隆山の山奥。
陽の当たる場所。
夏も終わり、秋が来ようとしている季節。
「耕一さん、お茶が入りましたよ。」
「ああ、ありがとう楓ちゃん。」
とぽとぽと。お茶を注ぐ。
木漏れ日がそそぐ、森の廃屋。
耕一は、この一週間、そこにいた。
小鳥のさえずり。
小川のせせらぎ。
綺麗な水が流れてゆく。
見上げれば、どこまでも青い空。
「・・・。」
「・・・。」
二人は、することも無く、ひなたぼっこをしている。
「・・・。」
「・・・。」
ふと、視線が合う。
「・・・。」
「・・・。」
笑みがこぼれる。
「そろそろ帰ります。」
「もう、そんな時間かい?楓ちゃん。」
「はい。梓姉さんも帰っている頃ですから。」
「うーん。」
「また、明日来ます。」
「ありがとう。看病とかしてくれた上に、色々と持ってきてくれて。」
微笑みを返す、楓。
「耕一さん。」
「何だい?」
「千年前も、こんな風にお姉さんから逃げてばかりでしたね。」
「ああ・・そうだね。」
「耕一さん。」
「何だい?」
「幸せに、なりましょうね。今度こそ。」
「僕達の背に羽根は無いから」
作:山田@失楽園
楓は家に帰った。
耕一は、一人。思索にふける。
・・・楓ちゃんはこの一週間、家族の目を盗んではここに来てくれている。
楓ちゃんが言うには、梓は既に気がついているようだ。
初音ちゃんは、俺はもう東京に帰ったと(少なくとも表面上は)信じてくれているらしい。
千鶴さんは・・・
千鶴さんはノイローゼ気味なので、会わない方がいい・・・と、楓ちゃんは言う。
そりゃあ、実の妹と・・俺を殺しかけたのだ。
『気にするな』というのが無茶だろう。
ふと、楓ちゃんが家から持ってきた書類を手に取る。
千鶴さんの部屋から持ってきたのだそうだ。
『柳川裕也に関する調査報告書』
・・・こないだ戦った相手。
・・・俺の叔父。
・・・もう一人の、俺。
隆山を故郷とするが、育ったのは別の土地。
父親に捨てられて。
母親に死なれ。
天涯孤独の身。
(そして・・・二人とも、鬼。)
そこまでは一緒だった。
もしも、たった一つ。
決定的な違いがあるとしたら。
俺はいつも、一人ではなかった。
振りかえれば、そこに。
やさしい想い出。あたたかな家族。
そう、俺は寂しくはなかった。
千鶴さんが居て。
梓が居て。
楓が居て。
初音ちゃんが居た。
俺は、彼女達に会えて、本当に良かった。
耳をすませば、虫の鳴き声。
小鳥のさえずり。
愛しい相手を呼ぶ声。
そう、世界はこんなにも。
愛に満ち溢れているのだ。
俺は・・・父を憎んだことが、恥ずかしかった。
今なら言える。
俺は、父親に感謝したい。
「俺を産んでくれて、ありがとう。」と。
そうだ、俺は生きている。
そして、楓ちゃんを愛している。
その昔、次郎衛門はエディフェルを愛した。
それが全ての始まり。
そして柏木の一族が始まり、長い年月を経た。
そして、親父はお袋を愛し、俺が産まれ。
俺は楓ちゃんを愛し、いつか子供が産まれるのだろう。
そう、愛は、広がってゆくものなのだ。
太陽が、沈もうとしていた。
耕一は、廃屋から外に出た。
森の匂いがする。
この瞬間も、この森の中でも。
いくつもの出会いがあり、
愛が育まれ、そして子供が産まれてゆくのだろう。
(幸せになろう、今度こそ。)
森を歩く。
耕一は、まるで何処に行けば良いのか解っているかのように、歩く。
半分だけの月が、森を照らしている。
光が半分。闇が半分。
微かに、血の匂いがした。
だから、間違えようが無かった。
そこは森の中。
少しだけひらけた場所。
『彼』はいた。
前と会った時とは、少し雰囲気が違っていた。
しかし、間違えるはずも無かった。
この地上に、たった二人きり。
同じ一族。同じ境遇。
「やあ、待っていたよ。耕一くん。」
何か、吹っ切れたような、
すがすがしい表情で柳川が言った。
「ああ、俺もあなたに会いたかったんです。叔父さん。」
落ちついた表情のまま、耕一は答えた。
「それじゃあ、」
「ええ、前置きはいりません。」
「「決着をつけよう。」」
<続く>
素晴らしい作品を下さった作者の山田@失楽園さんに感想を是非。
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