私立第三新東京中学校
第八十九話・恐れ
「好き・・・・」
アスカの口からその一言が発せられるやいなや、アスカはベッドの上に倒れて
いる僕に抱き付いてきた。いつもなら抱き付くくらいは大目に見てやる僕も、
この時ばかりはちょっと勝手が違う。何といってもここはアスカのベッドの上
なのだ。いくらお子様な僕とはいえ、なんとなくそれがどういう事かは知って
いる。僕は慌てて、僕に抱きついているアスカを引き剥がしにかかった。
「ア、アスカ!!ちょっと放して・・・・」
「駄目よ、アタシは放したりなんてしない!!」
アスカはもう完全に興奮状態で、僕の言葉に耳を貸そうともしない。
「ちょ、ちょっと、アスカ!!」
僕は何とかアスカの抱擁から逃れようとするものの、僕は元々力の弱い方では
あるし、アスカに完全に押え込まれているので、なかなか思うようにいかない。
一方、アスカの方はと言うと、自分でそうやろうとしているのかどうなのかは
わからないが、僕の脚に脚を絡ませて僕の抵抗を阻止している。そして、僕の
顔に頬を摺り寄せながら、顔じゅうにキスの雨を浴びせて言う。
「好き好き好き!!」
僕はアスカの狂乱の度合いが増してくるのに危険を感じ、強い声でたしなめよ
うとした。
「ア、アス・・・むぐ・・・・」
僕の口はアスカのキスでふさがれた。アスカは半ば開いていた僕の唇を自分の
唇で挟む。今までに僕が体験してきたキスは、唇と唇を合わせるだけであった
ので、その僕の受けた衝撃はかなりのものであった。僕はいつもとは違うアス
カのキスに半ば恐れを抱いて、自分の口を閉じようとしたが、アスカの唇は僕
の口をこじ開けるようにして、それを阻む。そしてさらに、アスカの舌が僕の
口の中に進入してきた。アスカの舌が、僕の舌に触れたその時、僕は目を大き
く見開くと、それまでアスカを思って抵抗するにもどこか加減があったのだが、
僕はそれをかなぐり捨てて、顔を背けてアスカを思いきり突き放した。
「!!!」
キスをされていたこともあって、僕のそれは声にもならなかったが、アスカは
完全にキスに夢中で、僕を押さえているとかそういう考えが抜けてしまってい
たのか、案外あっさり僕に突き飛ばされて上体を起こした。
アスカは僕のそれで何とか狂乱状態は逃れたのだが、僕とアスカのその体勢は
はじめのそれに戻っただけで、僕はベッドに完全に横たわり、アスカはその僕
の上に馬乗りになっている体勢である。
僕はそれでもアスカの瞳に理性の光が見えると、アスカに退くよう説得しよう
と口を開きかける。しかし、それよりも先に、アスカの口は開いた。
「シンジ・・・・」
「・・・・」
僕は取り敢えずアスカの言葉を聞こうと思って、開きかけた口を閉じ、アスカ
が言うのを待つ。僕が何も言って来ないのを見ると、アスカは僕に話しはじめ
た。
「アタシ・・・はじめてだから・・・・」
「・・・・え!?」
「シンジになら・・・・アタシの全部をあげてもいい・・・・」
「ちょ、ちょっとアスカ!!」
僕はアスカが何を言おうとしているのかをようやく理解し、アスカを止めに入
る。
「そ、そういうのはまだ早いから!!ね!!
「早くなんてないわ・・・・」
「だ、だって僕たち、まだ中学生だろ!?」
「でも、身体はもう大人よ・・・・・」
「そういう問題じゃないよ!!」
「シンジの子どもだって・・・・もう産めるんだから・・・・」
「な、何言ってんだよ、アスカ!?いい加減に頭を冷やせよ!!」
「アタシはもう冷静よ・・・・落着いた気持ちで、アタシはこう言ってるの。
一時の気の迷いなんかじゃないわ・・・・」
「で、でも・・・・」
「アタシはシンジに抱かれたいの。そして心も身体も、ひとつになりたいの・・・」
アスカはそう言いながら、さっき着替えたばかりの制服の上着に手をかけ、さ
っと肩から外す。
「・・・まだ、ミサトは寝てるわ。だから大丈夫。誰にも見られる心配はない
のよ・・・・」
「と、とにかく服を脱ぐのを止めろよ。僕にはそんなつもりは全然ないんだか
ら。」
「どうして?服を脱がなきゃ出来ないでしょ・・・・?」
アスカはさらに胸のリボンをほどき、真っ白なシャツのボタンを一つ一つ外し
はじめた。それを見た僕は慌ててアスカに叫ぶ。
「そうじゃないよ!!」
「なに?自分で脱ぐのが嫌なの・・・?じゃあ、アタシが脱がせてあげる。」
アスカは僕の言ってることが分かっていないのか、それとも分かっていて敢え
て分からない振りをしているのか、そう言うと自分の服に手をかけるのを止め
て、僕にかがみ込むと、僕のシャツのボタンを外そうとその手を伸ばした。
しかし、僕はアスカの手がボタンに触れるより先に、自分の手でボタンを押さ
えて守った。それを見たアスカは、そのまま僕の瞳の奥を覗き込んで尋ねる。
「・・・どうしてなの・・・・?」
アスカの目は何を見ているのだろう・・・?
この時のアスカは、顔も目も、僕の方を向いていたが、何だか僕の向こう側に
いる何かを見ているような、そんな気がしてならなかった。そして僕は自分の
胸元をしっかりと手で押さえながら、アスカに答える。
「嫌なんだ・・・こんなの・・・・」
「・・・恐いの・・・・・?」
「・・・・わからない。でも、とにかく何だか嫌なんだよ・・・・」
「シンジはこういうの、興味ないの・・・?」
「僕だって一応男だよ。興味はなくはないさ。」
「ならいいじゃない。アタシに応えてくれても・・・・」
「とにかく・・・嫌なものは嫌なんだ・・・・」
僕はアスカから目をそらしてそう言うと、アスカは勘違いして僕に言う。
「子どものことを心配してるの、シンジは・・・?安心して、今日は大丈夫な
日だから・・・・」
「ち、違うよ!!」
僕は慌てて正面に向き直ると、アスカの考えを否定する。
「じゃあ、どうして?アタシの身体が欲しくないの・・・・?」
「・・・・僕は、アスカとはそんな関係ではいたくないんだ・・・・」
「・・・・」
「身体だけ結びついてもしょうがないだろ・・・?」
「・・・・」
「・・・とにかく、僕はそういうのは嫌だから・・・・だからアスカもそう理
解して欲しい。」
「・・・・」
「じゃあ、僕は自分の部屋に戻るよ。みんなが迎えに来るまで、別々の部屋に
いた方がいい・・・・」
僕はそう言うと、身体をねじり、アスカの下から抜け出た。アスカはおとなし
くしていて、何も言わずに僕がそうするのを黙って見ていた。そして僕はベッ
ドから下りると、振り返りもせずにアスカの部屋から出ていった。アスカは出
ていく僕の後ろ姿を見つめていたが、ドアがばたんと閉められると、脇に投げ
捨ててあった制服のリボンを握り締めてうつむいていた・・・・
そして自分の部屋に戻った僕は、自分のベッドでなく、椅子に腰掛けると、な
んとなく窓の外の景色に目をやった。外はもう既に日は昇っており、また今日
も暑くなりそうな予感を覚える。
僕は一つ大きなため息をつくと、アスカのことでなく、自分のことに思いを馳
せた。
どうして僕は、あんなに恐かったんだろうか・・・・?
僕は結果のことを恐れたよりも、純粋にアスカがああしてきたことが恐かった
のだ。口では嫌だといっていたのだけれども、本当のところは、嫌とかそう言
うのではなく、僕は恐かった。
確か以前、カヲル君に言われた事がある。僕は人との一時的接触を恐れている
って。僕は今ではそんな事はないと思っていた。しかし、今日、その問題が露
呈されてしまった。僕に理由は分からない。しかし僕はなぜだか恐れている。
僕はアスカの求めに応じなかったことを後悔はしてなどおらず、むしろよかっ
たと思っていたが、それでも僕が恐れを抱いたということは、僕の心の中では
大きなしこりとして残った。
きっとこれからもアスカとは今までどおりにやって行けるだろう。しかし、僕
は内心、これから先もこういうことがなくはないということを感じて、僕は自
分の中で不安に思っていた。こうして僕は、時間も忘れたまま窓の外を見つめ
て、自分の思索にふけっていた。
今日も日差しは強い。また今日も、暑い日になるだろう。そしてまた、いつも
と変わらない一日が始まるのだ・・・・
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