私立第三新東京中学校

第百八話・魂の美


僕たち三人の意見もまとまり、再びみんなの待つ教室に戻って行った。
洞木さんやトウジ、ケンスケは、僕たちのことを心配そうな顔をして見ていた
が、口に出しては何も言わなかった。きっと僕たちの間に何かあるのだろうと
いうことくらいはわかっているのだろう。僕はみんなのこの気遣いに、深く感
謝していた。
特に洞木さんとアスカは、僕たちの間でもとりわけ仲がよく、付き合いも深か
ったので、アスカの顔をじっと心配そうな表情で見つめていた。すると、アス
カもそれに気付いたのか、洞木さんに向かって元気よく言った。

「何でもないから、ヒカリは心配しないで!!大した事じゃないんだから!!」

洞木さんはアスカのその言葉を聞いても、なかなか安心するそぶりを見せずに、
アスカに向かって言う。

「そう・・・?でも、アスカの顔色、ちょっとよくないし・・・・」
「顔色なんて悪くないわよ。シンジと喧嘩したって訳でもないし・・・・シン
ジ、アンタからも何とか言いなさいよ!!」

アスカは僕に向かってそう言う。アスカの言うことももっともだったので、僕
は喜んでアスカに協力して、洞木さんに言った。

「アスカの言う通り、何でもないんだよ。だから心配しないで、洞木さん。」
「碇君がそういうのなら・・・・」
「ってヒカリ!!何でアタシの言葉は信じないで、シンジの言葉だと信じるの
よ!?」

アスカは大きな声で洞木さんに詰め寄る。すると洞木さんは笑いながらアスカ
に言った。

「アスカは嘘が上手でしょ!!碇君は嘘なんてつけないって分かってるからね!!」
「ヒカリ!!アンタ!!」
「冗談よ、アスカ。でも、アスカってどこか、強がって無理してるところがあ
るでしょ!?あたしはアスカのそんなところが心配なのよ。」

洞木さんの意見を聞くと、僕はもっともだと思ったので、思わず口に出して言
った。

「うんうん、アスカはそういうところがあるからなあ・・・・心配なんだよ。」

アスカは僕のこの言葉を聞くと、またまた大きな声で言った。

「アタシはシンジにだけは、強がってなんかないわよ!!アタシの全てを見せ
てるじゃないの!!」
「ア、アスカ・・・その言い方は誤解を招くよ・・・・」
「何がよ?」
「ほ、ほら、その・・・・」
「はっきり言いなさいよ。じれったいわねえ。」
「・・・・・」
「・・・えっち。」
「ち、違うよ!!何言ってんだよ!?」
「見たいなら見たいってはっきり言えばいいのに。水臭い・・・・」
「べ、別に見たくなんかないよ!!」
「・・・ほんとに見たくないの?」
「別にいいって。」
「無理しなくてもいいのよ。」
「無理なんてしてないって。」
「ほんとに?」
「ほんとに!!」

僕が大きな声でそう断言すると、アスカは寂しそうな顔をして、一言僕に言っ
た。

「バカ・・・・」

僕はそんなアスカの顔を目の前にして、何も言えなくなってしまった。すると
アスカはうつむいて独りつぶやく。

「・・・アタシは待ってるんだから。シンジがアタシのもとに来てくれること
を・・・・」
「・・・・・」

僕はそんなアスカを心配そうに覗き込む。すると、アスカはいきなり顔を上げ
て、両手で僕のほっぺたを引っ張りながら言う。

「アタシをあんまり待たせると、承知しないぞぉ〜!!」

そして笑いながら僕のほっぺたをむにむに引っ張る。

「い、痛いって、アスカ!!手を離してよ!!」
「駄目よ!!時々シンジにはこうしてやらないと、アタシを待たせる価値って
ものがいまいちわからないみたいだから。」
「わ、わかってるって。だから手を離して。」

僕がアスカにそう哀願すると、ちょっと怒った様子を見せて、ほっぺたを膨ら
ますと、更に強い力で僕のほっぺたをつねりながら、大きな声で言う。

「嘘おっしゃい!!アンタがわかってたら、今すぐアタシをきつく抱きしめて、
どこかに二人っきりになれるところに連れていってるはずよ!!なのにアンタ
は恥ずかしがってばっかりいてぇ〜!!」
「ご、ごめん!!ほんとごめん、アスカ!!だから勘弁して!!」
「謝るんじゃないの!!アンタはもう、アタシにこうして遊ばれてるより他に
はないんだから!!」
「そ、そんなあ・・・・」
「ほれほれ!!」

僕はこんな感じで、アスカにほっぺたをつねられたまま、みんなの笑い者にさ
れていた。アスカだけでなく、洞木さんもトウジも、ケンスケもみんな、僕た
ち三人が深刻そうな顔をして、廊下に行ったことなど忘れて、楽しそうに笑っ
ていた。僕はアスカにほっぺたを引っ張られていることもあって、そう楽しい
気分にはなれなかったが、それでもみんながこうして明るく笑っているのは、
僕にとって喜びであった。しかし・・・・

「シンジ君がアスカさんにひどい目に会わされているよ。」

みんなが笑っている中にあって、冷静な顔をして渚さんが傍らの綾波に言う。
すると綾波は全くその表情を変えずに、渚さんに返事をした。

「あの人なら平気よ。」

綾波は話し掛けた渚さんの顔を見ようともせずに、静かに答える。それとは対
照的に渚さんは綾波の方をじっと見つめて、綾波に言った。

「・・・君はアスカさんを信じているんだね。」
「あの人は、私の次に碇君を想っているわ。だからあの人はどんな事があって
も、碇君を傷つけたりはしない。」
「そうかい?でも、シンジ君は辛そうだよ。」
「碇君は辛い時に、ああいう顔はしないわ。」
「じゃあ、どういう顔をするんだい?」
「あなたには関係ないわ。」
「関係なくはないよ。僕もシンジ君の全てを知りたいんだ。」
「そんな事、私は許さないわ。」
「・・・どうして君は、僕をそんなに毛嫌いするんだい?」
「毛嫌いしてなんかいないわ。ただ、好きにはれないだけ。」
「・・・・・」

渚さんが黙ると、綾波ははじめて渚さんの方を向いて言った。

「碇君はあなたを信じると言ったわ。私は碇君の意志を曲げるつもりはない。
だからあなたとも話をするけど、私は碇君と違って、あなたに心を許したりな
んかしないわ。」

それを聞くと、渚さんは随分と失礼なことを言われたにもかかわらず、微笑み
を浮かべると、綾波にひとこと言った。

「君はシンジ君を愛しているんだね。心の底から・・・・」
「・・・・私は碇君を愛しているわ。だからこそ、碇君を傷つける訳にはいか
ない。たとえどんなことが起きようとも・・・・・」

すると、渚さんはすっと立ち上がり、綾波に顔を近づける。綾波はそれを避け
ようともせず、微動だにしなかった。渚さんの顔が、綾波の顔と触れるくらい
に近づくと、ひとこと言う。

「君も僕の好意に値するね。君のシンジ君を想う姿は美しいよ・・・」

渚さんはそう言うと、ひとり教室を後にして、どこかに行ってしまった。綾波
は何の感情も見せずに渚さんの後ろ姿を見つめていたが、教室のドアが閉まり、
視界から消えると、ゆっくりと瞳を閉じた。そして、少しして目を見開くと、
何事もなかったかのように、僕の方に視線を戻した。そして、僕の方につかつ
かと歩み寄って来て、アスカの手をつかむ。

「そのくらいにしてあげて。碇君がかわいそうよ。」

アスカはいきなり自分の手をつかまれて、そんな事を言われたもんだから、キ
ッと綾波の方をにらんだが、綾波のその顔を見て、すぐにその手を離した。そ
の時の綾波の顔は、以前の綾波と違って、僕しか見えていないようなものでも
なければ、アスカのことを敵対視しているでもない、どこか理解めいたものが
あった。
僕もアスカもその事に気付いて、綾波のことを見つめていたのだが、綾波はそ
んな事には気付いていないのか、アスカにつねられて赤くなっている僕のほっ
ぺたにそっと手を当てて、ひとことつぶやいた。

「こんなに真っ赤になって・・・・・」

そして綾波は、やさしく僕の頬をさすった。しばらくさすった後、綾波はさす
っていた片手を離すと、いきなり僕に顔を近づけて、赤くなった僕のほっぺた
に、自分の真っ白な頬をくっつけた。そしてまたひとこと言う。

「・・・熱を持っているわ。私がこうして、冷やしてあげる。そうすれば、す
ぐに痛みもひくから・・・・」

綾波はそう言いながら、ぎゅっと自分の頬を僕の赤くなった頬に押し付けた。
僕は綾波の頬が冷たいようには感じなかったが、近くに見た綾波の顔は、透き
通るように白く、綺麗だった。そんな綾波は、両目を閉じ、僕の頬の感触を感
じているようだった。
そしてなぜか、いつもだったらこんな事は絶対に見逃しては置かないアスカも、
黙ってじっと綾波の様子を見つめていた。アスカにそう感じさせる、何か神聖
なものがあったのだろう。今の綾波は、何だか特に美しい感じがした。そう、
それは言うならば、魂の美しさが、そのけがれなさがそのまま表面に現れたよ
うな、そんな美しさであった。僕はそんな綾波を見て、綾波がまたひとつ、人
間らしく成長したのだと思った・・・・・


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