私立第三新東京中学校

第二百三十八話・鳴動


「・・・あれからの報告は入っているのか?」

暗闇の中、重々しく響く男の声が唐突に発せられた。

「ええ、一応は入っているみたいですよ。」

するとそれに呼応するかのように別の男の甲高い声が聞こえた。
しかし、二人とも顔は見えない。いや、もしかするとここにいるのは二人だけ
ではないかもしれない。ここにあるのは互いの意思を疎通させる空間のみであ
って、実際につどい集まっている訳ではないのだ。

「一応とは何だね、一応とは?いい加減な男だな、君も。」

今度は別の男が甲高い声の男に向かって侮蔑するような口調で言った。
すると言われた男は知的で冷静な自分が興奮してしまうということなど有り得
ぬと確信しつつも、その実感情的にならずにはいられないと言ったような感じ
でその第三の男に応えた。

「そ、それは私の責任じゃない。あの女がなかなか私の言う通りに動かんのだ
よ。」

弁解がましい返答に第三の男は更に蔑みの色を濃くして冷たく言った。

「言うことを聞かせるのが君の役目ではないのかね?」
「・・・・私ははじめからあの女を受け入れるのは反対だったのだ。確かに能
力ではこれ以上ない人材だが、何を考えているのかわからん。私は再三言って
いたではないか。あの女は危険だ、と。」
「言い訳はそれだけか?」
「そ、それだけかとは何だ、それだけかとは!!」
「私が言いたいのはただ一つ、君には果たしてここにいる資格があるかどうか
と言うことだよ。全く、君の無能ぶりにはもううんざりだ。何故さっさと片を
つけない?折角の道具がそろっていると言うのに・・・・」
「き、貴様に何がわかると言うのだ!!あれを使えるようにしたのはこの私だ
ぞ!!何も知らないくせにでかい口を!!」

甲高い声の男は完全に自分を馬鹿にしているこの男に対してとうとう我慢の限
界を迎えて大きな声で叫んだ。しかし、第三の男は感情をむき出しにするその
男に落ち着いた言葉を返すことによって更に相手の愚かさを顕在化させようと
言う意図でもあるかのごとく、淡々と言葉を発した。

「私だって色々知っているよ。それに君だって実際にあれを作った訳ではない
だろう?実行したのは君の国の科学者ではないか。」
「た、確かにそうだが、それでも君ほど知らない訳ではない。私は開発中に何
度も立ち会ってきたのだから。」
「フッ、立ち会いか。立ち会うことに何の意味がある?それに立ち会っている
くせに自由に操ることも出来ないのか?」
「操っているではないか!!あの女は操れないが、人形に関しては私の手中下
にある!!」

男が声をからしながらそう主張すると、一番最初の男がゆっくりとこう言った。

「それは本当なのか?私の聞いた報告では、あれは反対に篭絡されつつある、
と聞いたが・・・・」
「ぎ、議長!!確かにあれは目標に惹かれ始めているようですが、自分が任務
を果たせなければどういう結末を辿るかと言うことくらい承知しております!!
ですから現にあれはいい顔をしてはおりませんでしたが、任務を遂行しなけれ
ばならないと言うことはよく認識しておるのです。」
「・・・・本当に君が確認したのかね?あの女からの報告ではなくて?」
「あ、あの女の報告とは関係ありません!!あの女を使えと私に言ったのは他
ならぬ議長ですが、私はあの女ははじめから信用しておりませんでした。です
から私独自に情報網を築いてあれからも報告を入れさせるようにしております。」
「そうか・・・・それで、人形の方は大丈夫なのか?」
「だ、大丈夫です!!私をお信じになって下さい。議長の信頼を裏切るような
真似は決して致しませんから。」

甲高い声の男は「議長」と呼ばれる最初の男には全く頭が上がらないのか、や
たらとへりくだった調子で言った。しかし、その「議長」はともかく第三の男
はそういう男の態度が気に入らないと見えて「議長」に向かって進言した。

「議長、ご安心下さい。この男が失敗しようとも、私の開発している人形がそ
ろそろ完成する運びです。」

すると、意外にも「議長」は見下したような口調で第三の男に告げた。

「・・・君のその自信たっぷりな口調にはもううんざりだ。私は君のその言葉
を信じてフィフスの運用を君に委ねたのだ。しかし君はまんまとあの男に裏を
かかれおって・・・」
「し、しかしあれは・・・・」
「もういい。所詮君と碇とでは格が違うと言うことだ。今更ながらに私が愚か
だったと言うことだな。」
「も、申し訳御座いません、議長・・・・」
「しかし碇の奴、いまだに自分のしたことではないと抗弁するつもりか。」
「そ、それはあの男の常套手段でした。ですから・・・・」

第三の男は第二の男のへりくだった態度を蔑んでいたものの、議長の失望を恐
れてかそれ以上の平身低頭ぶりを見せていた。しかし、議長はそういう彼のや
り口が気に入らないのか、その発言を耳に入れた様子もなくこう言った。

「だが何故奪っていかずに破壊したのか・・・・?使徒の細胞はもう残されて
いないと言うのに・・・・」

そんな「議長」の疑問のつぶやきに、第三の男の失態に気をよくした第二の男
が機嫌良く応える。

「アダムがあるではないですか、アダムが。」
「あれは真のアダムではない。アダムの印を持つものだ。だから使徒を召喚す
る役には立っても、それより人形を作り出すことは不可能だ。」
「そ、そうだったのですか?私はてっきり・・・・」
「君には関係のないことだ。君は人形を用いて計画を推進していればよい。」
「・・・・」
「・・・・今やこの世に現存するSS機関は3つ。初号機とファーストチルド
レン、そしてわれらが人形だ・・・・」
「・・・・」
「だが、ほとんどは人の手によるものだ。神の創り出したものを真似て作った
ものに過ぎない。」
「ファーストチルドレン、綾波レイは・・・?」
「今の成功例は唯一あれのみだ。だが、それも偶然の産物にしか過ぎない。し
かもそれは碇の保護下にあり、本人も我らになびく様子は全くない。」
「全く碇の奴には呆れますな。折角の成功例があると言うのに・・・・」
「まあ、最終的には碇と我々の欲するところは異なっていた訳だ。それにあれ
はもうとり返しはつかないだろう。碇以上に我々を憎んでいるであろうから・・・」
「自分をああいうモノに変えてしまった我々を、ですか?あれはほとんど我々
のせいと言うよりは、碇の失態だと思うのですが・・・・」
「失態と言うより計画的、ではないのか?まあ、ファーストがどう思っている
かと言うことのみが意味のあることではあるがな・・・・」
「確かにおっしゃる通りです、議長。それにしても碇は悪辣ですな。」

第二の男は「議長」の言葉に賛同して言った。が、「議長」は第三の男ほどで
はないものの、第二の男に対しても過信してはおらずに余り相手にした感じで
もなくこう言った。

「しかし、碇はどういうつもりなのだ?一時は我らに賛同して選んだはずだと
言うのに・・・・」
「全くそうですな。」
「一体何があの男を変えたと言うのか・・・・?」
「・・・・」
「しかし、もう選択は終わった。ファーストの覚醒は偶然の産物であったが、
まだ種は二つ残っている。そして我々はそれを発動させる以外にはないのだ。」
「それはもう、わかっております、議長。」
「我々に残された駒はもう残り少ない。人形も替えがあるとはいえ、一度失敗
したものでもう一度成功する見込みはかなり薄いだろう。」
「確かに・・・・」
「だから君の任務は重大なのだ。わかるな?」
「はっ、重々承知しております。必ずや成功に導きますので・・・・」

第二の男は「議長」の信任に応えるべく、意気込みを露にして応えた。しかし、
それが気に入らないのか第三の男が割り込む様にして議長に言った。

「議長、私の話をお聞き下さい。」
「何だね、まだいたのか、君は?」

最大限の侮蔑を「議長」から与えられた第三の男は、屈辱に打ち震えながらも
感情を表に出さない様にして応えた。

「議長、彼が失敗したとしても、まだ方策が残っております。」
「・・・・何だ?言ってみるがいい。」
「先程申しました通り、私の人形もじきに完成の運びです。それをお使いにな
れば・・・・」

第三の男は「議長」の信頼を回復するためにも必死だった。彼は一国を支配す
るほどの人間であったが、それは「議長」の後ろ盾があってのことであった。
彼は自分自身ではそう思っていないものの、取りたてて特別な能力がある訳で
はなく、言ってみれば無能者であった。だが、長きにわたる支配者生活が彼の
認識を麻痺させて、自分の立場が自分の力量に値するものだと信じて疑ってい
なかった。それに関しては第二の男に関しても同じで、「議長」の駒はこのよ
うな男で固められていた。だからこそ「議長」は少ない駒を大事に扱ってきた
し、危険な男でも有能ならば用いた。今回の場合ではそれが裏目に出てしまっ
たのであるが・・・

「単なるクローンでは意味がないのだぞ、鍵の役目を果たす能力があってこそ、
我々の用をなすのだ。」

散々馬鹿にされていた恨みを晴らすかのように、第二の男は第三に男に向かっ
て言った。自分の蔑んでいた第二の男にまで馬鹿にされて、第三の男の忍耐も
限界に近付いていた。しかし、第三の男は我慢強さだけは他の誰にもひけを取
らなかった。そういうところが「議長」の嫌うところであることにも気付かず
に・・・・

「そんな事はわかっている!!」
「では、大丈夫なのか?鍵として・・・・」
「・・・力はある。」
「力だけなら他にも残されているものがある。だが、鍵として不適当であるか
ら、我々も放置しておいたのだ。」
「どうして不適当であるとわかるのだ?」
「そ、それは・・・・」
「試してもいないくせに大きな口を叩くな。」
「くっ・・・では試してみればよかろう。どうせ無理に決まっているがな。」
「お前に言われなくてもそのつもりだ。SS機関があるかないかの違いだが、
私の人形とお前の人形、どちらに軍配が上がるかどうか、勝負してみようでは
ないか。」
「いいだろう。まあ、私の勝ちに決まっているがね。」
「そう言っていられるのも今のうちだ。お前は素材の良さに甘えて努力を怠っ
ている。だからこそ、こう言う状況に陥っているのではないか?」
「ま、まだ失敗した訳ではあるまい。それに私の人形はかなり入り込んでいる
ではないか。」
「先程も言っただろう。それは篭絡されていると言うのだ。」
「・・・・・」
「ファーストのことをきっかけにして、考えは大いに計画から後退している。
それがどれほど問題か、わかっているのか?」
「・・・・結果として覚醒させればいいのであろう?」
「そうだ。出来るのか、お前に?」
「まあ、見ていろ。お前の人形などなくとも成功してみせるわ。」
「・・・・・成功させるのは私の人形だ。お前のなどではない。」

二人は完全に場所を忘れて言い合っていた。しかし、意外にも満足げな声で水
を差したのは、他ならぬ「議長」であった。

「いいだろう、二人とも。お互い競い合って計画を成功に導くがいい。」
「はっ、畏まりました。」
「必ずや私の手で成功させてご覧に入れます。」

「議長」の前に二人とも言い争いを止めた。そしてそれを確認した「議長」は
二人に言い渡す。

「次回の報告は一週間後。検討を期待する・・・・」

それだけ告げると、「議長」の気配は掻き消えた。そしてそれを確認すると、
残された二人は何も言わずに消えた。

こうして真っ暗なこの仮想空間は、これから以後一週間、使用されないことと
なった。第二の男も第三の男も躍起になって計画を推し進めていくことであろ
う。しかし、そのことはこの三人と、それからもう一人の男にしか知られるこ
とではなかったのだ・・・・


続きを読む

戻る