私立第三新東京中学校
第二百五十二話・料理好きの彼女
アスカの発案で、今晩は僕達のうちで大宴会が催される運びとなった。
大声で半ばばらばらになっていたみんなが僕達の元に集まってきても、アスカ
はまだ電話を掛け続けていた。まあ、アスカがこの宴会に呼ぶような人間も限
られているはずであるが、ネルフ関係者ですら、思いのほか人数が多かったよ
うだ。
ともかくしばらくして、ようやくアスカは携帯電話を畳んで顔を上げた。僕は
早速アスカに訊ねてみる。
「アスカ、一体どのくらいの人数を呼んだの?結構たくさん電話してたみたい
だけど・・・」
そんな僕の問いに対して、アスカは軽くウィンクしていたずらっぽい顔で答え
た。
「ひ・み・つ!!最初からわかっちゃったんじゃ、面白くもなんともないでし
ょ?」
「まあ、そうかもしれないけど・・・僕の知らない人、来る?」
僕はちょっとだけ不安そうに、アスカに重ねて訊ねる。
アスカは僕の表情と声の響きから、僕が本当にそのことを心配していることに
気付いたのか、表情を穏やかなものへと変えてやさしく言ってくれた。
「安心して、シンジ。取り敢えず、内輪の宴会ってことで、アタシ達の知らな
い人間は呼んでないわ。まあ、言っちゃ何だけど、アタシの知ってる人間は大
抵シンジも知ってるし、シンジと付き合いのない奴はアタシとも付き合いなん
てないし・・・アタシも見かけとは違って、結構閉鎖的だからね。」
アスカはそう言うと、少しだけ表情を陰らせる。
僕は言う必要もないことをアスカに言わせてしまったと思い、後悔の念に駆ら
れて小さく言った。
「・・・ごめん、アスカ。変なこと言わせちゃって・・・・」
「いいんだって。アタシはこう言ってるけど、退化してこうなった訳じゃなく
って、進歩してこうなんだから。以前のアタシはもっと・・・・」
アスカは口ではそう言いながらも、やはり内容の暗さに表情もシンクロしてい
た。だが、陰気な話になりそうだと言うことに気付いたアスカは、慌てて無理
矢理に話を中断させようとして、やや大きい声でこう言った。
「っと、こんな話しても気が滅入るだけよね。やめやめ!!今日のテーマは、
笑顔でお酒、だから、もっと建設的な話をしましょ!!」
「そ、そうだね、アスカ。じゃあ、これからの予定を立てようか?結構大勢く
るんだし、それなりの準備は必要だろ?」
僕はアスカの誘導に従い、当たり前とも言える提案をしてみた。
すると、少し話しやすい雰囲気になったのか、早速トウジが僕とアスカに訊ね
る。
「酒はともかく食いもんやろ?もちろん出来合いのじゃあなく、手作り料理で・・・」
「もちろんだよ、トウジ。僕達には一流のシェフが揃ってるからね。」
僕はそうトウジに答えると、その隣に控えている洞木さんに視線を向ける。洞
木さんは僕の視線の意図に気付いてこう言った。
「別にあたしが料理に関しては一番優れてるとかそういう意味じゃなくって、
日頃クラス委員の仕事をしている関係上、今日の料理に関してはあたしが指揮
を執るわ。みんな、それでいい?」
洞木さんはわざわざ前置き付きでそう提案した。
無論僕はそのつもりだったし、洞木さんが適任だと思う。僕は自分ひとりで作
る分には何も問題はないと思うが、やはり数人と一緒に共同作業となると、気
も遣うし戸惑いも多い。だから僕には出来ない、そういうことに長けた洞木さ
んに指揮を執ってもらおうとしたのだ。
だから、半ば僕が発起人のようなものであったので、誰よりも早く洞木さんの
言葉に賛同して言う。
「僕は賛成。洞木さんに任せるよ。綾波は・・・」
僕はそう言って綾波の方に視線を向けたが、綾波は間髪入れずに僕に答える。
「もちろん私にも異存はないわ。碇君が反対ならともかく・・・・」
綾波のいかにも綾波らしい答えを聞くと、僕はやさしく綾波にお礼の意味も込
めて微笑む。そしてそのまま次の人に是非を問うた。
「なら、山岸さんは?」
「え、えっ!?私・・・?」
山岸さんは既に自分を部外者として位置付け始めていたのか、僕が話を向ける
とかなり驚いた。僕は先程からの山岸さんの様子から薄々そのことを読み取っ
ていたので、それほど意外に思うこともなく、やさしく山岸さんに語り掛ける。
「うん、そうだよ、山岸さん。用事、特にないんでしょ?」
「え、ええ・・・用事なんてないけど・・・」
「なら、おいでよ。山岸さん自慢のその料理の腕、僕もこの目で見てみたいし・・・」
「そ、そう?」
「そうだよ。やっぱり冷たくなったお弁当よりも、あったかい作り立ての料理
の方が、何倍もおいしいからね。」
「それは碇君の言う通りね。やはり出来たてを食べないと・・・・」
「だから・・・ね?来てよ。まあ、来ないって言っても、アスカが無理矢理引
きずっていくかもしれないけど・・・・」
僕は自分の表現に苦笑しながらも、真剣に山岸さんを誘った。
すると、アスカも僕のちょっと考えれば失礼な発言に怒ることなく、反対に僕
の言葉を補助して言った。
「シンジの言う通りよ。たとえ葬式でも結婚式でも、アタシはアンタを引きず
っていくんだから。だからアンタも大人しく行くって言いなさいよ。」
僕の言葉、そしてアスカの言葉を聞いて、山岸さんは考えるような顔をした。
しかし、元々山岸さんは行きたくないとかそういうのではなく、自分とは関係
ないと思っていたのだ。だから最初の戸惑いこそあれ、拒絶すると言うことは
僕には考えられなかった。
そしてそんな僕の予想を裏切ることなく、山岸さんは小さく口を開いて答えた。
「・・・なら・・・行ってみようかな?」
「そうだよ。おいでよ、山岸さん。僕達も大歓迎だからさ。」
「うん・・・・ありがとう、碇君。こんな私まで誘ってくれて・・・・」
「いや・・・・それより、山岸さんも料理、手伝ってくれるよね?」
僕がそう言うと、少しぎこちなさの取れてきた山岸さんは、ちょっと大きな声
で慌てて答えた。
「も、もちろん手伝わせてもらうわ。私、料理以外に何にも出来ないし、やっ
ぱりキッチンが私の一番の場所だから。」
「僕と一緒だね。うれしいよ、山岸さん。」
僕はそう言って山岸さんに微笑みを向ける。
すると山岸さんはあまり微笑みを向けられることに慣れていないのか、急に顔
を真っ赤にして下を向いてしまった。
僕はそんなかわいらしい山岸さんの様子を微笑ましく思いながら、洞木さんに
聞いてみた。
「料理を作るのは、このくらいいればいいかな、洞木さん?」
「そうね、碇君。話によると碇君ちの台所、かなり広いみたいだけど、それで
もこれだけいれば、かなりのものが作れると思うし・・・」
「そうだね。あんまりいても、却って邪魔になるし・・・・」
僕がそう言うと、隣で黙って立っていたアスカがじと目で僕のことを見ながら
冷たく言う。
「それって・・・アタシのこと?邪魔者って・・・・」
「ち、違うって!!アスカを邪魔だなんて・・・」
僕はアスカの誤解を解こうと、大きな手振りと共に慌てて訴える。
しかし、アスカには全く通じていない様で、更に意地悪く言った。
「なら、どうしてアタシを料理を作るメンバーに入れてくれなかったの?」
「そ、それは・・・・」
「ほら、やっぱりアタシが邪魔者だからなんじゃない。これでもまだ白を切る
って訳?」
「ううう・・・・」
僕は何と答えていいものやら、もうわからなくなってしまって、ただうめくだ
けであった。だが、そんな僕に対してひとこと告げるものがいた。
「・・・・碇君、騙されちゃ駄目。それはアスカの常套手段よ。」
「な、なに言い出すのよ、アンタは!!アンタには関係ない話じゃないの!!」
唐突に会話に参入してきた綾波に、アスカは驚きを隠しきれずに叫んだ。
だが、そんなアスカとは対照的に、綾波は淡々とアスカの言葉に受け答える。
「アスカの手口を知ってるのは私だけ。だから碇君をあなたの魔の手から守れ
るのも私だけ。わかるでしょ?」
「な、なるほど・・・」
「こら!!勝手にそこで納得してるんじゃない!!アンタこそ、レイの策略に
はまりつつあるんだから!!」
いかにももっとも然とした綾波の言葉に、僕は思わず納得してうなずいてしま
った。すると、そんな僕の様子を見たアスカは顔を紅潮させて僕に人差し指を
突きつけると大きな声で言った。だが、綾波は僕の前に立ちふさがって、アス
カに注意した。
「・・・やめて。碇君の顔は、指を突きつけるためにあるんじゃないわ。」
「当然じゃない。アタシの指だって、シンジに突きつけるためにあるんじゃな
いわよ。」
「なら、やめて。する方もされる方も、いい気分じゃないわ。」
「アタシはいい気分じゃないからしてんのよ。アンタとシンジがさりげなく連
帯関係にあるのが気に食わないの。」
「じゃあ、明確な連帯関係なら・・・・」
「却下!!なにふざけたこと言ってんのよ。」
「ふざけてないわ。私は碇君と一緒に料理をして・・・・」
綾波はアスカとの口論中にもかかわらず、これから数時間後のことを思って、
夢見るような目で遠くを見つめた。アスカはそんな綾波には慣れているので、
またかと言ったような顔で天を仰ぎ見た。今の綾波には、何を言っても耳にな
ど入らないのだ。だからアスカはもう綾波を放っておいて、洞木さんに向かっ
て話し掛けた。
「ねぇ、ヒカリ?アタシは手伝えないの?料理作んなかったら、何もする事な
いじゃないの。」
「そんなこともないわよ。ただあたしはメインの料理人として綾波さん達のこ
とを考えてるだけであって、手伝いについては自由意志に任せることにしよう
と思って・・・・」
「つまり・・・・アタシがシンジを手伝ってもいい訳ね!?」
アスカは洞木さんの言葉に、喜びを露にして飛び上がらんばかりに叫んだ。
しかし、そんなアスカの気持ちとは裏腹に、独り自分の中に入り込んでいる綾
波にそっと視線を向けると、済まなそうにアスカに言った。
「・・・・ごめんなさい、アスカ。やっぱり駄目みたい・・・」
「ど、どうしてよ!?全然話が違うじゃない!!」
アスカは洞木さんの様子に、当然のごとく不満を噴出させた。だが、洞木さん
は意志を枉げることなく、アスカに説明した。
「あたしは別に、綾波さんを優先しようとか、そう言う気持ちはないわ。でも、
綾波さんの気持ちを考えると、アスカに碇君を手伝わせる訳には・・・」
「でも、レイはシンジと一緒に料理出来るんでしょ?」
「ううん、それなんだけど・・・・」
洞木さんはアスカに詳しく言おうとして、そのことについてはみんなにも言っ
た方がいいと言うことに思い至って、周りの僕達にも視線を向けて言った。
「みんな、ちょっと聞いてくれる?」
だが、洞木さんの呼びかけにも綾波は耳を貸さない。僕はちょっとまずいと思
って綾波に声をかける。
「綾波、ちょっと聞いて・・・」
「あ、碇君・・・私に何か御用?」
「洞木さんが綾波に何か言いたがってるよ。」
「うん・・・ありがとう、碇君。」
綾波は僕に感謝の言葉を述べると、改めて洞木さんの言葉に耳を貸した。
洞木さんはそんな綾波の様子にほっとして、穏やかに声をかける。
「ねぇ、綾波さん?」
「なに?」
「綾波さん、和食が得意よね?」
「うん・・・得意って言うより、ほとんどそれしか出来ないから・・・」
「なら、綾波さんは和食担当ね。いいでしょ?」
「私は構わないわ。」
洞木さんは綾波の了承を得ると、今度は僕に向かって訊ねる。
「碇君は洋食と中華だったらどっちが得意?あたしはどっちも大丈夫だけど・・・」
「僕もどっちも大差ないと思うよ。だいたいあんまりそう言うのを意識して作
ってないから・・・」
「そう・・・・じゃあ、どうしようか?あたしと碇君、どっちがどれを担当に
するのか・・・?」
僕は洞木さんの問い掛けに、少し考え込んだが、ふとひらめいて少しつまらな
そうにしていたトウジに訊ねた。
「トウジ、中華と洋食、どっちが好き?」
「わいか?わいは中華やな。上品なのはわいの性に合わん。」
「そう・・・じゃあ、僕は洋食にするよ。洞木さん、中華をお願いするね。」
洞木さんは僕の言葉を聞いて、僕の意図していることを即座に理解し、とたん
に顔を真っ赤にした。だが、黙りこくっている訳にも行かずに、言葉を詰まら
せながらも僕に応えた。
「い、いいわよ。じゃあ、綾波さんが和食、碇君が洋食、あたしが中華ってこ
とで、それぞれ自慢の腕を振るいましょ。」
「了解。」
僕は洞木さんに応えて言う。
だが、速やかに受け入れた僕とは違い、綾波は不満そうに言った。
「私と碇君、一緒に料理出来ないの?」
「ごめんね、綾波さん。アスカとの平等を考えると、やっぱり・・・だから、
料理の時だけは我慢してね。」
「・・・・」
「もちろん、アスカにも碇君を手伝わせないから・・・・」
綾波は洞木さんの一度目の説得は全く受け入れる様子を示そうとしなかったが、
次の言葉を聞いて何とか納得してくれた。
「・・・わかったわ。そう言うことなら、私は我慢する。ひとりで作って、私
の料理で碇君を驚かせれば・・・・」
綾波は意外にも割り切って、これからのことに思いを馳せた。
洞木さんは一番難しそうな綾波を陥落させて、少し落ち着いたように表情を和
らげて次の問題に入っていった。
「で、次は誰が誰を手伝うかってことなんだけど・・・・」
「アタシはシンジを手伝っちゃ駄目なんでしょ?」
洞木さんの言葉を最後まで聞くこともなく、アスカはつまらなそうにそう言っ
た。洞木さんは綾波にもそうだが、もちろんアスカにも済まないと思っていた
ので、ひとこと謝って言う。
「ごめんね、アスカ。だから・・・・碇君は、マユミに手伝ってもらうわ。」
「えっ?私・・・?」
「そうよ、マユミ。あなたをメインの料理人にしなかったから、せめて碇君と
一緒に、最高の料理に仕上げてくれる?それに、碇君もマユミの料理の腕、見
たがってたから・・・・」
山岸さんはそう洞木さんに言われて、少し考え込むような素振りをしたが、不
満があるはずもなく、すんなりとその意見を了承した。
「・・・・わかったわ。私、出来る限り碇君と協力して、最高のものを作って
みせるから。」
「その意気よ、マユミ。頑張って。」
洞木さんは山岸さんを元気付けるかのように、微笑みを見せて励ます。
山岸さんは何と答えていいものかわからずにいたものの、ぎこちなく洞木さん
に微笑みを返す。
一方、いい目を見せてもらえないアスカは、ちょっと不満顔で洞木さんに訊ね
た。
「じゃあ、アタシは誰を手伝ったらいい訳?別にシンジ以外なら誰も手伝わな
くたっていいんだけど・・・」
「アスカには、綾波さんを手伝ってもらうわ。いいでしょ?」
「えーっ!!アタシ、レイを手伝うの!?」
「そうよ。だって、綾波さんが気を許してるのって、碇君を除けばアスカだけ
じゃない。だから・・・・」
「でも、それじゃあんまり・・・・」
「お願い。ね、アスカ?」
洞木さんは目の前で両手を合わせると、軽く頭を下げてアスカに頼み込んだ。
アスカも断る理由もなく、また、洞木さんの言ったことはアスカにも痛いほど
わかっていたので、そんな洞木さんの頼みを断れるはずもなかった。
だから、アスカは自分の意に染まぬことだと言うことを強調しつつ、しぶしぶ
とであるものの洞木さんに答えた。
「・・・・わかったわよ、ヒカリ。ヒカリの頼みなんだから、アタシも断りき
れないもんね・・・」
「ごめんね、アスカ。無理ばっかり言っちゃって・・・・」
「いいのよ。そんな気にしなくっても。ヒカリが自分勝手で言ってる訳じゃな
いんだから・・・」
アスカはちょっと気にし過ぎる洞木さんをそう言って安心させると、話を全く
聞いていないかのような綾波にぶっきらぼうに呼びかけた。
「そういうわけだから、適当に宜しくね、レイ。」
「・・・・何か言った?」
「・・・・これじゃあ、先が思いやられるわね・・・・」
アスカはなんだか薄ぼんやりとしている綾波を見て、嘆くようにそう言ったの
だった。
そしてそんなアスカ達とは対照的に、僕の方はと言うと・・・・
「よろしくね、山岸さん。」
「こちらこそ・・・宜しくお願いします。」
丁寧に挨拶を交わす僕と山岸さん。
だが、僕はそんな礼儀正しさには好意を持っていたので、微笑みながら山岸さ
んに言う。
「二人も名料理人がいるんだから、僕達が他のみんなよりずっとおいしいもの
を作らないとね。」
「そうね。私と、そして碇君がいるから・・・・」
「期待してるよ、山岸さん。」
「そんな・・・・」
「二人で頑張ろうね。みんなの喜ぶ顔の為に・・・・」
僕はそう言うと、そっと山岸さんに片手を差し出した。
山岸さんは一瞬びっくりしたものの、僕の差し出した手の意味に気がついて、
やさしく僕の手を取り、そして更に両手で包み込んだ。
「ええ・・・・私達の料理を食べてくれるみんなの為に・・・・」
僕はそう応える山岸さんを見て思った。
料理は人に食べてもらうためにあるのだと言うことを彼女に伝えるのは、この
僕の役目だと・・・・
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