私立第三新東京中学校

第百四話・選ばれた人間


ベシッ!!

「こら、いい加減にしなさい!!」

いつのまにか、アスカが僕たちの目の前に来ていて、いきなり綾波の頭をひっ
ぱたくと、大きな声で言った。綾波はそれでもまだ僕から離れようとはしなか
ったのだが、取り敢えず首をひねってアスカに顔を向けた。アスカはひっぱた
かれてもまだ僕から離れようとしない綾波を見ると、一瞬表情に怒りの感情を
あらわにしたが、すぐに落ち着きを取り戻して、厳しい顔で綾波に言った。

「シンジが迷惑してるじゃないの!!アンタはシンジがこういうのを人に見ら
れるのが嫌いだって知らないの!?」

綾波はアスカの言葉を聞くと、まるでさも意外な言葉を聞いたかのように、不
思議そうな顔をして言った。

「迷惑・・・?」
「そうよ。シンジは甘いから、アンタを突き放す事なんて出来ないんで、こう
させてやってるけど、本当は嫌がっているはずよ。」
「碇君・・・・本当?」

綾波は少し身体を起こして、僕に尋ねてくる。僕は何と返事をしたらいいのか
と思ったが、取り敢えず綾波を傷つけない程度に、アスカの意見を肯定する事
にした。

「・・・・うん。僕はこういうのちょっと嫌いだな。でも、綾波の事を嫌いに
なった訳じゃないから、気にしなくていいよ。」

すると、それを聞いたアスカが僕に向かって言う。

「アンタ何調子のいいこと言ってんのよ。それだから甘いって言うのよ。嫌な
ものは嫌!!ってはっきり言わなくっちゃ。」
「で、でも・・・・綾波を傷つけると悪いし・・・・」
「アンタのそういうところが悪いのよ。確かに人の気持ちを気にするのはいい
ことよ。でも、ちょっとアンタの場合は大袈裟すぎるんじゃない?」
「そ、そうかな・・・?」
「そうよ!!アンタのそれで、みんなが困るんだからね!!」
「・・・・・」

確かにアスカの言っていることはもっともなことであったし、僕もそういう事
を考えたこともなくはないので、耳に痛い言葉であった。僕がそんな風に悩み
始めていたら、綾波が急に僕から離れて謝ってきた。

「・・・ごめんなさい、碇君。私、やっぱり碇君に迷惑ばかり掛けて・・・」
「・・・・・」

僕は綾波を慰めてやろうと思ったが、アスカのさっきの言葉があっただけに、
何も言い出すことが出来なかった。綾波は、心のどこかで、僕がまたやさしい
言葉を掛けてくれるかもしれないと、期待していたのかもしれない。しかし、
それは僕の言葉から発せられることはなかった。綾波はそれに気がつくと、ゆ
っくりと立ち上がって、そしてそのまま教室を出て行ってしまった。

「あ、綾波!!」

僕は思わず後を追いかけようとしたが、アスカが僕のことをつかんで引き止め
た。

「シンジは行っちゃ駄目!!」
「え!?」
「シンジの代わりにアタシが行くから。その方がいいから。」

僕にはアスカの言いたいことが、なんとなく分かったような気がした。そして、
僕は綾波をアスカに任せることにし、おとなしく席に座った。アスカはそれを
見届けると、綾波の後を追って、教室を出て行った。
綾波もアスカもいなくなり、僕一人が取り残されると、取り巻いて僕たちの様
子を見ていたみんなが、僕のところに寄ってきた。

「大変やったな、シンジ。」
「・・・うん・・・・」
「ま、気にすんなや。惣流が何とかしてくれるやろ。」
「うん・・・・」

トウジが僕を慰めてくれる。それを見ていた洞木さんも、僕に向かって話し掛
けてきた。

「ごめんなさい、碇君・・・・あたし、もしかして悪い事言っちゃった?」
「ううん、洞木さんは委員長として当然のことをしたまでだよ。悪いのは僕と
綾波だったんだから。」
「でも、それで綾波さんをなんだか傷つけちゃったみたいで・・・・」
「洞木さんのせいじゃないって。」

すると、トウジが洞木さんにやさしく声を掛ける。

「せや、いいんちょーのせいやないで。だからそんな顔すんなや。」
「鈴原・・・・」

横にいたケンスケも何か言いたい事があったようだが、今はお邪魔だと感じた
ようで、おとなしく黙っていた。そして僕は、この二人を見ていいなあと思っ
た。
普段はそんなにくっついたりしてる訳でもない。でも、困った時や何かがあっ
た時にはしっかりとお互いを助け合う。そんないい関係に僕には映って見えた。
僕はそんな二人を微笑ましく見ていると、ふと、僕の視界に誰がが立ちふさが
った。

「シンジ君、君もなかなかやるもんだね。いいものを見せてもらったよ。」
「な、渚さん!!」

僕が驚いて声を上げる。すると渚さんは微笑みながら僕に向かって言った。

「冗談だよ。でも、君にもいろいろと問題がありそうだね。僕でよかったら相
談に乗ってあげるよ。」
「え!?で、でも・・・・」

僕がそう、うろたえた様子を見せていると、渚さんは、ついと僕の顔にその顔
をくっつくくらいに近づけて、静かに言った。

「好きな人の悩みを聞いてあげたいって言うのが、人としての心理だろう?君
はそうは思わないのかい、シンジ君?」
「そ、それはそうかもしれないけれど、でも・・・・」
「そうか、僕と君は、お互いにまだほとんど何も知らないからね。いい機会だ
よ。今日、君とゆっくり話し合おう。今日は暇かい、シンジ君?」
「え!?い、一応暇だけど・・・・」
「なら決まりだ。放課後、君のうちで。いいね?」
「う、うん・・・・」

僕はなんだか渚さんの不思議な迫力に押されて、思わずうんと言ってしまった。
すると、渚さんは微笑みながら僕にひとこと言う。

「かわいいんだね、君は。」
「え!?」
「君の中には、いろんな君がいるような気がする。そのどれもが繊細で、光り
輝いて見えるよ。それが、君の魂の色の基調をなしているのかな?」
「・・・・?」

僕は渚さんが何を言おうとしているのかが、よく分からなかった。すると渚さ
んは更に続けて言う。

「君の魂が、優しさや思いやりを生み出す。君が何といおうと君は美しいよ。
僕は元々、魂の美にしか引き付けられなかったんだ。ここで君に出会えて、僕
は幸せに思うよ。」
「・・・・ぼ、僕にはなんだかよくわからないけど・・・・・」
「つまり、君は自分を卑下するのは止めた方がいいって言うことさ。君は人に
自慢していいくらい、美しいよ。だからこそ、あの娘達も君に想いを寄せるの
だろう?」
「・・・・ぼ、僕はそんなんじゃないよ・・・・・」
「僕は君をはじめて見た時から、君が他の誰とも違う、特別な人間だと感じて
いたよ。僕は人を見る目に関しては、ちょっと自信があるんだ。」
「・・・僕が・・・・特別?」
「そう、君は特別だよ。だからこそ、この僕にふさわしい。」

僕は渚さんの不思議な言葉を聞きながら、その言葉の魔力から逃れたくなって、
おずおずとこう言った。

「・・・・止めてよ。僕をからかうのは・・・・」

すると、渚さんはキッと表情を引き締めて、僕に向かって言った。

「僕は余人と違って、人をからかったりなんてしない。君にだってその事が分
かるはずだ。なのにどうしてそれを偽る?君は自分に対して嘘を付いて来たん
だ。そしてそれにより、自分を、本当の自分の姿を隠し通そうとしている。無
論、君はその技術が完璧であるとは言えないので、見る目を持った人間には、
君の本当の姿が見えてしまう。だからこそ、あの二人は君に引き付けられる。
なぜならあの二人も君と同じく、特別な人間なのだから・・・・」
「・・・・・」
「君たちは選ばれた人間なんだ。その事を忘れてはいけない。君は全てから逃
げようと思っても、完全に逃げられる何てことはありえないんだ。」

僕はいつのまにか、たたみかけてくるような渚さんの言葉に聞き入ってしまっ
ていた。そして、渚さんの真紅の瞳、綾波と同じ色をしたその瞳に吸い付けら
れるように、覗き込んでいた。
僕には渚さんのいっていることは、難しすぎて、よく分からなかった。しかし、
なぜか心の奥底では、それを理解しているような気がしていた。言葉では言い
表すことの出来ない、魂のつながり、そういった物を感じ取っていた。なぜ、
僕が会って間もない渚さんとこんなに通じ合えるのか、どう考えてもわからな
かった。しかし、僕と渚さんがどこかでつながっているということだけは、は
っきりとわかっていた。その理由、それには思い当たることが一つだけある。
そう、それは、第十七使徒「渚カヲル」の存在であった・・・・・


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