【その7年前】
7才の利発そうな女の子が病院の廊下を駆けていた。
「ママー! ママー!
わたし選ばれたの!
人類を守るエリートパイロットなによ!
世界一なのよ!
誰にも秘密なの。
でもママにだけは教えるわねっ!
いろんな人が親切にしてくれるわ。
だから寂しくなんかないの!
だからパパがいなくても大丈夫。
寂しくなんかないわ。
だから見て!
わたしを見て!」
「ねぇ! ママ!!」
バタン
病室にはブラブラと揺れる人影があった・・・
「キミが今日から担当することになった日本人かい?」
「ええ、加持といいます。子供の護衛は初めてですがね。」
「子供といっても護衛の仕事は変らんよ。」
「まあ、我々は影のような存在ですからね。ところでその子のパーソナルデータを教えてもらえますか」
「ああ、このディスクに入っている。」
加持は手近の端末にディスクを差し込んだ。
−DATA−
ドイツ名:SORYU ASUKA LANGLEY
日本名:惣流・アスカ・ラングレー
マルドゥック機関認定:セカンド・チルドレン
誕生日:2001年12月4日
年齢:10歳
血液型:O型
特記事項:現在ジュニアハイスクールへ在籍中。3年前、両親が離婚。父親はすぐに再婚し娘との縁を切る。母親の惣流・キョウコ・ツェッペリンに引き取られるが、まもなくシンクロ実験の後遺症で精神汚染を受け自殺。現在はゲヒルンの所有するマンションに独りで生活。
「これはまた驚いた。」
加持がぼやく
「ああ、この年で既にジュニアハイスクールだから10代の半ばまでには大学を卒業することだろう。おそろしく頭のいい子だ。」
「いや、マンションに独りで暮らしているってまだこの子は10才じゃないですか」
「身の回りの世話はゲヒルンが人選をした派遣サービスが行っている。何も問題はない。」
「なるほど、それなら問題ないですね」
争っても無駄だと気がついた加持は適当に会話を合わせて締めくくった。
アスカは教室の窓から街路樹の影の男を見ていた。
ムカつくやつ
あれで隠れているといえるのだろうか
わたしみたいな素人がはっきりとわかるような張り込みをする護衛など初めてであった。
おまけにこっちが見ていると「やあ」といった感じでまるで悪びれた様子もなく手をあげて挨拶をするのである。
変った男であった。
だが、それならまだ許せる。
許せないのはわたしの心にズカズカと入ってくることである。
あの男は何の権利があってああも図々しく振る舞えるのだろう
アスカは何故だかわからないが加持を見ると心が波立つのを抑えることができなかった。
帰り道アスカは独りだった。
いつものことである。
年上とはいえ高々普通の能力しかない平凡なクラスメートと一緒に行動するのはプライドが許さなかった。
繁華街を通るときに如何にも暴力団といった感じの人相の悪い大男が4人ほど向こうから歩いてきていた。
アスカは一瞬で作戦を練る。
加持の慌てる顔を見るというのと少しだけ自由の身になるという一石二鳥の冒険であった。
いきなり近くの空缶を思い切り蹴る。
カーーーーン
ゴン
空缶は正確に先頭の男の顔にぶつかった。
いくら10才の子供とはいえ至近距離でやられたのでは相当な破壊力である。
男は鼻血を流しながらどなる。
「そのガキを押さえつけろ!」
3人のチンピラがアスカに手をかけようとしたときに声がかかった。
「すいません、その子の保護者です。治療費を払いますので許してやってください。」
飄々とした声
もちろん加持であった。
「うるせえ、あっちにいきな!」
「そういうわけにはいかないんですよ」
相変わらず薄ら笑いの加持
まだ鼻血をだしている一人は怒りの矛先を加持に向ける。
「おまえがこのガキの保護者なら責任はおまえにある。どう落とし前つけてくれるんだ。」
「いえ、お金しか払えないですけどね。」
まったく堪えてない加持
「ちょっとやそっとじゃ済まないぞ」
「ま、わたしの懐が痛むわけじゃないのでいくらでもどうぞ。請求書はこちらです。」
加持はこういう時のためのゲヒルンの連絡先を書いたカードを差し出す。
チンピラはひったくるように受け取るとさらににじり寄った。
「で、おまえはどう落とし前つけてくれるんだ。」
「はぁ? わたしですか?」
加持が人事のように返事をする。
「当たり前だ。おまえ以外に誰がいる。」
「困りましたね。わたしも忙しい身でしてこれ以上お付き合いできないのですが」
「うるせえ、こっちの方が先だ。」
猛烈なスピードで拳が加持をめがけて振り下ろされた。
加持も日本人としては背は高い方であったがとても欧米人にはかなわない。
身長差は20センチ以上あるので加持から見たら子供と大人のようなものである。
胸板のボリュームも腕の太さも圧倒的な差があった。
だが、加持はポケットに手をいれたまま涼しい顔で軽く避ける。
二人目も同じであった。
するりするりと柳の枝のようにパンチをかわしあっという間にアスカの前に立っていた。
「女の子が乱暴しちゃいけないなアスカちゃん」
まわりで睨んでいる4人を無視したままアスカに話しかける加持
「うるさいわね。わたしの勝手でしょ」
どうも自分の計算と合わないのでいらつくアスカ
そしていとも簡単にわたしの心に接触してくる気安さも許せなかった。
「意味も無く人を傷つけてはいけないよ。たとえこんな屑どもでも痛みはあるんだから」
「なんだとぉ!」
「あ、わるいわるい聞こえちゃったかな」
いかにもしまったという感じで頭に手をやる加持
このわざとらしい動作がただでさえ許容量のすくないチンピラ達の限界を超えてしまった。
「生かして帰すな!」
一斉に飛び掛かってきた。
「しょうがないな」
そうつぶやくとうれしそうに加持はチンピラに向き直った。
もちろんアスカを背後に庇いながら
一人目は下から蹴り上げてきた。
加持は軽く上半身を捻って避けると振り上げた足を掴みそのまま放り上げる。
2メートルの高さから落ちて後頭部を打った男は簡単に気絶していた。
二人目はごつい右手でストレートを出してきた。
加持は力に逆らわないように手首を掴み、そのまま後ろを向くとアスカのいない方に一本背負いで投げ飛ばした。
もちろん相手を庇うための引き手はない。
一本背負いのまま猛スピードで前方に投げられた男は受け身どころの騒ぎではなかった。
自分の体重が災いし、庇った両腕を骨折したうえ顔面を強打して気絶した。
三人目は慎重に両手でつかみ掛かってきた。
いくら相手が小さくても拳法の達人であることに気がついた以上、体格差で攻めた方が安全なことに気がついたのである。
さすがにこれは分が悪いと気がついたアスカはうれしそうに興味津々といった感じで見つめる。
ところが加持は両腕を掴むと無造作に捻り上げる。
「くそっ、ちびのくせになんでこんなに力があるんだ。」
「残念だったね。力は確かにあんたが上だが人間の身体は細かい骨が組み合わさって筋肉との微妙なバランスで力を出しているんだ。ちょっと角度を変えるだけであんたは子供並みになるし、こっちはヘラクレスになるっていう寸法さ。じゃあいい夢を見なよ」
加持はちょっとだけ捻り、力のベクトルを変えると大男を簡単にひっくり返し、頭を軽く蹴っただけで気絶させた。
さて四人目はと思って見渡すと既に逃げていくところであった。
まあいいかと振り返るとアスカがじっと見つめていた。
「お、アスカちゃんから初めてお礼の言葉を聞けるのかな」
「バカいってんじゃないわよ。それがあんたの仕事じゃない。何でわたしがお礼を言うのよ」
いきなりアスカは加持を置いて駆け出していた。
まったくなんであの男はこうも癪に障るんだろう
だらしなく無能でへらへらしているくせに・・・
アスカは込み上げる涙をこらえながらマンションに向かって走った。
加持もやれやれと後を追う。
あのお姫様の信頼を得るにはまだまだかかりそうだなと思いながら
アスカはベッドで突っ伏したまま頭にマクラを乗せていた。
くやしい、くやしい、しやしい
なんであの男はあんなに強いんだろう
ちっとも思いどおりにならない
わたしは天才のはずなのに・・・
と、その時アスカの頭脳に衝撃が走った。
ショックでベッドから転がり落ち、仰向けのまま呆然とするアスカ
「何があったというの?」
アスカはいつもと変らない室内を見渡して思った。
そこへおずおずと声が聞こえた。
『ごめん、ぼくのせいみたいだ。』
アスカは耳からではなく頭の中から声を感じた事に気がついた。
瞬時に声ではなく思考で答えるアスカ
(無論ゲヒルンは盗聴機を仕掛けていたがアスカはまだ知らなかった。)
(思考で会話をしたためゲヒルンは真相に気づく事はなかった。)
『あなたは誰? どこに居るの?』
『ぼくは碇シンジ』
『イカリシンジ? 知らない名前だわ』
『君は?』
『わたしは惣流・アスカ・ラングレー、世界で二人しかいない超エリートパイロット、セカンドチルドレンよ!』
『ソウリュウ・アスカ・・・セカンド・・・アスカなのかい?』
『そ、そうよ。わたしはアスカよ。でもそれがどうしたというの?』
『ぼくだよ。シンジだよ。覚えてないの?』
『失礼ね。わたしが忘れるわけ無いでしょう。つまり覚えてないんだからあんたなんか会ったこともないわ。』
『そんなばかな。何度も使徒と戦ったじゃないか』
『使徒って何?』
『えっ、』
『使徒って何か聞いてるのよ。教えなさい。』
『・・・アスカ、今は西暦何年?』
『あんたばかぁ、2011年に決まってるじゃない。』
『2011年か・・・だったら知らないのは無理もないね。』
『何よその言い方は!』
『ぼくたちは2015年の9月に出会うんだよ』
『今から4年以上も先の話じゃない。何でわかるのよ。』
『それはわかるよ。だってぼくは2016年からきたんだからね。』
『何ですって』
『ぼくは碇シンジ。きみと同じ適格者、サードチルドレンだよ。』
『サードチルドレンですって、あんたのシンクロ率はいくつよ。わたしなんて69よ。』
『ぼくは・・・400だよ。』
『そんなばかな』
『史上、二人目だというから信じられないのも無理はないね。』
『二人目ってあなたの他にもいたというの? まさかファーストチルドレン?』
『いや、ぼくの母さんだった人だよ。』
『だった?』
『400%は理論値の限界なんだよ。』
『どういうこと』
『シンクロが一定のラインを超えると誰であろうと自我の境界線が保てなくなるんだ。つまりATフィールドが崩壊して身体が融けてしまうんだよ。今のぼくは魂だけの存在に過ぎない。』
『つまり幽霊なの』
『サルベージに成功すれば復活できるから死んだとは言えないかもしれない。』
『どうしてわたしのところに来たの』
『第15使徒を倒した後、弾き飛ばされて時空をさ迷っているうちにここに引き寄せられたんだよ。恐らく適格者の資質が引き合ったんだろうね。』
『わたしの身体を乗っ取るつもりなの』
『それはないよ』
『だってあなたは身体がほしいんでしょう』
『確かに身体は必要だよ。でも資質はあってもアスカの身体ではできない事があるんだよ。そう、人である事を捨てて初めて可能となる事、これは自分の身体でするしかないんだ。』
『わたしの資質が劣っているというの』
『そうじゃない。』
『じゃあ何故?』
『アスカには人のままでいてほしいからだよ。』
『理由になってないわ』
『・・・愛する者が傷つくのを喜ぶやつはいないよ』
『愛するもの?』
『そうだよ。ぼくひとりで全人類を守れると思うほど奢ってはいない。でも少なくともアスカと綾波だけは何としても守ってみせる。そのためにもぼくはもう一度、碇シンジの肉体に戻らなければならないんだ。何としても・・・』
綾波・・・確かファーストチルドレンの名前である。
この男、たぶん間違いなく男の子であろうこの魂の情熱が身体の内側から熱いほど伝わって来る。
この男が本気であることはアスカには嘘偽りなく理解できた。
そもそも魂が接触している状態で嘘の尽きようが無いのである。
微妙な反応は嘘発見器より正確に相手に感情を伝えていた。
『信じるわ。ところでいつまで一緒に居るの?』
『次に時空に亀裂が生じる時まで、それが明日なのか数ヶ月後なのかはわからないけどね。』
『いい加減なのね』
『しょうがないだろ。時間を移動する経験のあるやつなんていないんだから』
『それもそうか』
久しぶりに笑顔のこぼれるアスカだった。
シンジとアスカの奇妙な同居生活が始まった。
『あんたねえ、お風呂にまで入ってこないでよ』
『そんな事言っても一心同体なんだからどうしようもないよ』
『まったくHなんだから』
『あのねえ、ぼくは10才の子供に興味はないよ』
『何ですってぇ、将来モデルみたいになってもあんたなんかに絶対見せてあげないから』
『その言葉覚えておいてよ。2015年に後悔するから』
『どういう意味よ』
『アスカが裸でぼくの部屋に来るからだよ』
『そんなこと絶対しないわ』
『でも確かにアスカはモデルみたいにきれいだったよ』
『・・・』
『あのねえ、アスカ。栄養学って知ってる?』
『もちろん知ってるわ』
『だったらなんで野菜を残すの』
『おいしくないから』
『だめだよ、バランスのいい食事を取らないと大きくなれないよ』
『子供だと思ってなめないでよ。時間が経てばいやでも大人になるわ』
『でも繊維質とビタミンを適度に取っていないとスレンダーな女性にはなれないよ。2015年のアスカは14才とは思えないほど胸は大きいし、ウエストは折れてしまうかと思えるほどくびれてて、お尻も魅力的でこのまま成人したらとんでもない美人になること間違い無しって感じだったんだけどな。』
『わかったわよ。食べればいいんでしょ、食べれば』
その姿をニコニコと見守るシンジ
そしてそれを暖かさとして感じ取るアスカ
シンジと出会うまでこんなに自分の事を気にかけてくれるものはいなかった。
最初は指図をするうるさいやつ程度であったが、自分を包み込む暖かさは絶対的な信頼感を与えた。
真に自分の身を案じてくれている。
それが理解できてからは拘束を逆に幸せと感じるようになっていた。
初めて血を分けた肉親とあったようなものである。
父親というよりは何でも話せる兄のような存在であった。
アスカは口では文句を言いながらいつまでもシンジがいてくれればいいのにと考えるまでになっていた。
アスカは校舎裏に呼び出されていた。
まわりには14〜5才の少年が囲んでいた。
「おまえなあ、生意気なんだよ。」
「たかだか10才のがきんちょが偉そうにしてんじゃねーよ」
アスカはぐっとこらえる。
いつものことである。
周りの学生は全員アスカのクラスメートであった。
あまりにも年上をバカにした態度に時たま文句を言われるのである。
もちろん影で言われるのはしょっちゅうの事であった。
アスカとしてはいつもと同じである。
影であろうと直接であろうと無視するだけであった。
そして言いたいだけ言わせた後、アスカは立ち去るのである。
クラスメートの声を聞き流している時に内側からシンジの声が聞こえてきた。
『アスカがこんなに我慢強いとは知らなかったよ。』
『こんなバカどもと言い合っても時間の無駄だからよ』
『でもそういう見下した態度がトラブルの原因の一つになっているんだよ』
『関係ないわ、やつらには何もできないんだから』
『保安部のセキュリティの事?』
『当然じゃない。わたしは貴重なセカンドチルドレンなのよ』
『だからといってひとりの人間である事に変りはないよ。エヴァは無くなってもアスカは生き残るんだから、そのときは適格者であろうと普通人であろうとどうでもいいことなんだよ』
それはアスカにとって衝撃的な話であった。
物心ついたときからエヴァにのるエリートパイロットと言われつづけ、それ以外考えていなかったのである。
もしもエヴァが必要無くなったら自分の価値はなんなのだろう?
その変化を感じ取ったシンジは慰めるように話を続ける。
『バカだなあ、たとえエヴァが無くなってもアスカはアスカじゃないか。ぼくはエヴァに乗っていない時のアスカの方が好きだよ』
『何を言うのよ』
途端に赤くなるアスカ
それを勘違いした男子生徒
「・・・まあ、反省したんなら許してやるけどあんまり図に乗るなよ」
カチンと来てキッと見上げるアスカ
「ふん、5才も下の女の子に集団でいじめをするやつに言われたくないわよ」
「何だと!」
ひとりがアスカの腕を掴んだ。
ところがその瞬間、少年は5メートルも吹き飛んでいた。
唖然とするアスカ
『アスカに危害を加えるものは許さない。たとえ人であろうとも・・・』
『今のはシンジなの?』
『そうだよ』
『どうやったの』
『今はまだ言えない。』
『でも次が来るわ』
『大丈夫、そのために保安部があるんだから』
少年達が殺気立とうとしたとき気の抜ける声がした。
「いやあ、いい天気だねえ」
「あんたは誰ですか。ここは学校関係者以外立ち入り禁止ですよ。」
「まあ、いいじゃないか、ちょっと通りかかったもんだから」
全然理由にならない事を平然と言う加持
「それより見たところ10才くらいの女の子をこんなに大勢で囲んでどうしたのかい? なんだかおだやかじゃないねえ」
それとなく皮肉る加持
「まさかこんな小さな子を君たちみたいな大人がいじめていたなんてことはないよね。」
「ぼくたちはただ、あまり生意気な事をするなと諭していただけですよ。」
「なるほど、それはいいことだね。ただ、端から見ているとあまり見栄えのいいものではないし、子供を相手に君たちくらいの学生が集団でいじめていたなんて噂が立ったらかっこ悪いからあまりしない方がいいかもしれないね。」
「まあ、そうですね。」
「賢い大人はバカな子供のした事にいちいち目くじらをたてないくらいの寛容さが必要だと思うがね。」
「もちろんそうですね。おい、行こうか」
だんだん恥ずかしくなってきた学生達は足早に居なくなってしまった。
どう言おうとも自分達より遥かに下の子供、それも女の子に集団で脅しをかけた事に間違いなかったからである。
冷静に考えればあまりにも恥ずかしい事であった。
加持は力ではなく自ら理解させる事によってそれ以降のトラブルを未然に防ぐ事を選んだのであった。
だが、アスカはブイッと振り向くと加持から離れて帰途に就いていた。
『加地さんにお礼を言わないの』
『いいのよ、仕事なんだから』
『でもアスカの心は後悔しているね』
『そんなことない』
『アスカは加地さんが嫌いなの』
『大嫌い』
『何でなの』
『いつもへらへらしているから』
『それは加地さんのポーズじゃないか』
『でもいやなの』
『アスカ! ぼくは加地さんをよく知っているよ。あの人が何を考えているのかはわからない』
『でしょう』
『でも人としてのプライドは信用できる。』
『どういうこと』
『加地さんは自分に素直な人なんだよ。』
『そんなに人はたくさんいるわ』
『でもそれを実現する人はすくないよ。それを行うためには優れた才能が必要なんだ。』
『あの男が?』
『今はまだ無名かもしれないけど、4年後にはあの厳しい世界でも5本の指に入るほどになっているはずだよ。それは鍛えぬかれた肉体と優れた反射神経と危険を察知する勘、そして回転の早い頭脳と何よりも強靭な精神が必要なんだ。』
『それと素直なのとどう関係するのよ』
『加地さんはどんな危険な任務もどんな難しい駆け引きもこなせるオールマイティな才能を持つおかげでかなり自由な行動が保証されるようになっていったんだ。組織が困ったら頼れるのは加地さんだけだからね。もちろん若い時から勝手な事ばかりするので疎まれて階級は上がらないけど・・・。だから加持さんは仕事を選ぶ事もできるし知りたい事を自由に知る事を誰も止められない。加持さんは自分の好きなように生きられるんだよ』
『それで』
『つまり加持さんがアスカを守る仕事に就いたということは仕事として受けたんじゃないんだ。アスカを守りたいからこの仕事を選んだんだよ。だからアスカは加持さんを100%信頼しても大丈夫だよ。』
『なんでそんなにあの男にこだわるの』
『だってぼくが居なくなったら加持さんしか頼る人がいないじゃないか』
『そんな、シンジがいなくなるなんて・・・そんなのいや』
『でも時間の問題だからね。なんだかもうすぐのような気がする。』
『うそつき、この前はわからないって言ったじゃない』
『そうだよ、だから今日かもしれないんだからぼくがいなくなったときのアスカが心配なんだ。』
『いやよ』
『アスカ聞き分けてよ。ぼくがいなくなるのは決定事項なんだよ』
『・・・』
『そんなに落ち込まないでよ。4年後に会えるんだから』
『ほんとう?』
『そうだよ。アスカの事を覚えていないかもしれないけど碇シンジはアスカと出会うよ』
『それはどこで』
『日本だよ』
『日本のどこよ』
『東京湾から400海里ほど沖合い、オーバー・ザ・レインボゥという空母の上でだよ。』
『間違いないわね』
『違ったら一生キミの召し使いになるよ』
『奴隷よ』
『OK、奴隷になるよ。だからアスカも14才までにいい女になるんだよ。』
『まかしといて、わたしよりいい女なんて存在しないわ』
10才の天才少女はどこまでも強気であった。
『ひとつだけ約束してほしい。』
『何?』
『未来は確定ではないんだ。ちょっとしたことで変ってしまうかもしれない。』
『だから何』
『キミはぼくと出会うまで何としてでも生き残らなければならない。』
『当然じゃない』
『だから加持さんと仲良くしてほしい』
『なんでそうなるの』
『今日みたいにただの学生だったら問題ないけど組織的な計画の場合には間に合わない事もある。』
『そうね』
『すこしでも危険を回避できるように加持さんにお願いして危険から身を守る術を学んでほしい。もちろん格闘術もね。』
『えー、あの男からー』
『さっき言ったじゃないか、加持さんは超一流のスペシャリストだし、アスカを守る事に関してはだれよりも信用できるからね。』
『まーあの男がもう少し役に立つところがわかったらね。』
『素直じゃないねアスカ。いつも心の中では加持さんに感謝してるくせに』
『何いってんのよ』
『何でもないよ。じゃあ、約束だよ。加持さんが信用できると納得したらすぐに弟子入りするんだよ』
『わかったわよ』
アスカもしぶしぶと同意する。
数日後、アスカはデパートでショッピングを楽しんでいた。
今日は加持の当番の日なので安心して外出できる。
これはシンジからきつく言われていた事であった。
自分がいるうちはいいが、いなくなったときは加持さんのいる日にしか外出しないようにと・・・
今回は洋服である。
成長期のアスカは洋服が半年と持たなかった。
ワンピースを持って試着室に入った途端に遠くで爆発音がした。
ドカーーーーーーン
アスカは狭い試着室でしゃがみこむ
そこへ加持が飛び込んできた。
「アスカちゃん大丈夫かい」
真っ先に駆けつた加持
「ええ、ありがとう」
素直に感謝の言葉が出ていた。
「お、初めてアスカちゃんからお礼の言葉が聞かれたね。これは爆弾魔に感謝しないと」
「何バカ言ってんのよ。命が危ないって言うのに」
「いやだってほらこんなことでもないとアスカちゃんと話もできないし」
加持の男くさいそれでいてさわやかな笑顔
よく見ると確かに純粋で澄みきった瞳であった。
まあまあ合格かな
アスカはニッコリと微笑んだ。
「アスカちゃんて笑うとこんなにかわいいんだ。これは将来楽しみだね。」
「当たり前よ。2015年には飛びっきりの女の子になる事が折り紙つきなんだから」
「なんでわかるの」
「2015年にわたしに逢った人から聞いたからよ」
「それは・・・」
ドカーーーーン、ドゴーーーーン
加持が答えようとした時、次々と爆発が起こっていった。
「ドイツ人のテロってのは思ったより派手だねえ。」
「ふん、ドイツ人とは限らないじゃない。それよりいいの、爆弾じゃあいくらあなたでも防げないでしょう」
「いやあ、バレバレですか。まあなるようになるでしょう」
言葉では軽口を言いながら決してアスカに嘘はつかなかった。
そこがアスカの心証をよくした。
『子供だと思って丸め込もうとしないだけましな大人ね』
『加持さんは妙な期待は持たせないし子供だからといって手を抜いたりしないよ』
加持は自分の上着を脱ぐとアスカに着せた。
「何よ寒くなんかないわ・・・ってこれ重いわよ」
「ああ、理論的には35口径までなら止められるはずの防弾服だからね。もっとも衝撃はあまり防げないから痛いけどね。まあ破片が飛んできた時の気休めくらいにはなる。」
「あなたがつけていればいいじゃない。」
「おいおいぼくはボディガードだよ。キミを助けるために全力を尽くすのが仕事なんだから」
「だったらなおさらあなたがつけなさい。」
「ききわけのないクライアントだな」
「あなたこそ言う事を聞きなさい。いい、このおバカさん。あんたの方が身体も大きくて筋肉もあって衝撃吸収には持ってこいなのよ。あんたがその服で身体を保護しながらわたしを蔽ってくれれば理論的にはわたしの安全率は変らないしおまけに運がよければあなたも助かるのよ」
「なるほど」
わざとらしくポンと手を打つ加持
「わかったら早くこの服をきなさい。あなたにはこの先4年間わたしを守ってもらわなければならないんだから」
「4年後はどうするのかな」
「わたしの本当の守護天使が現れるのよ」
そういってニコニコと微笑むアスカ
まあ、子供の言う事だからと聞き流す加持
爆発音が一層激しくなっていた。
加持は服を着るとアスカに覆い被さった。
文字どおり身を挺してアスカを守っていた。
かなり近くでも爆発音がしている。
地上70階では逃げようがなかった。
ドッゴォーーーーーーーーーン
一際大きな爆発音がしたと思ったらゆっくりと傾き出した。
「こりゃまずいな」
「どうしたの?」
「どうやら根元が折れたみたいだ。」
「つまり倒れているという事?」
「まあ、はっきり言うとそうなるかな。まいったな」
「あんたねえ、護衛でしょう。何とかしなさいよ」
「いや、こればっかりは人の手でどうにかできる事じゃないしまあ運がよければ生き残るさ」
そう言っていっそう強くアスカの身体を抱きしめた。
少しでも子供の不安を減らそうとしている事はアスカには見え見えであった。
だが、それがうれしかった。
この男は最後までわたしを助けようとしてくれた。
「あんた合格よ。これからは加持さんと呼んであげる。」
「こりゃまたどうも」
にっこりと微笑む加持
『アスカ、やっと加持さんのことを理解してくれたみたいだね。』
『そうね。少し遅かったけどね。』
『そんなことないよ。これから4年間頑張るんだよ』
『あんたバカァ! これから死ぬって言うのに何いってんのよ』
『もうほんとにアスカは口が悪いなあ、でもそこがアスカらしくていいんだけど。それにこんな事ぐらいじゃ死なないよ』
『えっ』
『ぼくがいるじゃないか』
『でもここ70階よ。今倒れているのよ。300メートル以上の高さから数百万トンの質量と一緒に落下するのと同じなのよ。』
『アスカは言ったじゃないか、4年後には守護天使が待っているって、その守護天使はとてつもない力を持っているんだよ。そしてその天使は今2011年に出張しているんだ。守護天使といる限りアスカは死ぬ事はないんだよ。』
反論しようとしたアスカはシンジから流れ込む暖かな想いと圧倒的な自信に包まれ言葉が出なかった。
死など微塵も感じられない絶対的な安心感
落ち着くと共に加持への配慮も忘れなかった。
一度信頼を得て仲間とみなした加持をアスカは励ます。
「今回はたまたま守護天使が一緒にいるから助かるけど二度目はないわよ」
「これはまた便利な天使さんですな。いったいどうやって助けてくれるのかな」
「それはわたしも知らないわ。わかっているのはわたしが助かる事、そして加持さんを助けてある仕事を頼む事になるわ」
「へえへえ、助かったら何でも言う事を聞きますよ。」
「後悔するかもね」
アスカは小悪魔のような微笑みを浮かべる。
加持は少しだけ失敗したかもと冷や汗を感じた。
やがて角度が急激に曲がり始めた。
ある程度傾いた後は重力が仕事を引き継いだのである。
自然界でもっとも弱い力である重力
だが、すべてのものが相互に働くその力は決して無視できない。
十分な質量さえあれば惑星を破壊する事すら可能なのである。
そして地球はほぼ十分な質量があった。
いったん仕事を引き継いだ重力は決して手を放す事はなかった。
じわじわとやがて強力に地上に手繰り寄せる。
70度を越えた途端にスピードが増してきた。
一気に地上に向かう
先端は音速に程遠いがそれでもかなりのスピードとなった。
そして膨大な質量である。
衝突のエネルギーの7割が衝撃に、2割が熱に、そして1割が音に変るとして、衝撃だけで確実に死亡し、一瞬のうちに高熱で焼き尽くされ、音で敏感な頭脳が確実に破壊される。
加持は自信に満ちて助かるという少女の純粋さがうらやましかった。
『いいかいアスカ、10秒後にちょっと揺れるけど心配しないでね。』
『わかっているわ』
『そして1分間は動いちゃいけないよ』
『どうして?』
『周りが高熱だからだよ』
『火事になるの?』
『いや、エネルギーが熱に変るだけだよ』
『ほら、今だよ』
ドッゴォーーーーーーーーーーーーン
とてつもない大音響であったが、アスカと加持はどこか遠くのように感じた。
そして一瞬で高熱に包まれる店内
バラバラに分解し、燃えるものはすべて燃えてあとには焼けこげた壁だけが少しだけ残った。
天井(元側面の壁だが)など跡形も無い。
加持はアスカを左手で抱いたまま呆然と右手を無意識に伸ばしていた。
指先が何かにあたる。
夕日があたり八角形の紅い模様を映しだす。
よく見るともうひとつ外側にあることがわかる。
見えない部分も入れたらいくつになるかわからないがこの透明なバリアが自分とアスカを守ったのは確実であった。
奇跡というにはあまりにも都合がよすぎた。
加持の腕の中で加持の腕時計を見ていたアスカは声をかけた。
「さっ、行くわよ。まず加持さんはわたしのために安全なルートを探してきなさい。」
「いや、壁があって進めないんだよ」
「もう消えているはずよ」
アスカがいたずらっぽく言う
加持は恐る恐る手を伸ばしてアスカの言葉を確かめる。
確かに無かった。
「ほらほら、もう燃えるものはないし、あたりは残骸ばかりの焼け野原で後は脱出ルートだけよ。これはあなたの仕事よ」
「ああ、そうだな」
加持は首をかしげながらもまず果たさなければならない任務を優先するために見渡すばかりのコンクリートの残骸に分け入った。
『シンジ、あなたってほんとに無敵なのね。』
『いや、所詮一人の力には限界がある。ぼくはぼくにできることをするだけだよ。』
『でもあなたがいてくれれば他に何も要らないわ』
『・・・アスカ』
『なに?』
シンジの改まった感じにいやな予感を覚えた。
『お別れだ』
『どうして?』
『さっき使った力のおかげで時空の扉が開きかけている。戻るのは今しかない。』
『いやよそんなの!』
『アスカわかってよ。ぼくは行かなくちゃならない。』
『どうしてもなの』
『うん、でも待ってるよ2015年に日本で・・・生身の身体で』
『わかった。4年だけ辛抱するわ。でもそれ以上は1分だって待たないから。』
『ぼくだって会いたくて仕方ないんだ。だから加持さんから護身術を学ぶんだよ。』
『うん・・・』
『どうしたの?』
『最後にひとつだけわがままを言わせて』
『なんだい?』
『シンジの顔を心に刻んでおきたい』
『・・・わかった。これをごらん』
アスカの目の前に赤いガラス細工のようなシンジの姿が数秒だけ実体化した。
『ぼくがシンジ・・・碇シンジだよ』
そのガラス細工はにっこりと微笑んだ。
アスカは純粋な目でシンジの優しさと暖かさを感じ取る。
同時に責任とそれを成し遂げようとする凛とする意志を・・・
満足するとアスカはニッコリと微笑み返した。
『思っていたよりずっといい男ね。4年後に待ってなさいよ。』
『もちろんだよアスカ』
そう答えた後、シンジの姿は光の点となってゆっくりとぼやけていった。
その姿をアスカは最後まで見つめていた。
やがて加持が戻ってきた。
「いいルートが見つかったよ。連絡もついてすぐにゲヒルンのヘリが迎えに来る事になっている。もう大丈夫だよ。」
「ありがとう加持さん。ところで約束は覚えている。」
「約束?」
「そう、助かったら何でも言う事を聞くというあれよ」
「あはは、覚えていたの? まいったな」
「今更、冗談だったとは言わせないわよ」
「そんなアスカちゃんお手柔らかに頼むよ」
「心配しないでひとつだけよ」
「ほほう何かな?」
「わたしに身を守る方法を教えてほしいの、テロ対策から武器の使い方、格闘術までありとあらゆるものを」
「でもあんなすごい事故でも生き残れる幸運に守られているのなら必要ないんじゃないのかな」
「もう守護天使はいないわ、今度会うのは4年後よ。だから無事に4年間を生き残るためにも必要なのよ」
「そりゃまた残念。まあ、護身術くらいはいくらでも教えてさしあげますよ。アスカ様」
「ごくろう」
わだかまりのない笑い声
アスカと加持はやっと信頼に満ちた関係となったといえる。
そしてアスカの人間らしい生活が始まった記念日でもあった。
もちろんアスカにとっては記念日はひとつしかない。
それは4年後のシンジとの再会であった。
そしてひとつだけ気になる点があった。
日本にいるはずのもう一人に対してである。
「ファーストには負けないわ」
レイへのほんとうの対抗意識はこの日から始まったと言ってもいいかもしれなかった。
【作者あとがき】
高嶋さんこんにちは、100万HIT達成おめでとうございますm(_ _)m
かくしEVAルームに多大な影響を受けた一人としてもうれしいことです。
またHPを主催する一人としてこのような偉業を達成する事がどんなにすごいことなのか理解しているつもりです。
何しろ延べ100万人もの人が支持するHPなのですからとんでもないことです。
ほんとうにおめでとうございました。
これからも末永く続けていただける事を祈って応援しています。
【HP 会員制EVAルーム】
【作者 Ash】
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