』の意を受け、兵器自らが『巫女』のためだけに攻撃をする。
それは恐ろしい能力だった。
しかし、異星人は『巫女』を欲していた。
それこそ渇望しているといってもいい。
未だヨークと同型の星船を使用しているところを見ると、通常兵器はともかく、エルクゥ直伝の生体兵器は左程進化していない。
だがそれも当然だ。
何故なら彼らには『巫女』がいないのだから。

「初音が『巫女』なら、こっちにも勝機はある。だけど……」

初音の意に添わない。
エルクゥの生体兵器をどこかから入手し、それを初音が使用するなら勝てる。
でも、初音は優しい子だ。
いくら敵とは言え、誰かをその手にかけるなんてことなど出来るとは思えない。
それがたとえ耕一さんを守るためであったとしても、初音は拒むだろう。
みんなが仲良くなれるはずだと、心から願って。

「――私もエディフェルの遺志を継ぐ者。リネットには遠く及ばないけれど、生体兵器の扱いくらいなら何とかして見せる」

決意。
初音に無理はさせたくない。
私の胸にはエディフェルの誇りと、柏木家三女の楓としての誇りがある。
私は私の出来ることをするだけ。
誰に犠牲を強いることもなく、私は私の信じた道を行く。
たとえそれが、自らの身を滅ぼすことになろうとも。





柏木家が懇意にしている寺がある。
理由を知るものは数少ない。
ただの檀家にしては、深入りし過ぎている。
謎の死を遂げたと言われている面々は、全てこの寺で葬儀が行われた。

「こんにちは……」

私は静かに挨拶をして中に入る。

「いらっしゃい、楓ちゃん」

寺の住職が笑顔で出迎えてくれる。
高校生がうろつく時間じゃないけれど、細かいことは何も言わない。
余計な詮索をしないことが、この寺を存続させるためには必要だった。

「また、書物を拝見させて下さい」
「遠慮せず、見て行っておくれ。どうせ楓ちゃんしか見ないだろうからね」
「ありがとうございます」

案内も無しで勝手に奥に進む。
こういうことは、初めてのことではなかった。
そもそもこの寺にある書物など、殆どが柏木家ゆかりのものだ。
柏木家が代々置かせてもらっていたと言っても過言ではない。
あまり目立つところに置くにはよくない本ばかりなのだ。

「最後の確認だけど……」

鬼の伝承に関する書物は既に殆ど調べ尽くしている。
だからこれは最終確認だけだ。
実際に物としてはっきりと形になっている遺物は、この寺に納められている次郎衛門の折った角と、それから叔父様から初音に託された次郎衛門の牙だ。
生体兵器とは言っても殆どがこのようなエルクゥの身体の一部でしかなく、ヨークなどの星船のような大規模でそれ自体に意思を持つものなどは稀である。
しかし痩せても枯れてもエルクゥの身体の一部はそれだけで大きな力を持つ。
ここにある次郎衛門の角も、削って刀にすれば使う者の意志で岩をも両断する業物に生まれ変わる。
ただ、その程度では意味がない。
私が求めているのはヨークと同じく意思を持つ武具。
そうでなければ、あの異星人の科学兵器に太刀打ちなど出来るはずがない。

「ええと、確か……」

ヨークの存在は、この書物で大体の見当はつけていた。
しかし、ヨークは初音にでないと心を開かない。
私が探しに行ったとしても、絶対に発見出来るはずがなかった。
でも、初音――つまりリネットと関係のなかったものであれば、この私にも見つけることが出来るかもしれない。
そう思って私は万が一の時のために、どの辺りに眠っているかを調べておいたのだった。

「これも、ただ夢を真実のものにしたかっただけなんだけど」

軽く苦笑する。
まさかこの虚しい作業がここで役に立つとは夢にも思っていなかった。
実際、調べてはいたけれど、本当に存在するとは信じていなかったのだ。
私は調べておいた部分をメモに書き移し、書庫を後にしようとする。
が――私の眼に、あるものが留まった。

「――これも持っていこう。これがあれば、きっと私にも、心を開いてくれるから」

そして、私は次郎衛門の角が入った木箱に手をかける。
ゆっくりと紐を解き、蓋を開ける。
そこには鈍い青に光る角があった。
私が手にすると、一瞬ひんやりした感触。
続けて私に体温を合わせて温度を上げた。

「次郎衛門が、私を感じてくれてる……」

それは初めての感触だった。
今までは見せてもらったことがあるだけで、こうして実際に触れるのは初めて。
何かが変わってしまいそうな気がして、触れなかったのだ。
私はポケットからハンカチを取り出して角を包むと、それをまたポケットに入れた。
そして寺を後にする。
後はただ、探すだけだった。



山の中に分け入る。
そもそも古文書の写しだから、現在と道は違うし、方向性も定かではない。
でも、とにかく信じて突き進む。
そして不安になる度に、ポケットの中に手を入れて次郎衛門の角を触った。
不思議な温かみに触れるだけで、何となく勇気が湧いてくる。
私はそれを支えにして、エルクゥの生体兵器の眠る場所を探した。

「私が、なんとか、しないと……」

次郎衛門、そして耕一さんへの想いに逆らうように、自らを駆り立てる。
しかし、結局のところ次郎衛門の温もりに縋ってしまう。
既にそれは無意識のうちに行われるようになっていた。
姉妹の身の安全を考えようとしても、気がつくと耕一さんと初音のことに考えが及ぶ。
それに気がついては頭を振って気を紛らわせていた。
ポケットの中の角はもうハンカチからはみ出て、私の指に直接しっかりと握り締められている。
だんだん自分が今どこを歩いているのかすら、考えようとしなくなってきていた。

「…………」

それはもう白昼夢といってもいい。
次郎衛門の角がそうさせたのか、私は半分夢を見ていた。
ただ、足の動きだけは止まらない。
どこを目指してか、ひたすらに進んでいた。
そしてどのくらい時間が経ったのか、突然私の意識が戻る。

「こ、これは……水滴?」

額に手を当ててみる。
すると水のようなもので濡れていた。
恐らく上から何かが垂れて――

「垂れる!?」

私は慌てて上を見上げる。
何とそこには空などなく、剥き出しの岩があった。

「――洞窟?」

視界もはっきりしない。
生えているヒカリゴケのおかげで、ぼんやりと周囲が見渡せる程度だ。
しかし、ここが洞窟のようなところだということはなんとなく見当がつく。

「こんなところに来ちゃったけど……どうしよう?」

どうやって入ってきたのかも全く憶えていない。
が、ここでこうして立ち尽くしていてもしょうがないので、私は前進することにした。

「…………」

黙って歩く。
僅かな光源があるとは言え、自分がどこにいるのかもわからない状態に、私は次第に恐怖を感じ始めていた。
そして手には次郎衛門の角が。
握る手の力は私の不安に比例して強さを増していった。

「これ……」

ふと気付いたことがある。
手にしていた次郎衛門の角が、熱を帯び始めているような気がした。
私は気になってポケットから取り出してみる。
すると――

「これ、光ってる……」

次郎衛門の角は、不思議な青い光に包まれていた。
私は一瞬その光に目を奪われる。
それはとても、幻想的な光景だった。
しばらく角の光を眺めた後、私はポケットに戻すことなく、この光を頼りに先に進むことにした。
そして最終的に、私は少し開けた場所に辿り着いた。

「こ、これは……」

そこにこれは存在していた。
私は一目で、私が求めていたものだということを悟る。
ここに置かれていたものは外見的にヨークと異なり、美しい銀色をしていた。
そして表面は流線的で、生体兵器とは全く感じさせない。
私は引き寄せられるように近付くと、おもむろに表面に触れた。

「あっ!」

冷たい。
清流の流れの如き冷たさがそこにはあった。
しかし、嫌な感じは全くしない。
研ぎ澄まされた感覚は、まるで抜き身の真剣を連想させる。

「少し……懐かしい」

不思議と、懐かしさも感じる。
私はいとおしそうに滑らかな銀色の表面を撫でた。
すると突然、その部分がすうっと音も立てずに口を開ける。

「こ、これは……私を入れてくれるの?」

どう見ても、入り口だった。
私が一瞬躊躇したが、恐る恐る中へと足を踏み入れた。

「これが……星船? ううん、星船とも違う。これは……」

外装以上に美しい船内。
私は角の淡い光の中、初めて見る光景に見とれていた。

「これはサイズから言っても小型。もしかすると……戦闘艇?」

ヨークのクラスが居住施設も含む母艦だとするなら、これは母艦から発進する戦闘艇のイメージだった。
それは洗練されたフォルムが証明している。
スピードを重視し、小回りが利くような形態。
これこそ私が求めていたものだった。

「なら操縦方法は――」

私は慌てて操縦管らしきものを探してみる。
しかし、そこにはボタン一つなく、私を落胆させるだけだった。

「これじゃ私には操れない……やっぱり初音じゃなきゃ駄目なの?」

ヨークにもボタンらしきものはついている。
何故なら『巫女』以外には生体兵器を直接操ることなど出来ないからだ。
でも、それを考えてみると、この船が如何に特殊なものかがよくわかる。
つまり、『巫女』専用の特別な船なのだ。

「なら、ここに初音をつれてきて動かしてもらえば――」

と、新たな希望を胸に、私は出口を見た。
しかし、そこにはさっき入ってきた入り口は影も形もなくなっていたのだ。

「い、入り口がない!」

焦る。
閉じ込められたと思った私は、一瞬恐慌状態に陥った。
そして手当たり次第に色んなところを触ってみる。
それこそそこら中だ。
しかし、私が何をしても、何の反応も返ってこない。

「ここから出して!」

私は恐怖を感じ叫んだ。
私の心からの叫びだった。
そしてその願いが届いたのか、船は僅かに揺れる。
と同時に、別の衝撃が私を貫く。

「キャッ!」

突然のことに私はバランスを崩し、倒れてしまった。
天地をひっくり返したような揺れ。
倒れた後も立ち上がることが出来ずに、床に転がっていた。
そして更に激しくもう一撃。
私は床にバウンドし、頭をしたたかに打ちつけた。
そこで意識が途絶える。
星船に閉じ込められた私は、独りただ意識を失っていた。



「ここは……」

気がつくと、そこは星船の中ではなく、見慣れた風景だった。
既に日も暮れ、夜にさしかかろうとしている。
私はくらくらする頭を押さえながら、現状を把握しようと周囲を見渡した。
すると――

「さっきのは、本当のことだったんだ……」

紛れもない、あの銀色の星船。
そしてその周囲には岩の塊が多数転がり、地面にはぽっかりと大穴が開いていた。

「天井を突き抜けて地上に出てきたってこと?」

周囲の状況から、私はそう判断した。

「何とか脱出は出来たけど……私にはこれは操れない」

悲しいけど、それが現実だった。
でも、これだけのものを折角見つけたのだから、無駄にはしたくない。

「取り敢えず、家に帰らないと。どうするかは初音次第だし」

私は立ち上がると、軽くスカートについた土埃を払った。
向かうはみんなの待つ家。
また一つ、重大な何かが動き出したような気がした。


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