私立第三新東京中学校
第百十二話・舞い降りた二人の天使
・・・・・・
「碇君、碇君・・・・」
・・・・・・
「碇君、起きて・・・・」
・・・・・・
「おかしいわねえ、シンジは結構寝起きはいい方だと思うんだけど・・・・」
「碇君は疲れているのよ。仕方ないわ。碇君、起きて。」
「ああっ、アンタじゃ駄目ね。このアタシが起こさないと。」
「碇君は私に起こさせて。そういう約束じゃないの。」
「アンタ、シンジの事、ひっぱたける?出来ないでしょ?」
「・・・・そんな事・・・・出来るはずない・・・・」
「じゃあ、アタシが・・・・」
「待って!!」
「なによ、その手を離しなさいよ。アンタは出来ないんでしょ?」
「出来なくても、みすみすあなたが碇君をたたくのを見過ごす訳にはいかない
わ。」
「軽くよ、軽く。そんなアンタが考えるほど、大袈裟なもんじゃないわ。」
「・・・・・」
「その顔は何よ、まだ納得してないの?それにアタシがシンジを起こす時は、
いつもこうしてるのよ。まあ、ちょっと違う時もあるけどね・・・・」
「違う時って?私はその方法でやってみたいわ。碇君に手を上げるなんて、私
には出来ないもの。でも、他に方法があるなら、私はそれで起こしてみたい・・・・」
「だ、駄目よ!!絶対に駄目!!」
「・・・・どうして?」
「と、とにかく駄目なものは駄目なのよ!!」
「・・・・私に言えないような事なの?」
「そ、そんな事ないわよ!!そうじゃないんだけどね・・・・」
「じゃあ、教えて。言えない事じゃないんでしょ?」
「・・・・・強く揺さ振るのよ。ただ・・・それだけ。」
「嘘。あなたは嘘をついてるわ。」
「う、嘘じゃないわよ!!」
「私には分かる。あなたが嘘をついている事を・・・・」
「・・・・・」
「教えて。」
「・・・・アタシが教えても、アンタはやらない?」
「・・・・・」
「やらないって約束出来るなら、教えてあげてもいいわ。」
「・・・・・わかったわ。」
「約束するのね?絶対よ。破ったら承知しないわよ。」
「約束するわ。」
「ほんとに?」
「本当よ。あなたは私が信じられないの?」
「アンタが嘘をつく奴だとは思ってないけど、アンタは全てにおいてシンジを
優先させる奴だからね・・・・」
「当たり前の事言わないで。私には、碇君がすべてだもの。それより早く教え
て。」
「・・・・・キスよ。おはようのキス。シンジの奴が起きるまで、ずっとキス
してるのよ。するとそのうちシンジも起きるわ。」
「・・・・・・・」
「・・・何なのよ、その顔は?」
「・・・私も、やってみたい・・・・・」
「だ、駄目よ!!約束したじゃないの!!だから今日は私がやるの。アンタは
そこで見てなさい。わかった?」
「・・・・・嫌。」
「アンタバカ!?アタシとの約束を破るつもり!?」
「・・・・あなたは前にした事があるんでしょ?でも、私はしたことがない。
なら、今日は私にさせて。」
「また今度にしなさいよ!!って、言っても、シンジはこう寝てる事なんて、
めったにはないんだけど・・・・・」
「だから、今日は私が・・・・・」
「駄目ったら駄目!!こうなったら早い者勝ちよ。アタシがさきに・・・・」
「そうはさせないわ。碇君は私のものよ。」
「言ったわね!?シンジは渡さないわよ。元々アタシのものだったんだから!!」
「・・・・碇君は、私のものよ・・・・」
「離しなさいよ!!届かないじゃない!!アンタって見かけによらず、馬鹿力
なのね!!」
「・・・・私は碇君のためなら・・・・何でも出来る・・・・」
「それでこの力なわけ!?シンジも大したもんよね!!」
「・・・・碇君が私に力をくれてる。私はそれを感じるもの。」
「・・・アンタって・・・・凄いわね・・・・・」
「・・・・碇君への想いは、誰にも負けない・・・・」
「・・・・・・・・・・・今日だけよ。一回だけだからね。」
「私に譲ってくれるの!?」
「そんなうれしそうな顔しないで。悔しさが込み上げてくるじゃない。」
「ありがとう。あなたは絶対に譲ってくれる人じゃないと思ってた・・・・」
「誤解しないでよ。アタシはシンジを諦めた訳じゃないから。ただのお情けよ。
アンタがあんまり哀れだから・・・・」
「分かってるわ。あなたの気持ち、私にも分かるもの。」
「・・・・じゃあ、シンジを起こしたらすぐ来るのよ。余計な事はするんじゃ
ないわよ。いいわね。」
「あなたはここにいないの?」
「当たり前でしょ!?シンジとアンタがキスしてるのを見てられるほど、アタ
シは我慢強くないわ。」
「そう・・・・・」
「くれぐれも、余計な事はしない事!!」
「・・・・・・」
「いいわね!!絶対よ!!」
バタン!!
「・・・・・碇君と二人きり・・・・・・」
「・・・碇君の寝顔・・・・唇・・・・・キス・・・・してもいいの?あの人
は許してくれた。今だけは碇君は私のもの。でも、いつか・・・・碇君・・・・」
両手で顔を包みこみ、そっと唇と唇を触れさせる。
「・・・・碇君、起きない・・・・・どうして?私のキスじゃ起きないの?あ
の人じゃなきゃ駄目なの?ううん、そんな事はないわ。あの人は碇君に対して
は遠慮がないもの。きっとこのくらいじゃ駄目なのね・・・・・碇く・・・・
んっ・・・・」
今度は強く唇を押し付けた。
「・・・・・ん・・・・・碇君・・・・・好き・・・・・」
「・・・・・・・ん・・・綾波・・・・?」
僕は目が覚めた。ちょっと一眠りのつもりが、つい熟睡してしまったようだ。
ところで、僕の目の前には綾波の顔がある。それは心なしか赤い。僕は綾波に
起こされたのだろうか?綾波に尋ねてみた。
「・・・・綾波が・・・僕を起こしてくれたの?」
「・・・・・碇君・・・・やっと起きてくれたの・・・・?」
「う、うん。ありがとう、綾波。何だか寝込んじゃってたみたいで。ごめんね、
わざわざ手間をかけさせちゃって。」
「・・・いいの、私は・・・・碇君が起きてくれれば、それで・・・・」
「・・・・そう?」
「うん・・・・」
綾波は何だかもじもじしている。顔もさっきよりもずっと赤味を増してきたよ
うだ。僕はそれに気付くと、綾波に尋ねてみた。
「ところで綾波、何だか顔が赤いけどどうかしたの?」
「・・・・・キス・・・・」
「え?」
「・・・・私のキスで・・・・碇君が起きてくれたから・・・・・」
「ちょ、ちょっとキスって、まさか綾波が・・・・・?」
僕はかなりびっくりして綾波に尋ねてみると、綾波は真っ赤な顔をして、コク
ンと一つうなずくと、僕に向かって恥ずかしそうに言った。
「うん・・・・キス・・・・しちゃった・・・・」
「ア、アスカは!?」
「・・・あの人は・・・・こうするのを許してくれたから・・・・・」
あのアスカが、綾波が僕にキスする事を許すとは・・・・とても信じられなか
った。僕は重ねて綾波に聞き返した。
「ほ、ほんと!?よくあのアスカがそんな事を許したね。」
「・・・・あの人の事は何も言わないで。あの人は、私と碇君に二人だけに時
間をくれたんだから・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・碇君・・・・」
「・・・なに、綾波?」
「・・・・・・・もう一度・・・・いい?」
「・・・もう一度って・・・もしかして、キス!?」
「・・・うん・・・・・一度だけでいいから・・・・」
「・・・・駄目だよ。」
「・・・・お願い。こんな機会は、もう二度とないの。だから・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・お願い・・・・・」
綾波は小さな声でそう言いながら、僕に顔を近づけてきた。綾波の小さな桜色
の唇が、僕の唇に迫る。しかし、もう少しでくっつきそうになったその時・・・・
「レイ・・・アンタ・・・・・」
アスカがその光景を目撃したのだ。アスカはやはり、恐い顔をしている。僕は
綾波がアスカに隠れてやったものだと思った。しかし、アスカは振り返った綾
波に対して大きな声でこう言う。
「起きたら終わりだっていったじゃない!!シンジが起きてるのに、どうして
アンタはまたキスしようとしてる訳!?」
「・・・・あなたはすぐ来いとは言ったけど、キスしちゃ駄目だとはいわなか
ったわ。」
「余計な事はするなっていったでしょ!!」
「キスする事は、余計な事じゃないもの。私には、大事な事だもの。」
アスカは悪びれずにこう言う綾波に対して、拳を強く握り締めたが、すぐに力
を抜くと諦めたような口調で綾波に言った。
「・・・・アンタには何を言っても無駄だったわね。アタシが馬鹿だったわ。
ま、未遂に終わったからこう落ち着いていられるんだけどね・・・・・」
「・・・・・」
「レイ、来るのよ。シンジのご飯を、ここに運ぶから。」
「わかったわ。」
「ちょ、ちょっと待ってよ!!どうしてここに運ぶ必要があるのさ?僕はそっ
ちでみんなと一緒に食べるよ。」
僕がそう言うと、アスカは僕の方につかつかと近づいてきて、僕に顔を思いっ
きり近づけると、僕の鼻に人差し指を突きつけて言った。
「シンジは疲れてるの!!だからアタシ達がおいしいおじやを作ったから、こ
こでおとなしく食べなさい!!いいわね!!」
「で、でも、僕は風邪をひいてる訳じゃないし・・・・」
「シンジを世話したいのよ。だから、アタシ達に付き合って。お願い。」
「・・・・わかったよ。でも、何だかおかしいなあ・・・・」
「それが、女ってもんなのよ。シンジには分からないかもしれないけどね。」
「・・・僕にはわからないよ。ほんとに。」
「男だからね。じゃ、待っててね、かわいいシンちゃん!!」
アスカはそう言って、さっと僕のほっぺたにちゅっ!!とキスをして去ってい
った。それを見ていた綾波も、また僕に近寄ると、反対側のほっぺたにキスを
して、ちょっとはにかむと、そのまま出ていってしまった。
そして、部屋に一人取り残された僕は、二つの嵐が過ぎ去った後、ベッドの中
で上体を起こしたまま、呆然とドアの方を眺めていた。
アスカはやっぱりアスカだし、綾波は完全にアスカに感化され始めている。
困ったものだ・・・・
僕はそう思いながら、おとなしく二人が来るのを待っていた。僕はもう諦めて
いた。これからは家でも静かに独りでものを考えるという事も出来なくなるだ
ろう。独りにはならなくて済むとはいえ、ちょっと疲れるものではあった。
僕は苦笑して、こう思った。独りって言うのも、案外悪くもなかったな・・・と。
贅沢な事だとはわかっていたが、そう考えられること自体、僕が幸せな証拠だ
ろう。人は完全を求めてしまう生き物だ。でも、何事も完全では有り得ない。
僕はそれがわかっていたから、敢えて何も言わなかった。僕は黙ってため息を
一つつくと、また再びベッドに横になった。そして、もう何も考えない事にし
たのだった・・・・
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