私立第三新東京中学校

第九十六話・綾波の力


「どういう事なの、あれは一体!?」

僕たちが理科準備室の前まで来ると、ミサトさんの大きな声が外まで聞こえて
きた。

「リツコ、アンタなら何か知ってるんでしょ!?」

僕はミサトさんの迫力におののきながらも、中に入れてもらおうと、ノックを
しながら呼びかける。

コンコン!!

「ミサトさん、リツコさん!!シンジです。中に入れてもらえませんか?」

僕がそう言うと、ミサトさんの声は聞こえなくなり、代わりにリツコさんの落
着いた声が聞こえてきた。

「シンジ君、あなたのほかに、誰か、居る?」
「は、はい。僕の他には、綾波とアスカがいます。」
「アスカ・・・・?まあ、いいわ。三人とも中に入りなさい。」

僕がアスカと言った時に、リツコさんはあまりいい感じを持たなかったみたい
だが、それでも中に入ることは認めてくれた。アスカは特にリツコさんが苦手
なこともあって、自分がそう言われたのにちょっとむっとしている様子だ。し
かし、今はそんな事で腹を立てていてもしょうがないと感じたのか、黙って何
も言わなかった。

「失礼します・・・・」

僕は薄暗い部屋の中に入っていく。別に薄暗くなくても問題はないのだろうが、
敢えてリツコさんはこうしているのだろう。僕にはそういう事を考える精神状
態がいまいち把握出来ないが、怪しい雰囲気を醸し出していることは事実であ
る。
そして、僕が中に入った時、やはり元ネルフの面々が勢揃いをしていた。普段
は授業以外では余り顔を合わせない日向さんや青葉さんもいる。めいめいは椅
子に腰掛けており、ミサトさんも一応僕たち子どもがいるという事があるため、
おとなしく腰を下ろしていた。

「好きなところに座って。」

リツコさんは中に入ってきた僕たちにそう言う。僕たち三人は、近くにあった
椅子に適当に腰を下ろした。

「じゃあ、シンジ君達が揃ったところで、はじめから話をしましょうか。」
「すみません、リツコさん。」
「いいのよ。もうわかっているとは思うけど、話はもちろんあの転校生、渚カ
ヲルのことよ。」

リツコさんがそう言うと、ミサトさんがまた立ち上がって大きな声でリツコさ
んに言った。

「そうよ!!どういう事なの、あれは一体!?」
「ミサトは黙ってて。これからその話をするんだから・・・・」

リツコさんはミサトさんをたしなめると、話を始めた。

「まず、私についてだけど、私は何も知らないわ。きっと知っているのは碇理
事長と冬月校長、そしてあと・・・・」
「なによ、リツコ?あと何なの?」
「あと、それは正しいかどうかわからないけど、加持リョウジ、彼も知ってい
る可能性があるわ・・・・」
「加持君!?どうして?」
「リョウちゃんは、最近あの辺りをうろうろしてるのよ。間違いなく、理事長
達のために何かしているに違いないわね。」
「そんな・・・」
「でも、事実よ。まあ、私たちが尋ねたところで、答えてくれるとは思えない
から、そういう意味では理事長達と同じね。」
「・・・・」
「で、問題の渚カヲルなんだけど・・・・MAGIで調べて見ても、使徒であ
るという反応はなかったわ。」
「綾波も、使徒の感じはしないって言ってました。」
「そう・・・なら、それは正しいのかもしれないわね・・・・」
「・・・・・」

リツコさんの答えに、何故かみんな沈黙する。この中には綾波の秘密を知って
いる人間も数名いる。しかし、それを知らぬ人間でさえ、綾波が何か特別な存
在であることくらいは感じていたのだ。それに、アスカ以外の人間、例えば青
葉さんや日向さんは、あまり今の綾波については知らずに、昔のエヴァに乗っ
ていた頃の綾波の印象のほうが強いのだ。僕はそんな綾波をかばうかのように、
話題を渚さんのほうへと戻した。

「で、今回転校してきた渚さんは、カヲル君なんですか?僕はそこのところが
重要だと思うんですけど・・・・」
「重要なのはわかってるわ、シンジ君。でも、私にだってわかることとわから
ないことがあるのよ。」
「そうかもしれませんが、じゃあ、どう付き合っていったらいいんです?」
「そうね・・・・取り敢えず、普通の女の子として接してみるのが一番いいか
もしれないわね。」

リツコさんの答えに、ミサトさんは驚いて反論する。

「ちょっとリツコ!!それは危険なんじゃないの!?相手はシンジ君に接近し
ようとしているようだし、絶対何かあるわよ!!」
「そうかもしれないけど、今のところ危険があるとか、そういう訳じゃないで
しょ?」
「危険があってからじゃ遅いのよ!!アタシはシンジ君の保護者なんですから
ね!!」

ミサトさんの剣幕に、リツコさんはちょっといらいらした様子を見せて、ぶっ
きらぼうにミサトさんに言った。

「でも、使徒であるという確信のない相手に、物理的な手段をとる訳にもいか
ないでしょ・・・・?」
「それは・・・・そうだけど・・・・・」

ミサトさんのリツコさんの意見の正当性を認めたようで、おとなしくなった。
すると、それまで黙っていた綾波がみんなに向かって言った。

「・・・碇君は私が守ります。私の命に代えても、碇君に傷一つ付けませんか
ら・・・・」
「綾波・・・・」
「心配しないで、碇君。私なら、碇君を守ることが出来るから。」
「で、でも・・・・・」
「本当よ。私には、その力がある。」
「そういう事じゃなくって、綾波が心配で・・・・」

綾波は僕の言葉を聞くと、今がそういう時ではないにもかかわらず、少し顔を
赤らめて僕に言う。

「碇君は私のことを心配してくれるのね・・・・」
「う、うん。だって、綾波は女の子だし、心配だよ、ほんと。」
「ありがとう、碇君。でも、私は平気。私は強いもの・・・・」

僕と綾波のこのやり取りを黙って聞いていたリツコさんは、何かを決心したよ
うな顔をして、みんなに向かって言った。

「そうね、シンジ君のことは、レイに守ってもらいましょう。みんな、それで
いいわね。」
「いいわよ。」

ミサトさんが一同を代表して、リツコさんに答える。マヤさん達三人は、逆ら
う理由も無いので、ただうなずいて賛同を示すのみだ。そしてアスカは、綾波
が僕を守るという考えにかなり不信感を抱いている様子だったが、アスカは今
では綾波にかなり優しい気持ちを持てるようになっていたので、いい顔こそし
なかったものの、反対の声を発することはなかった。
しかし、みんなが賛成の色を示したのを確認したリツコさんは、次の段階に移
るため、こう提案してきた。

「じゃあ、レイにはシンジ君と一緒のところに住んでもらわないと駄目ね。つ
まり、ミサトのマンションっていうことだけど・・・・」

リツコさんが言い終わる前に、その意見のとんでもなさに驚いて、アスカが大
きな音を立てて立ち上がり、リツコさんに叫んだ。

「ちょっと待ってよ!!何なの、それは!?人が黙って聞いてりゃ勝手なこと
言って、シンジはファーストなんかに守られなくたって、このアタシが守るわ
よ!!」

アスカがそう言ったのは、一般的に見ればごく当然のことであったのだが、リ
ツコさんはそれに全く心を動かした様子も無く、冷たいとも取れるような言い
方で、アスカに言った。

「あなたでは無理ね、アスカ。」
「どうしてよ!?ファーストよりアタシの方が、力だって強いし・・・」

リツコさんはアスカが最後まで言い終わるのも待たずに、きっぱりと否定した。

「問題は力じゃないのよ。それはアスカ、あなたにだってわかっているはず。
相手は使徒かもしれないのよ。たとえあなたがプロレスラーであっても、話に
もならないわ。」
「じゃあ、ファーストはどうなのよ!?ファーストだって、アタシと同じじゃ・・・」

アスカはそこまで言うと、何かに気付いたように、後の言葉を口に出すのをた
めらった。そしてリツコさんはそのアスカの言葉の後を継いで言う。

「レイには、その力があるわ。使徒からシンジ君を守る、強い力が・・・・」
「・・・・・」

アスカはリツコさんの言葉を聞くと、うなだれてしまった。
もう、アスカの頭の中には綾波が僕たちと同居するうんぬんの問題は、既に消
え去っているだろう。そして、綾波の存在についての疑問が沸き上がっている
のに違いない。僕にはそれがはっきりとわかるだけに、悲しい気分になった。
もちろんアスカも綾波については普通ではないという考えはあったに違いない。
でも、それは今までに綾波の生まれ育ってきた環境から来るものであって、そ
のために綾波はこうなんだと思っていたはずだ。なぜなら、綾波の秘密を知る
前の僕は、そんな風に綾波のことを考えていたからだ。
しかし、こうはっきりと綾波にはアスカとは違う特別な力がある、それも使徒
に対抗できる特別な力だ、と言うこと聞かされてしまっては、誰であっても綾
波の存在自体を疑ってみない訳にはいかない。きっと僕も、綾波のことをアス
カに聞かれるのだろう。僕は自分の口からアスカに綾波の真実を告げるつもり
はなかったが、それでもアスカが綾波に対して、自分と同じ普通の女の子では
ない、という考えを持ってしまうことが僕には辛かった。せっかく僕が苦労し
て綾波を普通の人間として成長させてやろうとしていたのに、それが水泡に帰
してしまうのだ。
僕はそう思うと、綾波のほうに視線を向けてみる。綾波は、これから僕と同じ
ところに暮らせることが出来るというのに、それほど喜んだ様子ではなかった。
もちろん、綾波にとって僕とひとつ屋根の下に暮らせるということは、飛び上
がるほどうれしいことなのに違いない。
しかし、綾波が一番辛く感じること、それは自分が人の手に作られたものであ
り、他の人間とは違うと感じることだ。僕はそんな綾波の気持ちを一番知る人
間なだけに、綾波の辛さのようなものがひしひしと伝わってきた。

人とは違うという孤独。一人ぼっちの孤独。

僕は、綾波は一人じゃないんだよ!!僕たちと同じなんだよ!!と教えてやる
ために、綾波を抱きしめてやりたかった。
しかし、僕には出来なかった。僕はただ、綾波を思いやるような優しい眼差し
で見守ってやることだけしか出来なかった。そして僕は綾波を見つめながら決
意する。

綾波を守ってやろう。僕たちはこれから、家族になるのだから・・・・

僕は綾波に届かぬ微笑みを浮かべると、何だか気持ちが晴れ晴れしてきた。
僕にしか出来ないこと、それをやるということは、とても気持ちのいい事だっ
たからだ。
僕の決意は揺らがない。そして僕は、それがどんどんと確固たるものへ変わっ
ていくことを、実感していたのであった・・・・


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