私立第三新東京中学校
第二百五話・ぎこちない関係
「・・・・またみんなで同じクラスだね、アスカ、綾波。」
校舎の入り口のところに掲示してあったクラス分けを見て、何だかぎこちない
二人に僕は声をかけた。
「・・・・碇君と一緒でうれしい・・・・」
綾波はアスカの事が引っかかりつつも、僕に対しては普段の綾波と変わらぬ様
子で振る舞ってくれた。それが綾波の意図してやった事なのか、それとも自然
の事なのか、僕にさえはっきりとした事はわからない。ただ、今まで僕の見て
きた綾波からすれば、きっとそれは綾波が意識してそう振る舞おうとした結果
であると思う。昔の綾波ならいざ知らず、今の綾波には感情というものがある。
しかも、芽生えたばかりの感情を完全にコントロールしきれないところがあっ
て、暴発する事もしばしばなのだ。だから、それを知る綾波は自分を節制する
事を学んだとしても、おかしい事ではない。綾波の隣には、アスカといういい
見本があるのだから・・・・
「・・・・・」
しかし、綾波とは対照的に、アスカは僕に返事を返してくれなかった。アスカ
はこの処置が当然とでも思っているのか、それともやはり綾波の事でそれどこ
ろではないのか、ともかく僕の見たアスカの表情には何の感情も見うけられな
かった。だから僕は、もう一度、今度はアスカにだけ声をかけてみた。
「アスカ・・・・?」
「・・・・・・何、シンジ?」
「いや・・・・クラス替え、どう思う?」
「・・・別に・・・今までと変わんないんじゃない?アンタもいるし、ヒカリ
達もしっかりいるんだから・・・・他の有象無象なんてアタシには関係ないわ。」
「そう・・・・」
僕はアスカの言葉に納得して、取り敢えず深入りはしなかったが、やはり、と
言うか当然気になるところがあった。それは、アスカの発言の中に、綾波の名
前も、それから渚さんの名前もなかったからだ。
まあ、渚さんはわかる気がする。それほどアスカとは深い付き合いでもないし、
アスカは渚さんを嫌ってさえもいる。だからアスカにとって渚さんは名前も出
てこないほどどうでもいい存在なのかもしれなかったが・・・・綾波の名前を
口にしなかったのは、かなりの問題があるであろう。何せアスカはいろいろあ
るにせよ、綾波の事が好きだと言ったし、またアスカと綾波は、同じ屋根の下
に暮らしているという間柄であった。僕をめぐるライバルという事で、揉めて
もしかるべきの関係なのだが、なぜか不思議とこの二人はうまい具合にやって
いた。喧嘩こそすれ、それが後をひく事もなく、まるで二人ともちょっとした
やり取りを楽しんでやってさえいるような感じは僕にも感じられたのだ。
だから僕はこの今朝の一件で、今までのほのぼのとした関係が崩れ去ってしま
うのではないかと、かなり危惧していた。そもそも僕は、恋人関係よりも友人
関係を、友人関係よりも家族関係を重視しているところがある。別に色恋沙汰
を嫌っている訳でもないが、僕はまだそういうのに興味を持てない。時々クラ
スの他の友達に、お前はおかしいのかと言われる事もあるのだが、僕は自分で
はそんなこともないと思うし、自然とそのうちそういう事に目覚める時期も来
るであろう。それまで二人を待たせる事になるけれど、でも、中途半端な気持
ちで決定するよりも、ちゃんとある程度わかってからにした方がいい。まあ、
そういう言い訳を出してくるところが、僕が逃げていると感じるところでもあ
るのだが・・・・
ともかくアスカと綾波は家族だ。これはもう、断言してもよいと思う。僕はよ
その家族というものがどういう物かはよく知らないが、多分大方の血のつなが
りのある家族より、よっぽど家族らしい付き合いをしてきたと思う。特にアス
カは、自分から綾波に何くれと教えてあげたし、心を他人に閉ざしがちな綾波
をよく導いてくれていた。それが綾波にとってどれだけ為になった事か・・・・
それは僕よりも、当の綾波が一番よく知っている事だろう。だから綾波もアス
カと喧嘩しても、程々のところで勘弁してあげる事がしばしばだった。それだ
け綾波もアスカの事を大事に思っていたし、アスカにもかなり心を開いていた。
アスカの接触により、綾波のつぼみはおずおずと開き始めた。
が、それはアスカの手によって、一方的にまた閉ざされてしまったのだ。それ
が綾波にどれだけの痛みを及ぼすか、考えただけでも僕の胸は痛む。だから僕
は、何かと会話を持ち掛けてはアスカと綾波のコミュニケーションを図ろうと
努めてきたのだが、そんな僕の努力は虚しいものに終わった。あの時から、ア
スカは一度も綾波の方を見ようとはしなかったのだ・・・・
「その・・・・綾波や渚さんは・・・・?」
僕は無駄な事だと半ばわかりつつも、アスカにこの二人の事を持ち掛けた。す
るとアスカは、かなりぎこちないながらも、僕に向かっては答えてくれた。
「・・・・そうね、一緒ね。」
「そ、そうだよね。や、やっぱり・・・・みんな一緒だといいよね、アスカ。」
「そうね・・・・アタシもそう思うわ。」
「だ、だからさぁ・・・・」
僕は何をアスカに言いたかったのだろう?
そこまで言って、僕は続きを言うことが出来なくなってしまった。さすがに僕
も、綾波と話をしろとなどは言えなかったからだ。確かに僕はそのことをアス
カに告げたい。だが、それは僕の一方的に考えであって、それを人に押し付け
る事は出来なかった。僕はそれがよくわかっているだけに、なかなかアスカに
は僕の意思を伝えることが出来なかった。
「・・・・・」
「は、入ろうか、中に・・・・もうクラスのメンバーの方はわかった事だしね・・・・」
逃げだ。
だが、僕はいつもの自分を責めているほどのゆとりを持ち合わせてはいなかっ
た。そしてそんな僕のどうでもいい言葉に、アスカと綾波が応じた。
「そうね、碇君。行きましょ。」
「・・・・わかったわ、シンジ。」
こうして僕達三人は、それぞれの思いを胸に秘めて、校舎の中に入っていった。
「シンジ、大丈夫か!?」
下駄箱のところで一時的にアスカと綾波の二人と別々になったのをいいことに、
一斉にトウジとケンスケが僕に詰め寄ってきた。そしてそんな二人に対して僕
は、一体どこまで話してよいのかわからないながらも、何とか平静を装って応
えた。
「うん・・・・まあ、大丈夫だよ。だから二人とも心配しないで。」
「・・・・さよか?わいの目から見た限りでは、かなりきつそうな感じやった
けどな・・・・」
「そうだよ、シンジ。俺もトウジと同じく、何だかいつも以上に危険な匂いに
満ち溢れていたような気がするんだけど・・・・」
僕は二人の言葉に、ちょっとごまかすかのようにおどけて答えた。
「そ、そうかな?二人の気のせいだよ、きっと。こんなのいつもの事じゃない。」
しかし、僕はアスカのように自分の気持ちを隠すのがあまり上手くはなかった。
だから僕の不自然な様子はすぐさまトウジとケンスケに悟られて、更なる追及
を受けた。
「・・・・いつもとは大違いやないか。いつもだったら、もっと惣流の奴が騒
がしいで。せやのに今日の惣流ときたら・・・・」
「やたらと大人しくなったよな。しかも急に・・・・」
「ア、アスカはほら、お天気やさんだから・・・・」
「そうかも知れんけど、わいらだってシンジ達の付き合いは長いんや。おかし
くなったらすぐにわかる。きっといいんちょーも同じような事を惣流に言っと
ることやろうけど、友達甲斐にわいらを頼ってくれい。なあ、シンジ?」
「トウジ・・・・」
僕はトウジの言葉に、今更ながら感動した。
トウジもケンスケも、僕達の親友だという事くらい十分把握していたにも関わ
らず、頼れる友達がいる事をはっきりと示されるという事は、しばしば孤独感
にさいなまれる僕にとって、喜び以外のなにものでもなかった。
だから、今まで憂鬱そうだった僕の顔は、一瞬だけ明るいものに変わった。し
かし、僕はすぐに込み入った状況を思い出し、二人に助けを求める事の出来な
い自分を悟った。そして、そんな僕の表情の変化に気付いたトウジが、僕を心
配して声をかけた。
「・・・・シンジ?」
「あ・・・・ごめん、トウジ。二人の申し出、僕はうれしかったよ。でも、今
回だけは二人に頼る事は出来ないんだ。僕達三人と・・・・あとは渚さんとで、
解決しなければならない問題だから・・・・」
「・・・そんなに厳しいのか、シンジ?俺やトウジにも言えないくらいに・・・・」
「いや・・・うん、そんなところかな。ごめんね、せっかく言ってくれたのに・・・・」
僕はケンスケの言葉に、済まないと思いながら応えた。
僕だってみんなに助けてもらいたい。そもそもこれは、僕には荷が重過ぎる問
題だからだ。でも、僕はそれ以前に綾波の秘密を守らなければ行けない。まあ、
確かに一般市民の前でATフィールドなどを張るなど、問題外の行動である。
だからそうしないように注意するのが本来の仕事であるのかもしれないが、そ
れ以前に僕は、綾波を僕の中だけでなく、一般的にも普通の女の子として位置
づけたかったのだ。そしてそれが一番、綾波の喜ぶ事であろうという事が、僕
には考えられた。
「さよか・・・・ほならしゃあないな。わいらは手伝えんっちゅうことやけど、
ともかく何かあったらわいかケンスケに言ってくれ。」
「・・・・ありがとう、トウジ、ケンスケ・・・・・」
そして僕達三人は、下駄箱から退散すると、廊下で待っていたアスカ達に合流
した。
「お待たせ。」
僕は敢えて、固有名詞をつけなかった。僕としては一応待ってくれていた人、
つまりアスカ、綾波、洞木さんの三人に対して言いたかった。でも、三人に同
じに言うにはいろいろ問題があったし、一人一人呼ぶには誰を先に言うかでも
揉め事の種にでもなりそうな事柄ばかりなので、取り敢えず僕は断念した。
そして僕は三者三様の受け答えを耳にして、先へと進んだ。並びは先頭がアス
カと洞木さんの二人組み、そして僕達男性陣がその後ろにつくという形で、綾
波はさりげなく僕の側にぴったりと張り付いていた。一応僕達の間で会話がな
されたのであるが、なんとなくいつも以上に会話が弾まなかった。やはり、当
人がいると話しづらいというものがある。まあ、綾波が気にするような事は話
さないとは思うが、それでも今は、綾波は渦中の人であった。
「・・・・おぅ、いいんちょー、何かわいらに用か?」
しばらくして、アスカと一緒だったはずの洞木さんが、じわじわと僕達の方に
遅れて来ているような気がした。。そしてそれが現実のものとはっきりわかる
様になり、僕にも疑問が芽生えた。
「うん、まあ・・・・」
何だか言いにくそうな様子の洞木さんに向かって、ケンスケはこう提案した。
「俺達、ちょっとの間あっちに行っていようか?どうせ用事があるのはトウジ
になんだし・・・・」
ケンスケの提案は悲しいものながらも的を絞った言葉であった。だから、僕は
素直にそれに応じてちょっと後ろに下がろうとした。しかし、そんな僕達を否
定して洞木さんは言った。
「ううん、今回は鈴原にだけじゃないの。特に碇君に聞きたい事があって・・・・」
「そ、そうなんだ・・・・うん、わかった。で、聞きたい事って何なの、洞木
さん?」
僕は割とストレートに、洞木さんに聞き返した。
すると、洞木さんはまだ躊躇しつつも、何とか僕に応えて訊ねた。
「・・・・一体何があったの、あの短時間にアスカに・・・・?」
その洞木さんの言葉は、まっすぐ僕の胸に突き刺さったのであった・・・・・
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