銀の翼、彼方にWritten by Eiji Takashima
第五章 最後の奇跡 「おはよー、初音!」 「うん、おはよ、沙織ちゃん」 今日もまた、変わらず登校する。 友達の沙織ちゃんに挨拶すると、わたしは自分の席に着いた。 「ふぅ……」 「なに、初音? 朝からいきなり溜め息?」 「う、うん。ごめんね、沙織ちゃん」 「ううん、別にあたしはいいんだけどね。初音にしては珍しいと思ってさ」 「そうかなぁ?」 沙織ちゃんの言葉に自分を振り返ってみる。 言われてみればそうかも? 学校は毎日楽しかったし、困ったこともそんなになかった。 「そんな顔してると初音のファンが泣くよ。泣くだけならいいけど、原因追求と称してよからぬことをしでかすかも?」 「や、やめてよ沙織ちゃん」 「冗談だけどね。でも、初音らしくないよ。初音スマイルはあたしにとっても元気の素なんだからさ」 笑って沙織ちゃんは言う。 沙織ちゃんに相談出来ることなら、わたしも相談するんだけどね。 ちょっと今回のことは、沙織ちゃんに言っても迷惑なだけだし。 「まあ、悩み事があるなら相談に乗るよ。初音の熱狂的なファンによるストーカー行為に悩んでるとか……」 「ち、違うんだって。そういうのなら、ちゃんと沙織ちゃんに相談するから」 「なるほどね。じゃあ……」 沙織ちゃんは腕組みをする。 何だか大袈裟なポーズだ。 その状態でしばらく考え込んだかと思うと、いきなりビシッとわたしに指を突きつけて断言した。 「ズバリ、恋の悩みでしょ!」 「えっ、ええっ!」 「なに、言わなくってもわかってるって。この沙織おねーさんに全部任せておけば大丈夫だって」 「さ、沙織ちゃん、違うんだって」 「そんな恥ずかしがらなくってもいいって。初音も年頃の乙女だしね。好きな男の一ダースや二ダースくらいは……」 沙織ちゃんは完全に自分の世界に入っている。 こうなるともうわたしも手がつけられない。 暴走し続ける沙織ちゃんが大人しくなるのを待つだけだった。 「で、相手はどんな奴よ? 年上? それとも意表を突いて中学時代の後輩とか?」 「もぅ……いい加減にしようよ」 「まあまあ、初音の気持ちもわかるけど、引っ込み思案だと成就するものも成就しないゾ」 成就ってことで考えると、もう成就してるんだけどね。 でも、沙織ちゃんに言うと絶対に騒がれる。 隠し事は嫌いなんだけど、しばらくの間だけごめんね沙織ちゃん。 そして普通に日常が流れる。 緊張感のない風景。 でも、それが当たり前だった。 休み時間になるとみんなで談笑し、不安なんて全く感じさせない。 誰も自分達に危険が迫ってるなんて思わない。 知っているのはわたし達家族だけだった。 「あれは……ヨークと同じなのかな?」 ヨーク。 天駆ける星船。 あの最後の瞬間、まるでわたしの半身がもぎ取られてしまうような、そんな感触があった。 わたしとヨークはずっと以前からお友達だったみたいで、知り合ったばかりだと思っていたのに、わたしは本当に悲しかった。 でも、ヨークの最後の頑張りがなければ、わたしも耕一お兄ちゃんも助からなかったに違いない。 ヨークは何を考えていたんだろう? わたし達が助かったことは純粋に喜んでくれたけれど、それだけじゃない。 わたし達は大事なところで繋がっていたけど、それでも全部が全部お互いを理解し合えていた訳じゃなくて、やっぱり古くからの親友同士っていう感じだった。 「ごめんね、ヨーク」 涙はない。 でも、泣けたら泣きたかった。 恐らく沙織ちゃんがいなくなっても、同じように感じると思う。 「謝っても、もう遅いんだろうけど」 ヨークはもういない。 形は宇宙船だったけど、わたしにとっては人間の友達と同じだった。 友達同士、仰々しく謝るのも変な話だけど、わたしの心残りはヨークを待たせてしまったこと。 最後の最後になって、ようやくわたし達は巡り合うことが出来た。 ヨークはわたしのことを、ずっとずっと待っていてくれたのに。 「独りでずっと、寂しかったんだよね……」 ヨークの想いは伝わった。 寂しさ、喜び、悲しみ。 色んな思いが混ざり合って、それが全部わたしの中に流れ込んでくる。 それはヨークの全てで、ヨークの遺志でもあった。 遠い過去の記憶と共に、ヨークの想いも受け継がれる。 それを受けて、一体わたしが何を為すべきなのか。 わたしに課せられた、わたしだけにしか為し得ないことだった。 「耕一お兄ちゃんは大好きだけど、でも、わたしにしか出来ないことだから」 だからわたしはする。 昨日の夜に見たヨークと同じ星船。 あの船とコンタクトを取るのは誰でもない、ヨークに選ばれたわたし、柏木初音しかいない。 わたしのわたしにしかない能力を駆使して、わたしは平和への道を歩むことにした。 「なんだかドキドキしちゃうね」 昼休み、そっと校舎を抜け出した。 みんなが聞いたら驚くと思うけど、でもしょうがないよね。 今しなくちゃ、どうなるかわからないから。 「千鶴お姉ちゃん、早まったことしなきゃいいけど」 クスッと笑う。 真剣な千鶴お姉ちゃんには悪いけど、根本的なことがわかっていないからちょっぴり滑稽に感じる。 「まだ敵だって決まった訳じゃないのにね」 無理に闘う必要はない。 話し合えば、きっとわかり合えるはずだった。 わたしも彼らと同じ血が流れている。 全く異質のものでないなら、お互い共存の道を歩んでもいい。 「何だか……わたし、本当にリネットになったみたい」 またクスッと笑う。 夢に見たリネットもまた、エルクゥと人間との共存を目指し、その結果、悲劇は訪れたけれどこうしてわたし達が存在している。 その悲劇は次郎衛門の悲しみが引き起こしたことだ。 次郎衛門はエディフェルを愛し、それを奪われたことに対する復讐に燃えてリネット以外のエルクゥを殲滅したと言う。 それを思うとちょっと複雑な気持ちになる。 わたしにはまだよく恋愛感情とかが理解出来ないけど、それでも耕一お兄ちゃんが好きって気持ちははっきりしている。 「耕一お兄ちゃん……」 わたしは心配だった。 耕一お兄ちゃんも、やっぱり大元のところでは千鶴お姉ちゃんと同じだと思う。 エルクゥ達のことを、何も理解していない。 もしかしたらわたしは甘いだけなのかもしれないけど、それでも戦わなくて済むのなら戦いたくなかった。 でも、耕一お兄ちゃんも千鶴お姉ちゃんも、エルクゥを見つけたら刃を向けるだろう。 わたしには、それが一番恐かった。 (誰か……誰かいますか?) 心話。 果たしてこれで通じているかどうか、わたしにもはっきりしない。 実際ヨークの時もヨークから話しかけてきて、それにわたしがこんな風に応えているだけだった。 (誰か、聞こえたら応えて下さい) 続けて呼びかけ続ける。 でも、返事は何もない。 わたしは頭の中であの時見たもう一隻の星船に語り掛けながらさ迷い続けた。 (だれ――誰なの?) その瞬間、何かがわたしの脳味噌に触れるような感覚があった。 「あなた、ヨークと同じなのね!?」 思わず声に出して言う。 心で対話するものなのに、いつもの習慣で口に出してしまった。 (――ヨーク? 一体それは……?) 返事があった。 わたしは自分のしたことが間違いじゃないことに気付いて感激した。 (ヨークはわたしのお友達! あなたと同じ、宇宙船だよ) 今度は言葉を介さない。 心で宇宙船と思しき意識に語り掛けた。 (宇宙船、ですか。わたしはそのようなモノではありませんが) (そうなの?) (わたしの名はアゼル。貨物用生体プラントとして機能しております) (かもつようせいたいぷらんと?) 何だかよくわからない。 でも、単語からして貨物列車に近い感じがする。 (一応、星間航行機能もオプションでついておりますが) (ってことは、アゼルさんは宇宙船ってことでいいの?) (あなたがそう考えたければ。それよりもあなたのお名前は?) (あっ、ごめんなさい。わたし、柏木初音。高校一年生だよ) そこから、わたしとアゼルさんとの交流が始まった。 交流とは言っても、こうして色々心でお話をするだけ。 でも、わたしにとっては新鮮なことだった。 わたしの存在はアゼルさんにとっても驚きだったようで、こうしてお話が出来るのはわたしが初めてだったらしい。 エルクゥの人達はアゼルさんに乗って地球にやってきたみたいだけど、年月と共に話をする能力を持つ人がいなくなってしまったようだ。 ともかくアゼルさんにとってはわたしが初めての話し相手。 だから自然とわたし達は友達になった。 「初音、あんた今までどこに行ってたのよ?」 学校に戻ると、沙織ちゃんが恐い顔をして出迎えてくれた。 抜け出して授業をサボったのは逃れられない現実。 わたしは大人しく裁きを受けることにした。 「ごめん、沙織ちゃん。謝ってもしょうがないだろうけど」 「確かに今更だね。まあ、初音がエスケープするくらいだから、ただごとじゃないんだろうけどさ」 「うん……」 沙織ちゃんには説明できないことなだけに、わたしの表情も曇る。 でも、沙織ちゃんはわたしに顔を思いっきり近づけると、ぼそっとこう言った。 「あんた、逢い引きでしょ?」 「え、ええっ?」 「いいんだって、隠さなくっても。愛を語ることは授業よりも大切だもんね」 「そ、それは……まあ、そうかな?」 「このっ、臆面もなく言い切っちゃってさ!」 沙織ちゃんがわたしの頭をぽかっと一発殴る。 痛くする殴り方じゃないけど、何だか照れ臭かった。 一応、アゼルさんとの逢い引きだったもんね。 「だから勘弁して。ねっ、沙織ちゃん」 「わかったよ、初音。でも、変な男に引っかかるんじゃないよ。それから後であたしに報告すること。いい?」 「うん!」 そしてあっさりと沙織ちゃんは自分の席に戻る。 わたしも自分の席に着くと――またアゼルさんに交信を求めた。 (――アゼルさん、聞こえる?) (聞こえます、初音) (よかった、距離があると駄目かと思って) ほっと胸をなで下ろす。 取り敢えず、これでまた学校を抜け出す必要がなくなった。 (私には初めての経験ですが、コンタクトに距離は関係ないかと) (そうなの? じゃあ、宇宙の向こうのアゼルさんの仲間達に対しても有効なの?) (恐らく。しかし、初音が意識を向ける大体の方向と距離を知らなければ無理でしょう。今回のコンタクトも偶然初音が私を探してくれた結果ですから) (そうなんだ……ちょっぴり残念) 顔でも残念そうな顔をしてしまう。 何だか人前でアゼルさんとお話していると、変な人に見られちゃうかも? わたしは少し意識して、顔を引き締めることにした。 (ですね。しかし私にはあまり関係はありません) (どうして?) (わたしは同型のユニット達とコンタクトする能力はありません。初音のような『巫女』の能力を持つ者とだけです) (『巫女』?) (エルクゥ達は、そう呼称しております。残念ながら、絶滅してしまったようですが) (絶滅?) (そうです。広い宇宙、どこを探しても存在しません) (じゃ、じゃあわたしは……) (柏木初音――あなたこそ、最後の『巫女』なのです) 「ええっ!」 驚きに思わず声を発した。 現状に気がつき、私は慌てて口を押さえる。 「どうしたのよ、初音? いきなり変な声出しちゃってさ」 「ご、ごめん、沙織ちゃん。でも、何でもないから」 「本当? なんだか怪しいなぁ」 「ほ、本当に何でもないんだって。だから、ねっ!」 「まあ、いいけど」 どうも納得行かないような顔をしながらも、沙織ちゃんは引き下がってくれた。 取り敢えず一安心だけど――アゼルさんの言ったこと、それは衝撃に値した。 「わたしが、最後の、『巫女』……」 あまり賢くない私の頭でもわかる。 これはとんでもないことだ。 アゼルさんははっきりと断言したけど、宇宙にたった一人、わたししかいないということがどういうことなのか、ちょっと考えるだけでもすぐに想像がつく。 「どうしよう……」 既にアゼルさんとの交信は途切れている。 でも今は、こっちから呼びかける気になれなかった。 「反応を確認!」 「本当か!? もう一度よく確認してみろ!」 「間違いありません、センサーに反応があります」 「識別信号は?」 「識別信号ブルー。やはり間違いないかと」 「そうか……かなり旧式の微弱な救難信号を辿ってみたが、まさか本当にあったとはな。お話だけの夢物語ではなかったと言うことか」 「そうですね、これは奇跡的な発見です」 「とうとう発見したぞ、滅んだと思われていた『巫女』の血。そして――我らが女王をな」 |