私立第三新東京中学校

第九十二話・戦友


こうして、綾波を除いた僕たちは、学校に着いた。
いつもと変わらない感じなのだが、やはり綾波と変な別れかたをしたので、な
んだか気になる。僕たちは結局綾波のことを追っていかなかったし、僕もそう
決めたのだが、後々になってみるとどんどんと気になりだし始めた。僕は下駄
箱で上履きに履き替えると、こっそり綾波の下駄箱を覗いて靴があるかどうか
確認した。

あった・・・・

僕は下駄箱の中に綾波の靴を見出すと、心の中でそう言った。すると、後ろか
らアスカが僕に声をかける。

「何、ファーストの下駄箱の中を覗いてんのよ?」

アスカのその声は、僕を責めるようなものではなかった。僕は別に悪いことを
しているのではないとわかっていたし、アスカもそうは捉えていないのが目に
みえていたのだが、それでもなぜかちょっとへどもどして、アスカに答えた。

「え・・・え、その、綾波が学校に来てるのか気になって・・・・」
「そんなおどおどしなくてもいいじゃない。別にシンジをとって食ったりはし
ないわよ。」
「そ、そうだよね。」
「そうよ。アタシだってとがめだてて言ってるわけじゃないのよ。」
「う、うん。」
「シンジがファーストのことを気にする気持ち、アタシにもなんとなく分かり
かけてきたような気がするから・・・・」
「ほ、ほんと、アスカ!?」
「うん。ファーストも、可哀相よね。アタシの目にも、そう映るもの。シンジ
はやさしいから、あの娘を何とかしてやろうと思ってるんでしょ?」
「別にやさしいとか、そんなことじゃなくてさ・・・・」
「なに?」
「僕たち三人は、エヴァに乗って戦ってきた仲間だろ?綾波にはエヴァの絆し
かないんだ。だから、僕は綾波のために、それを大事にしてあげたいと思う。」

アスカは僕の言葉を黙って聞いていたが、それについて考えを巡らすかのよう
に神妙な顔をすると、僕に話し出した。

「じゃあ、アタシもあの娘にとっては、特別な絆があるのよね?」
「そうだよ、アスカ。」
「ファーストはアタシのこと、どう思ってるのかな?」
「さあ?今度話をするときにでも、まとめて聞いてみたら?」
「それもそうね。」

僕とアスカの話が一段落すると、洞木さんが僕たちを呼ぶ。

「アスカも碇君も、早くしないと先行くわよー!!」
「あ、ごめーん、ヒカリー!!」

果たして洞木さんが僕たちの会話を聞いていたのかどうか、僕には知るすべは
なかったが、別に聞かれて困る話でもないし、万が一そうであっても、洞木さ
んなら余計な詮索はしないでくれるであろうと、僕は確信していた。

トウジとケンスケは、ちょっと先までいって、僕たちのことを待っていた。

「遅かったやないか、シンジ。」

トウジの僕への言葉に対して、ケンスケが訳知り顔でトウジにいう。

「しょうがないよ、トウジ。」
「なんでや?」
「愛し合う二人には、時間なんて関係ないのさ・・・・」
「ちょ、ちょっと待ってよ!!何なの、それは!?」

僕が慌ててケンスケに詰め寄ると、ケンスケはさも当然のようにこう答えた。

「だって、ああしょっちゅう見せ付けられちゃあなあ・・・・・」
「せやな。今朝なんか、特別すごかったで。」
「ほ、ほんと?」
「ああ。綾波のあれも強烈だったけど、惣流との会話はもっとなあ。」
「そ、そう見えた?」
「わいらにはな。」
「そうか・・・・」

僕はなんだかうな垂れて、深くため息をついた。
すると二人が僕に、慰めようとしてか声をかけてくる。

「まあ、分かってたことやからな。シンジも気にすんな。」
「そうだよ。言わばシンジと惣流は、すでに公認の間柄じゃないか。」

僕はケンスケのそれを聞くと、さも特別なことを聞いたかのように慌てて言う。

「こ、公認!?」
「せや。まあ、綾波のことも、公認やから、二股っちゅうことになるな。」
「トウジの言うとおりだな。これはクラス中の人間が思ってることだよ。シン
ジ許すまじ!!ってね。」
「そ、そうだったの!?全然知らなかったよ。」
「ま、わいらはある程度事情をしっとるから何も言わんけど、ほかの奴等は何
も知らんから、シンジも気を付けたほうがええで。」
「う、うん・・・・」

僕はちょっと油断してたんだろうか・・・?
なんだか最近問題続きでよく覚えていないが、言われてみるとみんなの前でい
ろいろ恥ずかしいようなことをしてきたような覚えがなくはない。

はぁー・・・・・

僕はため息を吐きながら、以後周囲には気を付けようと、心の中で誓ったのだ
った。

で、僕はそんなちょっと落ち込んだような心境で、うつむきながら教室の中に
入る。すると、いきなり「おおっ!!」というどよめきがクラス中に響き渡る。
僕はいったい何事かと思って顔を上げてみると、綾波が自分の席に座っていた。
そのことについては、僕はほっとしたのだが、何か様子がおかしい。僕が注意
深く見てみると、それまで離れて置かれていた僕と綾波の机が、ぴったりとく
っつけられている。そして綾波は、胸のところで両手を合わせて、なんだか潤
んだ目をして僕のことをじっと見つめていた。

僕は一瞬「うっ!!」と思って、みんながざわめいたのはこのせいだというこ
とに気がついた。しかし、僕は気にしないように努めて、黙って自分の席に着
こうとした。
僕が自分の席のところに来て、椅子を引こうとすると、その前に綾波がさっと
椅子を引いてくれた。僕は驚きながらも、綾波にお礼を述べる。

「あ、ありがとう・・・綾波・・・・」

綾波はちょっぴり顔を赤くしながら、僕に向かって黙ってこくんとうなずく。
そして次に僕に向かって両手を差し出すと、こう言ってきた。

「碇君、かばん。」

僕はなんだか理解できぬままに、反射的に綾波に持っていた自分のかばんを手
渡した。綾波は僕の手からかばんを受け取ると、一度それを胸にぎゅっと抱き
しめて、それからおもむろにかばんを開けると、教科書やノート、筆記用具を
取り出して、僕の机の中にどんどん仕舞って行った。

僕は呆気に取られて綾波の様子を眺めていたが、それは周囲で興味深げに観察
していたみんなもおなじことで、何やらどよめきの声を増していた。僕はすぐ
後ろで見ていたアスカの視線にも気づかず、綾波の引いてくれた椅子に腰掛け
た。綾波の方に視線を向けると、中身を仕舞いおわった鞄をまた胸に抱いて、
僕をじっと見つめながら、言葉をかけてくれるのを待っている。僕はそんな綾
波の様子を見ると、ためらいがちにではあるが、声をかけた。

「あ・・・綾波?」
「何、碇君?」
「その・・・・ありがとう。」
「ううん。いいの。」
「そ、その・・・・どうしてさっきは先に行っちゃったの?」
「碇君をしっかり待っているのが、私の役目だから。」
「そ、そう・・・・」

僕は唖然としながらも、あいまいに綾波に答える。すると綾波は僕に向かって
微笑みながら、こう言って聞かせた。

「碇君のもう一つの家は、ここにあると思うから。だから私は碇君より先に来
て、碇君の帰りを待ってるの。」
「・・・・・」
「お帰りなさい、碇君。これから毎日、私のところに帰ってきてね。」
「・・・・・」

綾波は顔を真っ赤にしながら僕に向かってそう言う。僕はそんな綾波を見なが
ら、ただ黙っているより他に無いといった感じであった。すると、後ろから聞
き慣れた声が聞こえてきた。アスカの声だ・・・・・

「アンタ、シンジの妻を演じてるつもり?」
「・・・そうよ。」
「よくそうぬけぬけと恥ずかしげもなく言えるわね。」
「恥ずかしくなんてないもの。」

綾波がちょっとにらむような感じでアスカにそう答えると、アスカは急に態度
を一変させて、僕にだけしか見せないような微笑みで綾波に言った。

「許してあげるけど、シンジを困らせないようになさいよ。いいわね?」
「わかってるわ。」
「あと、アタシをそんな敵に対するような目で見ないでくれる?アタシだって
あんたの数少ない仲間なんだからね。」
「・・・・・」
「一緒にエヴァに乗ってたじゃないの。シンジだけじゃないのよ、戦友は。」
「・・・・うん。」
「わかればいいわ。アンタにとって、アタシはいい意味でも特別な人間なんだ
から。それをよく覚えておきなさいよ!!」
「・・・・うん。」
「じゃ、シンジをよろしく頼むわね。アタシは自分の席に行くから・・・」

アスカはそう言うと、ここからちょっと離れた自分の席に向かう。取り巻いて
いた大勢の観客は、何かすごいものを見たような感じでアスカのことを見なが
ら、アスカに道をあけた。そして僕も綾波も、そんなアスカの後ろ姿をじっと
見つめていた。口調はアスカらしいものだったが、その内容がどうもそれまで
のアスカとは大きく違う。僕はアスカから話を聞いていたので、それほどでも
なかったが、それでも実際に見てみると、かなりの驚きを感じてしまった。僕
がこうなのであるから、他のみんなの感じた衝撃たるや、並々ならぬものがあ
ったに違いない。僕は周囲の雰囲気でそれを察することができたが、僕がそん
な感じで周りの様子に気を取られていると、綾波が僕のシャツの袖をくいくい
と引っ張り、僕の注意を自分の元に引き戻した。

「碇君。」
「ん、何、綾波?」
「一緒に一時間目の予習をしましょ?」
「う、うん・・・・・」

僕が返事をすると、綾波は社会の教科書を取り出し、二人の中間の位置にそれ
を置いた。そして今日やるあたりのページを開いて、一緒にそれを覗き込む。

僕はそれをじっくり読んでいた。僕は社会というのは元々好きな課目であった
し、受け持ちがミサトさんということもあって、恥ずかしい思いはできない。
そんな訳で、僕は結構社会に関しては力を入れていたのだ。僕はいつのまにか
夢中になって読んで、勝手にページをめくったりしていたのだが、ちょっとわ
かりにくい個所があったので、綾波に聞こうと思って不意に顔を左に向けると、
目の前にはこっちを向いた綾波の顔が、くっつきそうになるくらいの近さにあ
った。

「あ、綾波!!」

僕はびっくりしてちょっと下がる。一方綾波はというと、予習などそっちのけ
の様子で、僕のことをじっと見つめていた。そんな綾波は僕がさがったのを見
ると、一言つぶやく。

「もう・・・・」

そして、僕のシャツの袖をまたくいくいと引っ張ると、何もなかったかのよう
に教科書に視線を戻した。僕はそんな綾波に首をかしげながらも、教科書の方
に戻る。僕は綾波に尋ねようとしていたことが何だったかも忘れて、不思議そ
うに綾波の横顔を見つめていた。

やっぱり綾波ってわかんないな・・・・・

僕はのんきにそんなことを考えながら、意識を綾波から予習へと移した。
そう、遠くからその様子を見つめる、アスカの視線にも気付かずに・・・・


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