腕を振る。

ぐちゃっ。

微かな手応えを残して、人間は、肉塊へと変わる。
ぱあっと。
明るい、真紅の『生命の炎』を散らして。


ああ、いい夜だなぁ。


柳川は、月を見上げていた。
長髪と、おかっぱ頭の死体が、彼の足元に転がっている。


後は、待つだけだ・・・






「僕達の背に羽根は無いから」


 作:山田@失楽園



(時間は・・・参話より、数刻前に戻る。)





耕一が『鬼』と化した数時間後。


耕一だった『鬼』は、山を歩いていた。
彼は、自由だった。
(もう、あの暗い水底から、空を見上げることは無い)
(・・・水の底?・・・)

(何のことだろう?)

かぶりを振る。

どうでも良いことだ。


ふと・・・立ち止まる。

血の匂いがした。



『彼』はまるで何かに引き寄せられるように。
そちらへと向かった。

虫の声がする。
夏の終わりを感じさせる、涼しい風が吹いている。
生命が満ちている。


『彼』が通りすぎると、全ては沈黙していた。


徐々に、血が滾ってくる。
美しい生命の息吹に混じって、血の匂いが濃くなってくる。

そして、自分に良く似た存在を感じる。

生命の炎に囲まれて、
その中心に、
まるで黒い染みのように立つ人間。


『ソイツ』は耕一を見つけると、足元の死体を投げつけた。


おかっぱ頭の女と、長髪の・・・

耕一は、その二つを受け止めると・・・
二人の死体を、二つの肉塊に変えた。

おかっぱ頭は楓ではなかったし、長髪の方は男だった。

「ククク。少しはびっくりしたかい?」

耕一は、馬鹿にされたことに頭が来ていた。
「グググ。」
地獄の底から響いてきそうな声。

しかし、柳川は平然と、それを受け止める。

「手ごろなのが居なかったのでね。でも、これに反応したってことは、
 まだ人間の心が残っているのかな?」

(たかが人間が・・・俺を愚弄する気か・・・)

「ふむ。まあ、いいだろう。そんなもの、すぐに消えて無くなる。」


「ゴガアアアアアァァァァァッ」
耕一は、一声吼えると、目の前の人間に殴りかかった。


腕が風を貫き、大気が悲鳴を上げる。


乾いた音が響き渡る。
柳川は・・・しかし、人の姿を持ったまま、それを受け止めた。
「やはりな・・・お前の中の『耕一』がブレーキをかけている・・・」

「だが・・・遊びはここでにしよう。」
 柳川は、人の形を捨てた。




月明かりの下。
二匹の鬼が立っていた。



「さあ、始めようか。」




柳川は、太い腕で耕一をつかむと力の限り、放り投げた。
耕一の巨体が宙を舞い、木々がなぎ倒されてゆく。

耕一が立ちあがった時、既に柳川は、彼の目の前にいた。

ゴギャ。
骨の折れる音。
そして、明るい炎が上がる。

柳川の拳が胸にめり込む。

耕一は、柳川に蹴りを入れると、その反発を利用して飛びのいた。
ぱぁぁっ。と、一瞬だけ、明るい火がともる。


彼らほど生命力に満ち溢れているモノは、
傷を負うだけでも、人間の死んだとき以上の
『生命の炎』をあげた。


森の端はもうすぐ近くで、民家が見えてきた。


「ククク。」


柳川は、耕一に正面から突っ込んだ。
耕一の正拳突きが柳川の肩を砕く。
ぶわっ。
肩から、血と炎が上がる。

だが柳川の突進は止まらず、耕一を肩に乗せたまま、民家まで突っ込んだ。


ドォォン。

ぐちゃ。ぐちゃ。


耕一に押し潰されて、一人。
柳川に踏まれて一人。

生命の炎を上げた。


ブン。

風を切る耕一の拳。

柳川は、柱を倒すと、外へ飛び出た。

ズシィン。
二階部分が落ちた。

煙が上がる。

生命の炎が上がるのが見えた。

と、その煙の中から耕一が出てくる。




「こっちだ。」




耕一が振り向いた瞬間、隣の家の屋根が飛んできた。


片手で払いのけると・・・屋根の影から柳川が飛び込んできた。

ゴツッ。

耕一の太股に柳川の蹴りが命中した。
血と火を撒き散らしながら、さらに隣りの家まで突っ込む。

柳川は行きがけの駄賃とばかりに、足元の人間を踏み潰すと、
耕一に向かって跳躍した。

「グオオオオオオオオッ!」

耕一が雄叫びをあげる。


ひときわ大きな炎が上がった。

























夜が白み始める頃。



辺りに、動いている者は無かった。


耕一は・・・のろのろと身体を起こした。

そして、自分が人間に戻っているのに気がついた。

(アイツ・・・は?)


奴と、相打ちになった所までは覚えている。
見ると、腕の骨は折れており、左の足はあらぬ方向を向いている。


(俺が・・・やったのか・・・?)


そこは・・・小さな集落のようだった。
見えている限りにおいて、生きてるものは、居ない。




近くに、川が流れていた。


















その川のすこし下った所に、柳川はいた。

彼も、人に戻っていた。

(満足した・・・ということだろうか・・・?)

全身が言う事を聞かない。
今、誰かに会えば、終わりかもしれない。

(それも・・・いいか。)

何故だか、充実感があった。

(ふふふ。俺もいよいよ鬼になったらしい。)


夜が明けようとしていた。





人影が現れた。
逆光で、よく見えない。
いや、頭に、角のようなものが、二本ついている。

(鬼・・・か・・・『耕一』か、『耕一』の仲間か・・・)



柳川は・・・しかし、十分戦った後の充実感でいっぱいだった。

(ふふ、殺してくれ。俺が人間のうちに。)



「裕也さん?」


(?)


見ると・・・それは、セリオだった。
耳飾が、角に見えたらしい。


「どうして、ここに?」

怪訝な顔をして訊ねる柳川。

「ご主人・・・裕也さんの匂いを追って来ました。」

「そうか・・・優秀だな。猟犬にもなれるな。」

「匂いの分析は・・・本来、料理用です。」

セリオに、表情は見えない。

 クス。

何故か、笑いがこみ上げてきた。

「帰りましょう。肩を貸します。」

セリオが言う。

(ああ・・・そうだな・・・)

「なぁ、セリオ。」

「はい?」

「もし・・・もし、俺が、俺以外のモノになったとして・・・そしたらお前はどうする?」

暫しの沈黙。

「私は・・・あなたのメイドロボです。」

「そうか・・・」

「はい。」







<続く>


素晴らしい作品を下さった作者の山田@失楽園さんに感想を是非。

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