私立第三新東京中学校

第百二十四話・輝きを放つ星


「みなさんおはようございます・・・・」

冬月校長が、台の上に立って全校生徒に向かって話し始める。
僕たちの学校は、あまり朝礼とかをやらないのであるが、今日は全校生徒を集
めての朝礼が行われた。みんなは今日は何があるのかとざわついていたが、僕
たちは加持さんが僕たちの先生になるということを、今朝あらかじめ聞かされ
ていたので、どういう目的でこの朝礼が行われるのかということをきちんと把
握していた。
だからという訳ではないが、トウジやケンスケ、それにアスカなどは、つまら
ない挨拶など聞かずに、声をひそめて話をしている。洞木さんは委員長だとい
うこともあって、時折みんなをたしなめていたのだったが、なんだかいつもの
洞木さんとはちょっと違って見えた。

「で、その加持ってのはどんな男なんや?」

トウジが興味津々で僕に尋ねる。僕は冬月校長の話を聞いていたいところであ
ったが、僕に尋ねてきたのだから、答えない訳にも行かないで、小さな声でト
ウジに言った。

「・・・加持さんはいい人だよ。」
「アホ。いい人だけじゃわからんわ。もっと具体的に説明せい。」

トウジの指摘ももっともだったので、僕はもう少し詳しく説明する。

「ご、ごめん。加持さんは・・・・って、あれ?トウジ、加持さんとは前に会
った事があったじゃない。」
「さよか?忘れてもうたなあ・・・とにかく教えてくれや。」
「そ、そう・・・そうだなあ、加持さんは男らしいしっかりとした考えの持ち
主かな?そして、ミサトさんの恋人でもある。」
「な、なんやて!?ミサト先生の恋人やて!?」

僕には当然のことであったのだが、一時期ミサトさんの顔が見たいために僕を
迎えに来ていたトウジとしては、驚愕するに値する出来事であった。

「う、うん。結婚はまだみたいだけど、関係は至って良好なんじゃないかな?」
「そ、そんな・・・・」

トウジがショックを受けていると、傍らでそれを見ていたアスカが、トウジに
向かって言う。

「あんな行き遅れ女のどこがいいのよ?それに、年食ってるくせに、家事の一
つも出来ないってのに・・・・」

アスカのミサトさんへの評価は的確と言えば的確であったが、少々辛辣に思え
た。僕はそう思うと、ちょっとミサトさんがかわいそうになって、アスカをた
しなめる。

「アスカ、ちょっと言い過ぎだよ・・・・」
「シンジは黙ってて。アタシはこの馬鹿に言ってるの。」
「トウジに?」
「そうよ。まったくヒカリはこいつには過ぎた女よ。それなのにありがたがる
どころか、他の女に色目を使うなんて・・・・・」

すると、トウジはカチンと来てアスカに食って掛かる。

「だ、誰が色目なんか使こうたっちゅうんじゃ!?人を馬鹿にすんのもええ加
減にせい!!」
「じゃあ、もっとヒカリにやさしくしてやんなさいよ!!ヒカリはアンタがレ
イや他の女のことが好きなんじゃないかって心配してんのよ!!」

アスカは声をひそめながらも強い口調でそう言ったが、いい終わるとはっとし
て口を閉ざした。何か余計なことでも言ってしまったと思ったのだろうか?ア
スカは失敗したという顔をしていた。僕はそんなアスカが気になって、注目し
てみると、アスカの視線の先には洞木さんの姿があった。洞木さんはちょっと
遠くにいたので、今の話が聞こえてはいなかったようだが、登校中に何かアス
カと洞木さんの間にあったのではないかと思った。

「加持リョウジです。よろしく・・・」

その時ちょうど、加持さんの挨拶が始まった。僕は思考を中断させ、加持さん
の話に耳を傾けることにした・・・・


そして、加持さんの着任の挨拶も終わり、そのまま朝礼は終わりとなった。
僕たち生徒は解散し、それぞれの教室に向かう。僕達は朝礼中でも小さな声で
話をしていたとは言え、やはり解放されると一気に会話が弾む。

「あれが加持か・・・・確かに前に見た事ある顔や。せやけどいけすかんやっ
ちゃな。」

トウジが加持さんを初めて見た感想を述べる。トウジにとって、ミサトさんの
恋人というだけで、加持さんに対する評価は大いに下がったのだろう。さらに、
加持さんは本質はどうあれ、プレイボーイ的なところがあるので、硬派を気取
るトウジとは肌が合わないのかもしれない。
しかし、僕は同じ男として、加持さんを尊敬していたので、加持さんを弁護す
るようにトウジに言った。

「加持さんは見た目はだらしなさそうに見えるかもしれないけど、ちゃんとし
た人なんだよ。トウジも話をしてみれば分かると思うけど・・・・」
「しかしなあ・・・・・」
「アスカじゃないけど、トウジはミサトさんのことを気にしすぎだよ。トウジ
には洞木さんがいるのに・・・・」
「シンジまでそないなこと言うんか!?お前だけはわいにそないなことは絶対
に言わんと思っとったのに・・・・」

トウジはがっくり来てしまった。しかし、僕もトウジの気持ちが分からないで
もないが、洞木さんのことも考えてあげると、やっぱりトウジには言わないで
はいられなかった。

「ごめん、トウジ。だけど、僕の言ってることもわかるでしょ?」
「・・・・ああ。」
「トウジが洞木さんのことが嫌いだって言うんなら、話は別だけど、そうでな
いなら洞木さんのこと、もうちょっと考えてあげるべきだよ。」
「・・・・シンジが人に言えた義理か?」
「・・・・確かも僕も駄目だよ。でも、そうわかっているからこそ、人に忠告
してあげることも出来ると思うんだ。トウジは、自分のことを棚に上げて、っ
て僕のことを思うかもしれない。でも、僕はトウジの友達だから、言わなくち
ゃいけないことを黙っている訳にはいかないんだ。」

僕がトウジに向かってそう言うと、トウジは少し考えるような表情をして、そ
してゆっくりと言葉を発した。

「・・・・わかっとるんや。いいんちょーの気持ち・・・・せやけど、わいに
何がしてやれんのか、わからんのや。いいんちょーはわいとは違ってなんでも
出来る。うまい弁当も作れるし、勉強だってわいよりずっと出来る。それに、
今のこのわいの身体じゃあ、スポーツはおろか、いいんちょーを守ってやるこ
とすら出来んのや・・・・・」

僕はトウジの言葉を聞くと、胸にナイフを突き刺されたような思いがした。
トウジは別に僕を責めるつもりで言った訳ではないのだろうが、僕がトウジの
脚と共に、トウジの未来までももぎ取ってしまったことを、僕は強く感じさせ
られた。

「・・・・ごめん、トウジ・・・・僕・・・・」

僕の言葉を耳に入れたトウジは、自分の中から戻ってくると、自分の言葉が僕
にどんな影響を与えてしまったのかに気付いて、こう言って来た。

「シ、シンジを責めるつもりで言った訳やないんやで。だから、そんな顔すん
な。あれはわいがついてなかっただけで、シンジのせいやないんや。」
「でも・・・・」
「しつこいのう、シンジも。ええっちゅうたらええんや。」
「・・・・・」
「とにかく、わいは自分がなんにも持ってないことを、知らされたっちゅう訳
や。だから、わいが新しく何かを掴み取るまでは、わいはいいんちょーの想い
に応えることは出来ん。わいは男やから、女に頼るっちゅう訳にはいかんのや。」

僕はトウジの言葉を聞くと、その考えに感じ入ってこう言った。

「・・・・トウジって強いんだね・・・・・」

すると、トウジがしっかりとした態度で僕に応えた。

「わいは男やからな。男には男のやりかたちゅうもんがあるんや。わいは例え
それが損をする道だったとしても、男の道を貫き通したいと思うんや。」
「・・・・僕も・・・そんな風に強くなれるといいんだけど・・・・」
「わいから言わせれば、シンジは十分強い男やと思うけどな。」
「僕が?」

僕は意外なことを聞かされて、ちょっと驚く。

「せや。並みの男なら、あないな女二人にべったり寄り付かれて、正気で居れ
る訳ないで。せやけどシンジはあの二人のことをしっかり考えて、立ち直らせ
てやったやないか。」
「・・・・・」
「それに、わいは誰とでも仲良くしとる訳やない。気に食わん奴は認めんしな。」
「・・・・」
「ケンスケだって、ああ見えていてもえらい奴や。他の奴等のことをよく考え
て行動しとる。シンジだってそうや。二人とも、男らしい優しさをもっとると
思うで。」

トウジがケンスケに言ったことは本当だと思った。ケンスケも、ずっと前から
僕達みんなのことを気にかけていてくれた。しかし、僕は自分がそんなに偉そ
うな奴だとはとても思えなかった。
確かにアスカと綾波が立ち直ったのに、僕が大きく貢献しているということは
自覚出来るけれど、今では僕の不甲斐なさが二人を苦しめているのだ。僕はそ
れを頭の中では理解していても、実際それを解決させることは出来なかった。
僕は加持さんやトウジの態度を見て、こうありたいとずっと思って来た。僕は
自分の女々しさを取り去って、男らしくなりたかった。
しかし、そのトウジが僕のことをこのように言っているのだ。僕はそれが間違
いだと思っていたが、トウジがお世辞を言って誤魔化すような人間ではないと
いうことも知っていた。僕はそんなトウジが僕を認めてくれているのを知って
うれしくなるのと同時に、もっと強くならなくてはいけないという思いが心の
中で膨らんでいった。

僕が自分の考えの中に入っていると、トウジが僕に語りかけて来た。

「わいは男としてはまだまだや。せやから、わいが一人前の男になって自分を
認められる時がきたら、その時わいはいいんちょーに自分の気持ちを打ち明け
ようと思う。いつになるかわからんけど、その時まではわいはいいんちょーの
想いに応えることは出来ん。」
「・・・・そうだね。きっと洞木さんは、トウジのことをずっと待っていてく
れると思うよ。」
「・・・・せやろか?」
「うん。きっと洞木さんは、トウジのそういうところが好きになったんだと思
うから・・・・」

僕は口でそう言ってから、自分のことについて照らし合わせてみた。
僕も、自分のことを完全に受け入れることが出来ていないから、アスカや綾波
を受け入れることが出来ないのかもしれない。僕はずっと自分はいらない人間
なんだと思ってきた。今ではそういう風に思うこともなくなってきたけど、そ
れでもトウジが言うように、自分を認めているのかというと、そうではない気
がする。僕は自分が駄目な男だと思っているし、僕のせいでいろんな人が苦し
んでいる事実を見れば、その思いに一層拍車がかかる。
しかし、僕もトウジのように、自分の誇れる何かを見出すことが出来れば、自
分を受け入れ、他人をも受け入れられるのだろうか?
僕はそう思うと、僕の中を探してみた。
僕の得意なもの、人を幸せに出来るもの・・・・・それは家事しかなかった。
しかし、そんなもので僕は自分自身を認めようとは思えない。僕だけの何か、
他の誰でもない、僕だけにしか持っていないものが欲しかった。そして、それ
が僕と他人とを区別し、僕の存在価値を認めることが出来るだろう。そういっ
た物として、EVAというものがあったが、あれは人に誇れるものではなかっ
た。
僕はEVAを思い出した。あれに乗っていることで、みんなが僕を必要として
くれた。しかし、それはEVAに価値があるからであって、僕はそれに付随す
るものでしかなかった。僕は自分だけで輝きを放つ、恒星のような存在になり
たかった。そうすれば、みんなを僕の光で照らすことが出来る。
そして、僕は人々を暖めることが出来るだろう。それによって、はじめて人を
受け入れることが出来るようになるのだ。
僕は今までだらだらと時を過ごしてきたけど、これからはもっと大切に時を使
おう。そう、自分をもっと磨くために・・・・・


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