はるか、そらたかく。
数え切れない過去を見てきた。
月が。
遠く見下ろしていた。
綺麗な水が流れていく。
空にぽっかりと浮いた綺麗な月が、
川の流れの中央に、映っていた。
そして、川に飛沫が舞う。
異形の存在『鬼』が。
月明かりと、水面の間に立つ。
そして、もう一人。
異形の力を宿した『人』が。
暗黒の森と、漆黒の夜空の間に立つ。
星々は・・・千年前と同じようにまたたいていた。
「僕達の背に羽根は無いから」
作:山田@失楽園
耕一は、鬼と化した。
「ゴガアアアアアァァァァァッ」
力が滾る。
力が無限に湧いてくる。
地獄の底から・・・
いや、あの水底からの呪いの声。
呪詛。
「ゴガアアアアアァァァァァッ」
耕一は、一声吼えると、目の前の人間に殴りかかった。
裕也は、人の姿のままだった。
鬼気が集中する。
(ククク。)
生命の炎が見える。
生物には全て、生命の炎を持っている。
それは散る瞬間に残り全てを撒き散らすのだが・・・
それは、生きている間にも周囲を舞う。
命の流れ。
(ククク。)
裕也には、全てが見えていた。
「ゴガアアアアアァァァァァッ」
耕一は、一声吼えると、目の前の人間に殴りかかった。
腕が風を貫き、大気が悲鳴を上げる。
裕也は、それを紙一重でかわす。
風が裕也を襲う。
しかし・・・裕也はそんなものには意に介さず、
軽く耕一の伸びきった肘に触れる。
ゲキョ。
嫌な音を響かせて、耕一の腕関節が軋みを上げる。
「ガアアアアアッ!」
「フン。破壊しそこねたか。頑丈だね、君という男は。」
裕也は、冷たく言い放つ。
「命の炎は命の流れ。君も狩猟者なら判るだろう。
この流れは全てを伝える。
恐れ、わななき、
悲しみ、苦しみ、
憎悪、苦痛、
恐怖、嫌悪、
怒り・・・そして、かけがえのない狂気。
僕達『狩猟者』は、これを使って相手に意識を信号化して伝えることができる。」
「ゴガアアアアア!」
裕也は、余裕をもってかわす。
「これだけ言って、まだ判らないのか。
お前が鬼の力を使えば使うほど、
僕には君の考えが判るんだよ!」
すれ違いざまに、耕一の脇腹に蹴りを入れる。
その一瞬だけ、鬼気を込めて。
ベキベキベキッ。
耕一の肋骨が数本折れた。
そのまま耕一は、川に入る。
下半身が水に隠れた。
裕也は森の脇に立つ。
身体半分を耕一の死角に入れる。
半分闇。半分光。
半月は二人を照らし出す。
「グルルルルルル。」
「・・・・・」
耕一は、水底の岩を蹴り上げた。
水しぶきが、煙幕のように周囲を覆う。
耕一は、自分で蹴り上げた岩の後を追った。
(岩を避ければ、必然的にバランスを崩すはず。
その一瞬を突く。
そして、この水しぶきでは、生命の炎でこっちの考えを見ぬくのは不可能!)
耕一はそう考え、疾走する。
しかし、目の前には裕也は居なかった。
頭上に殺気・・・鬼気を感じた時には遅かった。
腕だけを鬼と化し。
裕也の爪が耕一を襲った。
ぱぁっと。生命の炎が上がる。
肩口が裂けた。
間一発。転げてかわした耕一は、すぐに距離をとる。
が、すぐ目の前に裕也はいた。
裕也の蹴り、肘打ち。
耕一の内臓が悲鳴を上げる。
そして、裕也は鬼と化している耕一を、人間の姿のまま、背負い投げする。
頭から落ちるように。
ゴキッ。
嫌な音がする。炎が上がる。
しかし、この程度では死なない。
二人は、再び距離を取った。
「はあ、はあ、はあ、」
「・・・」
視線を交わす、二人。
耕一は、どこまでも熱く。
裕也は、どこまでも冷たく。
(はあッ、はあッ。
このままでは・・・奴に勝てない。
俺は・・・俺は絶対に負けられない。
俺には・・・帰りを待ってる家族がいるんだ。
・・・だから、こんな所で死ぬわけには、いかない。
ならば。
どうやら、真の『鬼』って奴を拝ませてやらなきゃ、
ならないみたいだな。
しかし・・・元に戻れる保証は無い・・・
でも。
・・・へへっ、もう、どうなったって知るもんか。)
「グヲオオオオオオオヲォォォォォッ!」
耕一の奥底に眠っていた狂気が爆発する。
一千年の狂気が、身体を駆け巡る。
地上最強の鬼の身体が、さらに巨大化する。
力が。知覚が。何もかもが増大してゆく。
柳川は、冷静に見つめていた。
そして、ポツリと一言だけ。
「見せてもらおうか。お前の生命の炎を。」
(単純な力比べなら、奴が上。
・・・いや、俺の力ではかすり傷さえ負わせられるかどうか・・・
だから、集中させるんだ。
怒りを。憎しみを。狂気を。
指先の一点に集める。
奴には負けない。
こんな所で終わるわけには、いけないんだ。
これが、俺の復讐の始まりなのだから。
俺が、俺であるために。
『柳川裕也』が『柳川裕也自身』であるために。
闇よ。混沌よ。俺の中の狂気よ。
・・・来い。)
二人が動いたのは、同時だった。
瞬間。
真っ白な闇と、漆黒の光が交錯した。
駆け抜けた嵐が、
終わりゆく世界を色付かせた。
そして。
ひときわ大きく。
真っ赤な炎が上がった。
それはまるで、花火のようで。
あざやかに散り急ぐ、花のようで。
だから・・・
耕一は、人の姿に戻っていた。
裕也は・・・
裕也の片腕は、千切れ跳んでいた。
「もう、やめましょう。叔父さん。決着はつきました。
もう二度と人殺しはしないと誓ってくれれば、見逃してあげます。」
耕一は、悲しそうにそう言った。
何故なら・・・気付いてしまったから。
二人が全力を出し切った瞬間。
二人が生命の炎を一気に燃やした瞬間。
心が、通じ合った。
そして、気付いた。
二人の闇は、どこかつながっていることに。
二人は、いびつな合わせ鏡のように、
どこか歪んで、そっくりなのだ。
「いや・・・それは、できない。」
裕也は、かぶりをふった。
何故なら・・・気付いてしまったから。
二人が全力を出し切った瞬間。
二人が生命の炎を一気に燃やした瞬間。
心が、通じ合った。
そして、気付いた。
二人の間には、どうしようもない差があることに。
二人は空と大地のように、
どこまで行っても、交わることは無いのだ。
・・・世界に果てがないかぎり。
「なぜ?あなたを捨てた父親・・・つまり俺のジイさんは
・・・とっくの昔に死んでるんですよ?」
「君は・・・幸せな過去を持っているんだね。」
ほんとうに・・・
本当に。
本当に、美しい想い出を持つ者だけが、願うことを許される。
『いまのあの頃のままでいられたならば・・・』
『あの頃がえいえんに続いたならば・・・』
そう、願うことができる。
でも、そんな想い出さえ持たない者は、
鬼になるしか無いのだろうか。
「少なくとも、君には家族がいた。
そして、過去のある時点において幸せだった。
いや、その当時は、それが幸せだなんて気が付かなかったかもしれない。
でも、それが君を支えた。
それに・・・君は『想い出』を『想い出』として、前に進むことができる人間だった。」
どうして俺は青空を、
見上げるだけで、満足できなかったのだろう?
「でも、貴方には居なかった。誰も。
そして・・・『想い出』に捕らわれていた。
不幸な『想い出』に。」
耕一は、悲しそうだった。
裕也は・・・大きく息を吸った。
無くした腕から、どんどん血が抜けてゆく。
空気は冷たい。
闇は、深い。
見上げれば、空。
星々が・・・千年前と同じようにまたたいている。
「さあ、続きをやろうか。」
裕也は、立ち上がった。
「何故?あなたにはもう、勝ち目が無いのは判っているでしょう?」
「僕はもう、逃げないと決めたから。」
柳川裕也の顔は。
何か悟ったかのように、晴れやかだった。
「僕はね。もう、『柏木』から逃げたくないんだ。
母さんと、僕を捨てた父親から。
その影から、逃げたくないんだ。
なあ、どうして父親が居ないだけで、
『かわいそう』な人間にならなければいけないんだ?
そして僕はね。もう、『過去』から逃げたくないんだ。
不幸な過去・・・でも、それから僕自身が逃げたら・・・
僕は僕で無くなってしまう。
だから。
柳川裕也が、柳川裕也であるために。
逃げちゃ、いけない。
なあ、どうして僕が
『よい人間』にならないといけないんだい?
そして、僕は。
僕であることをやめちゃいけない。
そう。僕はね、胸を張って生きてみたいんだ。」
「そんなことのために!」
「僕にとっては、大切なことなんだよ。
・・・君のように、誰かに愛される人間には、
わからないかもしれないけどね。」
「判らないよ。判りたく無いよ。」
「どちらにしろ、どちらかが消える運命だったのさ。
そして、君には待ってる人がいる。
僕には居ない。
ただ、それだけのことさ。」
「叔父さん。」
「いくよ、耕一くん。」
裕也は、鬼と化した。
「グワアアアアアアア!」
耕一は、鬼と化した。
「ゴワアアアアアアア!」
(思えば、なんて大それたことを願ってしまったのだろう。
『普通の家族が欲しい』だなんて。)
(それは、願わなくとも、気がつけばすぐ側にあるものですよ。叔父さん。)
腕を握る、
叩きつける。
蹴る。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
蹴る。
殴る。
殴る。
殴る。
振りまわす。
殴る。
殴る。
殴る。
握りつぶす。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
蹴る。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
蹴る。
殴る。
殴る。
殴る。
振りまわす。
耕一は、柳川裕也を放り投げた。
そして、蹴った。
凄まじいまでの炎と、
大量の血を撒き散らして。
肉塊は転がってゆき。
川に落ちた。
そして、鬼は。
二度と浮かんでこなかった。
<続く>
素晴らしい作品を下さった作者の山田@失楽園さんに感想を是非。
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