私立第三新東京中学校

第八十三話・真実の言葉


「アスカ!!」

僕はアスカを追って走る。
しかし、僕の視界にはかろうじてアスカの後ろ姿が見える程度だ。僕も全力で
走っているのだが、アスカもかなりのスピードで走っているし、アスカに呼び
かけながらなので、なかなかその差はつまらない。

「アスカ、待ってよ!!」

僕は声をからして叫び続ける。もうかなり息もあがっていることもあって、そ
れほど大きな声にはならないが、それでも確実にアスカの耳には届いているは
ずだ。
しかし、アスカは止まらない。僕の方を振り向こうともせず、ただひたすらに
走り続ける。僕はかなり苦しかったが、それでも走るのを止めなかった。僕が
走り続けていれば、きっといつか追いつくはずだ。そして、アスカの誤解を解
かなければならない。僕がアスカに対してしたことは、償いようもないことだ
けど、僕はこのままにはしておけない。そう、僕は・・・・・

とにかく、僕は周囲の景色など気にせず、ただひたすらに走り続けた。どこを
曲がり、どの道に入ったなどかも、全く気にしていなかった。そして、僕の必
死の走りの甲斐あって、アスカと僕の間は徐々にせばまってきた。

アスカに追いつく!!

見ると、アスカは息を切らして、立ち止まっていた。さすがにもう走れなくな
ったのだろう。僕はようやくアスカに追いつくと、その手首をぎゅっとつかん
だ。

「・・・・は・・・・はなしなさいよ・・・・・」

アスカは息を切らしながら、僕に顔を背けてそう言う。僕もかなり息苦しかっ
たが、アスカを放してなるものかと、かなり強い力で手首をつかみながら、ア
スカの突き放したような言葉に答える。

「・・・・い・・・・嫌だ・・・・・」

アスカは僕の声を聞くのも嫌であるかのように、僕につかまれた手首を自分の
もとに引き寄せようとする。しかし、僕は反対にアスカの手首を自分のもとに
グイと引き寄せた。アスカは僕から逃れられないのに気付くと、ぼそぼそと声
を発した。

「・・・・どうして・・・・はなしてくれないのよ・・・・・・」
「・・・アスカが・・・・アスカがどこかへ行ってしまうから・・・・・」
「・・・アタシがどこに行こうと・・・アンタには関係無いでしょ・・・・?」
「関係ある。」

僕はきっぱりと断言する。アスカは僕のその言葉を聞くと、体をぴくりと震わ
せた。そして、しばらくの沈黙の後、ささやくような小さな声で僕に尋ねた。

「・・・・何が・・・・関係あるのよ・・・・?」
「僕は、アスカに側にいて欲しい。アスカにいなくなって欲しくない。」
「・・・・アンタの嘘はもうたくさん・・・・・アンタは余計なもめごとを起
こしたくないから、そんなその場しのぎのことを言ってるんでしょ・・・・?」
「僕が言ってるのは、嘘なんかじゃない。」
「・・・アタシは知ってるの、アンタが、ファーストにどう接してるか。そし
て、どうせアタシも同じなんでしょ?アタシにも、甘い言葉をかけてやれば何
とかそれでおさまると思ってるんでしょ?」
「それは違う!!」

僕が大声を上げてアスカに言うと、アスカも気を高ぶらせて、それまで僕の顔
を見ようともしていなかったのに今度は僕の方を振り向いて、僕に向かって叫
んだ。

「何が違うって言うのよ!!アタシとファーストは同じなんでしょ!!」
「僕にとって、アスカと綾波は同じじゃない!!」
「嘘!!」
「嘘なんかじゃない!!」
「アンタはアタシがいなくなったんだから、ファーストと二人で楽しくやって
ればよかったのよ!!また、二人で抱き合って、キスでもしてればよかったの
よ!!どうして・・・・どうしてアタシを追いかけてきたりしたのよ!!」

アスカが自分の心のうちを全て吐き出すと、僕はアスカの瞳を見つめて、真剣
な眼差しでアスカに一言こう言った。

「僕はアスカが好きだから。」


僕の言葉を聞くと、アスカはその衝撃に目を一瞬ぱっと大きく見開いて、固ま
ってしまった。しかし、すぐに唇を震わせながら僕に言う。

「・・・う・・・嘘よ・・・・アタシは知ってるんだから・・・・アンタが人
を好きになれないってことを・・・・・」

僕はアスカの言葉を聞くと、アスカを見つめたその目をそらすことなく、静か
に、しかし力強い口調で話した。

「確かに僕はアスカに恋してるとは言えない。でも、僕はアスカのことを、誰
よりも一番大切に思っている。それだけは、僕は断言して言える。」
「・・・ファ・・・ファーストと、アタシは・・・同じじゃないの・・・・?」
「全く違う。僕は綾波のことは、気にかけて心配してあげてるけど、アスカに
対する気持ちとはまったく違うんだ。」
「・・どう・・・どう違うの・・・・?」
「僕は、綾波に普通の生活が出来るようにしてあげるのが、僕の使命だと思っ
てる。でも、アスカは・・・・・」
「・・アタシは・・・?」
「・・・何て言ったらいいのか、ちょっと口では説明できないけど・・・・と
にかく気になるんだよ。ほうっては置けないし、守ってやりたくなる。」
「シンジ・・・・」
「僕も、自分の気持ちがよく分からないんだ。どうして、綾波を傷つけてまで、
アスカを追いかけてきたのか・・・・でも、僕はここにこうして居る。それが、
僕のアスカへの答えだと思って欲しい・・・・」
「じゃあ・・・・じゃあ、シンジは、ファーストでなく、アタシを選んでくれ
るって言うの・・・・?」
「うん。僕は前も言ったと思うけど、僕が最初に好きになる人は、アスカであ
って欲しいと思う。」

僕がここまで言うと、アスカは目を潤ませていた。
心の奥底でせめぎあっていた不安と希望・・・・
それが今、希望が打ち勝ち、現実となったのかもしれない。アスカはずっと不
安だったのだろう。僕の優しい言葉を聞いても、それが僕の優しさゆえの偽り
なのではないかと。僕の優しさのせいで、アスカを苦しませてしまっていたの
かもしれない。
僕はそう思うと、それまであざがつくほど強く握り締めていたアスカの手首を
放し、今度は優しく包むようにその手を握った。

「ごめん、アスカ・・・・僕がはっきりしないせいで・・・・綾波のことも、
何だか誤解されるようなことをしちゃって・・・・」
「ううん・・・アタシはあの娘のことは、なんとなく分かってたし、シンジも
そういう気持ちでしたんじゃないってことくらい分かってた。でも、アタシは
シンジにあの娘と同じように思われてるって思うのは、とっても辛かったの。」
「ごめん・・・・」
「いいの、シンジはファーストでなくアタシを選んでくれたんだし、今はそれ
だけ分かればそれでいいの・・・・」
「アスカ・・・・」
「ごめんね、シンジ。アタシこそ、シンジに余計な心配かけちゃって・・・」
「いいんだよ。悪いのは、全部僕なんだから・・・・」

アスカは少し間を置いて、僕に明るく言った。

「帰ろっか?アタシ達のうちに・・・・・」
「うん、そうだね・・・・」
「寄り道・・・・していく?」
「どこへ?」
「前にシンジと歩いた、あの湖の小道へ・・・・」
「いいよ、まだ、時間もあるし・・・・」
「着く頃には、夕日が綺麗かもね・・・?」
「そうだね。少し散歩するのも、いいかもしれないね・・・・」
「夕日に合わせて、ちょっと遠回りしていきましょ?」
「いいよ、アスカがそう言うのなら・・・・」
「まだ、夕方には、少し時間があるからね・・・・」

こうして僕とアスカは、手をつないだままゆっくりと歩いていった。
僕とアスカの歩いた、あの湖の小道へ。
僕とアスカの間にはいろいろあったが、今日、ようやく解決した気がする。
前も確かそんな事を考えたような気もするので、まだアスカの心の中にはわだ
かまりが残っているかもしれないが、今のアスカにはそういったものは微塵も
感じなかった。僕は意味ない詮索をすることは止めて、黙って歩き続けていた。
何も考えず、何も言わずに。
ただ、手にアスカの感触を感じて・・・・・


続きを読む

戻る