私立第三新東京中学校

第百話・恐怖の酒宴


「こら、シンジ!!」

僕がみんなとは別に、一人で食事をしようとしていると、アルコールが入って、
かなりいい気分になっていると思われるアスカが、僕に絡んできた。

「陰気くさく、一人でうつむいてもの食ってんじゃないの。アンタも一緒に飲
みなさい!!」
「僕はいいよ。アスカ達だけで飲んでよ。」
「アンタ、アタシを一人にする気!?」
「何言ってんだよ。綾波もミサトさんも一緒じゃないか。」
「うるさい!!アタシにとって、アンタ以外はゴミなの!!わかってんの!?」
「ゴ、ゴミって・・・・」

僕はかなりひどい言い草だと思ったが、まあ、酔っぱらいの戯言だと思って、
追求するのは避けた。

「とにかくいいから飲みなさい!!ほら、アタシが注いであげるから・・・」

アスカはそう言うと、ワインのボトルを手に取ったが、あいにくそれはもう既
に空だった。アスカは僕のグラスに注ごうとして、はじめてその事に気が付く
と、僕に向かって人差し指を突きつけて言った。

「ほら、冷蔵庫からあるだけワインを持ってきて!!」
「はいはい・・・」
「はいは一回でいいの!!」
「はい。」

全くとんでもない話だ。しかし、酔っぱらいには逆らわない。これが鉄則であ
ると僕は固く信じていたので、おとなしくアスカに従った。まあ、僕は元々人
に逆らわないという下地があったというせいもあるのだろうが。

僕は立ち上がり、冷蔵庫に向かうとそれを開ける。
冷蔵庫の冷気がひんやりと心地よい。僕はまだほとんど飲んでいないとはいえ、
それでも中学生が酔っぱらいはじめるには十分な量だ。僕はワインを探す振り
をして、少しの間頭を冷やす。本当に少しの間であったが、それでも僕はだい
ぶすっきりして、アスカの前に戻ってきた。するとアスカは僕に向かって命令
する。

「それをみんなに注ぎなさい!!アンタとアタシとファーストと!!」

アスカは酔っぱらっているせいか、また綾波のことをファーストと呼んでしま
っている。まあ、そんな事はいいとして、僕はアスカに言われるがままにワイ
ンを注いでまわった。僕が注ぎ終わると、アスカは僕に向かってにんまりと笑
って、こう言ってきた。

「よくやった!!これはご褒美よ!!」

そして僕のほっぺたにキス。しかも、なんだかぶちゅーっという感じだ。はっ
きり言って、こんなのは全然感慨のかけらも感じられない。僕は苦笑いを浮か
べながら、自分の席についた。僕が席に着くと、もうアスカは僕のことなど構
わずに、一人で料理をつまみながら、ワインをあけている。僕はアスカの飲み
っぷりを見て、舌を巻きながらも、内心ではアスカが僕をそっとしておいてく
れてよかったと思った。
そして僕がそう思っていると、僕の袖が引っ張られる。僕が振り向くと、やっ
ぱりその主は綾波だった。しかし、綾波は僕が振り向いても、袖をくいくいと
引っ張り続ける。僕は綾波も酔っぱらっているのかな?とおもい、軽く微笑ん
で綾波に言った。

「どうしたの、綾波?酔っぱらっちゃった?」

すると綾波はまだ僕の袖を引っ張り続けながら、僕の言葉が全く聞こえてない
かのように言う。

「碇君・・・・」
「なに?」
「好き。」
「あ、綾波!?」
「好き好き好き!!」
「あ、綾波、酔っぱらったね?」
「碇君が好き!!」
「わ、わかったから、ね!!」
「大好き!!」

まるでこの前の電話の時のようだ。もしかしてあの時も綾波はお酒を飲んでい
たのだろうか?僕は一瞬そんな事も考えたが、すぐに頭の中から消去した。綾
波が一人でお酒など飲む訳もないのだ。ということは、今のこれは綾波が酔っ
ぱらってしまって本心を僕にぶちまけているということなのだろうか?
しかし、それが正しいかどうかはともかく、こうなってしまってはもう綾波も
手の施しようがないと、僕は思っていた。
そんな訳で、僕は綾波にはただしゃべらせておくままにした。

「碇君、好き!!」
「・・・・」
「私のことも好きでしょ!?」
「・・・・」
「キスして、キス!!」
「・・・・」
「ね、碇君!!」
「・・・・」
「何とか言ってよ。」
「・・・・」
「ねえ、碇君!!」
「うわっ!!」

綾波はだんまりを決め込んだ僕にじれたのか、いきなり僕に抱き付いてきた。
そしてまるで猫のように僕にほっぺたを摺り寄せてくる。僕はこれも、ただ酔
っぱらって僕に絡んできているだけだろうと、たかをくくっていた。
しかし、僕の読みはかなり甘かったと言わざるをえない。綾波は僕が油断して
いる隙に、ほっぺたにキスをしてきた。しかし、さっきのアスカのものとは違
い、やさしく触れるだけのキス。僕は思わずビクッとしてしまった。
すると綾波は僕に向かって言う。

「キス・・・しちゃった。碇君に・・・・」
「あ、綾波・・・・」
「レイって呼んで!!あの時みたいに!!」
「綾波、もう横になった方がいいよ。お酒で顔が真っ赤だよ。」
「これはお酒のせいじゃないもん。碇君のせいだもん。」
「ほら、そんな事言ってないでさ。」
「嫌。こんな時でないと、碇君を一人占めできないもん。」
「そ、それは・・・・」
「キス・・・して・・・・」
「・・・・・」
「もう、碇君がしてくれないなら、こっちからしちゃうから!!」

綾波はそう言うと、僕にのしかかるようにして、キスを浴びせてきた。綾波は
まるで別人みたいだ。アスカのような過激さで、僕に逃げる隙を与えない。し
かし、いくら僕が綾波のこの状態に閉口したからと言って、綾波を突き飛ばす
訳にもいかないし、もちろんアスカに助けを求める訳にもいかない。僕はミサ
トさんの方を見ると、だめもとで懇願した。

「ミ、ミサトさ〜ん!!」

するとミサトさんは、いきなりげんこつ一閃。

「うるさい!!」

見事に綾波の後頭部にクリーンヒットした。もうほとんど正気でなかった綾波
は、ミサトさんの一撃でくずれ落ちる。僕はかなりやばいとおもいつつも、綾
波を黙らせてくれたことに関しては、ありがたいと思った。
しかし、綾波をこうしておく訳にもいかないので、僕は綾波を担ぎ上げると、
ソファーの上に横にして、側にあったタオルケットを掛けてやった。僕が綾波
を運んで戻ってくると、運悪く僕はまたアスカの目にとまった。

「シンジ、ちょっとこっちに来なさい!!」
「な、何でしょう?」

僕はびくついて、アスカの言うなりになる。アスカは綾波と違って、いきなり
殴ったりする事があるから、かなり危険なのだ。

「どうしてアンタは自分の分をはんばーぐにしなかったのよ!?」
「へ!?」
「ファーストにあわせて、とーふすてーきにしたじゃないの!!」
「ああ、うん、そういう事だよ。」
「アンタはアタシと同じじゃなくちゃ駄目なの!!」
「そんな・・・・」

僕は反論の言葉が喉まで出掛かったが、何とかそれを押さえた。しかし、アス
カはそんな僕のことなどお構いなしに、一方的に話しまくる。

「アンタは他の奴のことを考え過ぎるのよ。アタシのことだけ考えてればいい
の。わかった!?」
「は、はい。」
「よし。なら飲め!!」

アスカはそう言うと、僕に向かって自分の持っていたグラスを突き出す。僕は
逆らうのが恐ろしかったので、それをおとなしく受け取ると、ぐいっと飲み干
した。アスカは僕から返された空のグラスを受け取ると、再びワインでそれを
満たしながら、僕に向かって言う。

「大体どうしてファーストなんかと一緒に暮らさなくちゃいけない訳!?ミサ
トでさえ、邪魔だって言うのに・・・・」
「・・・・」
「全部ミサトが悪いのよ。ミサトが早く加持さんと結婚して、ここから出て行
けばいいのよ。それで、ついでにファーストも追い出して、あとはアンタとア
タシの二人だけ。新婚気分を満喫できるでしょ。」
「・・・・」

アスカはそう言うと、今度はミサトさんに向かって言った。

「ミサト、アンタは早く・・・・」

ごちっ!!

ミサトさんは有無を言わさずアスカにげんこつ一閃。アスカも綾波と同様、ミ
サトさんの一撃の前に、もろくも崩れ落ちた。僕は恐くなってミサトさんの方
に視線を向けたが、ミサトさんはうるさい奴が消えたと思ったのか、もう缶ビ
ールにひたっていた。僕はミサトさんの飲酒の邪魔をせぬように細心の注意を
払いながら、気絶したアスカを担ぎ上げると、綾波を寝かせたすぐ隣のカーペ
ットの上に横たわらせ、近くにあったバスタオルを引っかけておいた。普段の
僕だったらこんな無造作なことは絶対にしないのであるが、僕もだいぶアスカ
に飲まされたワインが効いていたのか、思考力が鈍っていたのである。
そして、僕がアスカを運び終わって、なぜかミサトさんのいるテーブルのとこ
ろまで来た。僕は完全に人間凶器と化しているミサトさんを放っておいて、自
分の部屋に戻ってそのまま寝てしまえばよかったのであるが、やはり思考力が
鈍っていたのだろう。愚かなことだった。

僕は何気にアスカの座っていたミサトさんの隣の椅子に腰掛け、食べかけのハ
ンバーグにかじりついた。なんだか味はよく分からなかったが、なぜか食べた。
僕が食べていると、いきなり鈍い音がした。そして僕は意識を失った。僕はそ
の時何が起こったのか、全く気付かなかった。しかし現実は明らかだ。綾波や
アスカと同様に、ミサトさんに殴られたのだ。それもいきなりに。
こうして僕は意識を失い、そのまま夜は更けていった。残されたミサトさんが
いつまでお酒を飲んでいたのか、それは誰も知らない・・・・・


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