「鈴原・・・一応バッグに必要な物詰めといたからね。」
その日は確か土曜日の午後やった。
シンジ達がやっとった戦いも何か知んが一段落したせいか、疎開しとった連中がちょっとずつ
帰って来よった頃で、ワシも疎開先の病院からこっちに再転院したばっかりやったしな。
「すまんなー委員長。わざわざ来てもうたのに手伝わしてもうて。」
「別にいいわよ・・・ところで鈴原の妹さん、もう大分良くなってるんでしょ。」
「そやなあ・・・この前電話で話したときはえろう元気そうやったわ。」
「ふーん。じゃあ安心ね。」
「まあアイツは何時もあんな調子やしな・・・そやけど何か退院も近そうな気もするな。」
「多分そうよ。」
「だとええんやけどな・・・」
結局クラスの奴で見舞いに来てくれたんはケンスケと委員長の2人やった。
まあワシも付き合いのええ方やなかったからな、そんなモンやろう。
シンジの奴は・・・何かケンスケの話やったら、ワシに会わす顔が無いっちゅう様な
ことをまだ言うとったらしい・・・ホンマ、アホなやっちゃ・・・アイツらしいけどな。
「・・・鈴原・・・ね、ねえ、私・・・やっぱり付いて行こうか・・・」
「・・・別にええわ、ケンスケの奴もさっき用事があるとか言うて帰ったし、
委員長も自分の家のことあるやろ?後は自分で何とかするわ。」
「でも・・・」
「心配せんでええ・・・ワシは前みたいに身動きできんちゅうわけやないで。」
そう言うてワシは委員長を安心させるつもりで義足を叩いてみた。
その時ホンマはまだ義足に慣れとらんで、リハビリも結構しんどいモンやったんや。
そやけどワシは男やからな。辛いとか苦しいとかは女の前ではよう言わん。
・・・特に委員長の前ではな。
「・・・鈴原がそういうのなら・・・」
委員長はそれからちょっとの間黙ってしもうた。
その時、なんや・・・ごっつう悪いことをしたような気になったんを覚えとる。
それから半時間程して委員長も帰り、ワシは1人でタクシーに乗って病院を後にした。
残念やけど退院ちゅうわけやない。
ワシは妹の入院しとる病院に向かっただけやったんや。
そやけど・・・まさかあないなことがあるとは・・・そん時想像もせんかったわ。
かくしEVAルーム10,000,000HIT記念
AGED OF IRRESPONSIBILITY
BY:K−U
「兄ちゃーん。」
「うわっ!・・・な、何や元気そうやないか?」
ワシが扉を開けた途端、妹の奴、走って来よった。
アイツ・・・ホンマ元気そうだったわ。
そやけどワシがちゃんと2本の足で立っとんを見てしがみついてきたんには
正直ビビったわ。
まあ何とか顔に出さん程度に踏ん張れたけどな。
ホンマ・・・男は辛いで。
「兄ちゃん。今日こっち泊まってくんでしょ。」
「ああ・・・そのつもりや。」
そう言うてワシは持ってバッグを妹の顔の前まで持ち上げた。
そしたら妹の奴、えらい喜んだ顔をしとったわ。
元はと言えばウチのジイサンらがワシの経過が良好なんを知って、半ば強引に
ワシをここへ引っ張り出したようなモンやけど、ワシも気になっとったんはホンマやしな。
「・・・兄ちゃん、あのねあのね・・・」
「・・・あの子ったらさー・・・」
「・・・面白いでしょー・・・」
・・・やっぱり電話でなしに直接顔を見なアカンわ。
ワシはそうやって妹の話をずっと聞いてやってた。
今日1日は大体こんな調子で終わるんやろと思とったけど・・・それは甘かった。
「いよー嬢ちゃん!今日も賑やか、結構結構!」
「・・・!?」
さすがのワシもあん時は驚いたわ。
いきなり扉が開いてえらい元気そうな声と共にそのジイサンが現れたんやからな。
「な!・・・何やあんた!?」
「あー、ジイチャン!」
「おっ!・・・いやーハハハ、彼氏が来ていたとは・・・こりゃ失敬失敬。」
人の部屋に勝手に入って来たくせに・・・えらい図々しいジイサンやと思うた。
それは間違いやなかった。けど、それだけでも無かった。
もっととんでもなかったんや。
「ちがうよー兄ちゃんだよー」
「お、お前このジイサン知っとんのか?」
「うん、このとなりの部屋にいるジイチャン。」
「な!なんやて!?ここ小児用の個室病棟やなかったんか?」
「ワハハ。気にしない気にしない。」
「気にするわ!ったくこんなジイサンと一緒やてネルフもなんちゅう手抜きをするんや!」
「少年。男が一々細かいこと気にしちゃ大きくなれんぞー」
「偉そうに・・・大体あんた人の部屋に勝手に・・・えっ?・・・」
その時初めてワシはそのジイサンの胸に付いとるネームプレートに気付いた。
「そのとおり。儂はここで子供相手のカウンセリングをやっとる者だが・・・」
「・・・せ、先生!?・・・し、失礼しました!」
「いやいや、こちらこそ突然飛び込んできて申し訳ない
・・・それと儂は去年から医者は引退しとる・・・爺さんで結構結構、こりゃまた結構、ワハハハハハ!」
「んもージイチャン!ノックぐらいしてっていつも言ってるでしょ。」
「ワハハハハハハハ、こりゃ参ったねー。ワハハハハハハハ・・・」
それからはもう完全にその・・・ジイサンのペースで進んでしもうたわ。
80を越えとるっちゅう話やったが、えらい元気でワシは完全に振り回されてしもうたわ。
けど、あんまり不快には感じへんかったな。
何せそん時のワシには妹と前みたいに遊ぶことは出来へんかったし、
あんまり愉快な話題も持っとらんかったから、今思うと随分助かったわ。
しかしまあ・・・ワシは「爺さん」てのはウチのジイサンみたいに厳しいか、
あの数学のセンセみたいなんばっかりと思とったけど・・・あんなジイサンもおったんやな。
「んー成る程・・・痛みはもう無いのか?」
「い、いえ・・・唯、ちょっと長い時間立っとったらしんどいです。」
「結構結構。その内何とも思わなくなる。儂が言うんだから間違いない。」
「・・・ホンマですか?」
「心配無い心配無い・・・が、もう少しその足を信頼して使ってやればもっと良し。」
それと、そのジイサンは医者をやっとった時、ワシみたいな人間の治療を数え切れない程やったって言っとった。
ひょっとしたらホラやったかも知れへんが、
ワシの足のことを聞いたとき、確かに真剣な態度で診察をしてくれたんは覚えとる。
それとワシも・・・そう言われて妙に安心したんも。
「ジイチャン、またねー」
「ホンマに今日はありがとうございました。」
「気にしない気にしない・・・では諸君、また明日。」
結局、消灯の半時間前のその一言までそのジイサンはずっと部屋に居てくれた。
多分・・・今までも妹の相手をしてくれてたんやろな。
考えたら妹もずっと1人で入院してたし、おまけにここは入院患者も少ない。
そやから、ホンマやったら寂しく過ごしとったに違いない。
あのジイサンに感謝せなアカンな。
「ほなワイらも寝るか?」
「うん。」
さすがに疲れとんを思い出したんか、妹の奴はもう眠そうな目でワシに返事した。
それでワイも着替えようと用意されたベッドに置いとったバッグに手を伸ばした途端・・・
それが急に起こったんや!
「な、なんや?」
いきなり真っ暗や。
そん時いきなり全部の電気が消えてしまいよった。
変や。
消灯の時間には未だある筈やのに・・・おまけに非常灯すらつかへんなんて・・・絶対変やと思ったわ。
「兄ちゃーん。怖いよー。」
いつもとは違う様子に妹がワシにすがってきた。
「大丈夫や。ワシがついとるさかい、何も心配ないで。」
勿論ハッタリや。どないなっとるんか知りたいんはワシの方やった。
そやけどそん時のワシにはハッタリかますしか妹にしてやれへんかった。
そうやって不安がる妹を抱いて・・・電気が消えてから5分ぐらいやったかの、
その時院内放送でその声が聞こえて来たんや。
「只今院内の電源施設の一部にトラブルが発生しました。復旧には少々時間を要しますが、
特に問題はありません。ご迷惑をお掛けし、誠に申し訳ありません。もうしばらくお待ち下さい。」
それが聞こえてきたとき、ワシも正直ホッとした。
まあ少々早いが消灯の時間が来たと思えば問題あらへんかったしな。
そやけど・・・その夜は中々安心させてはくれへんかったわ。
「諸君!」
「うわっ!」
またや。
暗がりからいきなりその声や。ホンマ、最初に来たときよりもびっくりしたでえ。
全く、ホンマに医者やったんかいな?心臓麻痺で死ぬ患者がおったんちゃうか?
「な、なんや!?・・・びっくりするやないか!」
さっきの感謝の気持ちも何処へやら、さすがにワシも思わず声を荒げてしもうたわ。
しかしそんなことにお構いなしにジイサンはさっきと同じ口調で話し出した。
「ワハハ、気にしない気にしない。ところで・・・身支度は終わってる?」
「お、終わっとるも何も・・・まだ着替えとりませんけど。」
「何!・・・結構結構、じゃ、すぐに出発だ。」
「え?・・・な、何言うとるんですか?」
「ん?気付いたじゃ無いの・・・イカンなあ・・・」
「ジイチャン・・・どうしたの・・・?」
さすがに妹も不安そうな声を出しとった。
「ワハハ、心配無い心配無い。いやー実はな・・・さっき振動を感じたろ?」
「振動・・・それ・・・何のことです?」
ワシらは振動なんかホンマに感じへんかった・・・けどまあそれはどうでもええことや。
とにかく、ジイサンの話やとこの停電はその振動を感じたと同時に起こったらしいんや。
それがどういうこっちゃって聞いたら・・・
何と前に外国でテロに合うた時も同じ様やったとあっさり言いよったわ!
なんぼ何でも日本でそないに突飛なことがおこるんかいな?
そやけどジイサン、ボケとるとは思えんかったし、悪戯って訳でも無さそうやった・・・
「時間が惜しい、早くしなさい。」
それにいつの間にかジイサンの口調もマジになっとった。
こいつは本気や。そう思ったワシは妹を連れてジイサンの言うとおりにすることにしたんやけど・・・
「真っ暗・・・」
当然の様に廊下も真っ暗、なあんにも見えへんかった。
おまけにワシはこの病院に来たんはほとんど初めてや。
こんなんでどないせいちゅうんや!
「す、進むも何も・・・暗ろうて何も見えんのですが。」
「心配無い心配無い。目をつぶっても何処がどうなっとるかは自分の家より解っとる。」
「そ、そやったら緊急用ライトぐらいどっかに・・・」
「確かにある。だが場所を儂は忘れた。」
・・・ちょっと待たんかい!
「ワハハハハハ、気にしない気にしない。男は唯、前進あるのみ!さー行くぞ!」
呆気に取られたワシを無視する様にそう言い放つと、ジイサンは手探りで妹の手を取り、
そいでワシの手も取って自分の肩に乗せてくれた。
ワシらはもう何だか解らずに、気が付けば完全にジイサンに乗せられて進んどった。
そやけど、
「兄ちゃん・・・大丈夫?」
「・・・何も心配・・・あらへんで。」
「男はそれで結構!・・・あと3歩で右に曲がるぞ。」
「はい。」
「階段の最初の1歩だぞ・・・最初は出来るだけそっと降ろして感覚を覚えること。」
「はい。」
「伝わる感触に違和感を感じとるだろうが、やがて慣れてくる。」
「はい。」
妹の手前、弱音は吐けんと覚悟しとっし、確かに休ませてもくれへんかったが、
ジイサンは常にワシの足のことを気遣ってくれて、ワシのペースにも合わせてくれとった。
それでまあ何とかワシら3人は病棟の裏口から外に出れたんや。
いやあ正直ホッとしたでえ。
そんでワシは一息付こうとしたら妹の奴がいきなり叫んだんや。
「兄ちゃんアレ!すごい煙だよ!」
さすがにへとへとになっとったワシは妹が指さす方を見た。
するとそこからは・・・建物の地下からやろか?・・・確かに煙が上がって来よった!
「か、火事や!」
今日3度目の驚きやった。
やっぱりジイサンの言うたことは正しかった。
ワシはそん時、確かにそう思たんや・・・けど・・・あんのクソジジイ!
「いやー、まさか本当に火事だったとはなー。ワハハ、こりゃ参ったね。」
「えっ?・・・わ、解っとったんやないんですか?」
「何が?」
「え?いや振動とか・・・テロとか・・・」
「ああ、あれね・・・嘘だ。」
頭が真っ白になるっちゅうのは多分あんな時やろな・・・
「こ、こ、このクソジ・・・」
「少年、何をしとる!さっさと消防署に連絡せんか!」
「え、は、はい・・・しもた!携帯・・・」
「ワハハハハ、少年よ。この程度で焦るとはまだまだ修行が足りんぞ。」
それから消防は来るわ、警察は来るわでそらもう大騒ぎやったわ。
結局ワシの連絡が早くてほとんど被害は無かったらしい。
それと火事の原因やけど、お巡りさんの話やったら放火やったらしい。
地下の制御室でちょっと変になった奴が装置を全部いじってから火を放っとったんや。
それが誰かっちゅうと、驚いたでえ、何と、あのアナウンスやっとった奴や。
全然気付けへんかったわ。
お陰で、非常灯なんてのも消えたくせに院内アナウンスだけが流れた筈や。
ホンマ、過労か何か知らへんけど、こっちにとっちゃ端迷惑なだけやったで・・・
「・・・てなことがあったんや。ニュースにはならへんかったみたいやけどな。」
「・・・成る程なあ・・・でも良かったじゃないか。」
「本当、鈴原も妹さんも無事で何よりね。」
「まあな。」
ワシはあれからまた病院に戻ってリハビリを続けとった。
そやけど、もうそれもそんなに長いことはあらへんやろう。
今日検査してもろたら、思ったよりも退院が早よなりそうやって言うてくれたんや。
もう一寸したら学校も再開するっちゅう話やが、これならワシも何とか間に合いそうや。
結局、あの夜に無茶したんが幸いしたとしか思えへん。
あのジイサンがやってくれたことは、結局どれもワシらの為になったことばかりやった。
・・・狙うてしてくれたんかは未だに解らへんけどな。
・・・皆には内緒やが、ジイサンのことで一つ気になっとることがある。
ワシはあん時、公衆電話から消防に電話したんやが、その電話っちゅうのが・・・
実はジイサンの真横にあったんや。
そやけどジイサン、それに全然気付いてへん様子やった。
あの暗闇で動けたことや、院内アナウンスが終わってから現れたことも考えたらそうや。
ジイサン、あんたひょっとして・・・目・・・
「鈴原、そのお爺・・・先生って、今どうしてるの?」
「俺も会ってみたいな。」
何や、委員長もケンスケもえらい気に入ったみたいやな。
「あのジイサンかいな・・・確かこの前、妹の奴に聞いた話やったら・・・」
「いよー諸君!元気でやっとるかね!」
相変わらず図々しくて無茶苦茶で、そんで無責任な・・・ええジイサンのまんまやて。
END