私立第三新東京中学校

第百四十九話・知りたくなかった真実


僕は綾波と抱き合っていた。しかし・・・・

「ミ、ミサトさん!!」

僕の視界にミサトさんの姿が入ってきた。
僕はそれに慌てて綾波の身体から離れた。
そして、そんな慌てる僕を見たミサトさんは、苦笑いを浮かべながら僕に歩み
寄って、済まなそうに僕に謝ってきた。

「悪いわね、シンジ君。お取り込み中のところを邪魔しちゃって・・・・」
「そ、そんな、何でもないです!!」
「いいのよ、恥ずかしがんないでも。それよりも、アタシはあなたがレイを受
け入れてくれたのを知って、ほっとしてるのよ・・・・」
「と、当然のことですから・・・・」

僕がミサトさんにそう言うと、ミサトさんは僕のことを見つめてこう言った。

「シンジ君も立派になったわね・・・・で、立派ついでに、あなたの後ろもち
ょっと見て欲しいの・・・・」

僕はミサトさんの言葉に、後ろを振り返った。するとそこには、アスカの姿が
あった。

「アスカ・・・・」
「アタシは別に、シンジ君とレイが抱き合おうと何しようと構わないんだけど、
さすがにアスカを傷つける訳にはいかないからね・・・・一応アタシも保護者
だから。」

ミサトさんはアスカに保護者としての態度についてきつく言われたのをまだ気
にしているのか「保護者」という言葉を強調して見せた。
しかし、そんなことよりも、アスカが見ているというのに、いくらアスカから
お許しがあったとしても僕もこんなことを続けている訳にはいかなかった。ア
スカがやさしさから言ったことであっても、アスカにつらい思いをさせるのに
かわりはないのだから・・・・

アスカは、僕の目を見て僕がもう綾波と抱き合わないとわかったのか、ゆっく
りと僕のところに近付いてきた。そして、僕に向かって言う。

「アンタ、レイとキスしなかったのね・・・・・」
「う、うん。」
「アタシはしてもいいって言ったのに・・・・・」
「いくらしてもいいって言われたからって、そうほいほいする訳にはいかない
よ。」

僕がそう言うと、今度はアスカは隣にいる綾波に尋ねた。

「レイ、アンタ、シンジにキスしてくれって言わなかったの?」
「うん・・・・」
「どうして?」
「碇君が抱き締めてくれたから・・・・」
「それで十分だったっていう訳?」
「その時は、それ以上は何も望まなかった。」
「じゃあ、今は?」
「キス、して欲しい・・・・」
「そう・・・・」

アスカは綾波の言葉を聞くと、少し考え込むような仕種をして見せた。そんな
アスカの様子を見た綾波は、脈があるのかと思って、アスカに尋ねる。

「いいの?碇君にキス、してもらって・・・・?」

すると、アスカは即座にきっぱりと答えた。

「駄目よ。駄目。」
「どうして?」
「アンタももう立ち直ったんでしょ?だったら、わざわざアタシのシンジの唇
を貸す必要なんてないじゃない。」

アスカの言葉は至極もっともだ。綾波もその事がわかってか、アスカに向かっ
てこう言った。

「・・・私、まだ立ち直れてない・・・・だから・・・・」
「調子のいいこと言うんじゃないわよ。そんな嘘、通用しないわよ。」
「でも・・・・」
「駄目ったら駄目!!アンタもしつこいわねぇ。」

アスカはどうあってもわがままを聞いてくれそうにないので、綾波は矛先をア
スカから僕に変更してねだってきた。

「碇君・・・・キス・・・・」
「あ、綾波・・・・」

僕は困ってしまって、周囲に救いを求める。
アスカはと言うと、僕をぎろっとにらむだけで、何の手助けもしてくれそうに
ない。そしてミサトさんはというと・・・・やれやれと言う顔をしながらも、
うなずいて僕に協力してくれた。

「レイ、ほらレイってば。シンジ君も困ってるじゃない。わがままもそのくら
いにしておきなさい。」

ミサトさんは綾波の肩に手を掛けてそう言う。流石の綾波も、ミサトさんの言
葉には逆らえないと見えて、しぶしぶ僕から離れた。
それを確認したミサトさんは、僕達全員に向かってこう言った。

「じゃあ、たまにはみんな揃って帰りましょ。アンタ達がアタシのところを出
て碇理事長のところに行くんだったら、これでもう一緒に暮らせるのも最後な
んだし・・・・」

ミサトさんの言葉に、僕は感慨を覚えた。
僕の人生は、ミサトさんのところに来て、始まりを迎えたと言ってもよかった
からだ。このうちでは、いろんなことがあった。つらいことや悲しいことも・・・・
しかし、空虚なそれまでの生活とは違って、活気に満ち溢れていたのだ。
僕はもう、ミサトさんのところには二度と戻らないかもしれない。だけど、僕
は一生、ミサトさんと一緒に暮らした日々のことを、忘れることはないだろう。
僕の始まりの一歩として・・・・・

僕ほどではないかもしれないが、アスカも同じような気持ちを感じたようだ。
そして綾波も、ほんの数日の間ではあったが、はじめて人と一緒に暮らした場
所として、ミサトさんのマンションを忘れることはないだろう。

だから、僕達三人は、ミサトさんの意見に反論などあるはずもなく、揃ってう
なずいて見せた。それを確認したミサトさんは、大きな声で僕達に言った。

「なら、今日はお別れの晩餐としゃれこみましょ!!アタシも少ない給料をは
たいて、アンタ達にごちそうするから!!」
「やったぁ!!」
「はい!!」

ミサトさんの言葉に、アスカも綾波も元気よく応じた。僕も、たまには外食を
するのもいいと思ったので、何も余計なことは言わなかった。

そして、僕達四人は、そのまま校舎を出てミサトさんの車のある駐車場に向か
ったのだが、僕は一つ疑問を感じて、ミサトさんに尋ねてみた。

「ところでミサトさん、ちょっといいですか?」
「なによシンちゃん、水臭いわねぇ。聞きたい事があったら遠慮せずに言いな
さいよ。」
「あ、その、一度職員室に戻らなくてよかったんですか?」

僕がそう尋ねると、ミサトさんは露骨に嫌な顔をして僕に言った。

「いいのよ。戻ったら、あのリツコの顔を見なくちゃいけないでしょ?」
「・・・・そ、そんなにリツコさんのことを怒ってるんですか?」
「当たり前でしょ!?リツコはちょっと自分に都合の悪いことを言われたから
って、あんなひどいことを・・・・・」

僕はミサトさんの様子で、少しリツコさんに同情する気になって、ミサトさん
にアスカから聞いた事を話してあげようと思った。

「その事なんですが、ミサトさん。どうやらリツコさんの言ったこと、全てが
全て、本当のことじゃないんですよ。」
「ど、どういうことよ、それ?」

ミサトさんにはいかにも信じられないことを聞かされたという感じで、僕に説
明を求めた。

「つまり、綾波が僕の母さんのクローンじゃあないって言うことです。」
「・・・・それ、本当なの?」
「少なくとも、母さんの完全なクローンではないということです。だって、綾
波と母さんは、似ても似つかないですから・・・・」
「そ、それもそうね・・・・」
「だから、綾波は母さんなんかじゃなく、綾波なんです。わかりますか?」
「わかるわよ。」
「だから、リツコさんも僕達に完全に本当の事を言っていた訳ではないって言
うことです。もしかしたら本当に綾波のクローン化に際して、僕の母さんが何
らかの形で使われていることも有り得るし、また、リツコさんが完全に嘘をつ
いていて、僕の母さんなんて全く関係なかったのかもしれません。つまり、何
が本当で何が嘘なのか、僕達には全く知るすべがないということです・・・・」

ミサトさんは僕の言葉を聞くと、少し考え込んでから、小さくこうつぶやいた。

「・・・確かにリツコは、証拠のあるようなことは何も言ってなかったわよね・・・」

すると脇で聞いていたアスカが、ミサトさんにあわせて大きな声で言う。

「アタシはそもそもずっと前からリツコは胡散臭いと思ってたのよね。だから、
あいつのいうことなんて、100%信じる方がおかしいのよ。」
「・・・・でも、あの人の性格はともかく、科学者としては一流だわ。」

綾波がアスカに反論するかのように言う。確かに綾波の言うように、リツコさ
んは一流の科学者であったし、その事に関しては誰も異論を挟む余地はないだ
ろう。しかし、一流だからこそ、本当のことをしゃべらないというのは、問題
になるのであった。

「とにかく僕は、リツコさんに聞くのだけはやめた方がいいと思うな。むしろ、
冬月先生か父さんに聞くのがいいと思う。」

僕がそう言うと、ミサトさんは真っ向からそれを否定した。

「無理よ、シンジ君。リツコだって、興奮してたからこそ口にしたことであっ
て、普段なら絶対にあんな事は言わないわ。だから、リツコ以上に口の固いあ
の二人が、アタシ達なんかに大事なことを教える訳がないじゃない。」
「そ、それもそうですね・・・・」
「つまりは、あのリツコが真実を語るまで、頑張ってみるしかない訳か・・・・」

ミサトさんは、いかにも八方塞がりというように、ため息をついて言った。そ
して、そんなミサトさんを見たアスカは、僕達全員を元気付けるように言う。

「まあ、レイが完全にシンジのお母さんのクローンじゃないってわかっただけ
でも、十分収穫なんじゃない?これで、レイは正真正銘綾波レイだってわかっ
たことだし・・・・」

アスカの言葉は、みんなを納得させるに十分な内容であった。だから、みんな
もこんなあまり気乗りしない話は、取り敢えず今のところはこれで止めにして、
これからの楽しい生活について考えることにしたのだ。

しかし、僕は知っていた。
リツコさんのあの言葉、綾波が僕の母さんのクローンであるという言葉が、い
くばくかの真実を含んでいるということを。なぜなら、人がああいう風にいう
ときは、巧妙な嘘などつけるはずもないからだ。だから、アスカの言葉通り、
綾波が完全な母さんのクローンでないことも疑う余地がないことだったが、綾
波が母さんとは無関係であるのかということに関しては、非常に怪しいところ
であった。大体、僕が綾波に母さんを感じたことも事実である。ということは、
やっぱり綾波と母さんに何らかのつながりがあると考えた方が、自然なのであ
ろうか・・・・
しかし、綾波は綾波であった。綾波が100%母さんのクローンでもなければ、
母さんの時の記憶もないなら、それは母さんではなく綾波以外の何者でもなか
った。
とにかく、僕はそう思わなければならないのだ。僕が少しでも疑いを持てば、
綾波は間違いなく傷つくだろう。僕はそんなことは避けたかった。ようやく綾
波が人並みの女の子らしくなってきたと言うのに・・・・

人には、知らなかった方が幸せな真実もある。
今の僕は、そんなことを考えてしまう心境だった。
僕が何も知らなければ、ずっと幸せでいられたのに・・・・
しかし、現実は願望よりも、遥かに厳しいものであったのだった・・・・


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