私立第三新東京中学校

第七十八話・麦藁帽子の夢


「おい、シンジー!!」

ビクッ!!

僕はトウジのこの声に、今がどういう時であるのかを思い出して、パッと綾波
から離れた。僕は今の僕と綾波との様子を見られたのではないかと思って、き
ょろきょろと周りを見まわす。しかし、運の良いことに、誰にも見られてはい
なかった。僕は安堵のため息を一つつくと、トウジの呼び掛けに応えて、隅っ
こから出てくる。

「ト、トウジ。僕はここにいるよ。」
「なんや、こんなとこにおったんかいな。」
「う、うん。」
「綾波も一緒か。」

僕はトウジの言葉に後ろを振り返ると、綾波がしっかりと僕の後ろに付いて来
ていた。綾波は僕に見られたのに気付くと、顔を赤らめながら、うれしそうに
微笑む。

「それよりシンジ、お前の方はもう決まったんか?」
「え!?そ、それが・・・・」
「何や、まだなんか。わいはもう決めてしもうたで。」
「は、早いね、トウジ。どんなのにしたの?見せてくれる?」
「ええで。」

トウジはそう言うと、僕の方に向かって紙袋を差し出す。その中身は何と真っ
白なジャージだった。

「ジャ、ジャージぃ!?」
「せや。」
「こ、ここにそんなものがあったんだ。」
「いや、隣の店から持ってきた。もう金は払っといたから、万引きやないで。」
「お、お金を払ったって・・・・」
「これはもう決定や。綾波は服持っとらんのやろ?なら、こういう普段うちで
着るようなやつも必要とはおもわんか?」
「それはまあ、確かにそうだけど・・・・」
「ならええやないか。な、綾波?」

トウジはそう言って、綾波の意向を尋ねる。綾波はトウジに尋ねられると、僕
に意見を聞いてきた。

「碇君はどう思う?」
「え!?僕?」
「シンジが気に入らんかったら、綾波も嫌なんやろ、シンジ。」

僕はトウジに言われると、改めてトウジの買ってきた白いジャージを見てみた。
トウジはいつもジャージを愛用しているだけに、その見る目はなかなかのもの
で、きっと綾波に良く似合うのではないかと思えた。

「・・・いいと思うよ、綾波。僕はよそ行きの服のことしか考えてなかったけ
ど、トウジの言うことももっともなことだからね。」
「碇君が気に入ってくれたのなら、私はこれにするわ。」

綾波がそう言うと、トウジは喜んで言った。

「せやろ?まあ、これはわいのおごりや。もらってくれ、綾波。」

トウジはそう言うと、ジャージの入った袋を綾波に手渡した。綾波はそれを受
け取ると、小さな声でトウジにお礼を言う。

「あ、ありがとう・・・・」
「なに、気にすんなや。わいも綾波の弁当にはちょくちょく世話になっとるし、
そのお返しと思ってくれたらええんや。」
「うん。」

取り敢えず、これでジャージについてはひと段落ついた。僕は自分のことはど
うしようかと考えてみる。ここにはいろんな服があるが、どれが良いものやら、
僕にはさっぱりわからない。こういう時に、誰かが相談に乗ってくれたらいい
んだけど・・・・綾波は僕自信に選んで欲しいんだし、とにかく困った。
僕は何気なく、洋服の並ぶ店内を見回していると、トウジが僕に話し掛けてき
た。

「シンジ、ケンスケを知らんか?」
「ケンスケ!?トウジは一緒じゃなかったの?」
「もちろんやないか。そもそも三人ばらばらになろうっちゅうたんは、シンジ
やないか。」
「そ、それもそうだね。」
「あいつ、どこまで行ったんやろ・・・?」
「じゃあ、トウジはここでケンスケを待っててくれる?僕はこれから自分のを
決めてくるから。」
「ええで。行って来いや。」
「うん。」

そう行って、僕はまた洋服の林の中に消えていこうとして、トウジ達に背を向
けたが、振り返ってみると、案の定、綾波が付いてこようとしていた。

「あ、綾波・・・?」

僕はあきれた顔をして綾波に言う。綾波は僕の表情から、少し感じるところで
もあったのか、小首をかしげて僕に言葉を返す。

「なに、碇君?」
「つ、付いてこないで、トウジと一緒に待っててくれないかな?」
「どうして?私はいつも、碇君の側にいたい。」
「いや、綾波がいると、選びにくいし・・・・」
「私はおとなしくしているから、碇君の側において。」
「いや、だから、綾波が邪魔とかそう言うんじゃなくって・・・・」
「なに?」
「・・・そう、面白くないじゃないか!!」
「面白い?」
「そうだよ。綾波も、自分がどういうのを選んでもらったのか、見てちゃあ、
つまらないだろ?」
「ううん、私は碇君の側にいるだけで、それだけで十分うれしいから。」
「と、とにかく、そっちの方がいいんだよ。僕も綾波をもっと喜ばせたいし。」

僕はもうほとんど哀願状態で、綾波にわかってもらうよう頼み込む。綾波は、
僕の今の言葉を聞くと、驚きと感動の声をあげた。

「い、碇君が、私を喜ばせたいって言ってくれた・・・・うれしい・・・・・」

僕はその綾波の様子を見ると、どうやら綾波も納得してくれそうだと感じて、
こう言った。

「じゃあ、僕は決めてくるから、二人でここで待っててね。」

そして、僕は返事を待たずに二人を後にして行った。

僕はひとりになった。しかし、いくら一人で落着いて探せるとは言っても、や
はり僕はあまり洋服のことには興味がないので、なかなかに決めがたい。普通
だったらいい加減に決めてしまってもよいのだが、自分のものじゃあないし、
綾波もかなり期待をかけてくれている。僕は真剣になって、選ぶことにした。

しかし、僕はしばらくして、いろんな物に目移りして、これではきりがないと
いうことに気付いた。そんな訳で、僕は方法を変えることにした。
まず、頭の中に綾波の姿を思い浮かべる。それでどんな服がいいか、頭の中で
当てはめてみるのだ。

・・・・やっぱりトウジじゃないけど、綾波には白が似合うような気がする。
今の日本は常夏なので、結構肌を露出する格好が主流だが、綾波には白のワン
ピースと、麦藁帽子という、なんだか昔懐かしいような格好がいいと思った。
僕はそう決めると、服の山をあさる。結構白のワンピースというのは目立つの
で、これはすぐに見つかった。僕はまず場所を覚えておいて、次に麦藁帽子を
求めて、違う店に向かった。

帽子屋・・・と言ったら良いのか、帽子のたくさんある店はすぐに見つかった。

「ええと、麦藁帽子、麦藁帽子っと・・・・」

僕は誰もいないのをいい事に、ぶつぶつ独り言を言いながら、店をうろつく。
こちらの店は、先程の店の半分もない広さだったので、すぐに目的の麦藁帽子
は発見できた。

僕がその麦藁帽子に手を伸ばすと、ちょうど、その反対側から同じように手が
伸びて、同時にそれをつかんだ。

「ちょっと、誰だか知らないけど、それはアタシが先に目をつけたのよ!!」
「ア、アスカ!?」

その声の主は、アスカだった。アスカも僕の声を聞くと、自分が文句をつけた
のが、僕だと気がついたようだ。

「も、もしかして、シンジ!?」
「う、うん、そうだけど、どうしてここに・・・?」

僕がそう言うと、アスカはこちら側に回ってきて、僕に顔を見せると、返事を
した。

「シンジこそ、今までどこに行ってたのよ?気付いたら、アタシ達を置いて、
どこかに行っちゃうし、探したんだから。」
「ご、ごめん。僕たちはアスカ達が楽しくやってるようだから、男だけで、綾
波の服を選んであげようとしてたんだ。」
「ふうん・・・で、どうだったの?」
「うん。で、今、綾波に麦藁帽子を選ぼうと思ってここに来たんだけど・・・」
「そう、アタシも帽子を探しに、ちょっとここまで来たのよ。」
「そうだったんだ・・・・で、洞木さんは?」
「さあ、その辺を見てるんじゃない?」
「一緒じゃなかったの?」
「一緒よ。でも、いつもくっついている訳じゃないから。」
「そっか。」
「そうよ。」
「・・・・」
「・・・・」

僕たちの話は、そこで途切れた。アスカも僕も黙っている。
何だか僕が気まずく思っていると、アスカは、僕たちが同時に取った麦藁帽子
を手に取って、頭にかぶってみた。

「どう、シンジ?似合う?」

アスカはそう言うと、僕の目の前でくるりと一回りして見せる。

「う、うん。」
「アタシはこの赤いリボンが気に入ったんだ。」
「そうなんだ。」

確かにアスカの言うとおり、帽子のつばの真上のところに、赤いリボンがぐる
りとひと巻きしている。

「これ、ファーストに買ってあげようとしたの?」
「う、うん。そうだけど。」
「これ、アタシに買ってくれない?」
「え!?」
「アタシの方が、きっと似合うと思うわよ。」
「でも・・・・」
「なによ、ファーストの方が、似合うって言うの?」
「そ、そういう訳じゃないよ。」
「なら、別にいいじゃない。」
「じゃあ、綾波はどうするの?」
「そうねえ・・・あれなんかどう?あっちの方が似合うと思うけど。」

アスカはそう言うと、向こうにある、柔らかそうな、ちょっとクリーム色がか
った帽子を指差す。僕はそれを見ると、アスカの言うことが正しいような気が
した。麦藁帽子より、綾波にはあちらの方が良く似合う。
僕はそう思うと、その帽子を持ってきて、手に取って眺めてみた。

「うん。そうかもしれないね。」
「でしょう?アタシのセンスはなかなかなんだから。」
「うん・・・」

僕が静かに答えると、アスカは僕に近寄ってくると、僕の顔を覗き込んで言っ
た。

「で、どうする?」
「どうするって?」
「これからよ。ここにいてもしょうがないじゃない。」
「それもそうだね。どうしよっか?」

僕がアスカにそう尋ねると、アスカはしばらく黙っていたが、おどけた声で僕
に向かって言った。

「逃げちゃおっか、二人で!!」
「な、何言ってんだよ、アスカ。」
「このまま二人でどこか遠くへさ!!」
「冗談だろ?」

僕がそう言うと、アスカはそれまでのおどけた様子を一変させて、僕に向かっ
て真剣な眼差しで言った。

「冗談じゃないわよ。アタシは本気。」
「ア、アスカ・・・・」

僕はアスカのその顔を見ると、何も言えなくなってしまった。
僕が黙っていると、アスカは元の調子に戻ってやさしく微笑むと僕に向かって
言った。

「嘘よ、嘘。シンジがそんな事出来る訳ないもんね。」
「アスカ・・・」
「いいの、アタシは。さ、ヒカリのことをさがしましょ。そろそろお昼だし、
みんな集まった方がいいもんね。」
「う、うん・・・」

僕がそう言うと、アスカは帽子を脱いで、僕に差し出した。

「これ、シンジが買ってくれるんでしょ?お願いね。」
「うん・・・」

僕は静かに返事をして、アスカから麦藁帽子を受け取ると、綾波のために買う
帽子とともに、レジに持っていった。僕は会計を済ませながら、アスカの言葉
を考えていた。
あれは本当に、嘘だったんだろうか?本当は、アスカの本心だったのかもしれ
ない。
でも、アスカは嘘だと言った。僕は100%信じてはいないが、アスカがそう、
自分に結論を出したことを感じていた。僕はそう思ったため、アスカには黙っ
ていることにした。
そう、それは麦藁帽子の見せた、ひとときの夢だったのだから・・・・


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