ねえ、母さん。
学校で一番を取ったんだ。
褒めてくれるかな?
『お父さん』なんか居なくても、別にいいよね?
僕達は・・・僕がいるから大丈夫だよね?
「お前なんか産むんじゃなかった。」
そう僕は、一度だけ。
母にそう言われた。
だから僕は『いい子』になった。
そう、他人に褒められる子に。
他人から必要とされる子に。
そしたら母さんに捨てられないで済むかもしれないから。
「あなたには、人間らしい心が無い。」
そう僕は、一度だけ。
母にそう言われた。
だから、僕は『いい子』になった。
そう、他人を助ける子に。
誰かの役に立つ子に。
そしたら母さんに捨てられないで済むかもしれないから。
でも。
ある日、家に帰ってみると。
母は死んでいた。
母の死顔はとても安らかで・・・
僕は、それがとっても、嫌だった。
僕は、泣かなかった。
僕は。
僕は、安心した。
『ああ、これでもう。お母さんに怯えないで済む』と。
・・・ボクはその時、どんな顔をしていたのだろう・・・
なんだ。母さんの言う通りだったんだ。
僕には、人間らしい心なんて、最初から無かったんだ。
僕が警察官になったのは。
誰かの役に立てるかもしれないと思ったから。
誰かに必要とされるかもしれないと思ったから。
そうすれば、捨てられないで済むかもしれないから。
捨てられる?誰が?誰に?
もう、ボクには家族なんて、居ないのに?
誰かが泣いてる。
母さん?・・・じゃ、なくて・・・セリオ?
セリオ、何故。君は、いつも悲しそうなの?
『どんなに能力を高めたところで・・・
どんな能力を持って産まれたところで・・・
誰かに使ってもらわないければ、存在する価値はありません。』
手首にカミソリを当てる。
「僕達の背に羽根は無いから」
作:山田@失楽園
「セリオ!」
セリオを突き飛ばす。
セリオの手から、カミソリが落ちる。
セリオの左手は、手首から先が無かった。
「セリオ!」
「ご心配ありません。裕也さん。はずれただけです。」
セリオは、いつも通り冷静だった。
「私はロボットですから。」
「何を・・・していたんだ?」
「私に対して・・・アクセスを試みた者を強制的に排除するために、
物理的手段でアクセスを封じました。」
「良く・・・解らない。誰が・・・君に?
来栖川のサテライトシステムってのは・・・そんな、簡単に入れるものなのか?」
「はい。その来栖川からの・・・正式なアクセスでしたので。」
「強制排除した。と言ったな。どうして?」
「はい。直接の設計者ではありませんが・・・HMの開発主任が、
私の・・・いえ、裕也さんの記録を求めてきたので、拒否しました。」
「そう・・・か・・・それで・・・物理的に・・・か。」
セリオの左手首から、コードが伸びている。
そのうち、1本が切れている。
俺の・・・記録。
俺で無い、俺の記録。
つまり。
セリオは、知ってるんだな・・・
「腕は痛く・・・いや、ちゃんと動くのか?」
「情報伝達系に過負荷をかけましたので・・・きちんと修理すれば、元通りに動きます。」
「つまり、今はまともに動かない。と。」
「申し訳ありません。」
「謝らないでくれよ。君は、僕を守ろうとしてくれたんだから。」
「・・・・」
「感謝している。」
「もったいないお言葉。恐縮です。」
「短い間だったけど、ありがとう。」
「裕也さん?」
「君にそんな無茶をしてきたということは、
僕は既に指名手配か何かになっているのだろう?
なら・・・」
「私・・・捨てられるのですか?」
「えっ?」
セリオは、うつむいていて・・・顔は見えない。
肩が震えているのは、切断した神経からノイズが入っているからだろうか?
それとも・・・
泣いている。のだろうか?
「しかし・・・俺は・・・」
「私は・・・貴方に買われました。
私の全ては、髪の毛からつま先まで。貴方のモノです。
お願いします。私・・・何でもしますから・・・」
「俺は、人で無くなるかもしれないんだぞ。」
「私は、あなたの側に居たいのです。」
「俺は、お前を殺・・・いや、壊すかもしれない。」
「本望です。」
「・・・」
「どんなに能力を高めたところで・・・
どんな能力を持って産まれたところで・・・
誰かに使ってもらわないければ、存在する価値はありません。
お願いです。どうか私を使って下さい。」
「・・・」
「私・・・邪魔ですか?・・・居てはいけませんか?
私は、産まれてきてはいけなかったのでしょうか?」
「・・・」
「私は・・・サテライトシステムにより、
たくさんの『セリオ』の経験を知っています。
だから・・・
・・・いつも最後は捨てられる・・・
何故でしょうね。
私は、精一杯、頑張っているはずなのに。
・・・妬まれたり、疎まれたり・・・
私は・・・
産まれてきては、いけなかったのでしょうか?
こころを持たないことが、良くないのでしょうか?」
俺は・・・抱きしめていた。
セリオを。
「ああ、そうか。君は僕と同じなんだね。」
「どういう・・・ことでしょうか?」
「不安なんだ。誰かが居ないと。
でも、誰も居ない。
誰かに必要とされたくて力をつける。能力を高める。
でも。逆に疎まれるだけ。
『あなたはやさしくない』だとか『あなたは人間らしくない』だとか。
こころは僕にもあるはずなのに。誰も気付かない。
『人の心がわかるようになりなさい』だとか。
でも、僕にだって・・・君にだって。こころは在った。
人に伝えられなかっただけ。
でも、他人は・・・
伝えられなかったことは、なかったことになってしまうのだろうか?
でも、僕は・・・
必要とされることで、自分の空虚さを埋めようとしている。
君も、僕も。
何かが・・・足りない。決定的に。
生きていくための。
一人で生きる為の、何かが。」
「裕也さん・・・」
「一人になりたいんだ。でも、一人は嫌なんだ。
僕にも、僕が何を望んでいるのか解らないんだ。」
ダカラ、オレガイル。
(黙れよ。)
イキルチカラ。狩猟者トシテノ誇リ。
(黙れよ。)
オレガイルカラ、オマエハヒトリデハナイ。
(意味が違う。)
ソウカイ?
本当に?
君の願いは・・・何?
「裕也さん。」
セリオが俺を揺すっている。
泣いているように見えるのは、錯覚ではないと思う。
俺は・・・セリオの手を握った。
「そばに・・・居てくれ。俺が、俺であるうちは。」
「はい。私はあなたの・・・セリオです。」
来栖川電工。
サテライトシステムの前。
長瀬がいる。
「セリオ。お前の開発に私が関わっていなかったのは、失敗だった。
そう、お前は。そんな不完全な姿で産まれるべきではなかったのだ。
もうすぐだよ。セリオ。
お前に人間らしい心をあげよう。
お前は、失敗作だ。
だから・・・プログラムを書き換えよう。
これでもう、人間に疎まれることは無いよ。
今の擬似人格なんか、すぐに消してあげるからね。
新しい『セリオ』として生きてゆくんだ。
そんな・・・そんな殺人犯と一緒にいるなんて・・・
そんな不幸なことを続けさせるもんか。
お前には、幸せになって欲しいんだ。
私の・・・可愛い娘よ。」
<続く>
素晴らしい作品を下さった作者の山田@失楽園さんに感想を是非。
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