夏の終わり、秋のはじまり
Written by Eiji Takashima
第三十七話:食卓とその惨状
黒塗りの高級車が、隆山の街を疾走する。
ほとんど観光で成り立っているこの街は、暗くなると人通りも一気に減り、闇
の色を一層濃くする。
ようやく秋にさしかかった季節だけど、それでもまだ、夜も夏の名残を残していた。
「耕一さん達、待ちくたびれてないかしら……?」
若干、焦りの色を隠しきれない。
足立さんは私のことを思って早く帰るように何度も勧めてくれたけど、まだ自
分の仕事が残っていたこともあって、今日はちょっぴり残業してしまった。
「お急ぎですか、会長?」
「え、ええ、まあ……」
少しだけ恥ずかしい。
別にこの運転手さんとはそんな恥ずかしがるような間柄でもないけど、それで
も年下の従弟の来訪に浮ついてしまっているのを見られると言うのは、流石に
私も鶴来屋の会長としてはちょっと……。
「じゃあ、少し飛ばしましょう。この時間なら、道も空いてますしね」
「ええ、お願いします。妹達も待ってますので……」
「畏まりました。では……」
ぐっとアクセルが踏まれる。
でも、あまりそれを感じさせないこの車はいい車だ。
免許を持っていない私には何とも言えないけど、大学の時に友達に乗せてもら
ったりした時は、こんな感じじゃなかった。
この運転手さんは何も言わない。
でも、きっと足立さんみたいにわかっているんだろうと思う。
私は極力鶴来屋では柏木家の長女としての自分を見せない。
足立さんはそんな私を知っているし、毎朝私の送り迎えをしてくれるこの人も、
柏木家の私を知っている一人だ。
だからきっとわかってる。
わざわざ『妹達』と言った私のちょっとしたごまかしも……。
「お待たせ致しました、会長」
静かに音を立てて、うちの門の前で車が停められる。
運転手さんはしっかりとサイドブレーキを引いてから車を降りると、私の隣の
ドアを開けてくれた。
「今日もご苦労様でした」
「いえ、会長もお疲れ様でした」
「じゃあ、おやすみなさい」
「はい」
ちょっとだけ挨拶を交わして、私は車から降りた。
礼儀正しいこの運転手さんは、いつも私を鶴来屋の会長として話をしている。
少し堅苦しく感じる時もあるけれど、それでも悪くは思わない。
変に馴れ合うよりも、好感が持てるのは事実だった。
急いでいるのも事実だったけど、私は車が去るのを見送る。
それはあんまり会長らしくもない振る舞いかもしれないけど、でも、会長だか
らと言って高慢に振る舞うのも嫌だった。
車のテールランプが完全に視界から消えると、私は慌てて門を潜り抜けて、う
ちの敷地内に入った。
そして半ば駆け足で庭を通過すると、玄関の扉を開けて暖かな我が家にようや
く戻ってきた。
「ただいま!! 遅くなってごめんなさい!」
私はちょっと大きな声で挨拶をする。
そんなところがいつもと違っていて何だか気恥ずかしいけど、でも、みんな許
してくれると思った。
梓辺りがからかうかもしれないけど、梓達だって、耕一さんが来ていることを
かなり意識してるから……。
でも、挨拶しても、なかなかみんな出迎えに来てくれない。
まあ、すぐに来いって言うのも無理な話かもしれないけど……と思っていたら、
初音と、その後に続いて耕一さんが来てくれた。
「お帰りなさい、千鶴お姉ちゃん。今日は遅かったんだね」
「ただいま、初音。今日はちょっと仕事が残ってて……私も早く帰りたかった
んだけどね」
「しょうがないよね、お仕事だもん。それよりも早くあがって」
初音がそう言って私を促す。
でも、私は靴を脱ぐ前に、ちらっと耕一さんに視線を向けた。
すると耕一さんは、軽く笑って私に挨拶してくれる。
「おかえり、千鶴さん。お仕事ご苦労様」
「ただいま、耕一さん。今日一日、何をしてましたか?」
「って、話は後々。千鶴さんも玄関で立ち話もなんだし、ゆっくり腰を落ち着
けてからにしようよ」
「そ、それもそうですよねっ。わ、私ったら……」
やっぱり何だか恥ずかしい。
耕一さんや初音の前だって言うのに、かなり浮ついちゃって……。
特に足立さんからあんな話を聞かされたもんだから、嫌でも耕一さんを意識し
てしまう。
でも、耕一さんはそんな私に気づいているはずなのに、敢えて何も言わずに笑
顔で私を見守っている。
「さ、千鶴お姉ちゃん。梓お姉ちゃん達も待ってるから」
「え、ええ、わかってるわ、初音」
そう初音に返事をして靴を脱ぐ。
そして自分の部屋に向かいながら、隣を歩く初音に訊ねた。
「それより初音、今日は誰かお客さんでも来てるの?」
「あっ、そうそう、梓お姉ちゃんがお友達呼んでるんだ。ちょっと変な人だけ
ど、面白いよ」
「そう……」
ちょっとだけ、不快感を露にする。
折角耕一さんが来てるって言うのに、梓もわざわざ友達を呼んでこなくっても……
しかもこの時間になってもまだ帰ってないし。
初音は特に悪くも思ってないみたいだけど、私は何だか家族の団欒を邪魔され
ているような気がして、よく思えなかった。
そして、初音たちと別れて自分の部屋に入る。
家に帰ってもまた独りになる時間があるって言うのは、少しだけ寂しい気がした。
でも、独りになる時間って言うのもまた大切だから、この辺はわがままの範疇
だと思う。
だから私は自分に出来ること……つまり出来るだけ手早く着替えて、みんなの
前に姿を見せることにした。
「ようやくお出ましだな」
「おかえり、千鶴姉。今日は遅かったじゃないか」
居間に入ると、みんな勢揃いで座って私を待っていてくれた。
梓は私を出迎えに来なかったのを悪く思ったのか、わざわざ立ち上がっておか
えりを言ってくれる。
「ただいま、梓。それよりお友達?」
「あ、ああ。紹介するよ。あたしの学校の後輩で、日吉かおり」
「はじめまして、日吉かおりです。今日はお邪魔してます」
「え、ええ……はじめまして、日吉さん」
梓のお友達、日吉さんも立ち上がって私に挨拶をする。
初音が言うように、特に変な子って言う感じもしないけど……でも、今日がど
んな日かっていうのは、きっと梓に聞かされてると思う。それなのにここにい
るってことは、結構図太い娘なのかも?
私はそう思いながら、少し探るような目で上から下まで日吉さんを見渡した。
「千鶴姉も座りなよ。疲れたろう?」
「そ、そうね。じゃあ……」
と思って下を見る。
すると……この日吉って娘が、私のところにちゃっかりと座ってるし。
もう、うちは各人座る場所がしっかり決まってるんだから。
でも、そんな私の気持ちが顔に出てしまったのか、梓が慌てて私に告げる。
「す、すまない、千鶴姉。千鶴姉の場所、かおりにくれちまってるけど、まあ、
千鶴姉は接待係ってことで、その耕一と楓の間に座ってくれよ」
「え、ええ……」
「狭いけど、結構役得だろ、千鶴姉?」
「も、もうっ、梓ったら!!」
梓がにやりと笑って言う。
何だか完全に見透かされちゃってるかな?
私は恥ずかしそうに顔を赤くする。
正直私の場所がこの日吉さんに取られてるって思った時はむっとしたけど、で
も、その代わりに耕一さんの隣にいられるってわかると、反対に喜んでる自分
がいた。
まあ、それを完全に読んでいる、梓の作戦なんだろうけどね。
「……おかえりなさい、千鶴姉さん」
「あ、ただいま、楓。楓には挨拶まだだったわね」
「うん」
いつもながら、楓の言葉は少ない。
多分、耕一さんの隣でも黙りこくっていたんだろうと思う。
楓は楓で何だか私達とは違った形で耕一さんを意識しているみたいだし、却っ
て私が間に入ったことでほっとしているのかもしれない。
「じゃあ、これで全員揃ったことだし、晩飯にしようか」
「そうだな、耕一。初音、みんなの飯と味噌汁、手伝ってくれ」
「うん、梓お姉ちゃん」
そして周囲が慌ただしくなる。
梓と初音が食事の支度をしてくれる間、私は隣の耕一さんに話し掛けた。
「耕一さん?」
「なに、千鶴さん?」
「もしかして……みんな私のこと、待っていてくれたんですか?」
私は少し驚きながら訊ねる。
てっきりみんな食べ始めてるもんだとばかり思っていたんだけど、実際はこれ。
夕食が出来上がってからそんなに時間は経っていないみたいだけど、それでも
いつ帰ってくるかわからない私を待っていてくれたのは事実だった。
「まあね。やっぱり千鶴さん抜きで始めるのはまずいでしょう?」
「そんな、気にすることなんてことありませんのに。折角梓達が作ってくれた
んですから、温かいうちに食べてもらった方が……」
「みんなで食べた方がおいしいからね。それに、千鶴さんはこの家の大黒柱で
もあるんだし」
「耕一さんにそう言っていただけると……」
「だから、千鶴さんも気にしないでよ。気にするくらいなら、もっと早く帰っ
てきてくれればいいからさ」
「そ、それもそうですね。ごめんなさい、遅くなって……」
耕一さんは笑って私に言う。
でも、何だかみんなに迷惑かけちゃったのは事実みたい。
足立さんはこうなることを知っていて、私に早く帰るようにしつこく言ってい
たのかも?
私はちょっと意地になって残っていたんだけど、今になってそんな頑固な自分
に後悔し始めている。
足立さんは会長としての私を甘やかしていたのではなく、柏木家の長女として
の柏木千鶴を気遣って言ってくれたんだから、大人しくその厚意を受けておく
べきだったと。
「いやいや、さっき初音ちゃんも言ってたけど、仕事なんだからしょうがない
よ、千鶴さん。だからこの話はもうなし。いいよね?」
「はい、耕一さん。私が悪いんですから、大人しく耕一さんに従うことにします」
「だ、だから……」
「ふふっ、冗談ですよ、耕一さん。それよりも、今日はどうします?」
何を、とは聞かない。
そんな私を、耕一さんはお互い通じた者同士の視線で答えてくれる。
「当然。言わずもがな、ってところで」
「やっぱり……じゃあ、当然私も、お相伴しますね」
「でも、今日仕事辛くありませんでした?」
「ちょっとだけ。でも、大丈夫ですよ。今日はもっぱら、耕一さんのお酌する
ことに徹しますから」
私は笑ってそう言う。
耕一さんが心配してくれてるように、やっぱりちょっとお酒は苦手。
まあ、おいしく飲めないわけじゃないんだけど、実際今日はそれがあったから
午前中はほとんど仕事にならなくて残業になってしまったこともある。
でも、それ以上に耕一さんと一緒にお酒が飲めるってことが嬉しくて……耕一
さんにもそれが伝わっているのかもしれない。
「駄目だよ、千鶴さん。自分だけ飲まないってのはなし」
「そんなぁ……勘弁してくださいよ、耕一さん」
「まあ、程々にね。俺とは違って、千鶴さんには仕事があるんだし。だから、
俺に付き合う程度でいいからさ。俺も注いでもらうだけじゃ、なんだか申し訳
ないしね」
「そ、それなら……まあ、私も飲めないわけじゃありませんからね」
「その意気その意気。っと、梓、ビールとコップ二つ、宜しく!!」
やっぱり耕一さんはビールが飲めることがうれしいらしい。
私にお酌をしてもらうから喜んでるって訳じゃないところがちょっぴり残念だ
けど、まあ、それは仕方ないかな?
でも、耕一さんが梓にそう言うと、梓は不満そうな顔をして答えた。
「ビールなんて後にしろ、耕一!!」
「な、何を言う、梓。晩酌は男のロマンとも言うべき……」
「ふざけるな。昨日はあんな結果になったんだぞ。今日こそはちゃんとあたし
の料理を食ってもらわないとな」
「いや、飯はビールと一緒に食ってこそ、本来の味わいを更に増して……」
「詭弁だな、耕一。ともかく却下だ。な、初音?」
「えっ、わたし? う、うん……」
急に梓に振られてびっくりする初音。
でも、湯気の立つお茶碗を手にしたまま少し考えるようにして、それから耕一
さんにこう言った。
「ごめんね、耕一お兄ちゃん。お兄ちゃんには悪いけど、ご飯はご飯にした方
がいいと思うな。せっかく梓お姉ちゃんが作ってくれたんだし……」
「初音もちゃんと手伝ってくれたしな。どうだ、耕一、これでもまだ我を通す
ことが出来るって言うのか?」
「くっ……相手が梓ならともかく、初音ちゃんに言われちゃ俺もしょうがない。
これも戦略的撤退って奴だな」
「なっ、どうしてあたしならともかく初音なんだよ!?」
またいつものが始まりそう。
もう、耕一さんも梓が怒るってわかってて言ってるんだから。
これも食卓を彩るスパイスのひとつなんだろうけど、でも、少しだけ梓がかわ
いそうな気もした。
梓だって年頃の女の子なんだし、がさつそうに見えてあれで結構女の子っぽい
ところがあったりする。
特に耕一さんが来てからって言うもの、それが顕著だから……やっぱり梓も耕
一さんを意識しているんだろうと思う。
だから私はそんな梓を気遣って口を挟もうとした。
しかし、それよりも先に、怒っているはずの梓がこう言った。
「って、仕方がないよな、初音だから……」
「えっ?」
「耕一にとっちゃ初音はかわいい相手だからな。あたしなんかと同列には出来
ないだろうよ」
「あ、梓お姉ちゃん……」
「なに、気にするなって。あたしはあんたたち二人を応援するよ」
どういうこと?
何だか私の知らないところで、話がおかしな方向に行っているみたいだけど……。
「ね、ねえ、どういうこと? 私にはよくわからないんだけど……」
「初音は耕一の臨時彼女になったんだとさ、千鶴姉」
「えっ……?」
「だから耕一に粉かけても無駄だぜ。ここにいる間は、耕一は初音のものだか
らな」
「そ、そんな、梓お姉ちゃん、そんなんじゃないよ」
梓の表情が硬い。
笑おうとしているけど、完全に笑い飛ばしきれないみたい。
初音もそんな梓の言葉を否定しようとしてるけど……でも、本当にこれはどう
いうことなの?
「なに、気にしなくってもいいって。自分の気持ちに素直になりな、初音」
「だ、だから違うんだって。わたしはただ、耕一お兄ちゃんが寂しいから、そ
れなら私が彼女になって慰めてあげようって……」
「だから、そう想う初音の気持ちに素直でいればいいんだって。初音はやさし
いからな」
「そういうんじゃないんだよ、梓お姉ちゃん。もう……耕一お兄ちゃんからも
何とか言ってよ」
半ば開き直る梓に対して、初音は完全に困り切って耕一さんに助けを求める。
すると耕一さんも流石にこの状況では笑い飛ばしきれないのか、苦笑いを浮か
べながら初音に応じて梓に言った。
「ま、まあ、初音ちゃんの言う通りだぞ、梓。俺だって梓の大事な初音ちゃん
を盗ったりなんて出来ないからさ」
「な、なに言ってやがる、耕一っ!!」
「だから安心してくれたまえ、梓君。それに実は俺、こう見えても楓ちゃんフ
ァンなんだ。なっ、楓ちゃん?」
「え、えっ!?」
突然耕一さんは楓に振る。
当然、思いも寄らぬことに楓は小さく声を上げた。
私達は全員楓に視線を向ける。
すると、楓は恥ずかしそうに少し頬を赤く染めて……。
でも、誰も気づかなかった。
気づいたのは、耕一さんだけだった。
私が帰ってきてからずっと、楓は元気がなかった。
まあ、いつものことだろうと思っていたんだけど、それじゃ駄目だった。
今の耕一さんの言葉も、明らかに楓を気遣ってのこと。
本来なら、私がするべきことなのに……。
「まあ、俺はファンとしてのマナーを重んじる人間だから、こうして遠くで見
てるだけなんだ。ほら、こうして……」
そう言って、耕一さんはわざとらしくじっと楓を見つめる。
楓は困ったように耕一さんから視線を逸らしていたけど、それでも頬の赤さは
治まるどころか一層強まっていった。
「あ、あの、耕一さん……私、場所変わった方がよろしいですか?」
「えっ!? あ、い、いや、そんな千鶴さん……気を遣ってくれなくってもい
いって」
私が耕一さんに向かってそう言うと、耕一さんは慌てて遠慮した。
これでも私は遅まきながらにフォローしたつもりだったんだけど……気付いて
くれてるのかな、耕一さんは?
「いえ、折角ですから、ファンサービスもしてあげないと。ほら、楓、耕一さ
んの隣に」
「あ、ち、千鶴姉さん……」
楓は困ってる。
でも、楓にとってはいいことなんだろうと思う。
実際、楓は耕一さんのことで思いつめていたみたいだし、接する機会を作って
あげるのは姉としての私の責務に思えた。
それに、私の気持ちも知らないでふざけた耕一さんに対する、ちょっとした意
趣返しのつもりもあるし。
すると、そんな私に対抗するかのように、梓が初音に向かって言う。
「初音っ、あたし達も負けてらんないよ!! ほら、愛しの耕一お兄ちゃんを
取られてもいいのかよ!?」
「そ、そんな……別にわたしは……」
初音が楓に負けるって言うより、梓が私に負けるのが嫌なんじゃないの?
そう思ったけど、でも何だか雰囲気が和んだ。
間違いなく、私のいなかった時に何かがあったのは事実だろうと思う。
私はそれが何なのか知らないけど、でも、みんなが考えたくないと思っている
のは確か。
私はそれを根掘り葉掘り聞くよりも、今は忘れさせてあげた方がいいように思えた。
すると、そんな時完全に蚊帳の外だった梓のお友達……日吉さんが明るく言う。
「えっと、楓さんと初音ちゃんが耕一さんを奪い合うとして、余った梓先輩は
この私がいただきますね」
「な、何をいきなりこの娘はっ!?」
「そんな、梓先輩、照れなくってもいいんですよ。ほら、私は身も心も梓先輩
のものですからっ!!」
何だか今になってようやく、初音が言ってた『変な人』って言うのが理解出来
たみたい。
まあ、梓にはこんな娘がお似合いかもしれないけど。
「ば、馬鹿、かおりっ! ほら、余ってるのならそこにもいるぞ、柏木千鶴っ
てのがな!」
「梓っ、私に振らないで!!」
梓には悪いけど、被害者になるのは御免。
でも、そう思ってこの二人を見ていたら、日吉さんがじろっと梓を見て言った。
「酷いです、先輩っ、こんな年増を私に押し付けようとするなんてっ!!」
「ば、馬鹿っ、なんてことを言うんだ!!」
……年増?
今、何だかそんな単語が私の耳に入ったんだけど……気のせいかしら?
「……何か言ったかしら?」
冷たい空気が流れる。
梓もそれを察してか、冷や汗をかきながら私を見ていた。
しかし、何も気付かない日吉さんは、怒ったように繰り返して梓に言う。
「私は先輩一筋なんですからっ! こんな私よりもずっと年上の人には興味が
ないんですっ!」
「や、やめろ、かおり、それ以上言うと千鶴姉が……」
「……コロス」
「う、うわぁっ、千鶴姉がキレた!! 総員退避っ!!」
「あ、ああっ、逃げないで下さいよ、梓先輩〜!!」
そして、全ての後には惨状だけが残されることとなった。
でも、誰も何も言わない。
それもまた、いつものことだった。
やっぱり私……恐い?
ちょっと興奮すると、我を忘れちゃうだけなのにね……。
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