私立第三新東京中学校
第二百五十四話・微笑みの形を変えて
「じゃ、これからみんなで買い出しよ!!いいわね!?」
アスカはそうみんなに宣言した。
最後に「いいわね!?」とつけているものの、是非を問うのではなく、文句が
ある奴は許さない的なところがいかにもアスカらしい。
だが、そんなアスカの言葉を聞いて半ば呆れるようにトウジが言った。
「まあ、わいに異存はないがな・・・・」
「何よ?異存がないならそれでいいじゃない。」
「いやな・・・その状態でゆうでも、説得力に欠けると思うてな・・・」
トウジはそう言ってアスカに向かって指を差す。
指差されたアスカ、それは別にいつもの違ったことはなかったが、ただ、さっ
き僕の腕を取ったままの体勢だったのである。だから、確かにトウジの言う通
りで、みんなに有無を言わせないにはちょっと迫力不足だった。しかし、アス
カはそんなことは気にせずトウジに向かって言う。
「これがアタシの普通の状態なの。シンジとくっついてない方が異常なんだか
ら。まあ、余計なおまけもくっついてるけど・・・」
アスカはそう言うと、自分の反対側に視線をやる。
そこには当然のごとく綾波がいる。綾波はアスカに見られると、抱えた僕の腕
を更にぎゅっと抱き締めてアスカに言い返した。
「私、おまけじゃないもん。おまけはあなたの方でしょ、アスカ?」
「何言ってんのよ!?アタシがメイン、アンタはおまけ!!」
また言い合いになりそうな雰囲気へと変わる。
全く、この二人は口を開けばケンカしていると言うのに、何故か見ていても嫌
じゃない。むしろ、言い合うことによってどんどん仲良くなっていくような気
がして・・・それが不思議だった。
だから僕は二人が楽しく喧嘩するのは好きだったし、それに口出ししようと言
う気には、あまりならなかった。しかし、みんなは僕のようにそこまで割り切
れないようで、トウジはうんざりしたようにアスカを制した。
「もうええ、もうええって。おまえら二人の口論も聞き飽きたわ。も少し現実
的な話に戻ろうやないか。」
「うるさいわね、ジャージ男!!」
アスカはトウジの素っ気無い言い草にかちんと来たのか、大声で言い返す。
アスカと綾波のケンカならともかく、アスカとトウジのケンカとなるとまた話
は別になるので、僕は慌ててアスカを止める。
「ほら、アスカ。もうやめなよ。トウジの言い方もあれだけど、これから買い
出しに行かなきゃいけないんだろ?」
「・・・・そ、それもそうだけど・・・・」
「だから、ね?」
「わ、わかったわよ。アンタがそう言うんじゃ、アタシも引かない訳には行か
ないからね。」
「ありがと、アスカ。感謝するよ。」
僕はアスカにお礼を言うと、にこっと微笑んでみせる。
アスカは思わぬ僕の微笑みに、顔を赤くして小さく言った。
「・・ばか・・・・」
しかし、ともかく場は収まった。
すると、今回の宴会の料理における責任者とも言える洞木さんがまとめに入っ
た。
「じゃあ、アスカの言う通り、これから買い出しに行くけど、直接買い物に行
けない人は手をあげて。」
そう言ってみんなの反応を待つ洞木さん。
だが、手を挙げるものは誰一人としていなかった。
「なら、満場一致で決まりね。スーパーに行って色々買ってから、碇君のうち
に行きましょう。」
こうして僕達はそのままの足でスーパーへと向かう。
僕達の家は結構街中から離れたところにあるが、都合のいいことにスーパーは
近くにあったので、僕も日々の買い出しには苦労することもなかった。僕が引
っ越してから通っているスーパーは、洞木さんの家からは遠すぎると言うほど
ではないものの、あまり行く気にもならない距離にあった。しかし、洞木さん
はやはり流石と言うべきか、スーパーも色々探りを入れているようで、僕の通
うスーパーにも何度か来たことがあるようだった。
「へぇ・・・ヒカリも案外主婦顔負けね。シンジだってそこまではしないもの・・・」
アスカが感心したように洞木さんに言う。
すると、洞木さんは嬉しそうにアスカに応えた。
「まぁ、あたしの趣味みたいなものだからね、料理は。だからいい野菜の置い
てあるところとか、珍しいスパイスの置いてあるところとか、そういうのもチ
ェック入れちゃうのよ。」
「なるほど・・・おばさん連中みたいに、値段の安いところ、って言う訳でも
ないのね?」
「うん・・・確かに値段を気にしないって言ったら嘘になるけど、でも、あた
しはいいものにはそれなりの代価を支払ってしかるべきだと思うな。」
「ふぅん・・・・その辺も、料理人の哲学かしらね?シンジはどう思う?」
アスカは感心したようにそう言うと、すぐ傍の僕に話を振る。
僕は洞木さんの話をかなり興味深く聞いていたので、突然のことにもうろたえ
ることなく、速やかにアスカに答える。
「僕も洞木さんに同感だな。まあ、これも僕が僕の手で稼いだお金じゃないか
ら言えるのかもしれないけど、でも、いくら安いからって悪いものを買う気に
はやっぱりならないな。」
「そう・・・アタシには野菜や肉の違いなんて、よくわかんないけどね・・・」
「まあ、そんなに難しくもないんだけど、やっぱり慣れかな?ね、洞木さん?」
「うん。色々失敗も繰り返して、それではじめて違いがわかってくるからね。
あたしも料理に興味を持ち出した頃は、失敗の連続だったから・・・」
そんな洞木さんの言葉を聞くと、それまで黙っていた綾波が何か感じるところ
があったのか、ひとことつぶやいた。
「・・・私も、苦労の連続だったわ・・・・」
「綾波も!?綾波は何だかあっという間においしいのを作れるようになってた
から・・・」
僕が驚いてそう言うと、そんな僕の言葉を洞木さんが制した。
「碇君、綾波さんだって特別じゃないのよ。確かに短期間で上達したけど、そ
れは綾波さんの努力の賜物なの。あの頃、かなり頑張ったんでしょ、綾波さん?」
綾波は洞木さんに訊ねられると、小さくうなずいて答えた。
「うん・・・」
すると、それを聞いた洞木さんはさもありなんとばかりに言う。
「でしょ?確かに才能とかそう言うのがない訳じゃないけど、やっぱり経験を
積むことでしか、料理は上達しないのよ。」
「そうだね、洞木さん。僕も料理をする人間だから、洞木さんの言いたいこと、
よくわかるよ。」
僕は洞木さんの言葉に納得して、少しうれしそうに答える。
だが、料理をする人間の連帯感と言うかなんと言うか、少し居心地の悪さを感
じたアスカが、つまらなそうに言った。
「ふん、どうせアタシには理解できないことですよ。アタシ、最近食べる専門
だし・・・」
「アスカ・・・」
へそを曲げてしまったアスカ。
しかし、アスカの言葉は事実だったので、僕も何と言っていいのかわからずに
ちょっと困ってしまった。すると、そんなアスカに向かって洞木さんが言う。
「アスカだってしたいんでしょ、碇君と一緒に料理が?」
「・・・・そ、そりゃあ、まあ・・・・・」
「でも、アスカのすぐ傍には碇君だけでなく綾波さんもいる。だから何かと比
較されて・・・それが嫌なんじゃないの?」
「・・・・アタシはどうせ、お芋の皮むき専門だもん・・・・」
洞木さんに指摘されたアスカは、辛そうに小さく洞木さんに答えた。すると洞
木さんは、僕のことをたしなめて厳しく言う。
「駄目じゃないの、碇君。アスカにも色々させてあげなくっちゃ。」
「ご、ごめん・・・」
「確かにアスカはまだまだ碇君や綾波さんに比べれば上手とは言い難いわ。で
も、上手じゃないから仕事を任せないってのは、碇君らしくもないんじゃない?」
「・・・・そうだね、僕が悪かったよ・・・・」
僕は確かに洞木さんの言う通りだと思って、反省してうな垂れた。
アスカが最近料理を僕と綾波に任せっきりにしているのは、その言葉通り、面
倒臭いからだけだと思い込んでいた。だが、少し深く考えてみれば、アスカの
言葉の裏に潜んだ気持ちくらい、簡単にわかると言うのに・・・・
アスカが僕達と一緒に料理をしたくない訳はないのだ。だが、プライドの高い
アスカはやはり負けたくないのだろう。いや、今なら負けるのは構わないのか
もしれないが、少なくとも僕達の足を引っ張り、恥をかくのは嫌だったに違い
ない。なのに僕は・・・・
だが、そんな時、僕を慰めようとするかのように綾波が言った。
「・・・・アスカにしては、珍しい甘えなんじゃない?」
「えっ?」
「私ははじめて碇君に料理を作ってもらって、そのお返しがしたいと思った。
だからあのアパートに帰ってから、毎日数時間、料理の練習をしていたのよ。」
「綾波・・・・」
綾波の意外な事実。
洞木さんは努力の成果だと言っていたが、まさかこれほどのものとは僕も想像
だにしていなかった。
努力すると言っても、人には限度と言うものがある。
だから僕は洞木さんに言われても、綾波には天性の才能のようなものがあると
思っていたのだが・・・・どうやら綾波は僕の想像を遥かに超えたところにあ
ったのかもしれない。
「私と同じくらいになりたかったら、私に勝ちたかったら、自分の手でそれを
掴み取る。それがあなた、惣流・アスカ・ラングレーなんじゃないの?」
「・・・・」
「私は頑張った。それは碇君が好きだから。私の努力と私の想い、それらが私
の料理にはこもっているのよ。だからこそ碇君は私の料理をおいしいと言って
くれるし、他のみんなも認めてくれるの。でも、あなたは何?碇君に教えても
らわなくては、碇君の手を借りなければ何もしないの?だからあなたは芋むき
しかさせてもらえないのよ。碇君は絶対にあなたを責めたりはしない。でも、
私は違う。あなたの言葉が碇君を苛むのであれば、私は容赦なくあなたを弾劾
するわ。」
「・・・・・」
「確かに今のアスカには碇君がいるわ。碇君はあなたに無理は言わないし、あ
なたのわがままもみんな受け止めてくれる。だからあなたにとって今の環境は
最高のものと言える。でも、あなたはそれで満足するの?碇君に甘えたままで
いいの?もっともっと上を目指さなくて、それでいいの?私は許さない。私の
憧れたアスカはそんなアスカじゃない!!」
綾波はうなだれるアスカに訴え続けた。
既にかなりの興奮状態にあるのか、僕の腕もいつのまにか離して、アスカの正
面に立って叫んでいた。アスカもかたちだけはまだ僕と腕を組んでいたが、も
はやその腕には力なく、だらりとさせていた。
綾波も言いたいことを言い終えたのか、肩で息をしながら黙ってアスカを見下
ろす。僕はそんな綾波に向かって、そっとその肩に手をかけてやさしく言った。
「・・・もう、気が済んだだろう?」
「・・・・・ごめんなさい、私、興奮してしまって・・・・」
「いや、いいんだよ、綾波。綾波は言うべきだと思ったから、だから言ったん
だろ?」
「うん・・・・」
そう言って、僕も綾波も言うべき言葉を失った。
そしてどちらからともなくアスカに視線を向ける。
「アスカ・・・」
「・・・・アタシ・・・・」
「・・・・」
「・・・らしく・・・なかったかな?」
アスカはうな垂れたまま、自嘲的に訊ねる。
すると綾波がさっきとは違って穏やかにアスカに答えてあげる。
「そうね。ちょっと、アスカらしくなかったわね。」
「これじゃあ、アタシのお説教も、胸に響かないわよね・・・・」
「そうね。」
「レイ、アンタ、一体どのくらい練習したの?」
「わからないわ。そんなこと、気にも留めたことがなかった。ただ、私が作っ
て、それを碇君が食べてくれて・・・・それがうれしくて、もっともっと上手
になりたくて、もっともっと碇君に喜んでもらいたくて・・・それしか考えて
なかったから。」
「純粋ね、アンタって。とっても一途で・・・・アタシもアンタのそんなとこ
ろに、実は憧れてたのよね・・・・」
「アスカ・・・・」
綾波はアスカを思ってその名を呼ぶ。
するとアスカは突然顔を上げると僕から腕を外し、天を仰いで思いっきり伸び
をした。
「んーっ!!全部アンタの言う通り!!悔しいけどね!!」
「・・・・・」
「だから、アタシも頑張るわよ!!シンジの手も借りない!!自分の手で、努
力するの!!」
「そうね。それが一番いいと、私も思うわ・・・・」
「ありがとね、レイ。アタシの目を覚ましてくれて。」
アスカは伸びを終え、綾波に向き合うと素直にそう言った。
すると綾波はちょっと照れくさそうにアスカに応える。
「・・・そんなことないわ。お互い様よ・・・・」
アスカはそんな綾波に、あっけらかんと言葉を返す。
「そうかもね。お互い様だから・・・・これ以上アンタにお礼なんて言わない
わよ。」
すると、綾波はクスっと笑ってアスカに言う。
「アスカらしいわね。」
「やっぱりアタシはアタシらしくないと、シンジも振り向いてくれないもんね!!」
アスカは大きな声でそう言うと、今度は僕に向かって言った。
「もう、シンジ!!アンタはちょっとやさしすぎるのよ!!アンタももうちょ
っと厳しくして!!」
「そ、そんなこと言われても・・・・」
「やさしいだけが、その人の為になるとは限らないんだからね。わかってるの?」
「いや、わかってはいるけどね・・・・」
「なら、以後気をつけて。レイに言われるくらいなら、アンタに言われた方が
まだ悔しくないから・・・・」
そしてアスカはまた綾波の方を向いて宣言する。
「アタシは絶対にアンタには負けないわよ!!アタシはこうと決めたら、絶対
に成し遂げるんだから!!」
「いいわ。受けて立ちましょう。」
「アタシが本気になれば、アンタなんて・・・・ともかく、アタシはアスカな
の!!アタシはアタシらしく、やらせてもらうからね!!」
アスカの宣言に、綾波はただ不敵な笑みをこぼすだけだった。
それは傍から見ればアスカを侮っているとも見えるかもしれないが、僕にはそ
うでないことがわかっていた。綾波は自分の訴えがアスカの胸に届いて、それ
を喜んでいるに違いない。しかし、単に喜びだけを示せば、その微笑みはアス
カに対して失礼に当たる。だから綾波は微笑みの形を変えて・・・僕には何だ
かそんな綾波のアスカに対する心遣いがうれしかった・・・・
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