この時、みんながみんな、綾波の事を見ていた。僕だけでなく、トウジも、洞
木さんも、ケンスケも、そして、アスカも・・・・
みんなは、綾波が僕の事を好きだという事は知っていた。少々度が過ぎる発言
はあったが、みんなは綾波が僕に対する想いを表しているだけだと思っていた。
だからこそ、綾波の言動は、僕に対する想いを如実に表しているのだ。そして、
それが今、崩れ去ろうとしている。一体何が起こるか、みんなは固唾を飲んで
見守っていた。
しかし、僕はそんな風に見守っているというような余裕はない。僕は慌てて綾
波をなだめようと、全力を尽くして言った。
「あ、綾波!!別にそういう訳じゃないんだよ!!だから、僕が綾波の事が嫌
いだからとか、そういう風に思って欲しくないんだ。」
「・・・・」
僕が言っても、綾波は黙っている。今の僕には、この綾波沈黙こそが一番怖い。
僕は何とかして綾波に喋ってもらおうと、まくし立てるように言い訳を述べた。
我ながら情けない役回りだ。
「そ、そうだ。僕は恥ずかしがりやなんだよ!!だから、こんな事はちょっと
ね・・・・」
「恥ずかしがりや・・・?」
僕は綾波が口を開いたのを見ると、更に話し掛け続ける。
「う、うん。そうなんだよ、綾波!!だからこんなところでそういう事をする
のは僕には無理なんだ!!わかってよ、綾波!!」
「だから断ったの、碇君は・・・?」
綾波には不気味なまでの迫力がある。僕はまくし立てるはずが、何だか綾波の
雰囲気に押されてしまった。
「う、うん。」
「碇君は私の事、嫌いになったわけじゃないの?」
「も、もちろんだよ。」
「じゃあ、碇君は私の事、好き?」
「え!?」
「碇君は、私の事、嫌いじゃないんでしょ?」
「う、うん。」
「なら言って。碇君の口から、はっきりと。」
僕は綾波に答えていいものか、躊躇した。しかし、僕は仕方なく綾波に言った。
「・・・・好きだよ。」
僕が静かに言うと、綾波はその青ざめた顔色を一変させて、赤らめた。もう、
感無量といった感じで何も言えずにいる。僕はさっきとはまた違ったムードを
打ち消すために、明るくみんなに言った。
「ほ、ほら、もうお昼になっちゃうし、早く行こうよ、ね!!」
「そ、そうね。碇君のいう通りだわ。早く行きましょ。」
僕に返事をしたのは洞木さんだ。洞木さんはさすがに打てば響くので、こうい
う困ったときには本当に助かる存在だ。そして洞木さんは更に僕に助力をする。
「よかったわね、綾波さん。これでもういいでしょ?」
洞木さんの言葉に、綾波は黙ったままこくりとうなずく。すると洞木さんはそ
の機を逃さずに、綾波の腕を取ると、綾波に言った。
「なら行きましょ!!あたしも綾波さんに服を選んであげるから。」
そして洞木さんは有無を言わさず綾波を連れて先へ進んだ。綾波は僕の方を見
て、僕と一緒に行きたそうな顔をしたが、そんな顔をしただけで、洞木さんに
抵抗するような事はなく、連れられていった。そして、それに続いてトウジと
ケンスケも洞木さんの後に従う。こうして、一瞬僕とアスカがそこに残された。
僕はアスカがむっとした顔をしてるのを見ると、あきらめるような、うんざり
とした表情で言った。
「仕方なかったんだよ。こう言うより他になかったんだから。」
「・・・わかってるわよ、そのくらい。」
「じゃあ、なんでそんな顔してるのさ?」
僕がそうアスカに尋ねると、アスカは大きな声で僕に言った。
「アタシだって言ってもらったことがないのよ!!シンジに好きだなんて!!」
「ごめん。でも、嘘よりいいだろ?」
僕が静かにそう言うと、アスカは怒りを収めて、静かに言った。
「やっぱり嘘だったの・・・・?」
「うん・・・」
僕はそう答えながら、みんなに遅れないように歩きはじめる。アスカも何も言
わずに僕について歩きはじめた。
「それって、残酷じゃない?」
「でも、一応事実だ。僕は綾波の事が嫌いじゃないし、どっちかと言えば好き
なんだから。」
「でも、好きは好きでも、恋愛の好きじゃないんでしょ?」
「うん。」
「じゃあ、やっぱりアタシにも、アンタは好きだっていえるの?」
「うん、まあ、アスカが言って欲しいなら・・・・」
僕は歩きながらそう答える。アスカは僕のその言葉を聞くと、寂しそうな声で
言葉を返した。
「言って欲しいけど、何だか空しいわよね、やっぱり・・・」
「うん。」
「アタシはまた今度にするわ。アンタもあの娘に付き合うので、今日は精一杯
でしょ。」
「助かるよ、アスカ。」
「今日はアタシはなるべく大人しくしてるから。その代わり、服の件、ちゃん
と約束守るのよ。」
「わかってるって。」
「アンタも結構いい加減なこと言うけど、アタシも今日は見張ってるから、必
ず実行させるわよ。」
そんな話をアスカとして、僕たちはすぐにみんなと合流した。綾波は僕がよう
やくやって来たのを見ると、洞木さんの手を逃れて、僕の側に寄ってきた。
「碇君!!」
綾波は、胸いっぱいで何も言えないという状態はどうやら過ぎたようで、普通
の元気な綾波に戻ったようだ。綾波は僕に触れこそしないが、まさにすれすれ
のところまで接近すると、僕に向かって謝る。
「ごめんなさい、碇君。私、碇君の気持ちも考えないで、無理なお願いしてし
まって。」
「いいんだよ、別に。僕の方こそ、綾波の願いを叶えてやれなくてごめん。」
「私は碇君が恥ずかしくないようなお願いを考えるから。」
「うん。悪いけど、そうしてくれる?」
「碇君が人の目を気にしていたなんて、知らなかったの。だって、碇君はいつ
もあの人とくっついていたし・・・・」
綾波はそう言いながら、アスカの方を見る。僕は思いっきり慌てて綾波に言っ
た。
「そ、そんなことないよ。多分たまたまだよ、たまたま。」
「本当!?」
「当り前じゃないか。しょっちゅうああいう事をしてるわけじゃないよ。」
「そうなの?」
「そうだよ!!普通の人は、人前ではキスなんてしないの!!」
「そうだったの・・・・ごめんなさい、碇君。私、何にも知らないで。」
「知らない事は罪じゃないよ、綾波。これからどんどん覚えていけばいいこと
じゃないか。」
「ありがとう、碇君。これからも、私の知らない事を、色々教えてくれる?」
「もちろんだよ。それに僕だけでなく、ここにいるみんなも、色々教えてくれ
るから。」
「うん。でも、私は碇君から、色々教わりたいな・・・・」
「うん」より後の方の言葉は、綾波の口の中でささやかれたものだったので、
僕の耳には届かなかった。他のみんなは、一応僕と綾波の話を黙って聞いてい
たのだが、自分たちの話になったので、口を出してきた。
「綾波さんも、碇君だけでなくアタシたちの事も頼ってね。」
「せや。いいんちょーの言う通りやで!!わいらは仲間やないか。そうやろ、
ケンスケ?」
「そうだよ、綾波。惣流のだけでなく、綾波の写真もとってるから、今度一緒
に持って来てあげるよ。」
「何言っとるんや、お前は!?関係ないやないか!!」
「いいじゃないか、別に。綾波はうれしいよな、写真。」
ケンスケが綾波に向かって言うが、綾波は静かにケンスケに答えた。
「私は別に、写真なんて興味無いわ。」
ケンスケは一方的に拒否されたので、かなりがっくり来ていたが、それでもく
じけずに言った。
「シ、シンジと一緒の写真だぞ!!それでも興味が無いって言うのか!?」
「碇君と!?」
「そうだよ!!俺の隠し撮り中の傑作、見たくないはずはない!!」
「見せて。」
「そう来なくっちゃ。」
「ちょ、ちょっとケンスケ、そんなものいつのまに・・・・?」
僕は少し心配になってケンスケに尋ねる。するとケンスケはにやりと笑って僕
に言った。
「写真はどんな時でも撮れるようにしてるんだ。いいものが撮れるようにね。」
「い、いつも!?じゃ、じゃあ、ひょっとして・・・・」
「ああ、最近はシンジの面白い写真がいっぱい撮れたよ。」
「ま、まだ誰にも見せてないよね。」
「ああ。でも、シンジ、お前には見せないよ。」
「ど、どうして!?」
「これは売り物だからね。まあ、綾波と惣流には、約束しちゃったから見せる
けど。」
僕はケンスケのつれない言葉を聞くと、苦悶の表情を浮かべていたが、もう一
度ケンスケに尋ねた。
「・・・そんなに凄いの、その写真・・・・・?」
「もちろん。」
「やっぱり僕には見せてくれないの?」
「ああ、駄目だね。」
「はあ・・・・」
僕はため息を吐く。綾波はそれを見ると、ケンスケに向かって言った。
「・・・碇君に見せるわけにはいかないの?」
「ん?ああ。それほど綾波がシンジにも見せたいんだったら、綾波が気に入っ
た写真は一枚ずつあげるよ。その後、綾波がシンジに見せるなり何なりすれば
いい。」
「そう・・・わかったわ。碇君、私が碇君に見せてあげるから。だからそんな
に悲しまないで。」
綾波は僕に向かってそう言う。僕は、そういう問題じゃないんだがなあ、と心
の中で嘆いていたが、特に口に出しては何も言わなかった。しかし、一体ケン
スケはどんな写真を撮ったというのだろう?僕には最近心当たりが多いだけに、
かなり心配していた。確か、アスカにも見せると前に話していたが、こちらも
心配だ。本当に、ケンスケと来たら、油断も隙も無い。しかし、ケンスケのお
かげで、何だかなごやかなムードへと変わっていった。そう考えると、ケンス
ケはやっぱりいい奴と言わざるをえないだろう。僕もこのケンスケを始めとす
る三人には、本当に助けられている。やっぱり友達はいいものだ。僕はこの第
三新東京市に来て、嫌な事もあったけど、今は全く後悔などしていない。ここ
にいるみんなと、知り合うことが出来たのだから・・・・
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