私立第三新東京中学校

第百八十一話・心、すれ違い


「さーて、さっさと片付けちゃうわよー!!」

マンションにたどり着くと、アスカは意気込んで自分の部屋に入っていった。
玄関先には、既に引っ越し業者さんが持ってきてくれたと思しき段ボールが積
まれており、僕はそれを確認してから、制服から身軽な服に着替えるため、自
分の部屋へと向かおうとした。が、その前に綾波にひとこと言っておく。

「綾波も楽な服に着替えたら、この段ボールを使って手で持って行きたいもの
以外は詰めとくんだよ。」
「わかったわ、碇君。」
「綾波は荷物がそんなにないと思うから、取り敢えず自分のところが終わった
ら、アスカの方を手伝ってあげて。」
「うん・・・・」
「じゃ、そういうことで。」

僕は綾波に言っておきたいことだけ言うと、靴を脱いで急いで自分の部屋に向
かった。

「ふぅ・・・・」

自分の部屋に入った僕は、取り敢えず大きく息をする。そして制服を脱ぐと上
は中に着ていたTシャツのまま、下は短パンをタンスから取り出して穿くと、
玄関に段ボールを取りに行った。
すると、行き違いにアスカに出くわした。アスカにしてはかなり急いで着替え
たようで、その気合の入りようがうかがえる。

「アンタ、段ボールそれだけしか使わないの?」

アスカは僕の抱えた段ボールを見て、そう訊ねて来た。

「別にそういう訳でもないけど・・・・何か問題でもあるの?」
「いや、別に問題とかそういう事じゃないんだけど、それだけだったとしたら、
楽でいいなーって思って。」
「ははは・・・確かにそうだね。アスカなんて、半端じゃない数の段ボールが
いるんじゃない?」
「そうなのよ。家具とかを抜きにしても、服だけで結構あるし・・・・」
「でも、着ない服とかもあるんでしょ?いっそのこといい機会だから捨てちゃ
えば?」

僕は女の子の服に対する考え方なんて、女の子の気持ち以上にわかっているは
ずもなかったので、アスカに向かってそう言った。するとアスカは、僕の言葉
に大きな声で反論して来た。

「も、もったいないじゃない!!すぐに着ない服でも、いつ着るかわかんない
でしょ!?折角お金を出して買ったんだし、捨てるなんてとんでもない話よ。
全くアンタらしくもない・・・・」
「・・・・まあ、もったいないって思うアスカの気持ちもよくわかるけど・・・・」

確かに言われてみれば、捨てるのはもったいない。でも、着ない服をいつまで
も持ち続けるのも、場所を取って邪魔臭いだけなので、僕にとっては問題に思
える。
と、その時、僕はいいことを思い付いた。

「そうだ!!ねえアスカ、着ない服は綾波にあげたらどうかな!?」
「・・・・レイに?」
「うん。綾波は自分の私服なんてほとんど持ってないんだし、アスカのお古を
あげればちょうどいいじゃないか。」

僕は自分のグッドアイデアに興奮気味にそう言うと、アスカはそれに対して満
更でもないような顔をしながらも、口ではこう言った。

「・・・・確かにいいアイデアかもしれないけど・・・・・」
「何か問題でもあるの?」
「ほら・・・・サイズが違うでしょ?アタシとレイはそんなに身長は変わらな
いけど、その・・・・何て言うか・・・・レイの方がちっちゃいのよ、アタシ
より・・・・」
「・・・・ちっちゃい・・・?」
「バカ・・・・レイの方が、スリムだってこと!!アタシだって別に太ってる
訳じゃないのよ!!クラスでは絶対やせてる方だと思うし、そ、それについて
るとこについてるぶん、バランス的に言ってこれが精いっぱいなのよ!!レイ
の方がおかしいんだからねっ!!もう、肉が食べられないなんて言ってるから、
あんながりがりなのよ!!女は少しくらいふっくらしてた方が、魅力的なんだ
から!!」

はっきり言わなかったアスカの言葉に僕が理解できずにいたら、アスカは大き
な声でいろいろまくしたてた。僕はアスカの様子とその言葉の内容に完全に気
おされてしまって、何も言い出すことが出来なくなってしまった。

「・・・・・」
「だ、だから・・・・」

アスカも少し落ち着きを取り戻したのか、何か言おうとして、そしてそのまま
口を閉ざしてしまった。もしかして、アスカは綾波に何らかのコンプレックス
を抱いていたのかもしれない。僕は別にアスカも綾波もスタイル的に差がある
ようには感じていなかったし、そんな事は気にもとめていなかった。だから、
僕はアスカを安心させようと思って、そっとやさしくこう言った。

「別に、僕にとってアスカと綾波なんて変わんないよ。第一、そんな微妙な違
いなんて、よくわかんないし・・・・・」

僕がそう言うと、アスカは小さな声で僕に訊ねてきた。

「・・・・アンタはアタシとレイの違い、わからないの?アタシの事もレイの
事も、しょっちゅう抱きしめてるのに・・・・」
「あ、そ、その・・・・うん、ごめん。別に抱きしめてるからって、いちいち
サイズを確認してる訳じゃないから・・・・」

僕が情けない声でそう言ってから、アスカが怒り出すんじゃないかと思って上
目遣いでアスカを見やると、アスカはいきなり吹き出してこう言った。

「くくくっ!!それもそうよね。アンタがそんな奴だったら、アタシもレイも、
今時ただじゃ済んでないだろうし・・・・」
「へ・・・?」

僕はアスカの言っている事がよく理解できずに呆けた顔をしていたが、アスカ
はそんな僕に向かって説明しようともせずに笑い顔のままこう言った。

「仕方ないから、アタシの口から説明してあげるわね。アタシとレイの体格の
違いを・・・・」
「う、うん・・・・」

僕は別にそんなものに興味はなかったが、取り敢えずアスカの申し出にうなず
いて応えた。するとアスカは、それに関して述べていった。

「アタシとレイは、身長はほとんど変わんないの。でも、レイの方がアタシよ
りも全体的にずっと細身ね。アタシはちょっとだけ、それをうらやましく思っ
てるんだけど・・・・まあ、反対に、胸に関してはアタシの方がずっとあるし・・・」

アスカはそう言うと、そっと自分の胸に手を当ててみた。そしてそのまま更に
続けて言う。

「そ、それに、レイのウエストってすっごく細いのよね・・・・おしりも小さ
くて可愛いし、太股も・・・・・」
「・・・・ア、アスカ、やけに詳しいね・・・・」
「そ、そりゃまあ、一応女の子同士なんだし、一緒にお風呂に入った事はない
にしても、更衣室では一緒になることもあったから・・・・」
「・・・観察した訳?」
「べ、別に観察したって言う訳じゃないわよ。ただ、目に入っちゃったから、
それで・・・・・」

アスカはかなりうろたえている様子だ。きっと綾波は人の目を気にしないだろ
うから、それをいいことにアスカもしっかりとじろじろ眺めていたんだろう。
まあ、女の子っていうのは男なんかと違って常にスタイルを気にするみたいだ
から、アスカがそういう考えを持ったからといって、僕が非難するのは的外れ
なのだろう。

「ま、まあ、もういいよ、そのことに関しては。でも、だったら服に関しては、
アスカのお古でも十分大丈夫なんじゃない?アスカより綾波の方がやせてるん
だから・・・・」

僕は話を戻してアスカに訊ねてみることにした。が、アスカはそんな僕の言い
方が気に入らなかったようで、むすっとした顔をしてこう言った。

「・・・そういう言い方はやめてよね・・・・まるでアタシが太ってるみたい
に聞こえるから・・・・」
「じゃ、じゃあ、何て言えばいいんだよ?」
「そ、そうねえ・・・・例えば、グラマーだとか、スタイルがいいとか・・・・」
「じゃあ、その、スタイルがいいって奴にするよ。」

僕はアスカの言葉にだんだん付き合いきれなくなってきていたのでそっけなく
そう言った。一応段ボールの束は下に置いておいたというものの、それを支え
ておくのも思った以上にかったるいのだ。それに、アスカにとっては時間がい
くらあっても足りないくらいだというのに、こんなところで油を売っていたら、
いつまで経っても終わるものではない。はっきり言って、さっさと白黒付けて、
自分の部屋に戻りたかったという訳なのだ。
しかし、アスカは当然のごとく僕のそんな様子にむっと来て、僕に向かって非
難の声を浴びせた。

「なによ、その言い方は・・・?もう少しちゃんと考えてくれてもいいんじゃ
ないの?」
「・・・そんなのどっちだっていいだろ?ちょっとした言い回しくらいでうる
さいこと言わなくっても・・・・」
「よくないわよ!!そういうのは、とっても大事な事なんだから!!」
「何が大事なんだよ!?全然わかんないよ!!」
「どうしてわかんないのよ!?」
「わかる訳ないだろ!?僕は男なんだから!!」
「・・・・バカシンジ!!」

アスカは最後にひとことそう叫んで、そして突風のように僕の脇をすり抜ける
と、玄関のドアを開けて外に出ていった。

「・・・・・」

僕はアスカが玄関の外に出た事で、一気に頭が覚めた。そして、一瞬アスカが
そのままいなくなってしまったのではないかと危惧したが、段ボールをガサゴ
ソやる音が聞こえてきたので、僕はその心配を捨てた。しかし、僕はアスカを
心配はしたけれど、なぜかいつものようにすぐに謝るつもりにもなれなかった。

「・・・・わかんないよ・・・・僕は悪くないのに・・・・」

僕は誰が聞いている訳でもないのに、いい訳がましくそう言うと、そのまま段
ボールを担いで自分の部屋に戻った。そして、今あった事を忘れたいかのよう
に、引っ越しの作業に没頭していった。段ボール箱を組み立てては、手当たり
次第に中に詰め込む。それはいつもの僕らしくもなく、荒っぽい雑な作業だっ
た。もしかすると、僕の心はその時少し荒んでいたのかもしれない。とにかく、
必要以上に手を速く動かして、どんどん部屋の雑品を片付けていった。
しばらく経ったと思しき時、ドアが静かにそっと開かれ、綾波が僕の部屋の中
に入ってきた。

「・・・・碇君、いい?」

もう入ってしまっているのに、いいも減ったくれもないだろう。が、細かい事
をとやかく言ってもしょうがないので、綾波に応えてあげた。

「・・・いいよ、綾波。なに?」

すると綾波は、小さな声で僕にこう言った。

「・・・私の荷物、もう片付いたから・・・・だから、碇君を手伝おうと思っ
て・・・」
「そう・・・・でも綾波、ありがたいんだけど僕の方はいいから、アスカの方
を手伝ってよ。大変なのはアスカの方なんだから・・・・」

僕がそう言うと、綾波は小さく横に首を振って応えた。

「あの人のことも、ちゃんと手伝うわ。でも、それは碇君の荷物が片付け終わ
ってから。別にあの人を手伝うのも、碇君を手伝うのも、一緒の事でしょ?」
「・・・・で、でも・・・・・」
「とにかく、私と碇君、二人ですぐに片付けてしまいましょ?それから後に二
人であの人を手伝いに行っても時間的には同じだと思うし・・・・それに、こ
れは私があの人を手伝ってあげる、ご褒美みたいなものだと思って。」

・・・・確かに綾波の言葉も一理あるように思えた。綾波を先にアスカのとこ
ろに行かせて僕が一人で自分の部屋を片付けるのも、綾波に僕の事を手伝って
もらって、それがすべて完了した時点で、二人揃って行って三人でアスカの荷
造りをするのも、労力的には変わりないのだ。だとすると、綾波はアスカと一
緒にするよりも、僕と一緒にやった方がずっといいと思う訳で、綾波の考えは
ごく当然な事だと言えた。

「うん・・・・そうだね。綾波の言う通り、どっちでも同じ事なんだし・・・
だったら綾波がいいと思う方を選んだ方がいいよね。」
「・・・ありがとう、碇君。」

綾波はそう言うと、にこっと僕に微笑んでくれた。

綾波のきれいな笑顔・・・・
それは今の僕にとって、逃げ場所であったのかもしれない。
僕を苦しめることなく、ただひたすらにやさしく受け止めてくれて・・・・
そんなに僕は臆病だったのか?
僕はそこまで堕ちてしまったのか?
僕はずっと、逃げない事を目標にしてきたというのに・・・・
アスカひとり、乗り越えられなくてどうするんだ?
でも実際・・・・今の僕は、アスカと顔を合わせるのを避けている。
だからきっと、綾波の意見を受け入れたのだと思う。
綾波の言葉を退ける理由はあった。
しかも、そっちの理論の方が正当だと思えるような・・・・
でも僕は、そうしなかった。
だから僕にははっきりとわかる。
僕が、綾波に逃げてしまっているという事を・・・・


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