私立第三新東京中学校
第七十九話・二つの帽子、それぞれの想い
こうして、僕は二つの帽子を買って、麦藁帽子の方をアスカに渡した。そして、
トウジと綾波の待っていたさっきの店に、アスカと一緒に行った。すると、そ
こには既に洞木さんとケンスケも集まってきていた。
「なんや、シンジと惣流は一緒やったんか。」
「うん、まあ。」
「で、決めたんか?」
「綾波のこと?うん、決めたよ。ちょっと来てくれる?」
僕はそう言って、僕が決めた白いワンピースのあったところにみんなを連れて
いった。
「これにしようかと思ったんだけど・・・・」
「へえ、なかなかなんじゃない?」
僕がそう言うと、アスカが感想らしく述べる。それに続いて、みんなも口を開
いた。
「あたしもいいと思うわよ、碇君。綾波さんは色が白いから、きっと似合うわ
よ。」
「せやなあ。わいのジャージも白やし、ちょうどええんとちゃうか?」
「・・・駄目だな。」
みんなが賛成してくれるにもかかわらず、ケンスケが一言そう言う。すると、
なぜかトウジがケンスケに食って掛かった。
「どういう訳や、ケンスケ!?」
「これでは、いざという時、身を守れない。」
「はあ?」
「俺の選んだ、これを見てくれよ。」
ケンスケはそう言うと、何やら紙袋から取り出して更に話し続けた。
「防弾チョッキだよ。これなら銃で撃たれても平気だ。」
「なに馬鹿なこと言っとんのや。綾波がこんなの着る訳ないやないか。これは
お前が着ればええ。」
「そ、そんな・・・・」
ケンスケはトウジの言葉を聞くと、愕然としてしまった。それを見たアスカは、
一言ケンスケに言った。
「馬鹿ね・・・・」
ともかく、独りで傷心状態のケンスケは放っておいて、僕らは僕の選んだ綾波
の服に話を戻した。
「とにかく、綾波も一度試着してみてよ。それでこれにするかどうか決めるか
ら。」
「それもそうね。着てみないと、サイズとかも分からないもんね。」
「うん・・・じゃあ、着てみる。」
綾波はそう答えると、僕の手から服を受け取って、試着室へと消えた。僕たち
は、綾波が試着を終えるまでの間、会話をする。
「それにしてもあの娘、制服しか着たことないって言ってたけど、ほんとに一
人であれを着られるのかしら?」
「大丈夫よ、アスカ。綾波さんだって賢いんだし、すぐにわかるわよ、きっと。」
「まあ、別にいいんだけどね。」
アスカはそうつまらなそうに言った後、声をひそめて洞木さんにささやいた。
「それよりヒカリ、アタシ達のいない間、鈴原とはどうだったのよ?」
「な、何もないわよ、アスカ。それに綾波さんもいたし・・・・」
「あいつはいてもいなくても、シンジ以外になら大して影響無いでしょ。」
「それはまあ、そうだけど・・・・」
「シンジから聞いたけど、鈴原はファーストにジャージを選んであげて、お金
まで自分で払ってあげたそうよ。」
「うん・・・知ってる・・・・・」
「ヒカリも頑張らなくっちゃ。ヒカリの方がファーストなんかよりもっともっ
と鈴原に世話してるんだから。」
「でも・・・・」
「アタシがお膳立てしてあげる。だからアタシに任せて・・・」
「い、いいわよ、アスカ!!アタシは別に・・・」
ひそひそ話のつもりが、洞木さんはつい大声を出してしまった。洞木さんは自
分の声がどんな影響を及ぼしたかはかろうと、周りを見まわしたが、運悪く僕
とトウジは何事かと驚いて、洞木さんの方を見る。
「なんや、いいんちょー、いきなり大声だして?どないしたんや?」
「な、何でもないのよ、鈴原。気にしないで。」
「さよか?ならええけど・・・・」
トウジはそう答えると、僕の方に向き直ろうとすると、アスカがトウジに向か
って言った。
「鈴原!!」
「な、なんや、まだわいになんか用でもあるんか?」
「当たり前でしょ!!アンタはファーストにジャージを買ってやったって言う
のに、ヒカリにはなんにもない訳!?」
「そ、それは・・・・」
「アンタはヒカリにはファーストよりも世話になってるはずよ!!毎日お弁当
を作ってもらってるんだから!!」
「も、もういいわよ、アスカ・・・・あたしは別に・・・・」
「ヒカリがそうだから、こいつも付け上がるのよ。」
「でも・・・あたしが好きでやってることだから・・・・」
「それが甘いって言うのよ。アタシだったら、そんな風には絶対しないけど。」
「いいのよ、アスカ。もう、あたしのことは放っておいて・・・・」
いつのまにか、アスカとトウジの話でなく、アスカと洞木さんの話に移ってい
た。それを黙って聞いていたトウジは、洞木さんの最後の言葉を聞くと、洞木
さんにこう言った。
「いいんちょー・・・・済まんかったな。わいが一番世話になっとったんは、
いいんちょーなのに、そのお返しもせえへんで・・・・」
「鈴原・・・・」
「わいもいいんちょーのために、何か探しとくわ。まあ、待っといてくれ。」
「・・・・」
「気にすることあらへんで。そんくらいでは、わいの感謝は足りんくらいや。」
「でも・・・・」
「気にせんでええって。わかったな。」
「う、うん。」
そんな訳で、一時はどうなることかと思ったアスカの作戦も、どうやらうまい
具合に行ったようだ。僕がそんな二人を見ていると、横からアスカが話し掛け
てきた。
「次はシンジ、アンタの番よ。」
「え!?」
「アタシにも選んでくれるっていったでしょ?」
「でも、あの麦藁帽子は・・・?」
「あれはアタシが選んだの!!アンタにはお金を払ってもらっただけ。」
「そ、そんなあ・・・・」
「あの帽子に似合う、いい服を選んで頂戴。いいわね?」
「う、うん・・・・」
「アタシにも、あの娘みたいに、いいのを選んでよ。アタシは待ってるんだか
ら・・・・」
アスカはそれだけいうと、さっさと僕の側を離れて、洞木さんの方に歩み寄っ
ていった。アスカが洞木さんのところに行くのとは反対に、トウジが洞木さん
のところから、僕のところに戻ってくる。僕はトウジを見ると、声をかけた。
「お互い大変だね。」
「何言っとる!?わいとお前を一緒にすな!!」
「そ、そう?」
「わいはただ・・・・」
「ただ?」
「と、とにかく、シンジとはちゃうっちゅうことや。わかったな。」
「う、うん・・・・」
トウジは何だか照れていた。やっぱり洞木さんに優しさを見せたのが、結構恥
ずかしいらしい。僕はトウジのことは良く知っているので、これ以上何も言わ
ずに、黙っていることにした。
僕たちがそんな話をしていると、ようやく綾波が試着を終えて、僕たちの前に
姿を現した。それを見た洞木さんは、思わず声をあげる。
「素敵・・・・」
しかし、綾波はそれには何の関心も示さずに、僕の方に歩み寄ってくる。綾波
は普段と違う衣装で僕の前に出るのがなんだか気になるのか、顔を赤く染めて、
僕に向かって尋ねた。
「碇君・・・・どう?」
「・・・・見違えたよ。」
「本当!?」
僕の言葉に、綾波は歓喜をあらわにする。僕はそんな綾波を見ると、微笑みか
けて言う。
「ほんとだよ、綾波。もう少し早く、こうしてあげればよかったね。」
「ありがとう、碇君・・・・」
「そうだ、忘れてたよ、はいこれ。」
僕はそう言うと、先程買った帽子を取りだし、綾波の頭にかぶせながら言う。
「これを一緒に買ってきたんだ。」
「帽子?」
「そう、帽子。気に入った?」
「うん。ありがとう、碇君。私のためにこんな素敵なのを選んでくれて・・・」
「いいんだよ、気にしなくて。それよりも綾波が気に入ってくれたのが、僕と
してはうれしいよ。」
「・・・碇君が私のために、真剣に選んでくれたのがわかる。だって、碇君の
気持ちがこんなに伝わってくるもの・・・・」
綾波はそう言うと、自分の胸に手を当てて、少し目を伏せる。
「碇君の気持ちが伝わって、私の心も少しあたたかくなる。このよろこびを、
言葉では表現できないわ。ありがとう、碇君。わたしの、わたしの碇君・・・・」
綾波がそう言うと、アスカはむっとした顔をして、僕が買ってあげた麦藁帽子
をひっかぶった。洞木さんはそんなアスカを気遣うような姿勢を取ったが、僕
は敢えて何も言わなかった。僕にはアスカの気持ちが良く分かっているからだ。
アスカは大きいつばで、自分の顔を隠している。きっと今の自分の顔を、誰に
も見られたくないのだろう。
僕はそっとしておいて欲しいアスカの気持ちを汲んで、綾波に視線を戻した。
綾波は一人でよろこびに浸っている。僕はとにかく綾波が喜んでくれてうれし
かった。それに、綾波は普通の服を着ることによって、少しずつ普通の女の子
に変わっていくことを期待していた。かたちだけだといえばそれまでだが、そ
れでも、これは大きな進歩だろう。こうして、僕は心を少し落ち着けて、未来
の希望に思いを馳せるのだった・・・・
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