私立第三新東京中学校

第八十五話・あたたかな家庭


「ただいまー!!」

僕とアスカはようやくうちに帰ってきた。
結構ぶらぶらしていたため、もう辺りはすっかり暗くなっている。しかし、僕
たちが帰ってきた時には、まだミサトさんは帰ってきていなかった。

「ミサトさん、まだみたいだね。」
「そうみたいね。」

僕とアスカは、そんな何気ない会話を玄関先で交わすと、明かりをつけて中に
入っていった。

「着替え終わったら、すぐご飯の支度するから。」
「うん。」

あまり言葉は交わさない。
しかし、何だかそれでも十分すぎるくらい通じ合っている気がした。アスカも
そう思っているようで、余計な気遣いなどは見せない。つまり、自然体なのだ。

僕とアスカはしばし別れて、自分達の部屋に散る。僕は窮屈な服を脱ぐと、楽
な部屋着に着替えて、台所へ向かった。アスカは女の子ということもあって、
着替えるのが僕よりもずっと時間がかかるのか、まだ姿を見せない。取り敢え
ず僕は冷蔵庫の中を覗いて、何が作れるものかと思案した。今日は食料品は買
ってこなかったので、余った材料で作ることとなる。まあ、割と冷蔵庫の中に
はいろいろあったので、それほどわびしい食事とはならずに済んだ。僕はほっ
としながら、早速今日使うものを冷蔵庫の中から出していく。そして僕がそん
な事をしていると、ようやくアスカが僕の前に姿を現した。

「シンジ、見て・・・・」

アスカは今日、僕が買ってあげた服を着て、僕の目の前に立った。

「早速着てみたの。どう、似合う?」
「う、うん。似合う。」
「もう・・・もっと気のきいたことが言えないの?」

アスカは頬を膨らましながら僕に向かって言う。しかし、その顔は僕をとがめ
だてる様なものではなく、むしろ笑いを誘うようなかわいらしいものだった。
僕はそんなアスカを見ると、微笑みながらこう言った。

「僕がそういう奴だってことくらい、アスカも知ってるくせに。」
「知ってるわよ、アンタのことくらい。」
「じゃあ、何でそういう事を言うのさ?」
「わかってるけど、たまにはそうして欲しいって言いたかったの!!」

アスカは恥ずかしそうに顔を赤くしながらも、元気に僕に言い返した。僕もア
スカに乗せられて、明るく言葉を返す。

「何だ、そうならそうと、はっきり言えばよかったのに。」
「シンジだって、アタシがはっきりそういう事を言えないって、知ってるくせ
に。」
「そ、それもそうだね。」
「そうよ、もう・・・・」
「ははははは!!」
「もう、笑わないでよぉ!!」
「はははははっ!!」
「もう、そんなアタシのことを馬鹿にするやつは、こうしてやるんだからぁ!!」

アスカもふざけながら、僕にこぶしを振りかざす。

ごち!!

「いてっ!!もう、本気で殴るなよぉ!!」
「アタシが殴る時は、いつも本気よ!!」
「手加減してくれたっていいのに・・・・・」
「だーめ!!甘やかして、アンタが調子に乗ると困るでしょ!!」
「うう・・・厳しいなあ・・・・」

僕がふざけてしょぼくれて見せると、アスカは笑いながら僕におふざけの終わ
りを告げた。

「さ、食事の支度にとりかかりましょ!!アタシも手伝うから。」

アスカはそう言いながら、真っ赤な自分専用のエプロンを手に取って、シャツ
とジーンズと言う格好の上から、きりりと体につけた。僕はその光景を目にし
ながら、アスカにこう言う。

「じゃあ、アスカにはジャガイモでもむいてもらおうか。そのジャガイモで、
今日はなにかおいしいものを作るから。」
「わかったわ。じゃあ、早くジャガイモと包丁を貸して!!」

僕はアスカにジャガイモと包丁を渡すと、台所のシンクをアスカに明け渡した。
僕は自分の真横でおっかなびっくりにジャガイモをむくアスカを見守りながら、
自分ではもっと手の込んだ作業をしていた。

そしてしばらくして、何とかアスカも怪我することなく、一通りの料理が出来
上がった。アスカのむいてくれたジャガイモは、肉じゃがと味噌汁の具となっ
た。アスカは自分の努力の結晶ともいうべき料理を目の当たりにして、自慢げ
に僕に向かって言う。

「どう、シンジ?アタシのむいたジャガイモは?」
「うん。おいしそうに出来上がったね。」
「でしょ?何たってアタシがむいたんだもん。ジャガイモだって本望よ、きっ
と。」
「そうだね。それでお腹の中に消えれば、もっとうれしいだろうね。」
「何おかしなこといってんのよ。でも、お腹空いたから、もう食べよ。ね、シ
ンジ!?」
「うん。でも、ミサトさんがまだだし・・・・」

僕がそう言いかけると、ちょうど都合よく、帰ってきた声が聞こえてきた。

「ただいまー!!ごはんできてるー!?」
「おかえりなさーい、ミサトさーん!!ちょうど今、出来上がったところです
よー!!」
「ほんとう!?じゃあ、すぐに着替えてそっちに行くからー!!」

このように、僕とミサトさんのやり取りが終わると、アスカがにんまりしなが
ら僕の方に身を乗り出して、意地悪く言う。

「ミサトも帰ってきたし、食べてもいいわよねー。」
「しょ、しょうがないなあ・・・・・」
「ふふっ、アタシの勝ちねっ!!じゃあ、いっただっきまーす!!」

アスカは元気よくそう宣言すると、箸を手に取って、早速食べはじめた。僕は
ミサトさんを待つつもりだったので、アスカがばくばく食べていても、自分は
箸に手をつけようとはしなかった。そこで食べずにいる僕のことに気がついた
アスカは、口をまだもぐもぐさせながら、僕に向かって言う。

「アンタもミサトなんか待ってないで食べちゃいなさいよ。とってもおいしい
わよー!!」
「ぼ、僕はミサトさんを待ってるから。」
「そんな真面目ぶってないでさー。早くしないと、アタシが全部食べちゃうわ
よー!!」
「と、とにかく僕はミサトさんを待つの!!もう、誘惑しないでよ。ただでさ
えいい匂いがしてるんだから。」
「我慢強いんだー、シンジって。アタシなんか我慢できないけどなあ。」
「見ればわかるよ。」
「何ですって!?」
「アスカが我慢強くないってことは、僕が一番よく知ってる。」
「ア、アタシだって、これでも我慢してんのよ!!」
「何を?」

僕がそっけなく言うと、アスカは恥ずかしそうにして顔を真っ赤に染めると、
小さな声で答えた。

「シンジのことを・・・・」
「アスカ・・・」

場が一瞬静まり返ったその時、ちょうどミサトさんが僕たちのもとに現れた。
そして、僕たちの様子を見て一言言う。

「なによ、アンタ達、楽しそうな声が聞こえてたって言うのに、急に静まり返
って。また痴話喧嘩!?」

ミサトさんが冗談めかして言ったにもかかわらず、僕もアスカも、ミサトさん
の調子では答えなかった。アスカは黙っていたが、僕は静かにミサトさんに向
かって答える。

「そんなんじゃありません・・・・」
「シンジ君・・・・」
「さ、食べましょう。冷めないうちに。」

そう言うと、僕はようやく料理に箸をつけた。アスカももうもくもくと食べは
じめている。ミサトさんはそんな僕たちの様子をじろりと眺め回すと、自分も
箸を手に取って、静かに食べはじめた。

僕とミサトさんが食べはじめて、少しして、ミサトさんがアスカに話し掛けて
きた。

「アスカ、その服、どうしたの?」

ミサトさんはアスカの服に目をやって、そう尋ねる。アスカもミサトさんが明
るい雰囲気に持って行こうとしているのを悟ってか、自分も明るく振る舞って
答えた。

「シンジに買ってもらったのよ、いいでしょ?」
「いいわね、アスカにはシンジ君みたいに洋服を買ってくれる男の子がいて。」
「加持さんはどうしたの?」
「あいつ、最近付き合いが悪いのよ。忙しいとか言って、買い物にも付き合っ
てくれないし。」
「お互い男には、苦労するわね。」

僕はそれを聞くと、ピクッときて、アスカに言った。

「そ、それどういう意味だよ!?」
「言葉の通りよ。」
「そ、アスカも苦労してるもんね。シンちゃんみたいな、優柔不断な男を好き
になっちゃうと・・・・」
「ミ、ミサトさんまで!!」
「アタシは苦労してるもん!!シンジを好きになっちゃったおかげで。」
「ア、アスカぁ・・・・」
「ふふふ、じょーだんよ、じょーだん。苦労はあったけど、それ以上の喜びを
得てるから、アタシは幸せよ!!」

アスカがそう言うと、それを聞いたミサトさんが、僕に向かって冷やかして言
う。

「幸せだって。シンちゃん、よかったわね。女の子を幸せに出来るなんて、男
として本望よね。」
「そ、そんなことないですよ・・・・」
「また照れちゃってぇ・・・・このこの!!」
「もう、いい加減勘弁してくださいよ、ミサトさん・・・・」
「アタシのいないところで、変なことアスカにするんじゃないわよ!!」
「そ、そんな事しませんよ、ミサトさん!!」

僕が顔を真っ赤にして答えると、ミサトさんは今度はアスカに向かって言う。

「シンちゃんは何もしないって。どうする、アスカ!?」
「シンジが何もしないなら、アタシが迫っちゃうから。」
「ま!!言ってくれるわね、アスカも!!」
「シンジは奥手だから、アタシがいろいろ教えてやらないとね!!」

僕はこの二人の会話を聞きながら、あきれながらも、楽しく思っていた。

「もう・・・二人とも、いい加減にしてくださいよぉ・・・・」

僕がそうぼやくと、アスカとミサトさんは思いっきり爆笑した。僕もそれにつ
られて、笑っていた。僕がこんなに笑うのも、何だか久しぶりのような気もし
たが、今はそんな事は関係のないことだった。ただ、笑いながら今のこの楽し
い時を満喫していた。
そして、こんなにアスカが笑うのも、僕と同じで何だか久しぶりだった。
笑いが明るさを生み、人に幸せを運ぶ。このうちにも、ようやく明かりがとも
ったかのようだった。そして、もっともっと幸せになれる。僕はそう思ってい
た。これからどんなことが待ち受けているとも知らずに・・・・


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