"0" The record of children 0

File:1

1998年2月27日

私の起動から四日経過した。
しかし、その四日間というものは実に無為に溢れた四日間であった。

長瀬は一日のうちの殆どの時間を私と共に過ごしている。
人間が生活を過ごすに当たっての最低限の時間以外は、全て私の為に割いてい
ると思われた。

だが、長瀬は何もしなかった。
無論、私を取り巻く様々な機器のメンテナンスやデータの収集など、彼の仕事
は挙げればきりがない。
しかし、それは言うなれば彼にとっての雑用にしか過ぎなかった。
しなくてはならない事だが、何ら前には進まない地道な作業。
それが私には歯がゆくて仕方が無かった。
折角の実験体としての私がいるというのに、何故長瀬は実験をしようとしない
のか・・・?

長瀬は専ら暇を弄ぶかのように、ことあるごとに私に話し掛けてきた。
それは常に下らない事に過ぎなかったが、長瀬はそれを楽しんでいるようにも
見えた。


長瀬の娘。
彼の話では、丁度14歳なのだそうだ。
精神的には、ホストコンピュータのデータベースと直接繋がれて常にその情報
を検索して取り込んでいる私とは大きな開きがあるかもしれない。
しかし、肉体は同じ14歳だ。
私が黙って何もしなければ、彼女とはそう大差はないだろう。

長瀬の話を聞いてすぐ、私は14歳女性の情報を検索した。
そして、それは私の脳に記憶されている。
私の脳は14歳女性のものを使用しており、コンピュータとは違って莫大な量
のデータを「記憶」する事が出来る。
しかしそれは曖昧なものであり、完全なるデータとするには不完全である。
だからこそ、私はホストの方に専用の領域を保持し、具体的データはそちらに
もバックアップをとる事にしている。
それはLCLを用いたシンクロシステムにも通じる事で、多少のノイズが入っ
ても構わないような会話などのデータはそのシステムを使用出来るが、ホスト
とのデータのやり取りはやはりプラグで繋がれた回線を使用しなくてはならない。
このシンクロシステムは、私以上にまだ実験段階の域を抜けず、30%程度の
シンクロ率を保つのがやっとである。
しかし、シンクロシステムは単に物理的なものだけではなく・・・

===検閲により削除===

・・・・・

『長瀬。』
「おはよう、ゼロ。」
『これが長瀬の仕事なのだから仕方ないのかもしれないが、もう少し何とかな
らないものか?』
「すまんすまん、いや、俺もゼロに警告の一つも出してやろうかといつも思っ
ているんだが、大概他の事で手一杯でね。」

長瀬は頭を掻きながら私に謝る。
基本的には長瀬は私の製作者兼管理者であるのに、不思議と私の下手に出てくる。
私は別にそのような事で気分を害したりはしないものの、何故なのか少し気に
なって長瀬に質問してみる事にした。

『・・・長瀬はどうして私にそのような口の利き方をする?』
「どうしたんだ急に?」
『長瀬は私の管理者だ。そして私は長瀬に作られた単なる実験体にしか過ぎな
い。違うか?』
「いや、違わないな。」
『なら何故・・・』
「俺は自分の作ったものに誇りと愛情を持っている。それだけだ。」

長瀬はいつものふざけたような態度を一変させてきっぱりと私に言った。
きっと、長瀬には譲れない大切なところだったのかもしれない。

『長瀬・・・・』
「それに俺はお前を作るチームの指揮者として、お前を実の娘のように想いを
込めて作ったつもりだ。」

長瀬は厳しい顔をしてそう言った後、今度は染みるような穏やかな表情になっ
て呟いた。

「毎日研究に明け暮れ、月に一度か二度くらいしか逢えない俺の娘。俺は人の
親としては失格かもしれない。人類の将来を救う為の重要な仕事とは言え、俺
の娘はまだ14歳なんだ。父親と言うものがどれほど必要な事か・・・・」

そして長瀬は顔を上げると、私に向かってこう言った。

「だから、俺は娘に与えられなかった愛情を少しでもお前にやりたいんだ。由
佳の代わりにしようとは思わない。ただ、俺はお前を単なる人造人間としては
扱いたくないんだよ、ゼロ・・・・」
『・・・由佳と言うのか、長瀬の娘は・・・?』

私がひとこと訊ねると、長瀬は嬉しそうな顔をして答えた。

「ああ。お前と同じ14歳だ。なかなかの美人だぞ。」
『私の外観のモデルなのか?』
「いや・・・・それは違うようにした。」
『何故?』
「お前を娘に似せると、何だか娘の裸を見ているみたいで嫌だからな。」

長瀬は苦笑してそう言った。

『成る程・・・』

確かにLCLに浮かぶ私は裸だ。
私にとっては服など意味を持たない存在だが、長瀬の娘ともなるとまた別だろう。

「べ、別に俺は変な意味でお前を裸にしてる訳じゃないからな。これはLCL
の・・・」
『わかっている、長瀬。』

慌てて言い訳をしようとした長瀬に、私は軽く苦笑して応えた。
そして私はふと気付く。

笑う?
この私が?

「ゼロ、お前・・・・」
『長瀬、私は一体・・・どうしてしまったんだ?』

疑問の表情で長瀬に訊ねる私。
すると長瀬は嬉しそうな顔をして私に応えてくれた。

「お祝いだな、ゼロ。」
『何を言っている、長瀬?』
「お前が生まれ出でて、初めて笑ったこの日に・・・・」
『・・・・』
「お前も人間だと言う証だよ。たとえ0の存在であったとしても、俺はお前を
一人の14歳の娘として考えているからな。」

笑みを湛える長瀬。
そんな長瀬に私はひとことだけ、訊ねた。

『・・・私に何を求めている?』

私の質問を聞いた長瀬は、まるで本当の娘に向かって語る時のような不思議に
穏やかな表情で答えた。

「俺は何も求めないよ。お前にはその頭がある。自分で考え、自分のしたいよ
うにする事だ。それが・・・それが親のあり方ってもんだろう?」

私は長瀬の言葉を一度、心の中で反芻した後、そっと声には出さずに唇だけを
動かして応えた。

『・・・そうかもしれないな、長瀬・・・・貴方はやはり、私の親なんだよ・・・』


私の唇から、オレンジがかった黄色をしたLCLに気泡が溢れる。
長瀬は黙ってそれを見届けた後、一度だけうなずいた。
果たして私の唇の動きだけで何かを読み取ったのか・・・・

私はどちらでも構わないと思った。
そしてこの記録にそれを残す事も。
後で当然長瀬の目に触れる事になるが・・・もしかしたら私は、自らそうなる
事を望んでいるのかもしれなかった・・・・


[EOF]


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