夜明けは、まだ来ない。
夜空には星。微かな光。
私は、一人。
『なつかしきよと』
作:やまだ
狩りがあった。
それは、エルクゥの宴。
破壊。
狩猟。
乱舞。
祝宴。
でも、私は。
そういうのには、ついて行けなかった。
私は皇族の一人。
星船を操り。星を渡る。
そのための一族。
周りのエルクゥは、私とは違う。
彼らは、破壊が好きで。
彼らは、狩猟が好きで。
彼らは、血が好きで。
彼らは、命の炎が好き。
それが、普通のエルクゥ。
私は、そういったものに興味が持てない。
…きっと私は、どこかが壊れているのだ。
私は『普通』じゃ無い。
いつものように星に降りて、
また、狩りがあった。
どういった訳か、
私の周囲に誰も居ない時に、
十数匹の原住民に囲まれてしまった。
数を頼りに、
そして、身体の大きさを武器に。
私を殺しにかかってきた。
(愚かな。)
私はそう呟くと、駆け抜けた。
ぱっと、命の炎が燃え上がる。
十数匹の美しい炎を上げ、原住民は肉塊へと姿を変えた。
(もう、見飽きたわ。)
命の炎も、私を興奮させることは無い。
あるのは退屈。
変わらない毎日。
私は、こういうものに興味が持てない。
やはり私は、何か欠けているのだろうか。
生命の炎を咲かせることは、
私にとって、何でもないことだった。
生き物は、命の炎を使って生きている。
そして、それを失うことを、極度に恐れる。
だから、自分より弱い者を襲い。
自分より強い者から逃げる。
でも、命の炎を持っている以上、
炎の動きさえ見えれば、相手が何を考えているのか。
全て解る。
弱い者ほど、自分よりも弱い者を求める。
それが解ってしまった時から、私は狩りに興味を失った。
だからといって、私は狩りをしないわけでは無い。
必要があれば、狩る。
そして、私より狩りが上手い者など、
この船の中でも数えるほどしか存在しない。
ただ、飽きただけ。
狩りに?
・・・いいえ、生きる事に。飽きたのよ。
たぶん。
とは言え、私には自殺という概念も無く。
ただ、『何か私を変えてくれる事が起きないかしら。』と、
無為に過すだけの日々。
夜がきて。
狩りが終わる頃、私は出かける。
何かを期待して。
私は何を、期待しているのだろう?
でも、何も起こる事無く。
ただ、命の炎を散らして回るだけ。
哀れな肉塊を踏みつけて、私は夜を歩く。
私はエディフェル。
暗闇は私の友。
夜は私の時間。
月は私の光。
恐怖は私の影。
この星に降りて。
また、随分多くの命を散らした。
狩り。
私は狩りが上手い。
だが、それが何だというのだろう?。
私にとって、無意味な行為。
周囲は暗く。
星の光が仄かに照らす。
太陽は嫌い。
強すぎるから。
強い光は、闇と同じ。
大切な『何か』を見えなくしてしまう。
二度と朝が来なければいい。
狩りなどしなくて良い日がくればいい。
いったい、何時まで続ければ、私は辿りつくのだろう?
どこかへ。
繰り返す自問自答。
答えは出ない。
ただ、死体だけが増えてゆく。
もう、何も感じない。
楽しいも、苦しいも無い。
単調な作業。
こんなことの、どこが面白いというのだろう?
エルクゥは、普通。
狩りが好きなのだ。
なのに、何故。
私は。
私は一体、何を望んでいるのだろう?
私は、死を望んでいるのだろうか?
私は、生を望んでいるのだろうか?
私は、この世界に飽きたのだろうか?
私は、絶望しているのだろうか?
私は、一体何を探しているのだろうか?
私は、
答えはまだ、無い。
何故、狩りを続けるの?
生きるためにしかたなく? 違う。
誰かに認められたくて? 違う。
ただ殺したいから? 違う。
獲物を探して? 違う・・・と、思う。
私は・・・誰かに会いたいのだろうか?
夜明けは、まだ来ない。
暗い夜空に、まあるい月が浮かんでいる。
私は、一人。
私は、森を抜けて丘に登った。
周囲には原住民の棲家は無く、私を邪魔する者は居ない。
空には月。
まあるい、大きな光。
私は、この光が好きだ。
冷たい光。か弱い光。暗闇を照らす光。
薄暗い夜空を一人、見上げる。
それは、私の手に入れたもの。
『自由』・・・たぶん、そんな名前のもの。
小川のせせらぎ。
虫の鳴き声。
獣の遠吠え。
空には星。
そしてやさしい月。
やすらぎをもたらす、闇。
私の呼吸。
私の心音。
私のこころ。
ただ、それだけ。
一体、どれだけ見上げれば。
探し物は見つかるのだろう?
私に欠けている、『何か』を。
不意に。
背筋に何か『うぞり』と、おぞましいものを感じた。
エルクゥの力が、何かを私に告げた。
足元には小川が流れていて。
その向こうは深い森になっていて。
暗闇の中に。
一人の男が立っていた。
私には、闇・・・そう、闇が肉体を持ったように思えた。
それは、どろっとした『こころ』を持っていた。
それは、名も無き闇。イノ・マプル・ダクネ。
「アア、ウツクシイナ。」
『ソレ』は・・・つまり、『闇を持った男』は。
私の理解できないことを口にすると、
私の所へ近寄って来た。
「コノアタリニハオニガデル。ヒトリデイテハキケンダゾ。」
『これ』は何なのだろうか?原住民にしては、おかしい。
怯えてない。いや、それ以上におかしいのは、
命の炎が黒くて・・・どろっとして見える。
いや、そもそもコイツは、生命なのだろうか?
しかし、そんな事を思いつつも。
『男』から目を放せないのは、何故だろうか。
そんなことを考えている自分がいる。
その男は。
やさしそうな・・・
何か、いとおしいものをみるような・・・
そんな表情を浮かべた。
「オニ?それは、エルクゥのこと?」
その男・・・
『心に暗闇を持つ男』は・・・
彼の心には、暗闇があった。どろっとした、混沌。
でも、私は何故だか、目を離すことができなかった。
まるで、私の心を・・・魂(エルクゥ)までも飲み込むような深淵。
彼は。
私が何を言ったのか解らないようだった。
見知らぬ服。粗末ないでたち。
顔つきも、肌も、髪も、瞳も。
動きも、匂いも。
原住民のものに近い。
かといって、今までの原住民とは、明らかに別の生き物だ。
なにものなのだろうか?。
「オレノイウコトガワカルカ?」
私は答えなかった。
ただ、不思議そうに、彼を見ていた。
彼の命の炎を・・・彼の心を見ていると。
何故だか、私の魂までも飲み込まれそうな。
でも私も、彼の闇を求めているような。
そんな気がしてくる。
「ドコカラキタ?イコクノモノナノダロウ?」
彼は通じない言葉を語る。
何を言っているのだろう?
私はゆっくりと夜空を指し、
「…星を…闇を…見上げていた…渡り歩いた闇を…」
そう、呟いた。
伝わったのか、それとも伝わってないのか。
しかし、そんなことはどうでも良かった。
ただ、彼の『闇』が、何故だか心地良かった。
彼の『闇』から見れば、私でさえ光にみえるのだろうか?
この《エディフェル》が。
エディフェルは、私の名前。
意味は《闇を歩く女》
元々は星船で、闇・・・宇宙を渡るから。
でも、今は・・・文字通り闇の中を歩いている。
「ツキカラキタノカ?オマエハテンノツカイナノカ?」
彼は静かな微笑みと共に訊ねた。
少しだけ…少しだけ、彼のこころを感じることができはじめた。
「…テン…? …レザム…を…そう呼ぶの?」
私は、不可解な顔をして通じない言葉を語る。
多分、全く通じてない言葉。
彼が何物で。
何処からきたのか。
何故こんなところにいるのか。
何も解らない。
ただ、私の目には。
彼は闇と混沌の中から這い出てきた、
私の捜していた『闇』に思えた。
「タシカニ、オマエハテンニョノヨウニウツクシイナ。」
「…ウツクシ…ナ? 違う…私は…エディフエル…」
私には、何故、彼と話しをしていたいのか、解らなかった。
ただ、彼と話しをしていたかった。
「アア、ウツクシイ・・・オマエタチノコトバデハ、ナントイウノダロウナ?」
彼はそう言って微笑む。
私は。小首をかしげた。
「…名前は…あなたの…?」
今度は、彼が首を傾げた。
ただ、何を聞きたいのかは、なんとなく伝わった。そう、信じたい。
「…ジローエモン、ダ。」
次の日。
…見渡す限りの炎の海。
むせかえるような、血と、肉のこげた匂い。
愚かにも私達に挑んできた原住民は。
その愚かさを、身をもって知ることとなった。
猛り狂った炎の中に。
いつものように死体の山。
(飽きたわ。もう。)
エルクゥの力は、原住民とは比較にならなかった。
エルクゥ達は雷を放ち、炎を上げ。
討伐隊に襲いかかった。
一瞬で、混乱の極致に達する討伐軍。
これでは勝ち様が無い。
エルクゥ達は
尋常でないすばやさで襲いかかった。
私を見て、弱そうだとでも思ったのか、原住民が束になって襲ってくる。
(…愚かな…)
彼らの群れの中を私が歩くと、
あっと言う間に肉塊ができあがる。
ぱっと、明るい、大きな炎を残して。
しかし・・・そんな時に異変が起こった。。
ひときわ大きな炎が散った。
原住民のものでは無い。
エルクゥが狩られたのだ。
グオォォ
叫び声を上げた口に
男が刀を刺すと、
刀は脳まで達し、エルクゥは死んだ。
また一つ。
私が気付いた時には、男はすでに次のエルクゥの首に刀を突き立てていた。
一つ、また一つ。
大きな。大きく強い炎が上がる。
目に見えない炎。
命の炎が。
エルクゥの命が散ってゆく。
私は。
もしかすると、興奮してしまったのかもしれない。
気がつくと、私は全力で駆け出していた。
ヒュッと、
風を切る音と共に。
私の爪が男に伸びる。
男は、刀で爪を受け止める。
『彼』だった。
驚愕に満ちる『彼』の顔。
私は間を置かず、ニ撃目、三撃目を放つ。
彼は、あっさりと剣で受け止めると、
反撃とばかりに胴を薙いできた。
私は紙一重で避け。
そのまま、鋭い爪で斬りかかる。
読まれている?
私には、それが一番の驚きで…
…同時に安心している『私』がどこかにいた。
今まで狩ってきたものは、皆同じであった。
弱い者には残酷で、
強い者には恐怖を抱く。
だから、誰もが似たような行動を取る。
でも、彼は。
彼の『命の炎』が揺れる。
黒い炎が。
私は全力で斬りかかった。
しかし、彼に受け止められていまう。
彼は、逃げもせず。
受け止める。私を。
彼には、恐怖というものが無いのではないだろうか?
私とおなじように。どこかが、壊れているのだ。
私が斬りかかる、彼が受け止める。
彼が斬りかかる、私がかわす。
怖く無いのね?死が。
何故なら、なんにも無いから。
生きてる理由が。
私は徐々に速度を上げてゆく。
自分の限界を超えて、斬撃を繰り出す。
しかし、彼はそれを全て受け止める。
そうね。私達は、
同じ闇を抱えて生きている。
まるで、合わせ鏡のよう。
殺す事を何とも思って無い。
何の目的も無く。
何の意味も無く。
ただ、行為を繰り返すのみ。
あなたも、私と同じ。
エルクゥの中では生きられない。
『普通』で無いエルクゥ。
ヒトの中では生きられない。
『普通』で無いヒト。
同じ闇を抱えて。
同じ闇を捜していた二人。
それからは、まるで約束組手のようだった。
相手が何をしてくるのか、
相手が何を考えているのか、
相手がどう動くのか。
自分はどうすればいいのか。
理解してしまった。
相手を。
斬る、かわす、斬る、かわす。斬る、かわす。
斬る。かわす。斬る。かわす。突く、避ける。
そう、多分私は。
『彼』に会うために、歩いていたのかも知れない。
永遠に続く夜の中を。
理解し合える存在を求めて。
お互いに、相手の考えていることが解った。
だから、いつまでも決着はつかない。
不思議ね。もう、ずっと長い間、戦っているような気がする・・・
ドスッ。
その時、
私には何が起こったのか、
わからなかった。
いや、理解したくなかった。
私の爪が、彼の胸をえぐっていた。
胸を深くえぐった痕からは、大量の血が流れ出す。
彼の四肢の力が抜け、炎の中へ崩れ落ちる。
「アリガトウ・・・」
燃え盛る炎の中。
彼が言った。
私に理解できない言葉を。
「…」
私は、何も言えなかった。
理解し合えたと思ったのに。
理解できたと思ったのに。
全て、幻想だったとでもいうのだろうか?
彼の命の炎が燃え尽きようとしている・・・
一週間。
仲間の星船から抜け出して一週間後。
『彼』は目覚めた。。
「…目が…さめた?」
私は、
精一杯の笑顔。
安堵のため息。
でも、彼は。
黒い炎がどろりと、這いずる。
「ここは?」
「…レザムにちかいばしょ…小さなやまごや。
わたしと、あなたいがい、だれもいない。」
「…」
「…あなたの命の炎…あと少しで消えそうだった。
だから私…あなたに…私のエルクゥ細胞を与えた。
…そして…あなたは助かった。…エルクゥはあなたの身体に…」
「何故、殺さなかった。」
「…エルクゥは、互いの意識を信号化し…伝え合うことができる。
…そして…言葉よりも深く…互いを理解し合える。
…あなたは…もともとエルクゥに近い人間だった。
…あの時…あなたの生命の炎が消えようとした時…
…あなたの私への想いが流れ込んできた。」
「では何故、殺さなかった!
どうして俺を殺してくれなかった!
理解してくれたと思ったのに。
ようやく理解してくれる人に出会えたと思ったのに!」
「…私は胸が痛くなった。あなたを失えば、私はきっと後悔する。
…そう、思った。」
「では、なにか?
お前は、お前の勝手な理由で、
俺を死なせてくれなかったというのか?
おれは、おれは・・・」
解っていた。
『彼』が死を望んでいたという事は。
でも、それは嫌だった。
やっと見つけたのに。
理解してくれる存在を。
やっと一人ぼっちでなくなったのに、
また、あの夜を歩かねばならないのだろうか?
一人で。
あなたが居なくなるということは、
私にあの闇を、一人で歩けといっているのと同じだということ。
解っているのだろうか?
それとも・・・
考える余裕はなかったのだろうか。
彼の中の、黒い炎が燃え上がる。
どろっとした、何か、が。
私に欠けている何か。
彼は・・・
怒り、憎しみ、劣情、欲望。
そういったものを私にぶつけてきた。
どろっとした、闇。
それは多分。私達に欠けていた何か。
それは『人間らしい心』であり、『エルクゥらしい心』。
かけがえの無い、狂気。
彼は、私を激しく、乱暴に犯した。
身体を引き裂かれるような痛み。
狂ったように、彼の欲望の炎が燃え上がる。
でも、私は・・・
乱暴に犯されているにもかかわらず、私は、
どこかで、これを望んでいた。
彼が狂気を、欲望を、・・・闇を、
注ぎ込む相手として、私を選んだ事に
喜んでいる私がいた。
瞳に浮かぶ涙は、苦痛か歓喜か。
私を苦しめているのは彼の方なのに。
彼の方が、私よりも苦しそう。
そんな姿を見ているうちに、私は、胸が痛くなってきた。
痛み、苦しみ・・・そんなものが徐々に消えうせていき、
かわりに、彼に対する愛おしさが膨らんでゆく。
私は彼にしがみつき、身体を震わせた。
そう、無くしていたのは、闇だけじゃ無い。
光輝くもの・・・誰かを愛しいと思う心。
それも一緒になくしていたんだ。
だから、闇の中をさまよっていたんだ。私は。
自分自身の心の闇を、さまよってたんだ。
私の中に、たっぷりと精が注がれたとき、
私は。
私は、彼を愛している。
それを、はっきりと感じてしまった。
「君の・・・名は?」
「エディフェル・・・です。」
もう、闇を歩く必要は無い…彼と一緒であれば。
何故だか私は、そう確信した。
彼は、少し考えて・・・そして、立ちあがった。
私に手を差し伸べる、次郎衛門。
「行こう、エディフェル。俺と一緒に。」
私は、次郎衛門の手を握り返す。
「どこまでも。次郎衛門。」
次郎衛門編を読む
素晴らしい作品を下さった作者のやまださんに感想を是非。
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