私立第三新東京中学校

第八十一話・男らしくあるために


非常に気まずい・・・
洞木さんもトウジも、あれからひとことも口をきかない。何もしゃべらないと
は言っても、なぜだか二人の様子は反対で、トウジは胸を張って僕たちの先頭
を歩くのに対し、洞木さんは列の一番後方で、うつむいたまま歩いている。ケ
ンスケはトウジに付き添うような位置にいるが、さすがのケンスケも今のトウ
ジには話し掛けられないらしい。
そして、僕はアスカと綾波を両側に従えて、一番普通に歩いている。アスカは
洞木さんの一番の親友でもあるし、洞木さんの様子がああなので、心配になっ
て僕に話し掛けて来た。

「ねえ、シンジ?」
「ん?」
「ヒカリ、どうする?」
「どうするって言われても・・・・」
「だってあのままじゃ・・・・」
「何とかなるんじゃないかな?」
「そんな呑気なことがよく言ってられるわね。」
「でも、僕たちにはどうしようもないことだろ?」
「それはそうだけど・・・・」
「自然にしておくのがいいんじゃないかな?」
「そうかなあ・・・?」
「そうだよ、きっと。」

こうして、結局僕たちは何も出来ずにいることとなった。
僕たちはトウジが歩くのについていっているが、トウジがどこに行こうとして
いるのかわからない。ただ、トウジの足取りが全く迷いの無いものなので、何
か目的があるのだろう。それに、トウジがどこに行こうと、僕たちの予定はも
う何も残っていないと思うので、取り敢えず僕たちは黙ってそれについて行く
事にした。
しかし・・・・

「碇君。」
「ん?綾波。何?」
「碇君、私も・・・」
「え!?」
「私にも、エプロン・・・・」
「あ!!そ、そうだった!!ごめんごめん、綾波。いろいろあってすっかり忘
れてたよ。」
「いいの、碇君が思い出してくれれば。」
「とにかくごめん。じゃあ、これから買いに行こう。」

僕は綾波にそう言うと、今度はみんなに向かって呼びかけた。

「みんな、ちょっと聞いて。綾波にもエプロンを買ってやるんだけど、みんな
もこれから付き合ってくれる?」

僕が大きめの声でそう言うと、みんなは僕の方に注目した。中でもまずケンス
ケが答える。

「いいよ、別に。」

次はアスカだ。

「アタシも構わないわよ。これから行くとこもないし。」

二人はこう答えてくれたのだが、やはりトウジと洞木さんは黙っている。僕は
それを見て、二人に話させるいい機会だと思って、まず僕はトウジに答えを求
めた。

「トウジはどう?」

僕がそう聞くと、トウジは仏頂面で、僕に一言答えた。

「わいは構わんで。」

僕はトウジの言葉を聞くと、次は洞木さんに同じく尋ねる。すると洞木さんは、
こう答える。

「あ、あたしも、別に構わないから。」

洞木さんはそう言うと、まだ、顔を真っ赤にしたままで、ちらりとトウジの方
に視線を向ける。トウジはそれに気付いたのか、洞木さんに背を向けた。しか
し、僕には恥ずかしく思うトウジの気持ちがよく分かったので、洞木さんには
かわいそうだったかもしれないトウジのこの行動についても、何も口出しはし
なかった。

そして、妙な沈黙の中、僕たちはエプロンの置いてあるところに向かう。そこ
についても、トウジと洞木さんは一言も口をきかずに、互いに視線を合わせる
ことも無く、どこか別の方を向いていた。後の僕たち四人は、この二人をそっ
としておこうと思ったのか、別世界のように、楽しそうにエプロンを見ていた。
しかし、視線はエプロンにあっても、綾波は違うとしても、アスカとケンスケ
の気持ちは、トウジと洞木さんの上にあった。そんな訳で、自然と真剣にエプ
ロンを選んでいるのは、僕と綾波の二人だけになった。

「綾波は何色が好きなの?」
「碇君はどう思う?」
「そうだなあ・・・・やっぱり、青とか、白とか、その辺かな?」
「碇君は私のこと、そう思ってるの・・・」
「え、う、うん。何か気に触った?」
「ううん、そんな事無い。ただ、碇君が私をどんな風にイメージしているのか、
知りたかっただけだから。」
「そ、そうなんだ・・・・で、ほんとのところ、綾波は何色が好きなの?」
「さあ・・・?」
「さあ?って、綾波、好きな色とか、そう言うの無いの?」
「じゃあ、碇君は何色が好きなの?」
「僕?僕は・・・・はは、綾波と同じだ。別にこれと言ってないや。」
「そう・・・・」
「おかしかった?」
「別に・・・ただ、碇君に好きな色があったら、私もその色が好きになれると
思ってたから。」
「そ、そう・・・」
「でも、碇君の好きな色が無いんじゃ、仕方ないわね。」
「ご、ごめん。」
「碇君が悪い訳じゃないわ。」
「う、うん。」
「それより、碇君はどのエプロンを、私に選んでくれるの?」
「そうだなあ・・・」
「私はそれをつけて、毎日お弁当を作るから。」
「え?」
「私は料理をする時、碇君を感じることになるから。」
「あ、綾波・・・・」
「だから碇君は、私のために選んでくれる?私がいつも、碇君を感じていられ
るために・・・・」
「・・・・」

僕は綾波から目を離して、エプロン選びに取り掛かった。服やなんかと違って、
エプロンというのは、機能重視だし、そのため、数もそれほど多くはない。だ
から、僕もあまり迷わずに、決めることが出来た。僕が選んだのは、ごく淡い
水色がかった、シンプルなエプロンだ。僕はそれを手に取ると、綾波に見せて
みた。

「どう、綾波、これなんか?」
「碇君は私にこれを選んでくれたの?」
「う、うん。そうだけど・・・・」
「ありがとう。とっても気に入ったわ。」
「ほんとに?ならよかった。」

こうして、綾波のエプロンも購入し、後はほんとに帰るだけとなった。今の時
間はもう三時を既に過ぎているのだが、まだ普段の僕たちには帰るには早い時
間だ。しかし、今のトウジと洞木さんの空気を見れば、このまま遊んでから帰
るという訳にも行かないようなので、僕たちはこれで家路につくことにした。

デパートを出て、しばらく町中をぞろぞろとみんな出歩いているうちに、人通
りも少ない辺りまでやって来た。こうなると、この二人が黙りこくっていると
いうのは、とてもやりきれないものだ。しかし、僕たちもさすがに手が出しか
ねて、二人を腫れ物に触るような目で見ていた。

まだ日は高いが、しばらくして、洞木さんの家についた。果たして洞木さんは
これで黙って今日を終えてしまうのだろうか?僕がそう心配していると、洞木
さんはその重い口を開いた。

「鈴原・・・・」

トウジはそう呼ばれると、取り敢えずななめではあるものの、洞木さんの方に
顔を向ける。洞木さんはトウジが自分の方を向いてくれたのに気付くと、話し
はじめた。

「・・・あの時はごめんなさい。あたし、どうかしてたみたいで・・・」
「・・・・」
「だから、鈴原も、あれは忘れて。ほんの気のせいだったと思って。」

洞木さんが無理矢理に笑い顔を作りながらそう言うと、トウジが重々しく口を
開いた。

「・・・・どうしていいんちょーはそういう事を言うんや?」
「え!?」
「ええやないか、別に・・・・」
「鈴原、それって・・・・」
「わいは・・・・わいは別に気にしとらんからな!!」
「じゃあ・・・・」
「それだけや、それだけ!!ほな、また明日、学校でな!!」

トウジはそう言うと、顔を赤くしてまるで逃げ出すかのように立ち去っていっ
た。そして、ケンスケは僕たちに先に帰る旨を述べると、トウジのことを追い
かけていった。残された僕たちは、この二人の後ろ姿をしばらく見つめていた
が、それも見えなくなると、洞木さんに視線を戻した。
そして親友たるアスカが優しく洞木さんに言う。

「よかったわね、ヒカリ。」
「うん・・・」
「ヒカリが鈴原のことを優しいって言った意味、なんとなく分かったわ。」
「うん・・・」
「とにかくヒカリがキスしたことは、あいつは怒ってはいないみたいね。」
「うん・・・」
「これからね、ヒカリも。」
「うん・・・」
「じゃあ、アタシ達もこれで帰るけど、ヒカリも頑張りなさいよ。」
「うん・・・」

洞木さんはアスカの言葉にも、うんとしか言わなかった。いや、言わなかった
というより、言えなかったというべきだろう。とにかく、それほどまでに洞木
さんはトウジの言葉に喜びを感じていたのだ。僕はその姿を見ると、何だかこ
っちまでうれしくなって来た。

そして、僕とアスカ、そして綾波の三人は、洞木さんの家を離れて綾波の家に
向かった。僕とアスカは綾波を送り届けた後、自分達の家に帰るのだ。
僕は道を歩きながら、トウジのことを考えていた。僕の目から見ても、何だか
トウジは立派に見えた。それに比べてこの僕は・・・・自分の不甲斐なさに、
はっきり言って嫌になった。僕もトウジのように、男らしくならなければなら
ない。僕は改めて、自分を見直す必要があると痛感した。アスカと綾波、いろ
いろと問題が多いが、何とか乗り切って行こう。そして僕は、僕に出来る限り
のことをするのだ。僕はもう、しないがための後悔はしたくないのだから・・・・


続きを読む

戻る