夏の終わり、秋のはじまり

Written by Eiji Takashima

第二十二話:疲れる娘

時は放課後。
あたしは大抵部活のほうにちょっと顔を出してから適当に時間を見計らって家
路に就く。
昨日は耕一を迎えに行くこともあって、授業が終わるや否や速攻で駅へ向かっ
ていた。

「…………」

一応今日もそれに近いつもりで学校を後にした。
別に絶対何かしなきゃいけないとかそんなものもない。
耕一に関してはどうせ初音が相手をしてくれるんだろうし、あたしは遅くなら
なければそれでいいんだろう。
でも、あたしには色々考えもあった。
耕一の暇潰しの相手をするんなら初音で充分だ。
しかし、あたしにはその……やっぱり今朝のこともあったから、色々話しもし
てわだかまりを解きたかったんだ。
そうなると初音が一緒の時よりも、耕一だけの方がやり易い。
初音も今朝のことを知ってるから喜んであたしと耕一を二人にしてくれるだろ
うけど、でも、そう大袈裟にすると却って言いづらかったりして……とにかく
さり気なく耕一とは元の関係に戻りたかった。

「…………」

だからあたしは歩く。
走るほどじゃないけど結構な早歩きで。
一応あたしの行ってる高校の方がうちまで初音んとこより近いから、こうすれ
ば絶対に初音よりも早く着く自信がある。
まあ、耕一の馬鹿が家でちゃんと大人しくしてれば、ってことの方が問題だろ
うけどな、きっと。

しかし……それにしてもなぁ……。

あたしはちらっと自分の斜め後ろを見やる。

「……おい」
「なんですかぁ、梓先輩?」

とほほ、よりによってかおりの奴だよ。
初音がどうこういう以前に、この娘を何とか駆除しないと……。

「どうして着いて来るんだよ?」
「これも梓先輩の為です。喜んで下さいね」

……誰が喜ぶか、この疫病神め。

あたしは心の中で毒づいた。
全く、あたしがどう思ってるのか気付いているんだろうにいけしゃあしゃあと……
まあ、ここまで不敵な奴じゃなきゃ、普通の生活してるんだろうけどな。

「部活はどうしたんだよ? そろそろ大会もあるだろ?」
「そうですね。でも今日はお休みです」
「休み?」
「ええ、大事な先輩の為ですから」
「…………」

あたしは何も言えなくなってしまった。
昼休みに耕一の話を聞かせてから、あたしも嫌な予感はしてたんだよ。
ずっと前からうちに来る来るって言ってしつこかったし……。
今までは理由もないから適当にあしらってたんだけど、どうもそういう訳には
行かない状況に陥ったみたいだ。

「耕一……って言いましたよね、その先輩のいとこって」
「ああ」
「体格はどうなんですか?」
「……まあ、普通だな。これと言って特徴もない。でも、どうしてそんなこと
聞くんだよ?」
「戦う前の情報収集は基本ですからね、先輩」
「…………」

こいつ、まさか耕一とやりあうつもりか?
いくら普通とは言え相手は大の男だ。
それに引き換えかおりは至って普通の女の子で、喧嘩が似合うような感じの娘
じゃない。
まあ、相当な食わせものだから、何か策を考えているんだろうけど、かおりの
容赦無さを考えると却って耕一の方が可哀想に思えてしまう。
……って、おい!!
あたしは絶対の絶対にかおりをうちまでつれてったりしないからな!!
無論、耕一に会わせるなんてのも却下だ!!
ったく、いつの間にやら騙されるところだった。
危ないったらありゃしない……。

あたしはようやくそのことに気付くと、黙って歩くスピードを早めた。
かおりが正式な陸上部員だったらまだしも、ただのマネージャーに着いてこれ
る程のスピードとは思えない。
ちょっと可哀想かもしれないけど、ここまでやらないと絶対にかおりは退かな
いだろう。
特にあたしは、この娘に口で勝てる気がしないから……。

「せんぱぁい……少し速いですぅ」
「ついてこれないなら、ついてこなくってもいいんだよ」

あたしの返事は少し、いやかなり素っ気無い。
でも、かおりの奴はそんなつれない対応にもめげずに息を切らせながらあたし
についてこようとする。

「つ、ついてこれますよぉ。頑張ります、私」
「そうか? なら頑張りな」

あたしはそう言うと更に速度を速めた。
そしてそれを維持する為に余計なことは口にせずに黙って歩き続ける。
まあ、走れば一発でかおりを振り切る自信はあったんだけど、そこまで露骨に
したくもないと思って、取り敢えず早歩きにとどめていた。

そしてかおりの方も最早何も言えない状態みたいだ。
きっとこれがかおりの全力なんだろうと思う。
そんなかおりを見ると、あたしも結構良心の呵責ってもんに苦しむ。
やっぱり人につれなくするのって、いい気分じゃないしな。

だけどあたしは心を鬼にした。
あたしが甘やかすから、かおりが増長するんだ。
やっぱりここはビシっと、態度で示してやらないと……。

しかし、しばらくした時、後ろのかおりから声が聞こえた。

「きゃっ!!」

そしてそれの直後に聞こえるドスっという鈍い音。
あたしは何事かと思って後ろを振り向いた。
するとそこには……かおりが足をもつれさせて転んでいたのだ。

このまま行けば、間違いなくかおりを振り切れる。
しかし……やっぱりあたしには、そんな冷たいことは出来なかった。

「おい、かおり! 大丈夫か!?」

あたしはかおりの元に駆け寄ると、大きな声でそう訊ねた。

「だ、大丈夫です、梓先輩。すいません、ご心配おかけしてしまって……」
「いいんだよ、そんなこと。それよりほれ、立てるか?」
「た、立てます。平気ですから」

かおりはそう言って立ち上がろうとする。
そしてあたしはそんなかおりにそっと手を貸してやった。

「ほらもう……スカート汚れてるぞ」

あたしはかおりを立ち上がらせると、スカートのお尻の部分を手で払ってあげた。
でも、やっぱりあたしって結構面倒見たがりなのかも?
家では千鶴姉に代わって色々やってるけど、それが長かったせいもあるのか、
ついつい人に何でも手を貸しちまう。
あたしも自分のそういうとこ、結構嫌いじゃないんだけどね。
でも、それで得してる部分もあれば、当然損してるとこもあるんだよな、これが。

「ありがとうございますぅ、梓先輩」
「いやいいって。それよりも……」

やっぱりあたしには無理だった。
酷いことなんて、相手がかおりじゃなくたって、やっぱり出来ないよな。

「悪かったな、かおり。何だか嫌がらせしちまったみたいでさ」
「いえ、いいんですよ、先輩」
「いや……あたしが卑怯だったよ。正直にかおりに言っておけばよかったのに」

そうだ。
口で敵わないからって、力で従わせるなんて反則だ。
あたしの意見が正当なものならきっとかおりもわかってくれるだろうし、そう
でないならそれなりに理由があるんだと思う。
あたしは自分のしたことに後悔すると、改めてかおりに告げることにした。

「……かおり?」
「何ですか、梓先輩?」
「頼みがあるんだけど……聞いてくれるかな?」
「はい、喜んで」

かおりはにこにこしてる。
やっぱりあたしのしたこと、この娘を傷つけていたんだろうと思う。
でも、そんなことはおくびにも出さずに……。

「今日は帰って欲しい」
「えっ?」
「ここまで一緒に来たかおりには悪いんだけど、うちには来ないでくれるか?」
「どうしてですか?」
「今日は、耕一と二人でちゃんと話がしたいんだよ。喧嘩もしちまって気まず
い雰囲気だし、取り敢えず謝って何とかしたいからさ」
「それならあたし、先輩とその耕一が話し終わるまで、先輩の部屋でお待ちし
てます。それじゃ駄目ですか?」
「いや……それでもな? わかってくれよ、頼むからさ」

こんな風になることはなんとなくわかっていた。
だからこそあたしも最初は実力行使に出ようとしてたんだ。
でも、わかっていながらそれを防げないなんて……我ながら情けない。
今度ももう、かおりにお願いするしかない状況になってる。
それで結局最後には押し切られるのが、いつものパターンだった。

「私、今日の為にわざわざ部活も休んで……部のみんなに申し訳が立たないです」
「黙っときゃいいだろ、そんなの」
「いえ、結果を報告するように、っていう条件で休ませてもらいましたので……」
「はぁ?」

何だかいやーな予感がする。
もしや……この娘、思いっきり変なこと言ってないだろうな。

「あんた、部の連中に何言ったんだよ?」
「え? ただ恋敵と戦って、梓先輩のハートを射止めてくるって……」
「あんたねぇ!!」

あたしは呆れ果ててそれ以上怒る余力もなかった。
こんなことならわざわざかおりに気を遣う必要なんてなかったよ。
ったく、ただでさえ変な噂が広まってるってのに、これで更に色々言われるに
決まってる。
とほほ……終わってる、終わってるよ、あたしの高校生活も。

ここまで来たら、あたしももうどうでもよくなって、かったるそうにかおりに
言った。

「もういいよ、もう。あんたの好きにしな、かおり」
「えっ!? 本当ですかぁ、梓先輩?」
「ああ。ただ、あたしと耕一との話が終わるまで部屋で大人しくしてるんだぞ。
一応の目途がついたら、耕一だけじゃなく他の家族にもあんたを紹介するからさ」
「ありがとうございます! 私、うれしいですぅ!!」
「そうかい。そりゃあよかったな」

もうどうでもいい。
かおりが何を言おうと、あたしは受け流すことにしよう。
変に抵抗するから却ってよくないのかもしれないな。
耕一に会わせるのはやっぱり危険かもしれないけど、あたしの部屋に閉じ込め
ておけば、あたし以外の連中には害を及ぼさないだろうし……。

「ええ、よかったですぅ!!」

かおりはあたしの苦労をよそに、ひとりで喜びまくっている。
やっぱり人生、押しの強い人間が勝つのかな……?
あたしはうちの中じゃあ一番強いと思うけど、でも世間一般で見ればお人好し
だよ、きっと。
だからこそあたしは柏木家の面々が好きなんだし、大切にしたいんだと思う。
かおりには悪いけど、やっぱりかおりみたいなのが家族だと、絶対に安らぎな
んて感じないだろうしな。

「とにかくもう行くよ、かおり。ぐずぐずしてると先に初音が帰ってくる」
「初音って……先輩の妹さんですよね?」
「ああ。初音はいい子だからな。あたしは家族の中でも一番好きなんだ」

初音に関してはあたしも自然と心からこういうことが言える。
初音は本当にいい子だし、嘘をつく必要もないからだ。
きっとうちの連中の中でも一番人間が出来てると思うし、仕事もまめであたし
とはよく気が合う。
この初音にはあたしの家事全般をみっちり仕込んで……と、そんなことを考え
ていたら、かおりがこう言い放った。

「じゃあ、将来私の妹になるんですね。ちゃんとご挨拶しておかないと……」
「って、おい!!」

もしかおりが耕一みたいな男だったら、蹴りの一発でもお見舞いしていたかも
しれない。
ったく、この妄想娘は……あたしは女で、あんたも女だろうがっ!!
しかし、既にかおりはあらぬ先を見てる。
何を言っても無駄なんだよな、こういう奴にはさ……。

あたしは人生に疲れ果ててとぼとぼと家に向かって歩き始めた。
そしてかおりもちょこちょことあたしについてくる。
初音だったらかわいいって思えるけど、この娘だと鬱陶しいだけだ。

「はぁ……」

深々とため息をつくあたし。
するとかおりはあたしの顔を横から覗きこんで訊ねてくる。

「どうしたんですか、梓先輩?」
「……あたしゃ疲れたよ」
「そうですよね、結構頑張りましたから」
「……そうだな」

あたしは的外れなかおりの言葉にもとやかく言わない。
とにかく疲れたんだよ。

「じゃあ、着いたらゆっくり休みましょうね、先輩!!」
「そうだな……」

さっきとは打って変わってやたらと元気なかおり。
そして反対にあたしはへろへろ。
何だか立場が逆になっちまったけど……まあ、もういいよ。
こんなんじゃ耕一と話をしても、上手く謝れないかもしれないな……。


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