私立第三新東京中学校
第百八十九話・つながり
「ったく、まだ見つからないの!?」
夜道をとぼとぼと歩きながら、傍らにいたアスカが僕に訊ねてきた。
「ご、ごめん・・・・」
「もしかして、道に迷ったんじゃないでしょうね!?」
「そ、それは大丈夫だと思うけど・・・・」
「何だか思いっきり不安ねぇ・・・・アンタは荷物が少ないからいいかもしれ
ないけど、アタシはこんなにいっぱい荷物があるんだからね!!」
アスカはそう言うと、重そうな荷物を僕に見せ付けるようにした。しかし、僕
はそこまで責任は持てないので、アスカに反論してみる。
「そ、それは僕のせいじゃないだろ!?アスカが自分でわざわざ手で持って行
くようにしたんじゃないか・・・・」
「それはまあ、そうかも知れないけど、アンタがさっさと家を見つければ、ア
タシの苦労も半減するってもんなのよ。それなのにアンタは・・・・」
「そんなに重いんだったら、僕が持つの手伝おうか・・・・?」
「当たり前でしょ!!アタシはアンタがいつそれを言い出すのかと思って待っ
てたのに・・・・」
アスカはそう言うと、手に持った荷物を僕の方に押し付けてきた。アスカの荷
物はかなりのものがあったので、僕が自分の荷物と一緒に持って行くのはかな
りの労力を必要とするだろう。しかし、今更それを拒む訳にも行かなかったの
で、僕は仕方なく気合いを入れるとアスカの荷物も受け取った。
「ぐ・・・・」
僕は両手にかかる重みに思わず声を漏らす。するとそれを聞いたアスカが、手
ぶらになって気楽に僕に言う。
「アンタは男でしょう!?それくらい持てなくてどうすんのよ!?もうちょっ
としっかりしなさいよね!!」
アスカはそう言うと、僕から住所の書いた紙をさっと取り上げて、続けてこう
言った。
「まあ、その代わりと言っちゃ何だけど、行き先はアタシが指示してあげるわ
よ。方向音痴のアンタより、アタシの方がずっといいに決まってるだろうし・・・・」
「・・・・じゃ、じゃあ、任せたからね・・・・」
僕は文句の三つや四つ言ってやりたかったが、僕は先ほどまで場所を見つけら
れずにアスカと綾波をさ迷わせていたので、そんなことは言える立場になかっ
たのだ。だから情けなくもアスカに任せることにし、男の僕は肉体労働に徹す
ることに決めた。
「どれどれ・・・・」
アスカは早速、今の場所を把握しようときょろきょろ辺りを見回している。す
るとそんな時、綾波がすっと僕の側に近寄ってきて、ひとこと訊ねてきた。
「・・・碇君、重い?」
「う、うん・・・・まあ、ご覧の通りだよ。」
「なら・・・私が持つの、手伝っていい?」
「て、手伝ってくれるの!?た、助かるよ・・・・・」
僕は神よ仏よと言わんばかりに、綾波の言葉をありがたがった。綾波はそんな
僕を見て、少しうれしそうにこう言った。
「・・・・碇君が喜んでくれるのなら・・・・私は何でもするから。」
「あ、ありがとう、綾波・・・・いや、やっぱり綾波はやさしいねぇ。アスカ
とは大違いだよ。ここだけの話、アスカってば僕を使うことばっかり考えてて・・・・」
「うん・・・・」
「アスカももうちょっとだけ、僕のことも考えてくれてたらいいんだけど・・・」
「そうね、アスカはちょっと、碇君を軽んじてるところがあるから・・・・」
「そうなんだよ。僕は一生懸命、アスカのため、綾波のために頑張ってるのに、
そこのところをよくわかっていないみたいなんだよなぁ・・・・」
「・・・・アスカはそうかも知れないけど、私は碇君が私のためを思ってるこ
と、よくわかってるから・・・・」
「・・・そう言ってくれるだけで、僕はうれしいよ、綾波・・・・」
「碇君・・・・」
「アスカがもうちょっと、綾波みたいになってくれると、僕も助かるんだけど・・・・」
僕がそう言うと、一瞬綾波の表情が曇った。しかし、僕はそんな綾波のわずか
な変化に気付くこともなく、そのまま綾波に向かって半分愚痴めいた話をし続
けた。
「まあ、ああいうのがアスカらしいところなんだし、僕もそれを完全に否定す
るって言う訳じゃないんだけど、それにしてももうちょっとおしとやかになる
と、ちょうどいいと思うんだけど・・・・」
「・・・・・」
「アスカにそれを期待するのは無理なのかなあ?だって、そういうのってアス
カの性行とは相反するものなんだし・・・・綾波はどう思う?」
「・・・・」
「綾波?ねえ綾波、僕の話、聞いてる?」
「・・・・碇君・・・・どうして碇君は、私と話している時でも、アスカの話
ばかりするの・・・・?」
僕は今の綾波の言葉で、どうして綾波が返事をしようとしなかったのかがわか
った。そして、綾波の誤解を解くため、僕は慌てて弁解した。
「べ、別にそういうつもりじゃなかったんだよ。そ、それは本当にたまたまだ
っただけで・・・・」
「・・・・・」
綾波の答えは、沈黙だった。
そして僕も、自分でいい訳がましいことを言いながら、綾波の指摘が事実であ
り、弁解の余地がないことを感じていた。僕はそういうつもりじゃなかったん
だと言ったが、だからこそ、綾波の前だというのにアスカの話ばかりしてしま
ったということは、大きな問題といえるだろう。
「そ、その・・・・綾波?」
「何、碇君・・・?」
「そ、その・・・・何て言ったらいいのか・・・・とにかくごめん。」
今の僕には、綾波に謝るしかなかった。すると、そんな平謝りの僕に向かって、
綾波がひとこと聞いてきた。
「・・・・・碇君は・・・・私に話すようなこと、何かないの?」
「えっ?」
「・・・私は、碇君に私のことについて話して欲しいの。私のいいところ、駄
目なところ・・・・何でもいいの。碇君が私のこと、どう思ってどう感じてい
るのか、私はそれを、碇君の口から聞きたいの。」
「そ、そう・・・・・わかったよ、綾波。じゃあ、綾波のことについて話すね・・・・」
僕は綾波の言った言葉をよく考えてみて、そしてそう綾波に応えた。しかし、
僕がそう言うや否や、道を探していたアスカが僕達を呼んだ。
「この辺の場所、大体わかったわよ!!だからアンタ達も、早く来なさいよ!!」
「う、うん!!わかったよ、アスカ!!」
僕はアスカに向かってそう返事をすると、アスカの元へと向かった。そして綾
波も、そんな僕の後についてきた。
「ほら、ここがこうなってて・・・・で、ここがアタシ達の引っ越し先、シン
ジのお父さんの家ね。」
アスカはメモ帳らしきものに自分で書き込んだものを見せながら、僕達に道を
説明してくれた。
「なるほど・・・・」
「だから、ここからはそんなに遠くはないわね。もう大分遅いし、早く行って
ゆっくりしましょ。」
「うん・・・・」
僕はアスカの意見に納得して、うなずきながら応えた。すると、アスカがいぶ
かしげな顔をして、僕に訊ねる。
「・・・・アンタ、どうしたの?何だか元気ないけど・・・・・」
「そ、そう!?そんなことないよ!!きっとアスカの気のせいだよ、うん!!」
「・・・・何だか白々しいわね・・・・まあ、言いたくないもんは無理に聞い
たりはしないけど・・・・・」
それは、何だかアスカらしくもない言葉だった。いつものアスカだったら、そ
んな僕に対しては絶対に答えを引きずり出すまで勘弁しなかったものだが・・・・
とにかくアスカはそう言うと、先頭を切って歩き始めた。そして、再び僕と綾
波が並んで歩く形になる。
「・・・・あ、綾波・・・・」
「・・・なに、碇君?」
「さ、さっきの話の続きだけど・・・・」
「うん・・・・」
「綾波のことについて話すけど・・・・いいかな?」
「うん・・・・お願い、碇君・・・・・」
「綾波なんだけど・・・・・料理が上手くて、家庭的で、やさしくって・・・・」
「・・・・それだけ?」
「そ、それだけって、これだけでも十分すぎるくらいいいことだと思うんだけ
ど・・・・」
「それは、そうかも知れない。でも、それは私が碇君の真似をしてるだけ。私
自身のものじゃないわ。」
「ほ、本当なの!?それって・・・・」
「うん・・・・私、碇君が好きで、碇君みたいになりたかったから、ずっと碇
君のやること、真似してきたの。そしてアスカについても同じ。碇君に好かれ
るアスカみたいになりたいって思ったから、アスカのやること、アスカが碇君
に採る態度を真似してみたの。」
「・・・・・」
「だから、私には何もないって言うのは嘘じゃなくって、本当のことなの。ま
っさらで何にもない私は、そうやって人真似をすることでしか、成長出来ない
から・・・・」
確かに綾波の言っていることは正しいのかもしれない。現に、以前の綾波には
普通の僕達の持ち合わせているような知識は何も持ちあわせていなかったし、
だからこそ、人真似をするしか綾波に出来ることはないのかもしれない。
でも僕は、今まで綾波のやってきたことが、すべて人真似の産物であって、綾
波の心、綾波の意思から生じたものではないなどと思いたくはなかった。だか
ら、僕はそう言う綾波に、ひとつ訊ねてみた。
「・・・・でも、今はどうなの?」
「え・・・?」
「綾波は今、どう思ってるの?料理をすること、家事をすること、人にやさし
くすること・・・・」
「・・・・それは・・・・・いいことだと思う。楽しいし・・・・」
「だろう?楽しくなきゃ、やっぱりああまでは出来ないよね。僕は綾波が料理
してるところを見て、綾波が楽しそうだな、って思ったから。」
「・・・・・」
「だから、たとえ綾波のすることが人真似であったとしても、それは入り口だ
けの話。あとは、綾波の判断でしてることなんだよ。綾波は綾波自身の頭で考
え、それがしたいと思ったから、今でもそうしているんだ。綾波がわざわざそ
んな風に細かく考えてるとは思わないけど、それでも綾波がやってみて、嫌だ
と思ったら、綾波ももうそれはしないんじゃない?」
「うん・・・・」
「だから、綾波は料理をするのが好きだし、家事をするのも好きだし、人にや
さしくするのも好きなんだよ。僕は綾波のことを見てるから、それがよくわか
るよ。」
「・・・・碇君・・・・・」
「綾波は人形なんかじゃなく、人間なんだろ?人間は自分で考え、そして成長
して行くものなんだ。そんな事わざわざ僕なんかに言われるまでもないかもし
れないけど、綾波は綾波なんだってことを、僕は綾波に忘れないで欲しいな・・・・」
「碇君・・・・・」
「こんな時に言うのもなんだけど、僕が今までに見ただれよりも、綾波はやさ
しい女の子だと思うよ。料理とかもそうだけど、それは綾波自身が創り出した
綾波らしさなんだから、綾波はそれを大事にした方がいいと思う。そして僕は、
そんな綾波らしさを持った綾波が、どんな綾波よりも一番好きだな。」
「・・・・・」
綾波は何も言えなくなってしまった。そして僕は、それをちょっと誤解して綾
波に謝って見せた。
「ちょっと、説教臭かったかな?ごめんね、綾波。僕はこういう風にしか、自
分の気持ちを伝えることが出来ないから・・・・・」
「・・・・・ううん、碇君・・・・違うの・・・・・」
「・・・違うって・・・・?」
「・・・碇君には謝らないで欲しいの。」
「どうして?」
「・・・・私はどんな碇君よりも、そんな碇君らしい碇君が一番好きだから。
だから、そういう言葉で私に言ってくれる碇君をうれしく思うの。そして私は、
碇君がそういう風に私に言ってくれるから、私のことを考え、私のことを真剣
に想ってくれるから、碇君のことが一番好きなの。」
「・・・・綾波・・・・・」
「私は碇君が好き。それだけわかって、碇君・・・・・」
何もない。
ただ、言葉がそこにあるのみだった。
キスはおろか指一本、綾波は僕に触れなかった。
ただ、だからこそ、綾波の言葉は僕の心に触れた。
僕は今まで以上に綾波の想いを強く感じたし、そういう形で僕に想いを寄せて
きた綾波を、真実好ましく思った。
僕は綾波の綾波らしいところを受け止め、綾波は僕の僕らしいところを受け止
める。それが男と女、人間と人間との、一番の関係なのかもしれない。
僕は自分自身でアスカに魅かれ始めていることを自覚していたが、僕とアスカ
の関係が、僕と綾波の関係以上のものであるのか、僕には確信が持てなかった。
もしかして、僕は綾波とは離れようもないくらいにつながっているから、不安
定なアスカとの関係を確固たるものに変えようとしているのだろうか?
僕にはわからなかった。
が、僕は改めて自覚した僕と綾波の関係に、何だか少しだけ心を落ち着かせて
いる自分を感じるのであった・・・・・
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