「お腹いっぱいだね。」
「うん。」

碇君と私は、満ち足りた気持ち。
ほんわかした食後のひとときを楽しんでる。
いつもは食べ終わったらすぐに片付けはじめる碇君も、何だか今日はのんびり
していた。
だから私も、今日はのんびり。
たまにはこうしてのんびりするのも、いいかもしれないな・・・・



かくしEVAルーム半周年記念短期集中連載

『二人だけの休日』中編2

碇君と私は、用意したホットケーキの素がなくなるまで、ホットケーキを食べ た。私にしてはちょっと食べ過ぎだったけど、せっかく碇君が作ってくれるの に、残しては申し訳ないと思って、頑張って全部食べた。 私だけでなく碇君にもちょっと多かったみたいで、最後の方は碇君もあんまり いい顔していなかった。でも、碇君は私を責めることなく、何も言わずに食べ 続けてくれた。私はそんな碇君の思いやりがうれしくなって、碇君にも何かし てあげたいと思った。 「碇君?」 「なに、綾波?そろそろ片付けはじめる?」 私が急に声を掛けたから、碇君は私が片付けたいんだと思って、そう私に聞い てきた。でも、私はそんな事を考えていた訳じゃなかったから、碇君に否定し て見せた。 「ううん、そういうつもりで碇君に声を掛けた訳じゃないの。」 「じゃあ、何かな?」 碇君はいつものように、私に微笑みかけながら尋ねてくる。それはうれしかっ たんだけど、私はそのせいで、これから言う事が言いづらくなってしまった。 「あの・・・・」 「遠慮しないで言ってみてよ。」 「その・・・・ごめんなさい、碇君?」 「へ!?僕は何か綾波に謝られるようなこと、されたかな?」 私が謝ると、碇君は驚いて私に尋ねてきた。すると私は、碇君に謝った訳を説 明する。 「・・・・私、お昼ご飯をホットケーキなんかにさせちゃって・・・・ホット ケーキだけじゃ、飽きてしまうのに・・・・」 「・・・・そんなこと?ホットケーキだけでも別にいいんじゃない?おいしか ったんだから・・・」 「碇君・・・・」 私は碇君の言葉に、びっくりしてしまった。私は罪悪感を感じていたというの に、碇君は全然そんな事を気にもとめていない様子だったから・・・・ そして碇君は、不思議そうにしている私に、やさしくこう言ってきた。 「綾波が気にするような事じゃないよ。僕だってホットケーキは好きだし、満 足したんだからね。綾波は、ホットケーキだけのお昼ご飯は不満だった?」 「ううん・・・・」 「なら、何も問題はないよね。僕だって、嫌なら嫌だってはっきり言うよ。ホ ットケーキのご飯って言うのも、嫌じゃなかったし、たまにはそういうのもい いと思ったから、綾波の意見に賛成したんだ。」 「・・・・私、てっきり碇君が嫌々私のわがままに付き合ってくれてると思っ て・・・・」 「そんなことないんだよ。だから、気にしないで・・・・」 「うん。」 やっぱり碇君は、私にやさしかった。 碇君は口ではああ言ってたけど、本当は違うと思う。 もし、私の言った事が嫌だとしても、碇君はそんな素振りも見せずに私のわが ままに付き合ってくれたと思う。私の知ってる碇君は、そういう碇君だから・・・ でも、碇君が嫌じゃなかったというのは、本当だと思う。 私はそれを、碇君の言葉から感じたような気がした。 そして私は、碇君に嫌な事をさせなくて、本当によかったと思った。 私にやさしい碇君に、気の向かない事をさせたくはなかったから・・・・ 「そろそろ、テーブルの上を片付ける?」 碇君は私に提案する。無論、私は碇君の意見に反論などなく、ひとつ言葉で返 事をした。 「うん。」 「じゃあ、一緒にやろうか?」 「うん!!」 碇君は私を邪魔者にすることなく、私を一緒に誘ってくれた。 私は碇君と全てを共有しているような気がして、心の底からうれしくなった。 いつもだったら、碇君が一人でやろうとするところに、私が手を出して行くの が普通だったけど、そんなことをして碇君に迷惑を掛ける必要がなくなるのだ。 碇君と私、二人だけだと、碇君はあの人の目を気にしないから、私の気持ちを 汲み取ってこんなにもやさしくしてくれる。 このままこうして、私達二人だけでいたい・・・ 私は心の中で強くそう願っていた。 私はそう思いながらも、ちゃんと手を動かしていた。 碇君の邪魔をしないように、碇君の役に立つように・・・・ 碇君と私の息はぴったりだったから、すぐに片付けは終わった。 もしかしたら、私はこの幸せな気持ちに浸っていて、本当は時間も結構経った のに、さほど感じなかっただけなのかもしれなかった。 私はもっと碇君と二人の共同作業を続けたかったけど、することがなくなって は、どうしようもない。 終了を示すかのように、碇君と私は、最後に目と目を合わせた。 「お疲れ様、綾波。」 「碇君も、お疲れ様。」 「綾波が頑張ってくれたおかげで、あっというまに片付いたね。」 「私じゃなくて、碇君が頑張ったからよ。」 「じゃあ、二人で頑張ったっていうことにしようよ。そうすれば、二人ともお 互いを誉める事が出来るから。」 碇君の提案は、私にはうれしいものに感じられた。 私は早く終わったことを自分の功績なんかにはしたくなかったけど、碇君に誉 めてもらえるというのもうれしいことだった。 「うん!!」 「じゃあ、そういうことで・・・・綾波、よく頑張ったね。」 碇君が微笑みながら私を誉めてくれる。 そしてもちろん私も、満面の笑みを浮かべて、碇君を誉めてあげることにした。 「碇君も!!碇君が頑張ってくれたから、こんなに早く終わったの!!」 「うんうん、二人とも頑張ったね。」 「うん!!」 碇君は微笑みを絶やさない。 私は微笑んでる碇君が、どんな碇君よりも大好きだった。 だから、私も碇君に微笑んでいて欲しくて、微笑みを絶やさないようにした。 まあ、そんなことを考えていなくても、碇君の側にいるだけで、自然と微笑み が沸いてきちゃうんだけど・・・・ そして、私はうれしさのあまり、いつもなら言わないようなことを、碇君に言 ってしまった。 「でも、私はそんなに早く終わらせたくなんかなかったな。」 「ど、どうして?」 「だって、もう少しこうして、碇君と一緒に片付けがしたかったもん。」 「で、でも、別に片付けでなくてもいいんじゃない?早く終われば、それだけ 自由になる時間があるんだし・・・・」 「あ・・・」 私は碇君の言葉で、自分の考えがあさはかだったことに気付いた。 やっぱり私は、碇君の前だと、先のことに考えが回らなくなってしまう。 今だけを見つめて、今の碇君を追いかけて、この時を自分のものにしたいから・・・ だから私は、こうなってしまうんだと思う。 別に私はそんな自分が嫌じゃなかったけど、碇君の前で恥ずかしい思いをする のも嫌だったから、自分の失敗に顔を赤らめてしまった。 碇君はそんな私を見ると、慌てて慰めてくれた。 「あ、そんな、綾波の気持ちもわかるよ。僕も綾波も、家事は好きだからね。」 「う、うん。」 「自分の好きなことで、一緒の時間を長く過ごしたい気持ちって言うのも、わ かることだからね・・・・」 「・・・碇君っ!!」 私は思わず、碇君に抱き付いていた。 これだけは、私もどうにも止められなかった。 碇君が私をかばってくれる気持ち、碇君のやさしい気持ち、それが私の心だけ でなく、身体も動かしていた。 私の腕は、碇君の身体を抱き締めていた。 そして私の顔は・・・・碇君の肩に寄せられていた。 でも、私は碇君の顔が見られなかった。 碇君がこういう事をされるのを嫌っているのを、私はよく知ってる。 だから、きっと碇君は、私がこうしたのを怒っていると思った。 私は碇君のそんな顔、見たくなかった。 私は、碇君の微笑んだ顔だけを、見ていたかった・・・・ でも、そうやって碇君の肩で顔を隠している私に、碇君はやさしい声で私に言 ってくれた。それも、ひとことだけ・・・・ 「わかるよ、綾波・・・・」 そして、碇君はそれだけ言うと、私の背中に両腕を回してくれた。 碇君は私をその腕できつく抱き締めてくれはしなかったけど、反対にやさしく 包み込んでくれた。私はそんな碇君のあたたかみを感じると、抱き締められる よりも、こっちの方がずっといいと思った。 こうして私は、静かに目を閉じると、碇君に身体を委ねた。 そして、碇君の心と身体、両方のあたたかみをこの胸でいっぱいに感じていた のであった・・・・ どのくらい時間が経ったろう? 碇君はこれで終わりということを示すかのように、最後に私をきゅっと抱き締 めてくれると、私の身体から腕を離した。 碇君は口では何も言わなかったけど、私は碇君の意図することがわかったから、 まだ碇君から離れずに、顔だけ持ち上げると、黙って碇君の顔を見上げて、瞳 で訴えかけた。 「・・・・」 すると碇君は、私に向かって教え諭すかのように染み入るようなやさしい声で こう言った。 「・・・・これでおわり。いつまで経っても、きりがないからね・・・・」 「でも・・・・」 私はこびるような目で、碇君を求める。 でも、碇君はそんな私のわがままを聞いてはくれず、小さく首を振るとこう言 った。 「・・・駄目だよ、綾波。綾波の気持ちもわかるけど・・・・」 碇君には、私を拒む、具体的な理由がひとつもなかった。 でも、だからと言ってこれ以上碇君を離さなければ、碇君は困るだろう。 いくら碇君が、私を振りほどいたりしないということがわかっていても、私は 碇君を困らせることなど、したくはなかった。 だから、私は碇君とは離れたくなかったけど、仕方なく碇君から離れて、小さ く謝った。 「・・・ごめんなさい、碇君・・・・」 「いいんだよ、綾波・・・・」 碇君はいつものようにやさしくそう言うと、うなだれている私の頭を、静かに 撫でてくれた。 そんなやわらかい碇君の手は、なんだかとても心地よかった・・・・・

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