私立第三新東京中学校
第百四十三話・真相、そして残る疑問
「あ!!」
僕はあることに気がついて声をあげた。
「どうしたのよ、急に?」
「い、いや、父さんのところに引っ越すにしても、僕、父さんがどこに住んで
るのか、全然知らなかったから・・・・」
「アンタバカ!?場所も知らないで、どうやって引っ越すのよ!?」
「ご、ごめん。もう一度校長室に戻って冬月先生に聞いてみようか?」
「そんな恥ずかしいこと、出来る訳ないでしょ!?アタシ達は場所もわきまえ
ずに抱き合っちゃったから、慌てて飛び出してきたって言うのに・・・・」
「そ、そうだね。」
僕とアスカが相談していると、綾波が僕にこう言った。
「・・・職員名簿とかに載ってるかも・・・・?」
「そ、そうね!!アンタもなかなかいいところに気がつくわね!!」
「そうだよ、綾波!!」
「・・・そんなこと・・・ない・・・・」
「そんな謙遜しなくてもいいって。じゃあ、職員室に行って、ミサトさんに名
簿を見せてもらおうか。」
「そうね。それに、ミサトの了解も得ずに勝手に三人とも引っ越していっちゃ
うんだから、一応報告くらいはしておいた方がいいもんね。」
こうして僕達三人は、隣の職員室に入っていった。
すると、ミサトさんを中心としたネルフ組の先生達が集まって楽しそうに話を
していたところだった。
「あら、シンジ君にアスカにレイ、こんな時間に三人揃ってどうしたのよ?何
か職員室に用事でもあるの?」
ミサトさんは僕達が入ってきたのに気付くと、他の誰よりも真っ先に声をかけ
てきた。
「ま、まあ・・・用事と言えば、用事なんです。」
僕がこれから話す内容のとんでもなさに気後れしていると、アスカが僕のこと
をつついてこう言った。
「アンタ、もうちょっとはっきり言いなさいよ・・・・」
「だ、だってさぁ・・・・」
「もう、いいわよ、アタシが言うから・・・・」
アスカは不甲斐ない僕にそう言うと、僕達の前面に出てきてミサトさんにはっ
きりと言った。
「アタシ達三人、シンジのお父さんの家に引っ越すのよ。それをミサトに報告
しようと思った訳。わかる!?」
アスカの言葉を聞くと、ミサトさんをはじめとした先生達は驚きの声をあげた。
「な、なんですって!?」
まあ、当然のことだろう。あまりに唐突すぎるし、問題児三人があの父さんの
ところに引っ越すというのだから。特に父さんがどういう人かを知っている先
生達は、驚くのも無理はないだろう。
「ど、どういうことよ!?ちゃんと説明しなさい、アスカ!!」
「だから、アタシが言った通りだってば。シンジがお父さんと一緒に暮らした
いって、今日の放課後お願いに行ったら、オーケーされたもんだから、じゃあ、
アタシ達もシンジにくっついて一緒に行きたいと思って、今さっきお願いに行
った訳。そしたら、こっちも好きにしていいって言われたのよ。わかった?」
「わ、わかったけど・・・・どうしてこのアタシにひとこと相談してくれなか
ったのよ?」
「しょうがないじゃない。急なことだったんだから・・・・」
「で、でもねえ、アスカ、アタシはアンタ達の保護者でしょう!?」
「一応ね。」
アスカがそう付け加える。すると、ミサトさんの普段の保護者らしからぬ生活
振りを知るリツコさん達は、思わず笑ってしまった。その笑い声を聞いたミサ
トさんは、ただでさえアスカの言葉にぴくぴく来ていたので、かっとして、ア
スカに怒鳴った。
「アスカにとってはいい加減な保護者かもしれないけど、アタシはアタシなり
に一生懸命やってんのよ!!アンタはそんなアタシをないがしろにするって言
う訳!?」
「一生懸命って何が?アンタはアタシ達を放っておいて、自分の好き勝手やっ
てたくせに。アタシ達を一緒に住まわせたのだって、命令があったって言うの
と、シンジに家事全般をさせたかっただけなのに・・・・」
ミサトさんが怒ったのも無理はなかったのかもしれなかったが、アスカがそん
なミサトさんに一歩も退こうとはせず、はっきりとミサトさんの保護者として
の在り方を非難したのには驚かされた。しかし、僕も驚いてばかりもいられな
かったので、アスカの行き過ぎた発言をたしなめる。
「ア、アスカ・・・ちょっと言い過ぎだよ。ミサトさんにあやま・・・」
「うるさいわね。アタシはいい機会だから、全部言わせてもらうわよ!!」
アスカは僕の言葉を大きな声で遮ると、ミサトさんに向かって更に言い続けた。
「ミサト!!アンタは所詮、アタシ達を利用していただけなんじゃないの!?
前にシンジに聞いたけど、シンジがアンタのところに来たとき、シンジのじゃ
んけんの弱いことを利用して、家事をほとんど押し付けたって言うじゃないの!!」
「あ、あれはねえ・・・・」
ミサトさんがアスカに向かって説明しようとしたが、アスカはそんなものはお
構いなしで、さらに言葉を続けた。
「それに、アタシが苦しんでたときも、シンジが苦しんでたときも、アンタは
アタシ達を救ってくれなかったじゃないのよ!!保護者だったら、もっとアタ
シ達のことを気遣ってくれてもよかったんじゃないの!?」
「・・・・・」
「結局アンタは、何の役にも立たなかったのよ!!アタシを救い出してくれた
のはアンタでなく、ここにいるシンジだったんだし、だからアタシはアンタに
感謝するんじゃなく、シンジのことを好きになった訳!!わかる!?」
「・・・・・」
「それに、アンタは教師になって早く家に帰れるようになったって言うのに、
いつもいつも加持さんのところにでもいるのか、帰りが遅くって・・・・」
アスカの言葉は、完全にミサトさんを蔑んでいた。しかし、ミサトさんにもい
くらか思い当たるところがあったのか、辛そうな顔をしてアスカの弾劾を受け
止めていた。しかし、最後のところとなると、ミサトさんは急に変わった。
「アタシが一体誰のためにいつも帰りが遅くなってるって言うのよ!!全部ア
ンタ達のためじゃない!!アタシの身分は教師だけじゃないのよ!!今日もこ
れから、あの渚カヲルについて・・・・」
「ミサト!!」
興奮状態にあったミサトさんは、全てをぶちまけるところであった。しかし、
リツコさんの厳しい声が、ミサトさんを押さえつけた。
「ミサト、あなたの気持ちもわかるけど、これ以上言うと、あなたはここには
いられなくなるわよ。」
リツコさんの言葉は、厳しいものであった。ミサトさんもうなだれてそれに従
い、アスカもミサトさんの言葉に飲まれていた。しかし、僕はミサトさんの言
おうとした言葉を、うやむやには出来なかった。
「・・・・今の言葉、どういう事ですか?」
僕がそう尋ねると、リツコさんが僕にきっぱり言った。
「・・・あなたには関係のないことよ、シンジ君。」
「関係無いって・・・・渚さんは十分関係があるじゃないですか!!」
「・・・・全てはまだ、完全には終わり切っていないの。今言えることは、そ
れだけよ・・・・」
「終わり切ってないって・・・・じゃあ、渚さんはやっぱり・・・・」
「それは今、調査中よ。あなたが気にすることじゃないわ、シンジ君。」
「でも・・・・エヴァにはもう、乗る必要はないんですよね?ネルフももう、
必要が無くなったから、ミサトさんやリツコさんはここにいるんですよね?」
「・・・・・」
「答えてくださいよ!!」
「・・・・・」
リツコさんは、僕の質問に答えてくれようとはしなかった。僕はリツコさんに
にじり寄って、答えを求めようとした。すると、伊吹先生が僕とリツコさんの
間に割り込んで、僕にやさしくこう言った。
「・・・ごめんなさい、シンジ君。これは機密事項だから、シンジ君に教えて
あげる訳にはいかないの・・・・」
「・・・・結局僕達子供は蚊帳の外って言う訳ですか・・・・」
「ち、違うのよ、シンジ君・・・・」
「どこが違うって言うんですか!?戦ってきたのは僕達子供だって言うのに、
何にも教えてくれなかったじゃないですか!!そして今も!!大人達だけでご
そごそやってる!!」
僕が伊吹先生に言い放つと、リツコさんは伊吹先生を押しのけて、僕の前に立
つとこう言った。
「わかったわ、シンジ君。じゃあ、あなたたちにも事態を共有させてあげる・・・・」
「せ、先輩・・・・いけません。そんなことをシンジ君達にしゃべったら・・・」
「そうですよ、赤木先生。マヤちゃんの言う通りですよ。やめてください。」
リツコさんは何だか思いつめた顔をして、僕に話をしてくれようとしたのだが、
伊吹先生と日向先生がリツコさんを止めようとした。しかし、黙っていたミサ
トさんが、リツコさん達にこう言った。
「話してみるのもいいかも知れないわね?」
「葛城先生!!」
「もうこうなっちゃったんだから、却って黙っている方が悪いわよ。シンジ君
達が碇理事長のところに引っ越すんだったら、シンジ君は碇理事長に詰め寄る
だろうし、そうして親子関係がまた悪化するんだったら、アタシ達で教えてあ
げた方が、ずっといいんじゃない?」
「し、しかし・・・・」
「みんなで言えば恐くない!!ってね。どうせ他の連中は、アタシ達全員を処
分することなんて出来ないわよ。」
「そ、それはそうかもしれませんが・・・・」
日向先生は、ミサトさんの言葉にも引き下がらない。だが、そんな日向先生に
対して、ミサトさんは力強くこう言った。
「日向君、お願いだから黙ってて。」
「葛城先生・・・・」
ミサトさんの言葉で日向先生が大人しくなると、ミサトさんは僕に向かってこ
う言った。
「シンジ君、アタシ達がここに来たとき、シンジ君にはアタシ達全員、ネルフ
を首になったって言ったけど、あれは嘘なの。」
「え・・・?」
「アタシ達が教師としてこの学校に在籍しているのと同時に、まだネルフの職
員なわけ。わかる?」
「・・・・は、はい。」
「アタシ達はある目的があって、シンジ君達をエヴァに乗せなくしたし、教師
としてここに来た訳。」
「・・・・・」
「だから、ネルフはなくなった訳じゃないし、エヴァも健在よ。でも、そのあ
る目的のためには、アタシ達はここに来る必要があったの。わかってもらえる
かしら・・・・?」
「そ、そのある目的って・・・・」
「ごめんなさい、それだけは言えないのよ。それを言ったら、冗談抜きで、ア
タシは牢屋送りだから・・・・」
「・・・・・」
「わかってくれた?」
「・・・はい・・・・・」
「まあ、あなたたちには色々迷惑がかかる事があるかもしれないけど、取り敢
えず今のところは何事もないから、安心して好きなことをしててくれる?」
ミサトさんがそう言って、しばしの沈黙がよぎった。そして、みんなが静まり
返っていたとき、リツコさんがミサトさんに言った。
「・・・・まあ、ミサトにしては合格点ね。言ってはいけないことは言わずに
済んだし・・・・」
「ありがと、リツコ。アタシのせいでなんだか余計なことになっちゃって・・・・」
すると、それまで黙って聞いていたアスカが、ミサトさんに小さくなって話し
掛けた。
「ごめんなさい、ミサト。アタシ・・・・」
「いいのよ、アスカ。アスカが言ったように、アタシは保護者失格なんだし、
シンジ君みたいにあなたを救ってやることも出来なかったんだから・・・・」
「で、でも・・・・・」
「いいっていいって。アタシは一応大人なんだし、一々そんなことくらいで目
くじらたてたりはしないから。」
「・・・・・」
「アタシ、アスカに言われたこと、結構身につまされるところがあったのよね。」
「・・・・・」
ミサトさんはちょっと気落ちした顔をしてアスカに言った。しかし、すぐに気
分を切り替えて元気にアスカにこう言った。
「シンジ君を大切にしなさいよ、アスカ。シンジ君みたいな男の子は、そう簡
単には見つからないわよ!!」
「うん。わかってる、シンジがアタシにとって、かけがえのない存在だってこ
とくらい・・・・」
「ま、そうよね。そうじゃなきゃ、わざわざあんな鬼親父のところに一緒につ
いていくはずないもんね。」
ミサトさんはちょっと冗談めかしてそう言った。
こうして、辺りは再び和やかな雰囲気に戻ったのだが、僕はとてもそんな気分
ではいられなかった。ミサトさんに聞かされたこと、そして、ミサトさんがつ
い口を滑らせた「渚カヲル」という名前。僕には引っかかることが多すぎた。
しかし、ミサトさんが処罰されるような事があってはいけないので、もうこれ
以上追求する事は出来そうもなかった。
僕はそう思っていたので、口を閉ざして考え込んでいたが、疑問がつのるばか
りで、何の解決にもならなかった。様々な事象が僕の頭の中を渦巻き、僕を混
乱させていた。
僕は忘れたかった。しかし、人間の脳というのはそう都合よく出来てはいなか
った。ミサトさんの言った言葉は、僕の記憶に焼き付いてしまったのだ。
・・・「ある目的」とは何なんだろう?
僕にとっては、それが一番引っかかる点であった。
それがわかれば全ての疑問が氷解する、僕はそう考えていた。
今は無理かもしれないが、いずれ必ず知らなければならない。
僕はそう、決意を胸に秘めたのであった・・・・・
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