私立第三新東京中学校

第二百六十三話・全てを懸けて


「なんやお前ら、シケた面して?」
「鈴原!!」

スーパーに戻って、唯一中に残っていたトウジ達と合流した僕達であったが、
当時は開口一番こう言った。だが、察しのいい洞木さんはそんなトウジを慌て
て咎める。

「なんや、いいんちょー?わいがなんか悪いことでもゆうたか?」
「そ、そういう訳じゃないけど・・・とにかくお願い、何も言わないで。」

ただ雰囲気を察しただけで、事情など何も知らない洞木さんは、トウジに対し
て詳しい説明など出来るはずもなく、ただそう懇願した。そしてトウジはそん
な洞木さんの姿を見ると、少し済まなそうな顔をしてこう言った。

「しゃあないな、いいんちょー。その代わり・・・わいの為に特別メニューを
こしらえるんやで。」
「鈴原・・・・」
「あかんか?」
「そ、そんなことないよ!!あ、あたし、喜んで作るんだから!!」

洞木さんは顔を真っ赤にしながらトウジに向かってあたふたと答える。
そんな洞木さんの様子に周りが暖かな雰囲気に包まれて・・・それに触発され
たかのように、アスカが洞木さんをからかった。

「そんなこと言ってヒカリ、鈴原の奴に言われなくたって、作ってあげるつも
りだったんでしょ?」
「ア、アスカ!!」
「ふふっ、ヒカリ、可愛いわよ。ほら、見てみなさいよ、鈴原の顔・・・」

アスカの言葉で、みんなの視線がトウジの顔に集まる。
すると洞木さんと同じくらい顔を赤くしていたトウジは、慌てて後ろを向いて
こう言った。

「わいは見せもんやないで!!」

そんなトウジの様子に、アスカはくすっと笑って洞木さんにこう言う。

「だってさ、ヒカリ。」
「アスカ・・・」
「ヒカリだけにしか見せないんだって。ほら、行きなさいよ。」

アスカにそう言われた洞木さんは、真っ赤な顔をしながらも、トウジの正面に
回った。

「な、なんや、いいんちょー?」

トウジは洞木さんの襲来に慌てたものの、僕達の場合とは違って逃げようとは
せず、正面から洞木さんを受け止めた。

「あたしの場合、見世物とは言わないでしょ?」
「せ、せやけどなぁ・・・」
「・・・鈴原って可愛いね。」
「いいんちょー・・・・」

トウジは困ったような声を上げている。
だが、洞木さんをむげに拒絶するようなことはなかった。
そして洞木さんも、これ以上トウジをからかうのは可哀想だと思ったのか、フ
ォローを入れるかのようにこう言った。

「今日、いっぱい鈴原の為に作ってあげるからね。」
「ほ、ほんまか?」
「うん。鈴原が喜んで食べてくれるなら・・・」
「あ、当たり前やないか!!わいはいいんちょーの作るもんだけで十分やで!!」
「本当に?」
「せや!!」
「綾波さんやマユミの作るの、食べてみたくないの?」

ちょっと意地悪い洞木さんの言葉に、トウジはうっと言葉を詰まらせる。
しかしトウジも男。一度言ったことをそう簡単に翻しはしなかった。

「と、当然やないか。おかしな事を聞くんやないで、いいんちょー。」
「声が上ずってるわよ、鈴原。」
「そ、そないな・・・」
「ふふっ、食べてもいいわよ、鈴原。そのせいであたしのが食べられなくなっ
たなんて言ったら絶対に許さないけど。」

洞木さんはにこにこ笑いながらそう言う。
今までの僕達とのやり取りとは縁がないような幸せそうな光景。
それは僕が求めていたようなものに限りなく近かった。
僕は二人の様子をじっと微笑ましく見守っていたけれど、純粋にそのまま見て
いることは出来なかった。

「ごめん、綾波・・・・」

すぐ隣にいる綾波にかけたひとこと。
それが僕の答えであったのだ・・・・


レジで払いを済ませる僕達。
スーパーを出る前に僕達もほとんど買い物を終えていたので、これ以上あれこ
れ物色することもなく、後でかごに入れようと思っていたものだけ、機械的に
ほうり込むとそのままレジへと直行しただった。

「ちょっと・・・慌ただしかったね。」

僕が一緒に買い物をしていたのは、一応山岸さんと渚さんだった。
だが、左腕に包帯を巻いて痛々しい渚さんは、その血の滲んだ包帯よりも痛々
しい表情をしていたので、僕はまるで逃げるように山岸さんに声をかけた。

「そう・・・感じるかもしれませんね。」

山岸さんもちょっと居心地悪く感じていたのか、僕に声をかけられて少しだけ
ほっとした様子で答えてくれた。

「ゆっくりのんびり選ぶのが、買い物の醍醐味だからね。」
「ええ。」

山岸さんにも微笑みが戻る。
そして僕はそれがうれしくなって、更に会話を進めた。

「僕、料理も好きなんだけど、買い物も好きなんだ。」
「それ、ついさっき聞きましたけど・・・」
「そう?ともかく色んな新製品が毎日のように出てくるし、たくさんあるから
目移りしちゃうよね。山岸さんはどうなの?」
「私も・・・碇君ほどじゃないですけど、そう言う気持ち、わかります。」
「だよね。料理もただ切ったり炒めたりするだけじゃなくって、買い物から始
まるって言ってもいいと思うから・・・」
「同感です。私も、もう少し買い物を楽しまなきゃ駄目ですね。」

山岸さんの口調にはまだ堅苦しさが抜けてはいなかったものの、それは山岸さ
んの性格と言うものが大いに含まれているようで、それを証明付けるかのよう
に山岸さんの表情に堅さと言うものは全く感じられず、綺麗な微笑みを浮かべ
ていたのだ。それ以上に僕と山岸さんの距離が、さっきのやり取りを通じて短
くなっていったのだと言うのもあったのだが・・・・

「確か・・・今日は山岸さんと一緒に作るんだよね?」
「ええ、ヒカリはそう言ってましたけど・・・」
「山岸さんの腕前、楽しみにしてるよ。」
「そんな・・・私も、碇君の料理、楽しみにしてますから・・・・」
「食べるよりも作る方が楽しいなんておかしいかもしれないけど・・・しょう
がないよね、やっぱり。好きなものは好きなんだから・・・」
「ええ。」

微笑み。
それは僕の求めていたもの。
もしかしたら僕はみんなに微笑ませる為に、生きているのかもしれない。
辛いことの多い今の世の中、微笑みなしで果たしてやっていけるのであろうか?
そう思う僕は微笑む山岸さんを見て、幸せな気分に包まれていたのであった・・・


一方・・・・トウジと洞木さん、ケンスケを間に置いて、同じくレジで払いを
していたアスカと綾波は、僕と山岸さんとは対照的に、暗い雰囲気を拭い去れ
ずにいた。

「・・・・聞いてた・・・よね、やっぱり・・・?」
「・・・・・ええ。」

おずおずと綾波にアプローチをかけるアスカ。
そんなアスカに対して、綾波はいつもと変わらない声でひとこと答えた。
しかし、それがアスカに安心を与える訳でもなく、アスカは心から済まなそう
に綾波に謝った。

「・・・ごめん、レイ。アタシ・・・・」
「いいのよ。アスカの言ったことは正しかったわ。」

綾波は形ではアスカの謝罪に答える形になっていたが、とりようによってはア
スカの言葉を遮っていると言うようにも受け取れた。そしてアスカも、その二
通りの見解を頭に思い浮かべ、そして綾波が傷ついていると言うことを改めて
痛感させられていた。

「レイ・・・・」
「気にしないで、アスカ。結果としてはあれが自ら退いたおかげで何も起こら
ずに済んだけど、アスカのしたことが必要不可欠になる場合だって有り得たの
よ。」
「で、でも・・・・」
「それに、私は化け物だから・・・・」
「レ、レイっ!!」

アスカにとっては聞きたくない言葉であった。
だが、自分のその言葉が綾波を傷つけた最大の原因であった以上、それから逃
れられる訳もないとは思っていた。無論綾波もその事実からは目を逸らしたか
った訳で・・・アスカもそんな綾波に期待していなかったと言えば、嘘になる
かもしれない。だが、アスカの強さは、そんな綾波の弱さに完全に期待するほ
ど汚れてはいなかった。だから綾波が言い出したら、それを真っ向から受け止
めようと言う決意だけは、しっかり固めていたのだ。

「いいの、事実だもの。」
「そ、そんな・・・・」
「事実なのよ、アスカ。碇君はそんな誰にもわかりきっているようなことから
目を逸らそうとしてくれてるけど・・・・」
「・・・・」
「私も碇君の努力には応えたい。私はやさしい碇君が好きだから・・・・でも、
碇君を守る為なら、私は全てを捨てても構わないわ。」
「レイ、アンタ・・・・」
「こんな化け物の私にしか、碇君を化け物から守れないの。か弱い人間には無
理なのよ、アスカ。」
「・・・・」
「でも、そんな私を碇君は人間として見てくれる。それが事実でないとわかっ
ていても、私は碇君の想いがうれしくて・・・涙が出そうになるの。だから私
は碇君の為に、化け物になるのよ。」
「・・・・・強いわね、アンタ・・・・」

綾波の言葉に、アスカは改めて感慨を受ける。
滅私奉公という言い方は嫌かもしれないが、綾波は僕の為に自分を押し殺して
いる。そしてそれは、アスカには出来ない考えであった。アスカももちろん僕
の為に自分を譲ることはあったのだが、綾波のようにその為に自分が自分でな
くなるなどとても出来るはずもなかった。そしてそんな強さは、アスカにだけ
ではなく、誰もが持ち得ないほどの強さであったのだ。

「・・・強くないと、存在できないのよ、アスカ。」
「・・・・」
「私は強いからここにこうしていられるの。弱ければ・・・・」
「弱ければ?」
「自ら滅びを選ぶわ。」
「・・・・・」

アスカは綾波の台詞に言葉を失う。
強くなければ生きていけないなんて・・・昔のアスカもそうだったかもしれな
かったが、それは綾波に比べるとお遊びのようなものだったからだ。アスカは
自分のプライドの為に強くありたいと願っていたのだが、綾波の強さはそれこ
そ生命の為であった。
しかし、そんなアスカの心情を察したのかどうなのか、綾波は静かにこう言っ
た。

「でも・・・以前の私は自分の強さなんて考えたこともなかった。そう、考え
てみると、私は弱いもの以下だったのかもしれない・・・・」
「レイ・・・・」
「私の心は、人形として押し込められていたのね、きっと。自ら滅びを選ばぬ
よう・・・・」
「・・・・」

あまりの辛さにアスカも言葉が出ない。
すると綾波も感極まったかのように、そっと胸を掻き抱いてひとことつぶやい
た。

「・・・碇君・・・・」

アスカは綾波が誰の為に強くなっているのかを知っていた。
しかし今まではそれがどうした、人を愛すると言うことはそう言うことではな
いかと思っていた。だからアスカはそれを否定することもなかったが、それを
前面に押し出してくる綾波のやり方に微かな嫌悪感を持っていたのだ。
だが・・・・今、アスカは自分が間違っていたと思った。
綾波はまさに自分の生命だけでなく、全てを懸けて僕を愛していたのだ。
そしてアスカは思う。
もしかしたら、自分はこの娘に敵わないのではないかと・・・・
アスカはこれまで絶対的な自信を持っていた。
僕を殴れる自分に誇りと優越感さえ持っていたし・・・だが、そんなことなど
綾波に比べてみるとあまりに卑小だった。

アスカは確信していた勝利がぐらついていることを感じていた。
だが、それは嫌な気持ちじゃなかった。
そして、そんなアスカははじめてだった。
アスカ自身にとっても・・・・


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