『転入生』
第一話:再会


ガラガラガラッ!!

もう二十一世紀だと言うのに、古めかしい前世紀の木製のドアが、派手な音を
立てて開けられた。そしてまた、そんな音に負けないくらい派手な赤のジャケ
ットを颯爽と羽織った女性が教室の中に姿を見せる。

「おおっ、ミサトせんせのご入場や!」

クラス中はそれだけで色めきたつ。
それらの喚声はほとんど男子生徒によるもので、大半の女子はそんな姐御的な
自分たちのクラスの担任を好いていたものの、こういう男子たちの反応につい
ては、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

「おっはよう、諸君! 今日も元気してるかな!?」
「元気でぇーす!」

ミサト先生の呼びかけに、男子生徒はだらしなく答える。
そしてそんな光景を気に食わなく思う少女がいた。

「もう……朝からこれじゃあ、先が思いやられるじゃないの……」
「そうよね、ヒカリ。全くミサトの奴、何考えてんのかしら?」
「葛城先生にも考えがあるんだとは思うけど……」
「考え!? あいつの頭には、ビールと男のことしかないのよ!」
「アスカ……それは言い過ぎよ」
「言い過ぎなんかじゃないわよ。アタシはあの女のこと、知り尽くしてるんだ
からっ!」

アスカと呼ばれた少女は、大きな声で断言してそう言った。
しかし、いくら騒がしい教室の中とは言え、その声は少し大きすぎたようで……

「聞こえたわよ、アスカ」
「ミ、ミサト……って、だからどうだって言う訳!? アタシは別に、嘘偽り
を言った訳じゃないわよ!!」

ミサト先生に聞かれてしまったアスカは、開き直ってそう言い張った。
しかし、ミサトはそんなアスカににんまりと意味深な笑みを浮かべるとこう告
げる。

「ま、いいわよ。これから一大イベントがあるんだから……」
「一大イベント? 何よ、それ?」
「それはね……ほら、もういいわよ、入りなさい」

ミサトはほくそえんで、ドアの向こうに呼びかけた。
すると、ミサトが開けっ放しにしておいたドアから一人の少年が入ってきて……

「突然だけど転校生を紹介するわ。さ、みんなに自己紹介して」

ミサトは教卓の前に立つと、傍らにその少年を据えて自己紹介を促した。
少年は自分が大勢の注目の的になっていると言うことがかなり恥かしいらしく、
真っ赤な顔をしてうつむきながらも、おずおずと自己紹介をした。

「……い、碇……碇シンジです。宜しくお願いします……」

シンジの自己紹介はそれだけだったが、男の、しかも案外初心でかわいめの転
入生に、今までつまらなく思っていた女子生徒たちは、さっきまでの不機嫌さ
が嘘のように色めきたった。
そしてミサトはそんなクラスの様子を確認してから、みんなに向かって言う。

「と言う訳で、転校生のシンジ君よ。みんな、仲良くすんのよ」
「はーい」

憧れのミサト先生の言い付けだったので、変に女子が意識しているこの転校生
に好意を抱いていなかったものの、取り敢えず男子は空返事をした。
そしてそれに対して女子は黄色い声で返事をする。

「そうねぇ……シンジ君の席は……」

ミサトはシンジの席の為に、クラス中を見渡して空席を探す。
だが、そんなざわめく教室の中、思わぬ声が轟いた。

「あ、綾波! 綾波じゃないか!」

それはシンジの声だった。
そして彼に綾波と呼ばれた少女も……その目を見開いて、シンジを見つめてい
た。

「……いかり……君?」
「や、やっぱり綾波だ! 僕だよ、碇シンジだよ!」

シンジは思わぬ邂逅に、綾波と言う少女に駆け寄る。
そして綾波は座ったままだったが、確実にシンジに対して特別な視線を向けて
いた。

「碇君……久し振り」
「ほ、ほんと、久し振りだよね! まさかこんなところで逢えるなんて……」
「そうね。これも……運命かしら?」
「そ、そうだよ、きっと!!」

シンジは興奮のあまり、綾波の小さな両手を強く握り締めた。
綾波はその痛みに微かに眉をひそめたものの、その痛みがシンジとの再会を現
実のものだと示しているかのようで、却って喜びすら感じていた。

「はいはい、お二人さん。どうやら知り合いみたいだけど……取り敢えず先、
進めなくちゃなんないから、落ち着いてね」

ミサトは呆れた顔をして二人にそう言った。
シンジはミサトの指摘に我を取り戻して、真っ赤な顔をして謝った。

「す、済みません、ミサトさん。僕、興奮しちゃって……」
「いいのよ。久し振りの再会なんでしょ?」
「は、はい……」
「休み時間になれば、話す時間もあるわよ。だから今は……そうねぇ、そこ、
鈴原君の隣に座って」
「は、はい。わかりました……」

そしてシンジはミサトに指し示された席に向かった。
シンジが席に着こうとすると、体育の時間でもないのにジャージを着て、だら
しなく座っている少年がシンジに声をかけた。

「転校生の……碇シンジちゅうたな」
「あ、うん……」

シンジはちょっと恐めの隣のクラスメイトに、少々警戒の色を見せる。
だが、ジャージの彼は気さくにシンジに声をかけた。

「これからよろしゅうな、シンジ。わいは鈴原トウジや」
「ト、トウジ君……だね」
「せや。それよりシンジ」
「な、なに?」
「タメやから君付けはやめいや。トウジって呼びい」
「う、うん……トウジ」
「よっしゃ。ほな座れ」

シンジは外見で人を判断しようとしていた自分を少々恥じると、トウジの隣に
腰を下ろした。
そしてホームルームの間、シンジはトウジに色々質問された。
だが、当のシンジは上の空で……綾波の方に意識を傾けていたのだ。
トウジはそんなシンジに気付くと、ひとこと訊ねる。

「……綾波か?」
「えっ?」
「あの綾波と知り合いっちゅうのも、珍しい話やな」
「そう……なの?」
「せや。綾波の奴、この学校に来てから誰とも話さんし、シンジが綾波の知り
合いだったちゅうことよりも、みんなあんな綾波を初めて見たんで、さぞかし
驚いたやろな」
「そうなんだ……確かに綾波は以前から物静かだったけど……」
「物静かちゅう度合いやないで。ほんま、喋るのも必要最低限のことをぼそっ
と言うだけやし……」
「…………」
「ま、積もる話も色々あるやろ。これが終わったら色々話してくるんやな」
「う、うん……ありがとう、トウジ」

こうして、シンジとトウジの会話は取り敢えず終わりを迎えた。
シンジは新しい学校、新しいクラスに不安の色を隠せなかったものの、気さく
な隣人と昔懐かしい少女のおかげで、案外うまくやって行けるのではないかと、
軽く息をついた。





「ちょっと、これってどういうこと!?」

ホームルームが終わるや否や、教室から出て行こうとするミサトにアスカが食
って掛かった。ミサトはこういうアスカには慣れっこだったものの、やはり辟
易としており、困ったように応えた。

「な、何よ、アスカ? いきなり興奮しちゃって……」
「どうもこうもないわよ!! あいつ、何者なの!?」
「あいつって……シンジ君?」
「当たり前でしょ! それにその馴れ馴れしい言い方は何!? アンタももし
かしてあいつの知り合い!?」

アスカはまるで近付くものにはみな噛み付くと言わんばかりに、理由の無い怒
気を振りまいた。だが、ミサトはそんなアスカに対してしれっと応える。

「そよ」
「そよって……え、えっ!?」
「だから、アタシもシンジ君の知り合いよ。ちょっと彼のお父さんと知り合い
で、うちで預かってくれって頼まれたのよ」
「じゃ、じゃあ、もしかして……」

アスカは思わぬ展開に怒っていたのも忘れてミサトの説明を息を飲んで待つ。
ミサトは珍しくアスカを驚愕させられたと言う事実に、心の中でにんまりと邪
悪な笑みを漏らしていたが、そんなことはおくびにも出さずに、アスカに教え
てあげた。

「そ。シンジ君はあなたと一緒に暮らすのよ、アスカ」
「い、いやぁ〜〜〜!!」

アスカは恐れていた事実に大声で叫ぶと、ミサトに背を向けて突進した。
アスカの進む先には、シンジと、それから綾波がいて……

どげしっ!!

「う、うわっ!!」

アスカはいきなりシンジを殴り付けた。
当然ひ弱なシンジは床に崩れ落ちる。
そしてアスカはKOされたシンジの手首を掴み、床を引きずって運び去ろうと
した。しかし……

「やめて」

それは綾波だった。

「何よ、アタシのすることに文句ある訳、優等生!?」

アスカは思わぬ邪魔が入り機嫌が悪い。
しかもアスカはこの何を考えているかわからない綾波のことを内心嫌っていた
のだ。だが、そんなアスカなど全く気にした様子も見せず、綾波は冷たい視線
をアスカに送り続けた。

「あるわ。碇君を離して」
「嫌だって言ったら?」
「……力ずくでも離させる」
「ほぅ……このアタシにいい度胸ね、レイ」
「…………」

アスカは思わぬ綾波との会話を結構楽しんでいたが、当の綾波はシンジを取り
返し、介抱することしか頭に無かった。だから綾波は拳を握り締め、臨戦態勢
を整える。
アスカは本当に自分とやろうという綾波を見て、好奇心を高める。
そして自分も身構えたのだが……

「ストップ!!」

間に割って入ったのは、珍しく担任としての責務を果たすのではないかと言う
ミサトであった。

「ミサト!!」
「アスカ、どうしてシンジ君を殴り倒したりしたの? これから一緒に暮らす
ことになるって言うのに……」

ミサトの意見は、なぜか正論だった。
流石のアスカもそれには開き直ることも出来ずに、ごまかしに入ろうとした。

「そ、それは……」
「それは?」
「そ、それは……アタシのレイに手ぇー出そうとしたからよ!」

アスカの苦し紛れの言い訳を聞いてしまった人々は、大爆笑する。
そして冷やかすようにはやし立てた。

「ケンカするほど仲がいいって言うからなぁ!」
「うっ、うう……」

アスカは自分が墓穴を掘ってしまったことに気付くと、思い出したようにシン
ジの手首を放り投げた。すると、すぐさま綾波が気絶しているシンジに駆け寄
る。そして場所柄もわきまえず、その胸に抱きかかえて……

「碇君……大丈夫?」
「……う、うう」
「碇君……」

うめき声をあげるシンジを、綾波はぎゅっと抱き締める。
そしてそんな綾波を呆然としながらアスカとミサトは見下ろす。

「……どういうこと?」
「さぁ……アタシの方が聞きたいくらいよ。まさかあのレイがねぇ……」
「ほんとよ。勉強しか能の無い、つまんない女だとばっかり思ってたけど……」
「そうね。この二人、どう見たってただの知り合いじゃないわよね、アスカ」
「……それにしても何者なの、この碇シンジって……?」

これが、アスカとミサトの、今目にしている光景の感想だった。
そしてそんな二人をよそに、綾波は更にエスカレートさせ、シンジの頬に自分
の頬をそっと重ねる。

「碇君……逢いたかった。ずっとずっと……私はあなたが……あなたがずっと
好きだったから…………」

綾波は勝手に二人だけの世界を築き上げる。
アスカはそんな綾波を唖然として眺めながら独り呟いた。

「こいつ……そんな色気づいた女だったっての? 人は見掛けによらないって
言うけど……」

そしてアスカは綾波からシンジに視線を移す。

この人形みたいなレイに、ここまで言わせる男……ほんと、何者なの?
そしてアタシは……こいつと一緒に住むの?
それって……

アスカはいつのまにか、シンジに興味を抱き始めていた。
そしてマンネリ化しつつある最近の日常生活のいい刺激になると思い、これか
らのことに思いを馳せるのだった……


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