私立第三新東京中学校

第百三十二話・激白


「ほらっ!!アンタが余計なことしてるから、こんな時間になっちゃったんじ
ゃないの!!」

アスカは片手に弁当箱、片手に箸を持って、綾波に向かってそう言う。
つまり、僕達は弁当を食べる時間にいろいろやっていたので、お昼休みがもう
残り少なくなってしまったという訳だ。

「アスカ、そんな事を言ってる暇があるなら、さっさと食べちゃいなよ。」
「わかってるわよ!!」

僕の忠告にアスカは大声で答える。その声には不愉快さが感じられたが、反論
することも出来ずに、アスカは勢いよく弁当をたいらげはじめた。
一方、綾波はと言うと、時間を気にしている様子も見せずに、マイペースに少
しずつ弁当を消化している。僕は時間がなくなるのではないかと思って、綾波
にもちょっと声をかけた。

「綾波、もう少し食べるスピードを上げた方がいいんじゃない?」
「うん、ありがとう、碇君。私のことを気遣ってくれて・・・・」

綾波はそう答えたものの、自分のペースを崩すことなく、もくもくと箸を進め
続けた。まあ、僕に声をかけられて、うれしそうな顔に変わっていたというこ
とだけが、綾波に変化を与えた点だろう。しかしまあ、綾波のアスカとはまた
違った意味で、ものすごく頑固なところがあると言わざるをえない。自分がこ
うと思ったら、絶対にそれを変えることはないと言うか何と言うか・・・・と
にかく、男の代表を僕としていいのか、ちょっとじゃなく大分疑問の残るとこ
ろもあるが、すぐ何事にも妥協してしまう男とはかなり違うなあ、と言うのが
僕の感想でもあった。

「お前らはほんまに食うのが遅いのう・・・・」

トウジはいつも早弁をしていると言うこともあって、この中の誰よりも食べる
スピードが速い。だから、この時もトウジ一人だけが既に食べ終わっていて、
のんびりみんなの食事風景を眺めていたのだ。

「アンタが速すぎんのよ!!バカ!!」

アスカは箸の手を一瞬止めて、トウジにそう反論した。そして、トウジの言葉
も待たずにまた食べ始める。一方、そう言われたトウジも、アスカのことなど
相手にもせずに、我関せずとばかりにマイペースに食べている綾波に向かって
声をかけた。

「しかし、綾波は特別遅いのう。わいが手伝うてやろうか?」

トウジはまだ食べたりないのだろうか?下心が見え見えである。そして、綾波
はそんなトウジに向かって、律義にもきちんと箸を置いて返事をした。

「ごめんなさい、これ、碇君と一緒に作った奴だから・・・・」
「さ、さよか・・・・それもそうやな。いや、済まんかった。」
「いいのよ。あなたが悪い訳じゃないから。」

先程トウジに励まされたせいか、綾波もトウジに少し心を開いたとみるべきな
のか、綾波がトウジに返した言葉はやけに普通の会話に感じた。僕はそう思う
と、少しうれしくなったのだが、そんな時、大きな声でトウジをたしなめる声
が上がった。

「鈴原!!綾波さんは一生懸命食べてるのよ!!余計な邪魔しないで!!」

それは、洞木さんだった。さっきのこともあり、僕はちょっと洞木さんのこと
が気になった。一方、トウジはというと、大した事でもないのに洞木さんに怒
鳴られて、ちょっとむっとしたのか、大きめの声で洞木さんに応えた。

「ええやないか、そない怒鳴らんでも。わいはよかれと思って言ったことなん
やで。」
「怒鳴ってなんかないわよ!!」
「せやから落ち着けや。いいんちょーもメシ早く食わんとあかんのとちゃうか?」
「うるさいわね!!鈴原には関係のないことでしょ!!」

洞木さんは、珍しくも完全に頭に血が上っていて、いつもの洞木さんではなか
った。その事に気付いたのは、僕だけではなく、アスカもすぐにそれに気付い
て、洞木さんをなだめに入った。

「ヒカリ・・・ちょっと落ち着いて・・・・」

しかし、アスカの言葉など、洞木さんは耳にも入っていないかのように、トウ
ジに言い続けた。

「どうせ鈴原はあたしのことなんてどうでもいいんでしょ!!あたしのことよ
りも綾波さんの方が気になるみたいだし!!あたしは綾波さんみたいに美人じ
ゃないし、やさしくもおとなしくもない、ただ料理がうまいだけの女なのよ!!」

洞木さんは言い終わると、肩で息をさせていた。
そして、それを聞いたトウジは絶句してしまっていた。また、僕と同じく、ア
スカもどうやらこの事に薄々と気付いていたのかもしれないが、あまりに急な
ことだったので、何も言えずにいた。

「いいんちょー・・・・・」

トウジがひとことそう言う。そして、勢いに任せて心のうちをぶちまけてしま
ったものの、ようやく我に返り始めた洞木さんは、自分の言ったことを飲み込
み込んできて、顔色も蒼白に変わっていった。

しばらくの沈黙が続く。トウジはそれに耐え切れなくなったのか、洞木さんに
向かって口を開こうとしたのだが、トウジの微妙な口の動きに辺りを凍り付か
せていた呪縛は解かれ、洞木さんはトウジよりも先に一気に大声で叫んだ。

「あたしは鈴原のことが好きなの!!」

そして、そう言うと洞木さんはそのままきびすを返して教室を飛び出して行っ
た。

「ヒカリ!!」

アスカは出て行った洞木さんを追いかけて、教室を出て行った。そして、僕達
は後に残された。

「いいんちょーがあない思っとったなんて・・・・」

トウジはそうつぶやく。無論、トウジが言ったのは、洞木さんがトウジのこと
を好きだということではなく、トウジが綾波にやさしくしたのを洞木さんが誤
解したということだ。

「トウジ・・・・」

ケンスケがトウジに向かって声をかける。すると、綾波もトウジに向かって謝
った。

「ごめんなさい、私のせいで・・・・」
「綾波のせいやない。わいのせいや。」

謝ろうとする綾波を制止して、トウジは自分に言い聞かせるように力強くそう
言った。

「わいがいいんちょーの気持ちに応えてやらんかったばっかりに、いいんちょ
ーに不安を抱かせてしもうた。わいが悪いんや・・・・」
「トウジ・・・・追いかけなよ、洞木さんを。」

僕は自分を責めるトウジに向かってそう言った。しかし、トウジはすんなりと
それを受け入れはしなかった。

「しかし・・・・わいはどないいいんちょーに顔向けしたらええんか・・・・」

すると、僕はアスカに言われていたこともあって、トウジに向かってこう言っ
た。

「洞木さんを受け入れなよ、トウジ。別に洞木さんが嫌いな訳じゃないんだろ?」
「せやけど・・・・」
「トウジは洞木さんを守れるような一人前の男になるまではそんなことは出来
ないって言ったけど、それって、洞木さんを苦しめるだけなんじゃないかな?」
「・・・・・」
「それに、きっと洞木さんは、トウジが守り切れなかったとしても、トウジが
自分を守ろうとしてくれたって言う事実を喜ぶと思うよ。だから、そんなに自
分に完全を求めなくてもいいんじゃないかな?」
「・・・・・」
「確かにトウジにもプライドがあるって言うのもわかるよ。でも、自分の面子
にだけこだわっていちゃ、自分を幸せにすることは出来たとしても、人まで幸
せにすることは出来ないと思うよ。」
「・・・・・」
「これはアスカが言ったことなんだけど、中途半端でもいいんじゃないかな?
二人して、助け合いながら成長していけば・・・・」
「・・・・・」
「それに、トウジは自分は何もないって言ったけど、少なくとも洞木さんにと
ってはそんなことはないと思うよ。だって、もしそうだったら、洞木さんがト
ウジのことを好きになるわけないもの。」
「・・・・・」
「洞木さんにとっては、トウジが何をしてくれるから好きだとかそういうんじ
ゃなく、ただ、トウジがトウジであって、そして自分の側にいてくれるだけで
幸せなんだと思うよ。」
「・・・・・」
「僕は人の恋をうんぬん説明出来るほど、そんな立派な奴じゃないけど、僕は
そんな風に思う。考え、そして決断するのはトウジだよ。しかし、自分の気持
ちをごまかすのだけは、絶対にしない方がいいと思う。」

僕は勢いに任せて言葉の奔流に飲み込まれた。トウジは黙ってそれを聞いてい
たが、僕がいい終わると、ぐっと拳を握り締めて顔を上げると、僕の方を向い
て言った。

「やっぱりシンジの言うことは一味違うな。これも経験っちゅう奴か・・・・
わいも、シンジを見習わなくちゃあかんちゅうことか・・・・」
「じゃあ・・・・」
「もう遅いかも知れん。しかし、わいも自分の気持ち、いいんちょーに打ち明
けてみようと思う。」
「まだ間に合うよ、トウジ。だから、さあ、急いで!!」

僕がそう言うと、トウジは僕の方を向いて一つうなずくと、自由の利かない片
足ももどかしく、急いで教室を飛び出して、洞木さんを追いかけて行った。


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