私立第三新東京中学校

第九十一話・ひとりじゃない


ピンポーン!!

玄関のチャイムが鳴る。みんなが迎えに来たのだろう。僕もアスカも今日は早
起きして支度をしておいたので、遅いミサトさんの食事に付き合って、お茶を
飲む時間すらあったのだ。だから僕とアスカは準備万端とばかりに、そろって
玄関に向かった。

「おはよう、みんな。」
「おはよう!!」

僕とアスカは顔をそろえて迎えに来てくれたみんなに挨拶をする。そして、玄
関先であわただしい挨拶を済ませると、早速学校に向かいはじめた・・・

僕たちはいつものように道を占領するかのように歩いている。どういう訳だか
このあたりは車の通りも少ないくせに、道幅だけは妙にだだっ広いのだ。まあ、
これから首都になるのだから、人が増えることを計算してのことだろうが、そ
んな事はまだ先の話だ。本当だったらもう大分人が増えてしかるべきなのだろ
うが、あの例の騒ぎでなかなか人口の増加は芳しくないようだ。しかし、それ
でも駅前などはかなり活気に満ちはじめており、なかなかいい感じにはなって
きている。この辺はいつになったらそうなるのだろうか・・・?

僕はなんとなくみんなの会話から外れて思索にふける。僕は前からどっちかっ
て言うと黙っている方だったので、こういう取り留めのない考え事というのは
習慣づいてしまっているといってもいい。だから今は僕にだれも話し掛けてこ
ないのをいいことに、いろいろ観察してみることにした。

まず、歩く配置だ。いつもは結構みんな一緒に登校してはいても、わりかし離
れて歩いていたものだ。しかし、昨日の買い物の話があるのか、みんな寄り集
まって話に盛り上がっている。僕はそれをなんとなく黙って聞いている口だ。
詳しく位置関係を述べてみると、なぜか黙っている僕を中心にして、右手にア
スカ、左手後方に綾波だ。トウジとケンスケは僕の左前方に危なっかしく後ろ
向きで歩いている。いつもだったら、こういうのは洞木さんがすぐ注意するの
だが、今日はなぜか気づいていないようだ。で、その洞木さんはというと、ア
スカの右側で歩いていて、アスカの向こうから身を乗り出すようにして、会話
に参加している。

みんなは楽しそうに昨日の話をしている。トウジと洞木さんは昨日ああいうこ
ともあって、ぎこちなく振る舞うかと思われていたのだが、案外そうでもなく、
いたって自然体だ。しかし、それでも何もなかったというわけではなく、時折
視線を合わせてしまっては、恥ずかしげにそれをそらすというようなことを繰
り返している。この事については、ケンスケとアスカもわかっているようだが、
あえて茶化すようなことはしなかった。綾波については、僕の後ろの方にいる
し、会話にも参加せずにいるので、僕もあまり顔を合わせてはいない。だから
綾波が気づいているのかどうなのか、知ることは出来ないが、綾波のことだ、
きっとそんなことには気付きもしないし、気にも留めていないのだろう。

そしてアスカだ。アスカは昨日僕といろいろあったせいか、誰にも気付かれぬ
よう、さりげなく僕に触れている。僕が話すのでない限り、僕の方には視線を
向けたりはしないのだが、知らず知らずのうちに、かなり僕の方に近寄ってき
ていて、腕と腕をくっつけている。もちろんこうされた僕は気付いているのだ
が、果たしてみんなは気付いているのだろうか?そしてアスカは・・・?
僕にはわからなかったのだが、まあ、そんなことはどうでもいいことであった
ろう。

僕がそんなことを考えていると、僕の左手に何か柔らかいものが触れた。僕は
ゆっくりと後ろを向くと、そこには綾波がいた。まあ、僕の後ろには綾波くら
いしかいないのでわかっていたのだが、それでも突然のことだったので、綾波
の手が僕の手に触れてきたことに、ちょっと驚いた。

「碇君。」

綾波が今日、声を出すのはこれが初めてなのではないだろうか?みんなもちょ
っと気を引かれたようで、一斉に綾波の方に視線を向ける。そして綾波が何を
言い出すのかを聞こうと、会話を中断させて静かにした。

「・・・ありがとう・・・・」
「???」

みんなは何がありがとうなのかわからずに、よく分からないといったような表
情を浮かべている。特にアスカは昨日の綾波の家での事情を知るだけに、いま
ここで綾波がありがとうと言える状態ではないと感じているに違いなく、それ
だけに一番いぶかしげな表情である。
しかし、僕にはわかっていたので、綾波に答えた。

「ああ、電話のことね?いいんだよ、別に。」

僕がそう言うと、アスカが僕の手の甲をつねりながら、恐い顔をして言う。

「電話って何なのよ・・・?」
「き、昨日の夜、綾波に謝罪の電話をかけたんだよ。」
「で、それでどうしてありがとうなのよ!?」

僕がアスカに問い詰められて、綾波に背中を向けていると、綾波が僕の手を握
って、くいくいと引っ張ってきた。僕はこれ幸いとばかりに慌てて綾波の方に
向き直った。

「な、何、綾波?」
「ちょっとシンジ!?話はまだ済んでないわよ!!」

アスカは僕の手の甲をつねるのを止めて、手をつかむとぐいと引っ張る。僕は
振り返ってアスカにあいまいにうなずきつつも、綾波の方を向いた。

「んん、わかってるって。で、綾波、何?」
「・・・好き。」
「へ!?」
「碇君・・・好き。」
「ちょっと、アンタ何いきなりそんな事言ってんのよ!!」
「好き・・・・だから。」

綾波はそれだけ言うと、僕の手を離してとことこ先に走っていってしまった。

「なんなの、一体・・・?」

アスカは訳が分からないといった顔をして、綾波の後ろ姿をぽかんと眺めてい
る。ほかのみんなもアスカと同様で、何も言えずに綾波の後ろ姿を眺めていた。
僕も綾波の行動がよく分からなかったので、思わずぼんやりとしながら言葉を
発した。

「何だったのかなあ・・・・?」

僕が口を開くと、アスカはそれに乗って話し掛けてきた。

「ファーストがシンジのことが好きだっていうのはいつものことだとして、な
んで行っちゃったわけ?」
「・・・さあ?昨日のアスカみたいに、僕に追いかけてほしかったのかなあ?」
「でも、それにしちゃあ、随分緊迫感のない走りじゃない?アタシなんてあの
時は全力疾走だったわよ。」
「そうだよねえ・・・・なんなんだろ、一体?」
「ほうっておけば?どうせ先に学校で待っているわよ。」
「そうかなあ・・・?」
「そうよ。あんまり、追いかけてほしい!!っていう感じじゃなかったもの。」
「うーん・・・・」

僕とアスカがこんな話をしている間にも、綾波はもう随分先に行ってしまって
いて、その姿はかなり小さくなっていた。しかし、その遠くにみえる綾波は、
一度も僕を待つそぶりも見せずに走り続けている。僕はそんな綾波を見ている
と、アスカの言っていることが正しいのではないかと思い始めてきて、綾波を
追いかけるという考えを捨てた。

そして、このちょっとしたことでなんだか話が途切れてしまって、僕たちはた
いして話もせずに、歩き続けていた。そんな静かな中で話に出るのは、やはり
今の綾波のことだ。

「綾波、どうしたんだろうなあ?」

ケンスケが一人つぶやく。すると、トウジもケンスケに答えるかのようにつぶ
やいた。

「綾波、ちょっと変やったなあ。シンジに何されたんやろ?」
「ちょ、ちょっと待ってよ!?なんで僕なんだよ!?」

僕はトウジに反論の言葉を投げかけると、トウジの代わりにアスカが即座に僕
に向かって答えた。

「アンタしかいないじゃない、あの娘に影響を与えられるのは。」
「そ、そりゃあ、そうかも知れなけど・・・・・」
「ま、シンジにもわかんないか。傍から見ても、よく分かんない娘だもんね。」
「そ、そういう言い方ってないんじゃない?」
「でも、実際そうでしょ?それともアンタ、あの娘のことがわかってるってい
うの?」
「それは・・・その・・・・」
「ほらご覧なさい。わかんないんでしょ?」
「う・・うん・・・・」
「今度、シンジ抜きでじっくり話をする必要がありそうね。」
「・・・僕抜き?」
「当たり前じゃない!!アンタが居たらややこしくなるだけでしょ!」
「・・・・うん。」

こうして、何だか訳のわからぬままに、アスカと綾波が話をするということに
なった。それにしても、あのアスカが綾波と話をするなんていうのが驚きだ。
アスカも綾波と話が出来るほどまでに、落ち着いたということなのだろうか?
僕はそれに関しては文句なくうれしかったのだが、それにも増して、綾波のこ
とがよく分からなかった。綾波は一体何を考えているのだろう?昨日の電話の
ときも、綾波らしくない興奮ぶりを見せていたし、今日のこれも僕にはさっぱ
りだった。
僕は黙って歩きながら、考えを巡らす。アスカのことがようやく解決したとい
うのに、今度は綾波だ。別に綾波がどうしたって言うわけではないのだが、や
はりいつもとは違った様子を見せられると、僕としても心配せずにはいられな
い。更に、僕が原因とあってはなおさらだ。

僕はいつのまにか自分の中に入ってしまい、うつむいていると、誰かが僕の背
中を軽くぽんぽんとたたいた。僕は我に戻って顔を上げて横を見ると、そこに
はアスカがいた。

「そんなに心配しないで。ファーストのことも、アタシが協力するから・・・」
「アスカ・・・・」
「何でも分け合おうって言ったでしょ。忘れたの?」
「いや、忘れてなんていないけど、でも・・・・」
「シンジがあの娘のことを心配して気にかけているのはわかるけど、一人で背
負い込もうとしないで。シンジにはアタシがついているんだから・・・・」
「うん・・・ありがとう、アスカ・・・・・」
「ファーストのことはアタシに任せて!!いいわね!!」
「うん、うん・・・・」

僕はアスカの言葉に、何だかひとつ肩の荷が下りたような気がした。僕はアス
カの言うとおり、何でも自分で解決しようとしていたのかもしれない。綾波の
ことも、アスカだけでなく、みんなにも協力してもらえばいいことなんだ。僕
は初めてそれを理解すると、アスカに向かって微笑みを見せる。アスカはそれ
を見ると、僕に向かって同じように微笑みながら言った。

「がんばりましょ、これから・・・・」
「うん・・・・」
「シンジはもう、一人じゃないんだから・・・・アタシがいるんだから・・・・」


アスカがいてよかった。今まで誰も僕に向かってそう言ってくれる人などいな
かった。ミサトさんは僕が苦しんでいるっていうことは知ってたけど、僕は助
けてくれたりはしなかった。でもアスカは・・・・
今朝アスカが言ってくれたことは、本当のことだった。僕はアスカのことを信
じてはいたけど、まさか本当に僕を助けてくれるとは思ってもみなかった。僕
は泣きたくなる自分を押さえて、アスカに向かって微笑む。アスカは僕が今に
も泣きそうなのに気付くと、複雑な表情をして言った。

「バカね・・・泣きそうじゃないの。こんなことくらいで泣いてるようじゃ、
涙がいくらあっても足りなくなっちゃうわよ・・・・」
「そうだね・・・本当にそうだね・・・・・」

僕はそう言いながら、あふれてくる涙を止めることは出来なかった。

「あれ、おかしいな?はは・・・涙が止まんないや・・・・」
「もう・・・バカなんだから・・・・・・」

アスカはそう言うと、僕の目尻に指を差し伸べて、そっと涙をすくいとる。
僕はアスカにそうされながら、ずっと微笑みを浮かべ続けていた。

そう、僕にはアスカがいるんだ。アスカが・・・・・


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