夏の終わり、秋のはじまり

Written by Eiji Takashima

第五話:妹

あたしの斜め後ろに耕一の奴がいる。
耕一はうちに滞在する為のものとして、ちょっと大き目のバッグを持っていた。
更にそれプラスパチンコで取ったちょっとした景品の入った袋もだ。
そのせいか耕一も体力の有り余っている暇な大学生とは言え、流石に歩き始め
ると重そうにしていた。

「耕一っ、気合が足りない!!」

あたしはそう言ってずんずん先へと進む。

「ちょ、ちょっと待ってくれよ、梓。俺、結構でかい荷物持ってんだ。お前だ
ってわかるだろ?」
「ああ、わかってるさ、初音が急いでるってな。だから早く行くんだよ。わか
るだろ?」

あたしは泣き言を言う耕一に素っ気無い台詞を返す。
でも……初音のこともあったのは事実なんだけど、それだけでもないんだよな。
ほら、耕一のさっきの台詞、何だか妙に気になっちゃって、恥ずかしいんだよ。
耕一からの奴してみれば、今時の大学生の軽妙なトークのひとつなのかもしれ
ないけど、あたしにはそういうのの免疫ないんだし……。
そもそもあたしの側に来るような奴って言えば、あのズーレのかおりくらいだ
し、男連中はあたしを半ば男みたいに見てる。
まあ、あたしのいつもの態度からすればそれも当然だし、実際この耕一もあた
しのことをいとこの女の子って言うよりは、元気な弟くらいにしか見てないん
だろう。
大体うちの四人の中で、耕一が名前で呼び捨てにしてるのって、あたしだけな
んだよな。お子様の初音なんかだったら、自分も呼び捨てのほうがいい、なん
て言い出すのかもしれないけど、やっぱりあたしももう高校卒業なんだし、そ
んな呑気には考えてられない訳よ。
別にあたしは耕一ただ一人を意識してた訳じゃなくって、なんとなく身近にい
る耕一を指標としてたような感じなんだけど、とにかく耕一に女としてみても
らいたくって、色々やってきたような気がする。
小さい時から家事全般が苦手だった千鶴姉に対して、あたしは率先して家事に
手を出した。千鶴姉は何にもしてなくっても美人だ美人だって言われるけど、
事実上柏木家の女房役はこの梓なんだぞってみんなに示してやりたくって……。

千鶴姉に対抗意識があったのは事実だった。
あのルックスに性格。しかもあたしよりもひとまわり年上ってこともあって、
あたしから見た千鶴姉はいっつも光り輝いてた。
あたしだって別に顔が崩れてるとかそんなんでもないと思うけど、でも、外見
ではどう転んでも千鶴姉に勝てないのは目に見えてる。
ならあたしは……千鶴姉には出来ないことが出来る女になろうと思った。

千鶴姉がどじなのは、半ばチャームポイントとさえなってる。
でも、それはあたしにはどうしようもないことだし……とにかくあたしは家事
全般に関するエキスパートになって、柏木家を支え、それをちゃんと見てくれ
る人間にだけ、理解してもらえればいいと思っていた。

でも、実際は誰も理解してくれない。
学校の連中もあたしが自分で作った弁当を持って来てもただ驚くだけで、これ
が本当のあたしなのだとは思ってくれなかった。
あたしに気があるらしきかおりも、やっぱりあたしのそういうところに魅力を
感じてくれてる訳じゃない。

だから、耕一だった。
耕一ならわかってくれる……あたしにはなぜかそう思えた。
そしてあたしは知ってる。
耕一がうちの四人の中で一番意識してるのは、他ならぬ千鶴姉だって言うことを。
耕一だけでなく、みんな千鶴姉、千鶴姉、だ。
あたしはこれを変えてやる。
まず手始めに耕一。
そしてそれから他の奴等を。

でも……やっぱりなかなか自分は変えられない。
相手は耕一なのに、何故か自然になれない。
変に耕一を意識しちまって……。

「おい、梓。別に初音ちゃんが俺達を待っててくれてる訳じゃないだろ? な
ら別にゆっくり行っても構わないと思わないか?」
「だからぁ、あの初音のことだから、遅れそうだと思って走ってるに決まって
るって」
「で、でも、だからって俺達が無理することないだろ?」
「あたしは別に無理してないけど」
「お、俺が無理してんの!!」
「……男なんだからそれくらい我慢しなよ」
「お、お前……」

あたしの考え、言い訳なのかもな。
ただ、耕一に隣で並ばれるのが恥ずかしいから、なんだかんだ言ってごまかし
てる。あたし自身、そんなに具体的に千鶴姉に対抗もしてないし、大体千鶴姉
はいい姉貴だよ。家事以外についてはしっかりとやってるし、変に美人だって
のを自慢してない。あたしにとっちゃ、これ以上ないくらいいい姉貴なんだよ
な。
じゃあ……やっぱりあたしが耕一を意識してるだけか。
あたしはそういうの、興味もないはずだったのにな……。

耕一は諦めてのろのろとあたしの後をついてくる。
こいつが千鶴姉に憧れてるの、あたしはちゃーんと知ってるんだから。
小さい頃からそういうところあったし、今でもきっと変わらないと思う。
ま、仕方ないかって思いもするんだけど、変に耕一からいつもとは違ったこと
言われちゃうとねぇ……。

「と、ところで梓?」
「なんだよ、耕一?」
「あのさぁ……」
「だからなんだって? もう少しはっきりと物事を言えよな」
「あ、ああ。初音ちゃん、ほんとにこの道を通ってくるのか?」
「えっ?」
「だからさ、初音ちゃん、別の道を通ってくる可能性はないのかと……?」

迂闊。
いや、まだそうと決まった訳じゃないけど、初音が別の道を通ってくる可能性
もなくはなかった。
まあ、初音の通う高校から駅までは、他に大した道もないからまずこの道を通
ってくると思う。でも、それはあくまで確率の問題であって、絶対じゃない。

「あ、ああ……たぶん」
「多分!?」
「……うん」
「梓ぁ……」

耕一が白い目であたしを見てる。
あたしもいつのまにか歩みがゆっくりになってて、耕一に横に並ばれた。

「やっと追いついたな」
「あ……」

耕一は軽く笑ってそう言う。
耕一に追いつかれないようにと思っていたあたし。
そんなあたしの考えも、耕一には筒抜けだったのかな?
やっぱり耕一もちゃらんぽらんに見えてても、そこはあたしよりも年上だって
とこを感じさせる。

「初音ちゃん、この道でいいんだろ?」

耕一はさっきと態度を一変させてそう訊ねてくる。
そしてあたしはそんな耕一についていけなくて、曖昧な返事を返した。

「あ、ああ……」
「俺はお前を信じるよ、梓。なんたっていい姉だもんな」

耕一は少しからかうように言う。
あたしが耕一の「いい姉してる」っていう言葉から少しおかしくなってきたの
を、耕一の奴はよく知ってるみたいだ。
でも、あたしはやっぱり耕一に素直になれなくって、耕一があたしを弁護して
くれてるにもかかわらず、反論せずにはいられなかった。

「そ、そんなんでいいのかよ、耕一? もし初音が違う道から来たら……」
「そん時はそん時だ」
「って、いい加減な奴だな」
「仕方ないだろ? 俺はもう一度駅まで戻るなんて真っ平御免だ」
「…………」

もしかしたらあたしの買いかぶり?
耕一はただ単に戻るのが面倒だから、無理矢理あたしが正しいと決めつけたい
のかも……?

あたしはそう言う考えを持ち出すと、急に耕一が腹立たしくなって、何か耕一
に難癖つけてやろうかと思った。
しかし――

「あ、耕一お兄ちゃん!!」

それはまごうことなき初音の声。
あたしは肩透かしを食う形になったけど、取り敢えず事無きを得そうでほっと
した。

「よう、初音ちゃん! しばらくぶり!!」

耕一はあたしの存在なんか忘れて初音に挨拶してる。

「もう、お兄ちゃんったら。ついこの前あったばっかりじゃない」

初音も耕一に遭えたのがうれしいらしく、声が妙にはしゃいでいるのがよくわ
かる。

「それもそうだね。まあ、何はともあれ初音ちゃんに遭えてよかったよ。なっ、
梓?」
「え、えっ?」

あたしは耕一は初音と話し込むもんだと思ってたから、急にあたしに振られて
びっくりした。

「なに驚いてんだよ、梓?」
「あ、す、すまん」
「まあ、それはいいとしても、俺達で初音ちゃんを迎えに行こうって……な?」
「ああ、そうなんだよ、初音」

あたしらしくもない調子で耕一に相づちを打つ。
でも、初音はそんなあたしには気付かないようで事実自体に驚いている。

「へぇ、そうだったんだ。ありがと、耕一お兄ちゃん、梓お姉ちゃん」
「いやいや、実は初音ちゃんを迎えに行こうって言うのは梓の発案なんだ」
「ほんとに?」
「ああ。折角だから途中まででも初音ちゃんを迎えに行こうって」

耕一は妙にあたしの功績にしたがる。
まあ、耕一のことだから、初音に今の調子で感謝されたら、却ってくすぐった
く感じるのかも?
あたしもそんな気持ち、わからないでもないし……。

「……ありがとうっ、梓お姉ちゃん!!」
「ん、いや、大したことじゃないよ、初音」

真っ直ぐな目。
あたしは実のところを言うと、姉妹の中で初音が一番のお気に入りだった。
そもそも楓は千鶴姉寄りなところがあったし、どっちかって言うと千鶴姉より
もあたしとは性格が正反対な気がした。
それに、初音はいつもあたしの側で色々手伝ってくれて、そのせいか話をする
ことも多い。そんな中、あたしが知った初音というのは、明るくてやさしくて、
とにかくいい子だった。

「いい子だよ、初音ちゃんは……」

あたしの心を読んだように耕一がそう言う。
まあ、耕一でなくとも初音はいい子だろう。
初音があたしの妹で、本当によかったと思う。
初音は一番年下の癖に、みんなのことばかり考えて……もしかしたらうちでの
家族の調整役というのは、他ならぬ初音なのかもしれない。
とにかくそれくらい、あたし達に初音は必要な存在だった。

「そ、そんなぁ……耕一お兄ちゃん、そんなことないよ」
「いや、初音ちゃんくらいいい子は他にいないな。俺が断言するよ」

初音は耕一の奴にベタボメされて、顔を赤くしている。
いい子と言われて素直に喜べるなんて……あたしは少しだけ、初音を羨ましく
思った。

「こ、耕一お兄ちゃん、恥ずかしいよ……」

耕一は恥ずかしがる初音を、まさにほのぼのとした感じで見ている。

やっぱり初音がいるだけで、みんな落ち着くんだよな……。

あたしは改めてそう思うと、もやもやした今のこの気持ちを振り払うように大
きな声で二人に呼びかけた。

「よし! じゃあ、今日はご馳走にするか!!」
「折角耕一お兄ちゃんが来てくれたんだもんね、梓お姉ちゃん!!」
「あたしも腕を振るうから、あんたも手伝うんだよ、初音!!」
「わかってるって! 言われなくたってわたし、お姉ちゃんを手伝うからね!!」

あたしに意気投合してくれる初音。
あたしの本心が純な初音を汚しているような気がほんの少しだけしたけど、や
っぱりあたしは初音に頼る。
そして耕一はそんなあたし達姉妹を微笑ましく見つめてる。
そんなことはないと思うけど、あたしは耕一に見透かされているような気がし
て、何故かちゃんと視線を合わせることが出来なかった……。


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