世間一般でよくされる会話の一部。
「なぁ・・・どう思うよ、お前?」
「・・・綾波先輩のことか?」
「当たり前じゃないか。それ以外に何がある?」
「まぁな。でもお前、最近そればっかりじゃないか。確かに綾波先輩はかわい
いけど、惣流先輩だって・・・」
「・・・それがどうした。とにかく綾波先輩なんだよ。」
そう、とにかく綾波先輩なのだ。
綾波先輩はぷにっとしていてかーいくって、クラスだけでなく学校中、いや、
街中のアイドルと目されている。
その対抗馬として惣流アスカという存在があるが、その気の強さから敬遠する
人間も少なくない。
まあ、そんなことはどうでもよく、とにかく綾波先輩なのだ・・・・
すきすき綾波せんぱいっ!!
BY たかしまさん
第一話:綾波先輩、風邪をひく
「おはよっ、綾波!!今日も暑いね。」
朝からうだるような暑さだと言うのに、爽やかな笑顔を振り撒く奴。
そう、それが碇シンジ。
綾波先輩とまともに会話出来る、唯一の人物だった。
外見もぱっとしないし、何が出来る訳でもない。
言わば単なる善人、いや、単なるお人好しの物好きにしか過ぎない男だ。
しかし、何故かこいつは我らが綾波先輩のハートを射止めている。
しかもあろうことか惣流先輩とは幼なじみで「アスカ」「バカシンジ」で呼び
合う仲なのだ。
バカ、と言われて何が嬉しいのかと思われる方もいるだろうが、惣流先輩に声
をかけてもらうだけで滂沱する男も少なくない。惣流先輩は大抵の男には冷た
く見下した視線を送るだけで、その笑顔を見せてもらえる人間は、冗談抜きで
このバカシンジだけなのだ。
惣流先輩の信者はそんなシンジに向ける先輩の笑顔をカメラで盗み撮りしては
一人悦に入っている。哀しい話だが、彼らにはそれしかないのだ。
「ったく、朝から元気ねぇ。さっさと行って、クーラー効いてるとこに行きま
しょうよ。」
呆れるようにシンジに言う惣流先輩。
しかし、そのちょっとした台詞の中にもシンジへの特別な感情を忍ばせる辺り
が、クラスメイトの洞木先輩に言わせると「かわいい」んだそうだ。
確かにかわいい。
でも、だからこそシンジはにくったらしい存在になってしまう。
惣流先輩の信者がシンジを袋にしないのは、惣流先輩の逆鱗に触れることを恐
れてのことなのだ。
無視されるのは普通だが、嫌われてしまうとなると・・・
惣流先輩は容赦の無いお方なので、哀れなそいつは今までの短い人生にピリオ
ドを打つことを考えることもあるだろう。
しかし、それは惣流先輩の場合。
我らが綾波先輩は・・・・とにかくやさしいし、かーいーのだ。
「こほこほ。」
シンジと惣流先輩の漫才がいつものように始まるかと思われたその時、綾波先
輩の整ったピンク色のかわいい唇から小さく咳が漏れ出た。
「あれ?綾波、風邪でもひいたの?」
こくり
シンジの問いに綾波先輩はただ、小さくうなずくだけだった。
かわいい。
実にかわいい。
綾波先輩は黙っていてもみんなのアイドルに相応しい存在なのだ。
「だ、大丈夫?綾波一人暮らしだから・・・・」
何を言ってやがるこの男。
綾波先輩は惣流先輩とは違って繊細なのだ。
しかし、綾波先輩の風邪なんて今まで聞いたことが無い。
だからこそとんでもないことだと言うのに・・・・
こくり
綾波先輩はまた小さくうなずいてみせると、何やらぽそぽそと喋った。
しかし・・・
「え?なに?聞こえないよ、綾波。」
ただでさえ綾波先輩の声は小さいのだ。
そんな先輩が更にぽそぽそ喋ったら・・・聞こえるはずが無い。
綾波先輩はシンジの言葉に済まなそうな顔をすると、その耳元に口を近づけて
言い直した。
「え?風邪ひいて大きな声で喋れないって?」
こくり
綾波先輩はまたうなずいた。
やっぱり何だか申し訳なさそうな表情だ。
風邪をひくのは別に綾波先輩が悪いからでもないのに・・・・
「な、何だかかなり重症みたいだね。熱とかは?」
ふるふる
綾波先輩は水色のウルフヘアを揺らせて首を横に振った。
しかし、心配性のシンジはそんな綾波先輩の返事を黙って受け入れずに先輩の
おでこに手を持っていく。
「本当?どれどれ・・・・」
熱など無い。
しかし、綾波先輩はその真っ白な顔をぽーっと赤く染めていた。
「熱はないみたいだね。って、え?学校には行けますって?」
こくり
綾波先輩はちょっと恥ずかしそうに小さくうなずいた。
しかし、バカなシンジは綾波先輩の返事に半信半疑なのか、無礼にもこんなこ
とを先輩に言った。
「そう?でも無理しないほうが・・・・声が出ないくらいなんだから学校休ん
だ方がいいんじゃない?」
このたわけがっ!!
どうして綾波先輩がそこまでして学校に行くことに拘るのか・・・・
気付かないのはこの馬鹿だけである。
そして馬鹿でない惣流先輩の方はと言うと、この馬鹿を利用して綾波先輩にこ
う言った。
「そうよ。アンタ無理してこじらせるとろくなことになんないわよ。病弱なん
だし、ちゃんと休んで完全に治さなくっちゃ。ね、シンジ?」
「僕もアスカの言う通りだと思うな。無理はよくないよ、綾波。」
二人がかりで綾波先輩に休めと言う馬鹿と惣流先輩。
そんな無神経な攻撃を受けた綾波先輩は、悲しそうな顔をしてふるふると首を
横に振った。
馬鹿は完全なる馬鹿でもないのか、綾波先輩が相当の頑固者で言い出したら絶
対に聞かないことを知っている。だからまるで駄々っ子を叱り付けるように綾
波先輩をたしなめた。
「そんな意地張らないで・・・風邪は早めに治す。いいね?」
馬鹿にそこまで言われた綾波先輩は、もう泣きそうな顔をしてシンジの耳にく
っつくくらいに近付くと、心から訴えかけた。
「・・・学校が、碇君と一緒にいられる唯一の場所だから・・・・」
「綾波・・・・」
びっくりしたように綾波先輩の顔を見つめ返すシンジ。
シンジのほうが綾波先輩よりも頭一つ背が高い為、自然とシンジは先輩を見上
げ、先輩はシンジを見上げる形になる。
頑張って背伸びをしてまでシンジに言葉で伝えたかった綾波先輩。
シンジはそのことに気付くと、ようやく綾波先輩の想いに気がついた。
そして先輩もシンジの表情が変化したことにいち早く気付いて、背伸びをした
ままシンジにぽそぽそと訴えかけた。
「・・・無理はしないから・・・お願い、碇君。」
「綾波・・・・」
シンジは呆けたように綾波先輩の名前を口にする。
綾波先輩はそんなシンジが自分だけを見つめているシチュエーションに感無量
なのか、いまだに頬を紅くしたままぽーっとしていた。
だが、そんなことを黙ってみていられないのが惣流先輩。
この雰囲気をぶち壊す為に大きく咳払いをした。
「ごほっ、ごほん!!」
そして当然のごとくバカシンジは我に返る。
綾波先輩はちょっとだけ、残念そうだ。
「あ・・・そ、そうだね。熱も無いみたいだし・・・悪いのは声が出ないだけ
なの?」
こくこく
綾波先輩はようやくシンジが納得してくれそうなので、うれしそうにまた、今
度は二度ほどうなずいた。
惣流先輩はそんな二人のやり取りを如何にも不服そうな様子で眺めていたが、
そんなことはどうでもいいのである。
とにかく我らの綾波先輩が喜んでくれればそれでいいのだ。
「そっか・・・ならもうここまで来ちゃったことだし、今更Uターンも出来な
いよね。じゃあ、学校行こうか。」
こく!!
綾波先輩はいかにも元気よく返事をしたいと言うことがよくわかるようなうな
ずきをシンジに返した。
そしてシンジはそんな綾波先輩に苦笑しながらこう言う。
「ははは、なら今日は放課後、綾波の為におかゆでも作りに行ってあげるよ。
やっぱり風邪の時は独りじゃ大変だもんね。」
「・・・・」
綾波先輩はそんなシンジの申し出に黙ったまま顔を赤らめていた。
シンジは馬鹿で鈍感なせいか、先輩のうなずきが無いのを誤解してちょっと意
外そうな顔で言った。
「あれ?余計なお世話だったかな?」
ふるふるっ!!
綾波先輩の水色が左右に大きく揺れる。
そして慌てて飛びつくようにシンジの耳元に口を近づけた。
「え?うれしいって?」
こく
「じゃあ、別に・・・・」
こくこく
そして綾波先輩は再び背伸びをすると、シンジに向かってぽそぽそとかわいく
呟いた。
「・・・・碇君のこと、好き・・だから・・・・・」
「あ、綾波・・・」
驚くシンジ。
だが、そんなシンジについと顔を近づけると、綾波先輩はちゅっ☆とシンジの
ほっぺにキスをした。
そしてその言い訳なのか、先輩はぽそっとシンジに呟く。
「う、上手く喋れないから、って綾波・・・・」
うつむいて顔を真っ赤にしたままの綾波先輩。
しかし、時折上目遣いにシンジに視線を走らせるのが、反則的なまでにかわい
かった。
羨ましすぎる男、碇シンジ。
綾波先輩の愛を一身に浴びて、なおかつ惣流先輩にも・・・・
我らがそのやり場の無い握り拳を下に降ろし、ようやく溜飲を下げたのは、そ
の後バカシンジが惣流先輩にこっぴどくやられたという事実を耳にしてからで
あった・・・・
つづく
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