銀の翼、彼方にWritten by Eiji Takashima
第三章 真実は一つ 目を開ける。 そしてまた閉じる。 その繰り返し。 眠りは私にとっては苦痛の時間。 あの人とは異なる痛みだけれど、痛みは痛み。 このままずっと眠らずにいられたら、とは思うけど、それは叶わない非現実的な願望。 身体が眠りを欲し、自然とベッドの中で眠りに就く。 「…………」 ここ毎晩、あの夢を見る。 同じ夢じゃないけれど、同じ人の夢だ。 次郎衛門と言う侍と、エディフェルと言う名の異星人の夢。 そのエディフェルの顔は、鏡に映った私の顔とよく似ている。 聞こえる声も、私の声に似ている。 そのせいか、エディフェルに感情移入してしまう。 そしてその度に辛くなる。 果てた生命と、遺された人を想って―― 「こういち……さん」 名を呼ぶ。 無論、次郎衛門の名ではない。 久し振りの、時を経た邂逅。 その瞬間、何かが変わった。 夢と現実が繋がる。 今までずっと感じていた違和感がなくなる。 その時までの夢は、私、柏木楓の勝手な夢でしかなかった。 相手が見えない。 だから恋もしない。 たとえそこに恋があったとしても、本当の恋にはならない。 次郎衛門は夢の中の住人。 柏木楓とは何の繋がりもない。 でも――私は逢ってしまったのだ。 現実の中で次郎衛門に。 それはつまり、柏木耕一。 見た目も声も、それから喋り方も、全部が次郎衛門のままだった。 こうして目を閉じて声だけ聞いていると、次郎衛門と何ら変わりがない。 でもそれは歓喜と同時に、私に酷い苦痛ももたらしてくれた。 『彼は私のことを知らない』という悲しむべき事実だ。 「夢なんて、見なければよかった……」 そっと呟く。 相手は見慣れた天井だ。 でも、天井は何も語ってくれない。 今はただ、私の声を聞いてくれるだけの相手が欲しかったから、それで充分だった。 「そういう……ことだったのね、初音……」 初音と耕一さん。 私の夢はエディフェルの命と共に終わる。 つまり、それ以後の歴史は見ることが出来ない。 ただ、どうして私が、エルクゥの血を継ぐ者が存在しているのかを考えると、答えは簡単だった。 自分はエディフェルの妹・リネットと次郎衛門の子孫として存在しているのだ、と。 リネットが初音だと言うことはずっと前からわかっていた。 エディフェルにとってもリネットは、私にとっての初音と同じく、かわいい妹だった。 だからこそ重なる。 見えるもの全てが夢と繋がっている。 果たしてどっちが夢でどっちが現実なのか、時々混乱してくる。 時にはこの夢もまた、私の現実の一部なのではないかとさえ感じる時がある。 そのことは苦しみであると同時に、どこか心地よさも与えてくれた。 この不思議な世界に身を委ねることは、一種の白昼夢的な快楽とさえなってきていたのだった。 でも、私は昨日見てしまった。 耕一さんと初音が交わす視線を。 そして現実では知りようのないエルクゥやヨークの話をする。 私はすぐに、この二人が『覚醒』したことを悟った。 千鶴姉さんはずっと耕一さんの鬼のことを心配していた。 そして今になってもまだ、暴走のことを懸念している。 でも、私はその点については全く気にしてない。 次郎衛門として『覚醒』した耕一さんが暴走なんてするはずもないし、チカラに関してもちょっとしたきっかけで発動するはずだ。 「でも……」 エディフェルの死を迎えて、彼女の恋も終わりを告げる。 そしてどういう経緯かは知らないけれど、妹のリネットが代わりに次郎衛門と結ばれるのだ。 耕一さんと初音は等しくその夢を体験し、現在に至る。 邪推かもしれないけれど、あれは間違いなく結ばれたもの同士の交わす視線だった。 なら、この私はどうなるのだろう? エディフェルは死んだが、柏木楓は生きている。 私が生きていると言うのに、あの二人が結ばれてもいいのだろうか? もしかしたら、私がもうすぐ死ぬと言う暗示―― 考えたくない。 でも考えてしまう。 まさに不毛な悪循環だった。 「楓ちゃん、起きてる?」 「えっ!?」 ドア越しに聞こえる耕一さんの声。 間違いなかった。 「さっき千鶴さんが起こしに行ったみたいだけど、まだ来ないから」 「ご、ごめんなさい、耕一さん」 「いや、別にいいんだけどね。学校もあることだし、ちょっと心配になってさ」 耕一さんはそんなことを言う。 千鶴姉さんが起こしに来たのにぼーっとしていたのは迂闊だったけど、まさか耕一さんが来るとは。 私は耕一さんのことばかりを考えていただけに、気が動転した。 「やっぱり……昨日のこと、辛かったかな?」 「い、いえ……」 ドアの向こうから耕一さんが私に話し掛ける。 耕一さんは耕一さんなりに、親身になって受け止めているみたいだった。 「ならよかった。って言いたいとこだけど、無理してるだろ、楓ちゃん」 「そんなことは決して……」 「それを無理だって言うんだよ」 「……はい」 全てを見抜かれているような気がした。 今まではそんなこともなかったけど、これからは違う。 耕一さんはあの夢を見た。 それだけでなく、私の知らない夢の続きも知っている。 だから言うなれば、立場的には私よりも上だった。 「昨日、千鶴さん達の前では言えなかったけどさ――」 「初音のこと、ですか?」 「ああ」 否定はない。 明晰な答えが、より私を傷つけた。 「でも、前世とかそういうのはいまいちよくわからないんだ。エディフェルのこととかも、一応知ってはいるけど」 「…………」 「次郎衛門とエディフェルは恋仲だったらしい。でも、俺は楓ちゃんのこと、まだよくわからないんだよ。もしかしたら夢で見たエディフェルの方がまだ知っているくらいだ」 「そうかもしれませんね」 「楓ちゃんとは、あんまし話をする機会もなかったからな」 耕一さんは寂しそうに言う。 ちょっと前も、私に対話を求めてきた。 でも、私はそれをすげなく拒んで――そして現在に至る。 「ごめんなさい、耕一さん。わたしは決して――」 「わかってるよ、今なら。別に俺のことが嫌いって訳じゃなかったんだろ?」 「はい」 嫌いなんかじゃない。 でも、好きとも言えない。 耕一さんは言わないけれど、何を言いたいかくらいはわかる。 耕一さんが好きなのは、リネットでもなくエディフェルでもなく、柏木初音なのだ。 夢とは関係なく初音のことが好きで、だから私に気を遣いながらもこんなことを言う。 そんな優しさが私にはうれしく、痛かった。 「耕一さん?」 「何、楓ちゃん?」 「部屋……の中に、入ってもらえますか?」 「どうして?」 「耕一さんの目を見て、話したいことがあるんです」 「……わかったよ、楓ちゃん」 耕一さんは恐くないのだろうか? 絶対に私の気持ちには気付いている。 だから、初音のことを想えばここは避けて通るはず。 でも、悲しいことに耕一さんは逃げない。 優しく私に応えると、部屋の中に静かに入ってきた。 「これでいいかい?」 「はい」 「って、これじゃ何だか見下ろすような感じだね。上半身だけでも起きる?」 「いえ……このままでもいいです」 見守ってくれるような感じがよかった。 風邪はひいてないけど耕一さんに看病されているようで――同時に、エディフェルの最期の光景が目に浮かぶ。 愛する者に看取られる喜びは、最後にして最大のものだった。 「そう、楓ちゃんがそれでいいなら」 「ごめんなさい、我が侭言って」 「いや、大したことじゃないし」 そう言って、私を見つめてくれる。 一つになる視線。 以前だったら、すぐに逸らしていた視線。 でも、今は出来ない。 してはいけなかった。 「一つだけ……聞きたいことがあります」 「うん」 「夢と現実を一つにすることは、よくないことでしょうか?」 「俺には何とも言えないな」 「じゃあ、言い方を変えます。私は夢を見て、あなたを好きになりました。この想いは罪でしょうか?」 告白。 でも、予期し、予期されていたもの。 耕一さんも、私の言葉に驚いた様子は見せなかった。 「人を想うことは、形はどうあれ罪じゃないと思うけど、違うかな?」 「そう……でしょうか?」 「ああ」 「なら――」 「でも、楓ちゃんは俺のことを知らない。次郎衛門のことは知っていても、だ」 「それは……わかっています」 痛いほどわかっている。 夢と現実は繋がっても、同じになった訳じゃない。 夢の想いがそのまま現実に流れ込むことを許されたと言うだけで――それが紛れもない事実なだけに、耕一さんの言葉は苦しかった。 「――初音ちゃんはかわいいよ。本当に守ってあげたくなるようないい子だ」 ふと、耕一さんがそう言う。 それは自然な言葉で、まるで風に乗って運ばれてきたような感じがした。 「好き……なんですか、初音のこと?」 「好きだよ、うん」 「愛しているんですか?」 「愛している……と言ってもいいと思う」 「……悲しいです、私」 悲しかった。 耕一さんの口から、そんな言葉は聞きたくなかった。 でも、嘘で誤魔化されたくもなかった。 耕一さんの言葉がそのまま本心を表していたから、私もそのまま今の気持ちを表現できた。 「女の子を悲しませるのは、悪い男だよな」 私の言葉を受けて、耕一さんが呟く。 「女の子、なんて言わないで下さい。その他大勢でひとまとめにされているみたいで嫌です」 「悪い。訂正しようか?」 「いいです、別に。今のそれが、耕一さんの気持ちを物語っている訳ですから」 「……そう言われると辛いな」 「でも、真実です」 真実は一つ。 耕一さんが好きなのは初音だと言うこと。 悔しいけれど、それは変えようがなかった。 でも、同じく変えようのないことが一つ。 やっぱり私は耕一さんが好き。 たとえ耕一さんが初音を愛したとしても、私の気持ちは変わらなかった。 エディフェルが次郎衛門を想うように耕一さんのことを想っても、好きだと言うことには変わりがない。 耕一さんが言うように、これからお互いを知り合ってどうなるかはわからないけど。 |