夏の終わり、秋のはじまり

Written by Eiji Takashima

第二十一話:ともだち

早くもお昼休み。
高校生になってから早くも五ヶ月が経とうとしている訳なんだけど、とっても
難しい数学やわかんない単語だらけの英語にひたすら頭を悩まされてるのとは
裏腹に、高校生活は楽しくって楽しくってしょうがなかった。

高校になると勉強が難しいからっていう理由で何も部活に入らなかったわたし
だけど、夏休みになってクラスのみんなと会えなくなると、それを後悔したり
もしたの。まあ、沙織ちゃんとはしょっちゅう会ってたから、そんなに寂しく
感じるなんてことはなかったんだけどね。

とにかく授業は難しいけどそれなりに楽しくて、一日が過ぎるのはほんとにあ
っという間に感じてる。いっつも眠そうにしてる沙織ちゃんにそんなこと言お
うものなら、思いっきり裏切り者に対する目で見られそうだけど。

そしてわたしはこうして沙織ちゃんと向かい合う形でお弁当を食べる。
ちなみにこのお弁当は梓お姉ちゃんお手製なの。
わたしも時間があったら自分で作るんだけど……今日はちょっとね。
でも、慌ただしい時にばっかりお姉ちゃんに任せちゃったりして、わたしもほ
んとに申し訳ない気がするんだ。梓お姉ちゃんは自分が作るのが当然のように
黙ってお勝手に立つけど、心の中ではどう思ってるのかなぁ……?
まあ、矛先はわたしじゃなくって千鶴お姉ちゃんにだけ行きそうな感じだけどね。



「……沙織ちゃん?食べないの?」

さっきからお箸を咥えたままわたしのほうをじっと見てる沙織ちゃん。
もう、今朝ああいう話になっちゃってからというもの、沙織ちゃんは一日ずっ
とおかしい。

「…………」
「沙織ちゃん?」
「……はつね……」
「何?」
「……初音って……かわい♪」
「さ、沙織ちゃん!? もう、いきなりなんなのよぉ!?」

わたしは大きな声で沙織ちゃんに言う。
すると沙織ちゃん、わたしを見てにんまり笑いながらこんなことを言うの。

「やっぱり恋するっていいよね。今日の初音はいつもの初音とは違うもん」
「も、もぉ……その話はやめよ。ね、お願いだから……」
「だーめ。しばらくこのネタはあたしのおかずになるんだから。もう、こんな
おいしい話題はここ数ヶ月絶対にやってこないだろうからね」
「……もぅ……」

実はこんな感じは今が初めてのことじゃなくって、休み時間の度に沙織ちゃん
はこんなことばっかり言ってるの。だからいい加減わたしも諦めに入ってるん
だけど……やっぱり勘弁して欲しい。
他のみんなを巻き込んでこないだけまだわたしのことを考えてくれてるのかも
しれないけど、今のこの状況だって充分恥ずかしいんだよね、わたし。

「早く食べちゃお、沙織ちゃん」

わたしはこの話題を避けるように沙織ちゃんに訴える。
すると沙織ちゃんは待ってましたとばかりにこう取って返した。

「そうだね。さっさと済ませて真剣にその辺のところを初音自身の口から詳し
く聞き出しておかないと」
「さ、沙織ちゃん……」
「と・も・か・く! あたしは初音の恋路を応援する立場にある訳だから、そ
の辺のところは抜かりなくサポートさせてもらうし、だから安心しててくれて
いいわよ」
「い、いいって……別になんにもしてもらわなくっても……」

わたしはひとりで勝手に盛り上がる沙織ちゃんを抑えようとそう言う。
でも、沙織ちゃんはそんなつまらないことになど絶対してなるものかとばかり
にわたしに熱弁した。

「だーから初音は駄目なんだってば。こう、もっと押しが必要なんだから」

沙織ちゃんはわざわざお箸を弁当箱の縁の上に置いてから、手でジェスチャー
をしながらわたしに言った。
でも、そんな沙織ちゃんとは裏腹に、わたしは困ったような冷めた目でその様
子を眺めていた。

「今時男をゲットするには、待ってるだけじゃ駄目なんだよ。ちゃんとわかっ
てるの、初音!?」
「わかってるって、沙織ちゃん。でも、わたしは別にどうこう……」
「だーかーらー! そう言ってる時点で駄目なの!! 好きなら好き、嫌いな
ら嫌いってはっきりしなきゃ!!」
「そ、そりゃあ……好きだよ、耕一お兄ちゃんのこと。でも……」

わたしはなんとなく沙織ちゃんの話術を感じつつも、しょうがないとでも言う
ような感じで答えようとした。でも、沙織ちゃんは自分の聞きたかった部分し
か聞こうとせずに、続きを遮っておっきな声でわたしに言う。
しかもそれ見たことかっていう感じで……。

「ほら、やっぱり好きなんじゃない! そこまではっきりしてるんだったら、
なにも迷ったり遠慮したりする必要はないでしょ!?」
「さ、さおりちゃん……あの、わたしはね……」
「問答無用!! 初音はいとこの耕一さんが好き。そして耕一さんも初音のこ
とを満更でもなく思ってる。だったら答えは簡単。二人は結ばれればいいこと
なのよ!」
「……沙織ちゃん、少女漫画の読み過ぎだよ」

流石にここまで来るとわたしも笑っちゃうのか、笑いを抑えながら沙織ちゃん
にそう言った。
すると、沙織ちゃんは自分が笑われたのを心外だと受け止めたのか、むっとし
た顔でわたしに訴えてきた。

「初音っ、あたしは冗談で言ってる訳じゃないんだよ!」

沙織ちゃん、わたしをからかうのが目的のはずなのに……。

でも、そう思いながらもわたし自身、やっぱり沙織ちゃんの言うようにそれだ
けじゃないんだって言うのもわたしにはわかる。
確かに沙織ちゃんはわたしをからかって楽しんでるところもいっぱいあるけど、
わたしも沙織ちゃんとは結構長い付き合いなんだよね。
だから沙織ちゃんのいいところも困ったところもよく知ってるつもり。
沙織ちゃんの困ったところは今回みたいに調子に乗りやすいところなんだけど……
反面それがいいところだとも言えると思う。

千鶴お姉ちゃん達が言うように、わたしはどっちかって言うと遠慮しがちな性
格だし、沙織ちゃんが側にいてくれるだけでかなり支えになってる。
沙織ちゃんがいつもわたしを後押しして、元気付けてくれたから……。

わたしと沙織ちゃん、性格はみんなから言わせれば正反対。
でも、ずっと仲良し。
みんなはどうして?って言うけど、わたしはそんなこと考えたこともなかった。
性格は違っても、ううん、だからこそわたしと沙織ちゃんはぴったりだった。
だから、沙織ちゃんと一緒に高校入学を迎えた時『帰宅部にしちゃおっか!?』
って誘われて、全然ためらいもなくうなずいちゃったんだ……。

中学の時は沙織ちゃんはバレー部でずっと帰りが遅くって、なかなか一緒に帰
れなかった。
別にわたしはだから一人で帰ったっていう訳じゃなく、ちゃんと他の友達と帰
ってたんだけど、やっぱり沙織ちゃんとおしゃべりしながら帰りたかった。
だから、沙織ちゃんと一緒がよかったから、わたしは部活に入らなかった。
その時千鶴お姉ちゃんはともかく、梓お姉ちゃんはかなりびっくりしてたけど、
わたしは理由を聞かれてもちゃんと答えられなかった。
何だか『仲良しの友達がそうだから』なんて動機が不純すぎて……。

だけど、わたしはそのまま帰宅部を続けた。
沙織ちゃんと一緒に帰って、沙織ちゃんと寄り道して……。
それがとっても楽しかったの。
いっつも二人一緒で、そのせいで変なこと言う人もいたけど、でも沙織ちゃん
と色々話して、もっと沙織ちゃんを知ることが出来た。
沙織ちゃんはお調子者かもしれないけど、いつもみんなのことを考えてるやさ
しい女の子なんだって……。

だから今回のことも、沙織ちゃんは本当にわたしのことを考えてるんだと思う。
確かに沙織ちゃんはわたしの耕一お兄ちゃんへの気持ちを煽ってる節はあるけ
ど、考えてみればそうでもしなくちゃわたしがお兄ちゃんにどうこうってこと
には絶対にならないだろうしね。
沙織ちゃんもそんなわたしをよく知ってるからこそ、こうしてしつこく言って
わたしを方向づけして……。

やっぱりわたし……耕一お兄ちゃんのこと、好きなのかな?
その……単なるお兄ちゃんとしてだけじゃなくって……。

「……ごめん、沙織ちゃん……わたし……」
「いいんだよ、初音。あたしもちょっとうるさくし過ぎちゃったかもしれないしさ」
「でも……沙織ちゃん、わたしのこと、ちゃんと考えてくれてたのに……」

わたしは真剣に沙織ちゃんに謝った。
わたしの言葉、わたしの笑いは少なからず沙織ちゃんを傷つけちゃったんだろうから・・・
でも、そんなわたしに沙織ちゃんはいつものように、だけどちょっぴり真剣に
なって、わたしにこう言ってくれた。

「初音がわかってくれれば……それだけで充分だよ」
「沙織ちゃん……」
「……耕一さんのこと……好き、なんでしょ?」
「……うん……やっぱり……そうみたい……」

今度は言えた。
ちゃんと。自分の口から。

「もう、はじめっからそういう風に素直になってればいいのよ。全くこれだか
ら初音は……」

困ったような、それでいて嬉しそうな表情をしながら沙織ちゃんは言った。
そしてわたしはそんな沙織ちゃんの言葉を継いで、笑ってこう言う。

「放っておけない?」
「な、何言ってんのよ! 手がかかるってあたしは……」
「いいんだよ、それでも。手がかかるから、わたしを放っておけないんだよね!?」
「ま、まあ……そうなんだけどさ……」

沙織ちゃんはちょっと恥ずかしそうにしてる。
まあ、改めて考えてみればわたしも相当恥ずかしいことを口にしてたみたい。
だからちょっとだけ、顔が赤くなっちゃって……。

「……何顔赤くしてんのよ、初音」
「沙織ちゃんも赤いよ。どうしたの?」
「そういうのは、耕一さんにとっておきな」
「沙織ちゃんも、好きな男の子のためにとっておいたほうがいいんじゃない?」
「……今はね、いないんだ、あたし。だから……」
「ごめん……一緒に探してあげようか?」
「いいよ、別に……そういうのはさ、やっぱり自分で探したほうがいいだろうし……」
「そうだよね……」
「それに、しばらくは初音のお相手の耕一さんの件で精一杯だろうしね」
「いいんだよ、別に。沙織ちゃんは沙織ちゃんでうまくやってくれれば……」
「いや、やっぱり初音のことは放っておけないよ」
「……どうして?」
「あたしたち……ともだちだから……さ…………」
「ずっとずっと……友達でいようね、わたしたち……」
「うん……。約束……したほうがいいかな?」
「そうだね……約束だよ、沙織ちゃん」

そしてわたしと沙織ちゃんは、そっと指切りをかわした……。


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