世間一般でよくされる・・・・ってあれ?

「おい、聞いたか?」
「ん、何をだ?」
「俺が言うことくらい、お前ならわかるだろう?」
「・・・・あれ、か?」
「ああ。だが、あれ、なんて言うな。失礼に値する。」
「ったく、お前はよぉ・・・」
「言うな。お前だってわかるだろ、あの可憐さが・・・・」
「まぁ・・・確かにわかるよ。俺もお前ほどじゃないけど、やっぱり好きだし。」
「だよな。ううっ、綾波先輩・・・・お慕い申し上げております。」



すきすき綾波せんぱいっ!!


BY たかしまさん

第二話:綾波先輩、恋をする






こほこほ

綾波先輩は咳をする。
繊細可憐な綾波先輩であったが、今まで風邪などひいたことがなかった。
しかし先輩も人の子。
天使のようなその顔も、今日は少しだけ辛そうに見えていた。

「ほんとに大丈夫、綾波?」

覗き込むようにして綾波先輩に問う碇シンジ。
この男もお節介と言うかなんと言うか、同じような問答を何度も繰り返しては、綾
波先輩を困らせていた。

こくり

風邪で喉をやられている綾波先輩はうなずきでシンジに答える。
しかし、如何にも辛そうな様子が痛々しく、それが却ってシンジの不安を増大させ
ているのだった。

「ったく、帰るべきだったのよ。なのに無理しちゃってさぁ・・・」

そうおっしゃるのは惣流先輩。
惣流先輩は綾波先輩が無理してまで学校に来たがる理由を、当のシンジ以上に知っ
ている為、いらいらを隠し切れないのであった。

しょぼん

惣流先輩にそう言われた綾波先輩は申し訳なさそうにうつむいた。
惣流先輩の感情はどうあれ、綾波先輩は自分が我が侭、特にシンジに対して無理を
言っていることをよく承知している。

「そんなこと言うなよ、アスカ。綾波が来たいって言うんだから・・・」

風邪をひいた身体を小さく縮めている綾波先輩を見て少し慈悲の心を出したのか、
碇シンジは先程散々惣流先輩に殴られたと言うのに、鶏のような愚かさを存分に発
揮して綾波先輩を庇った。
そしてそんなシンジの言葉に嬉しそうな表情を見せる綾波先輩。
惣流先輩はそれに気付くと一層険悪な顔をしてシンジをたしなめた。

「来たいから来させる訳?全くレイも子供じゃないのよ。そんな我が侭言って、倒
れでもしたらどうするって言うのよ・・・?」

すると碇シンジ、真面目くさった顔をして惣流先輩にきっぱりと言い放った。

「もし綾波が倒れたとしたら、僕が責任を持って面倒見るよ。担いででも家まで送
ってあげる。」
「・・・・・なら、好きになさいよ。このバカ・・・・」

惣流先輩はシンジから顔を逸らしてそう小さく言った。

先輩は悔しかったのだ。
自分が言われたかった言葉。
大好きなシンジにそんな事を言われたら、いくら惣流先輩と言えども卒倒してしま
うかもしれなかった。
しかし・・・・それは自分に言われた言葉ではない。
張り裂けんばかりの嫉妬に狂うのが普通だろう。
だが、惣流先輩は違った。
自分に対しての言葉ではないのに、思わず赤面してしまったのだ。
そんな情けない自分に屈辱を感じながらも、やっぱりシンジが好きなんだ、と諦め
てしまう惣流先輩であった。


これ以上言っても却って綾波先輩を喜ばせるだけと思った惣流先輩。
一方綾波先輩はと言うと、風邪のせいだけではない熱っぽさで、ぽーっと頬を真っ
赤に染めて放心状態に陥っていた。
そしてそんな二人の様子に気付きもしない馬鹿なシンジは、取り敢えず惣流先輩が
納得してくれたと思い、ほっとして再び綾波先輩の方に向き直った。

どきっ!!

突然シンジと視線が合って綾波先輩は驚く。
真っ赤な顔をしたままうつむいてしまうと、反則的なまでにかわいい上目遣いの表
情をして綾波先輩はシンジを見た。
だが、その驚きで冷静さも取り戻した綾波先輩。
そっとシンジに近づくと、くいくいとシンジのズボンのポケット辺りを引っ張った。

「ん?どうしたの、綾波?」

くいくいっ

綾波先輩はシンジに答えずに再度ズボンを引っ張った。

「僕に何か言いたいことがあるの?」

こくこく

うなずく。
それを見たシンジは自分の考えが間違っていなかったことを知り、そっと腰をかが
めて綾波先輩に耳を近づけてあげた。
綾波先輩はシンジとの言葉を介さない意思の疎通に喜びを感じつつも、その小さく
整った柔らかそうなピンク色の唇を近づけると、シンジの耳にそっと囁いた。

「・・・ありがとう、碇君・・・・」

いつもと変わらぬ言葉。
いくら蚊の鳴くような微かな声だろうと、シンジにとっては同じ綾波先輩の言葉だった。

「うん。」

シンジも余計なことは何も言わない。
ただ「わかっているよ」という顔をして綾波先輩にうなずくだけだった。
そして心が通じ合っているという事実に感動した綾波先輩は、大好きなシンジの顔
が目の前にあることに再びどきっとする。

ぽーっ

綾波先輩の顔は真っ赤だ。
今更隠しようもなかった。
陶器のように透き通って白い綾波先輩だけに、その赤は一層目立って見えた。

「綾波・・・・」

流石のバカシンジもそんな綾波先輩に気付く。
だが、それは綾波先輩にとっては、引鉄とも言うべき言葉だった。

ちゅっ☆

綾波先輩はシンジの首に両腕を回すと、軽く引き寄せるや否やいきなりキス、しか
も先程と同じほっぺにではなく、なんと唇にキスをしてしまったのだ。

「・・・・・」

いきなりのことに放心状態になるシンジ。
綾波先輩ほどではないものの顔を赤く染めて、綾波先輩のかわいい唇が触れた自分
の唇を手の平で押さえていた。

そして真っ赤な顔をしたまま見つめ合う二人。
慌ただしい朝の登校時刻だと言うのに、この二人だけは時が止まっていた。



「ごほんごほん!!」

だが、そんな二人だけの世界など甘受したくもないのは惣流先輩。
先程と同じかそれ以上の大きさで咳払いをして注意を喚起した。

「あっ・・・・」

我に返るバカシンジ。
人一倍周囲の目を気にする男なだけに、慌ててきょろきょろと見回した。
そしてにこやかそうにしてはいるものの、「後でコロスわよっ!!」というオーラ
を全身から発している惣流先輩を発見した。
シンジはまるで主人に叱られた犬のようにビクッと身をすくませると、ごまかすよ
うに綾波先輩に声をかけた。

「あ、あの・・・その・・・・」

こくり

どもるシンジに対して、綾波先輩はただうなずく。
まるで「私も・・・わかってます」と答えるように。
シンジがさっきの自分を理解してくれたように、綾波先輩もそれをシンジに見せた
かったのだ。
そして鈍感なシンジもそんな健気な綾波先輩の想いにはなんとか気付いたようで、
そのうなずきに答えた。

「あ・・・うん。でも綾波、何だか今日は大胆だね。」

実に馬鹿な奴である。
意味のない言葉で周囲の雰囲気を元に戻そうと思ったのかもしれなかったが、ただ
事実を再認識させるだけで却って事態を悪化させるだけだった。

綾波先輩は自分のした事を思い出し、顔を真っ赤にしたままうつむく。
そしてシンジに聞かせる訳でもなく、ぽそぽそと何かを口にした。

「え、何か言ったの、綾波?」

そう訊ねるシンジ。
だが綾波先輩はこくりとうなずくのでもなければふるふると首を横に振る訳でもない。
ただシンジと瞳を合わせずにうつむくだけだった。
シンジもそのまま放っておけばよかったのだが、そこはまあ、愚か者のバカシンジである。
応とも否ともつかぬ綾波先輩の様子を見てそれを追求した。

「え、どっちなの、綾波?」

困る綾波先輩。
シンジの背中越しに見える惣流先輩は、拳をまるで血が出るほどに握り締めながら、
鬼の形相をしてぷるぷると震えているのだった。

生傷の絶えないシンジ。
自業自得と言えるかもしれなかったが、それは全て惣流先輩の手によってつけられ
たものだった。シンジはしょっちゅうぶつぶつと文句を言っていたが、それでもい
つも黙って惣流先輩に殴られていた。
そして綾波先輩は思うのだ。
自分がシンジを好きだから、だからシンジは惣流先輩に殴られるのだと。
でも、いくらシンジの為を想ってみても、シンジに恋する自分を止めることは出来
ない、そんな実に純で乙女で可愛らしい綾波先輩だった。


「・・・風邪、ひいてるから。」

そうか細い声でシンジに答えた綾波先輩。

「えっ?あ、ああ・・・・」

既に自分の過去の発言を忘れてしまっていたバカシンジである。
全くこんな奴、我らが綾波先輩にはもったいない男だ。

「・・・やっぱり熱、あるのかな?」

そう言って綾波先輩のおでこに手をやるバカシンジ。
綾波先輩が風邪をひいているのだと言うことを、その言葉で思い出したのである。
だが、さっきは同じようにシンジに心配してもらってうれしさと恥ずかしさに耳ま
で赤く染めた綾波先輩だったが、今度はシンジに触れられても、悲しそうな顔しか
しなかった。
そして綾波先輩は、目を伏せたままぽそぽそと小さく何かを口走った。

「え?熱はありませんって?まあ、確かにそうみたいだけど・・・・」

綾波先輩のおでこから手を放してそう答えたシンジだった。


風邪の熱に浮かされた行動。
そうシンジに思われたのが、綾波先輩には悲しかったのだ。
確かに綾波先輩にしては珍しく大胆な行為。
それは先輩自身も認めざるを得ない。
しかし、風邪をひいているということを考慮しても、それは綾波先輩にはきっかけ
にしか過ぎないのだ。

「・・・・恋の・・・それは恋の熱だから・・・・」

それが、綾波先輩の答え、想いの全てだった・・・・


もどる