"0" The record of children 0

抜粋

ここに"17th children project"の雛形たる、children "0" の記録を記す

                                                    担当研究員:長瀬

File:0

1998年2月23日

私は今日、ここに生まれた。
与えられている識別コードは "0" 。
全ての始まりたる1から更に一歩前の存在。
まだ存在していないとも言えるし、全てを内包した存在とも言える。

LCLと呼ばれる特別な溶液を湛えたこの実験用カプセル。
私はこの外の景色を視覚で認識出来るが、現実としての外界を知らない。
私の次に生まれるファーストは、もしかしたら知る事が出来るかもしれない。
しかし、果たしてこの私が外界の空気に触れる事を許されるのか・・・?
それは研究員の長瀬しか知らない。

私の頭脳に収められた知識は、直接こめかみの部分に埋め込まれているプラグ
を通して、ホストコンピュータから転送されてくる。
それは私の頭脳に負担をかけない為に、一度にではなく何度かに分けて行われた。

私が起動した今日も一度、データの転送をした。
また、この記録も私のプライベートの階層をホストのハードディスクに設置し、
私自身の意思により定期的に転送する事になっている。

私の肉体は、未来に予測されうる"Impact"を想定して、14歳の日本人女性を
モデルに作られている。
身長154cm、頭髪と瞳の色は漆黒だ。

しかし、今の私はそのコードの通りゼロに過ぎない。
人間と同等の思考能力を授けられ、全てを内包する「ゼロ」であるにも関わらずだ。
私の行動範囲はこの狭いカプセルの中だけであり、実際に人間の眼球を移植し
て作られたと言うこの双眸も、ただ私の担当である長瀬の姿を見る事くらいし
か出来ない。

私は可能性の存在として作られた。
しかし、それは可能性であり、現実となるのはナンバーのあるファースト以降だ。
今現在、ホストからのデータによると、製作が開始されているチルドレンは三体。
ファーストからサードまでだ。
しかし、一応の完成品として存在しているのはこの私、ゼロだけである。
そしてゼロの複数持つ可能性のひとつひとつとして、他のチルドレン達が存在
するのだ。

私からひとつの可能性を抜粋すると、それはほんの些細なものにしか過ぎない
と言う。
しかし、そのひとつがそれぞれのチルドレンに分散され、その特性として位置
付けられる。
言わばこの私は17のチルドレンの全ての可能性を実験する存在として作られたのだ。


私が製作された理由たる"Impact"。
それを食い止める為の17の方策が、"17th children project"である。
未来に予測されうる災厄の可能性が17種類に及んでいると言うのが原因らし
いが、それほど複雑なものなのだろうか?

ある一つの能力を高める事によって、他の能力をも兼ね備える。
だからこそ、研究は1種類に限定して然るべきなのではないだろうか?
全てを兼ね備えているものが最高だとするなら、他の17のチルドレンよりも、
私が優れていると言えるだろう。
しかし、私の中の可能性をそれぞれ発展させたものがファースト以下のチルド
レンであり、それらが実使用になると決定している。
まあ、未来の事と言うのは予測しがたいものであり、また、"Impact"が想像を
絶する破壊と殺戮をもたらすからこそ、この"17th children project"に携わっ
ている人間も慎重に慎重を期しているのだろう。

しかし、この"Impact"と言うのは

===検閲により削除===

・・・・検閲だ。
長瀬は不本意かもしれないが、これも彼の仕事の一つだ。
彼は機密事項に触れる私の思考をバグとして削除しなければならない。
これだけではなく、私に関する作業が彼に大いなる負担となっているのは事実
で、データベースに残る彼の入退記録によると、殆どこの研究室に詰め切りと
なっている事がわかる。

『・・・長瀬。』
「おはよう、ゼロ。気分はどうだい?」

私は初めて口を開いた。
とは言ってもここはLCLのカプセルの中。
彼に直接私の声は聞こえない。
一応構造上私も声を発する事が出来るように作られてはいるが、それは今のと
ころ意味を為さない。
LCLの特徴とも言えるシンクロシステムによって、端末を通して私の声は発
せられるのだ。

『・・・悪くない。これも長瀬のおかげだ。』

私の思考は全て長瀬によって監視されていると言ってもいい。
しかし、私は長瀬に何かを伝えたい場合は声によって伝えるべきだと思った。
長瀬もそんな私を知ってか、表情を崩して私に話し掛けてきた。

「その顔でそんな喋り方をされちゃあ違和感を感じるな。」
『そうか?しかし私の会話機能など、あってもなくても同じだろう?』
「いや、そうとも言えないな。"Impact"を前にしていつ何が勃発するかもわか
らん。だからこそお前がいて、無駄な事かも知れないと思えても無駄だと決め
つけて機能を削除したりはしないんだ。わかるか?」
『わかる。』
「それにな・・・」
『何だ?』
「俺の娘も丁度お前と同じ14歳なんだ。だから俺の気分転換の為にも、お前
には年相応の喋り方と言うものをマスターして欲しいもんだな。」

長瀬は笑ってそう言うと、灰皿の上に火のついたまま放置してあった煙草を手
にとり、私を見ながら口に咥えた。

『・・・それは命令か?』
「いや、俺の個人的なお願いだ。」
『・・・なら何とかしてみる事にしよう。』
「そうか?いや、それは済まないな、ゼロ。」
『気にしなくていい。』

私はそれだけ言うと目を閉じた。
ホストの情報を検索する為だ。
私の頭脳には必要なものしか入れられてはいない。
とは言ってもその量は膨大なものであるが、ホストのデータベースの総量と比
較すれば微々たる物だ。
私の頭脳は人間のそれを利用している為、完全なるコンピュータよりも多くの
情報量を貯える事が出来る。
しかし、人間の頭脳は未だ完全には解明されておらずに、完全なるデータとし
て保存しておく事は不可能に等しい。
だからこその旧世代のホストコンピュータであり、私のこめかみに繋がれたプ
ラグなのだ。

しかし、今現在次世代のコンピュータも模索されており、それは

===検閲により削除===

また検閲だ。
長瀬もなかなかご苦労な事だ。
検閲システムがまだ完成されていないうちの私の起動であるだけに、検閲はす
べて長瀬の手作業となる。

長瀬を困らせても何の利益も私にもたらさない。
私は無駄な思考を止め、情報の検索とダウンロードに集中する事にした。


[EOF]


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